表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/43

8.属国の意味

涼香の振る舞いについては目に余るものがある。

特に今回のように文字として、目に見えるものを残すことは避けるよう、強く言い付けておいた。今後もこのようなことがあってはたまらない。

とにかくこの感想文は、読み次第燃やしてしまうべきか、それとも先に塗り潰してから処遇を決める方がいいのか。などと迷っている間に、どうやら先刻の言葉通り、女官がやってきたようだった。


「涼香、こちらはきちんと仕舞っておいてちょうだいね。後で読みます」


あのような文言を手放すのはあまり気が進まない。

だが手に持ったままでいるわけにはいかないし、懐に忍ばせておきたいとも思えない以上、仕方のないことだから。

失くすことのないよう言い含め、涼香に手渡した。



女官はまもなく姿を現した。

椅子に腰かけた私に近寄ると、まずは礼の形を取る。いつも通りの様子からは、何も推し量ることができなかった。

銀砂は何かしらをこの女に伝えたのだろうか。

知りたいと気が急くものの、どういった対応をすべきかが分からない。

無闇に質問を投げて、正しいことを教えてもらえるとは限らないからだ。

それに、もしも。私が寝台へと誘ったことが露見したならば、その振る舞いこそ咎められるに違いない。

そのときより前から知らぬ者と会っていたこと、そして何の報告もなかったことまで引き出されてしまうかもしれない。

罪には問われない、とは思うが、心証が悪くなることは想像できた。それは避けたい。


「……、説明に来てくれたのですよね?話して下さい」


まずは話を聞くところから。

落ち着いて、女官の出方を見て考える方がいい。

不審な反応をしないよう、気を付けなくてはいけないと気を引き締める。

目を泳がせなければ何とかなるはず。表情は、いざとなれば口許を袖口で覆えばいい。

隙を見せぬよう、集中して対峙する。


「実はあの方は煌帯ヶ位の間に滞在しておりまして、」

「え!」


張り詰めた気が緩んでしまった。

銀砂が王城に寝泊まりしているだろうことは想定していた。だがまさかこの楼の、それも隣の間だったとは思いも寄らないことで。

思わず零れる、驚きに満ちた声は、どうやら良い具合に誤解されたようだった。補足が続く。


「翠雨様、あくまでも滞在であって、妃ではございません。足りぬ説明失礼いたしました。

丁度、今、煌帯ヶ位の間に、属国からの品物が運ばれてきております。貴重な品も含まれておりますゆえ、楼内でもきちんとした部屋に収めておかなくてはならないのです」

「――そういえば。鴇耶様の私室付近は溢れてしまっていると聞きました」

「えぇ。そして貴重な物には扱いに慣れた世話番が付いております。そういった理由から、妃ではないのですが、例外として煌帯ヶ位の間に滞在頂いております」


返された内容は納得できるもので、そのまま崩れることなく立て直すことができた。上手く反応することができたように思う。

だがこれは女官としてもあまり公にしたいことではなかったのだろう、仕方なしにという風情がありありと伝わってきていた。

だからこそ内密に行われていたのだろうし。


それにしても、銀砂がこうして何度か忍んできたにも関わらず、誰にも見咎められなかったのは元より近くに居たせいか。

確か搬入時は外出しないよう言い含められていた。ならば、涼香含め側仕えの者たちが顔を知らぬことも納得がいく。

種明かしが本人からではなかったということは、少し残念だったが。


「まだこの楼に不馴れなもので、用を足したあと戻る部屋を間違えたと申しておりました。

気付かずそのまま起こされるまで寝入ってしまっていた、と。夜も深い刻限だったようで、翠雨様が寝台でお休みされていることにも気付かなかったと仰っておりました」

「そう、でしたか……」


――あ。

動揺を出さないように、ぐっと目に力を込めた。

あのとき壁側に居たのが銀砂で、手前で寝ていたのは私だった。

先に寝台に上がったのは、どう見ても銀砂の方だろう。

あとからやってきた女官はともかく、どうやら私の側仕えの誰も気付いていないようだ。気が動転していたせいだろうか。

涼香の表情を盗み見るが、そこに訝しげな様子は見て取れなかった。

だが記憶を辿られてはすぐに気付かれてしまうだろう。この辺りの話は出さないようにしようと、心に誓う。

いざとなれば言い訳も考えておかなくては。

寝惚けて位置が入れ替わったのかもしれない、では些か不安なものだから。

それにこれでは銀砂の理由を真似ていることになってしまう。怪しいことこの上ない。


「二度とこのようなことがないよう、厳重に注意をいたしましたので、ご容赦のほど何卒お願いしたく存じます」

「そういった事情ならば、仕方がないですね」

「では!罪には問わないと……?一切の咎もないと、そう仰るのですか?」


上手くまとまりかけたところで邪魔が入る。

涼香の咎めるような物言いに女官は、それに関しましては複雑でございまして、と少し困り顔で応じた。

いつもは鉄面皮ともいえる彼女の、こんな表情はついぞ見たことがない。

でも言い分を聞けば、それも無理はないと思えるのだった。


「誠に申し訳ございませんが、このような些末事で罪を問うことはできません。あの方はかの国の王族に連なる出なのでございます」

「本国の次期王妃と、属国の王族とでは立場が異なるのではございませんか?」


落ち着いていながらも、問い詰める風の涼香の様子を見て、女官は少し考える素振りを見せた。

少し長くなるかもしれませんが、と言い置いて、語り出されたのは、私の知らないこの国の話。


なんでも、数代前の王の御代、この国には人口過多という問題が起こっていたそうだ。

山々に囲われた盆地の国、飽和すれば開墾のしようもない土地柄仕方のないことであろう。

そのとき、たまたま交易のあった小国に受け入れてもらい、代償として庇護を約束したのが今の関係性のはじまりだとか。

時代は下り、当時の人間はすでにいない。移住した人々の血脈も少しずつ、かの国へと混ざって取り込まれていったのだった。

そうして国自体の状況も変わり、当時とは関係性が変わってきているのだという。

かの国はもう小国とは言い切れない規模まで人口も膨らんで、技術も進歩している。それはもちろん、この国の助力があってこそのもの。

関係性をどういった形で次代に引き継いでいくのか。それはどちらの王族においても大きな課題なのだという。


「属国の者とは言え、かの国が力でもってこちらに下ったわけではないのです。

れっきとした力関係はあれど、その国力は侮るべきではございません。決して軽んじることのないよう、お願い申し上げます」


近い将来、同等の関係――同盟国になる可能性すらあるのだから、と女官の簡易な講義はそう締め括られた。

そうであるならば、不用意に波風を立てたくないという女官の考えは理解できた。


「もうずっと、この国は戦を知りません。だからこそ、火種を起こそうとはしてはならないと陛下もお考えでいらっしゃいます。

それをあのような些末事で乱すことなど、できません」


この講義のようなもののおかげで、ようやくこの場はまとまったようだった。

涼香も感じ入った素振りで相槌を打つ。

女に学は不要、にも関わらず、この女官はよく知っているのだな、と思った。

どれも初耳で、鈴杏様あたりが聞けば、もっと教えてほしいとねだるのだろうか。



「煌帯ヶ位はその性質から立ち入り禁止となっております。殿下がお戻りになり、お許しがあってからになさってください」――最後にそう言い置いて、女官は退室していった。


当初危惧していたことは杞憂に終わり、安堵の息を吐く。

こうして私の方は上手くやり過ごすことができたようだった。

だからこそ、気になってくることがある。銀砂はどうなのだろう、と。

女官の言が正しいとも限らないし、正しくともすべてを詳らかにしているとは限らないものだ。

純然たる事実。そして誰かに見せるための、表向きの真実。

罪には問えぬと言われた。罰もないと。でも、これまで通りの処遇と言われたわけではないのだ。

ひとりでは答えの出ない思考に沈んでしまいそうになる。

もうすでに気が滅入りそうだった。このまま頭の先まで埋もれてしまう前に、どうか早く引き上げてほしい。

それができるただひとりを、望んでいる。

彼女も同様に私との邂逅を望んでくれているかは、分からなかったけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ