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14.久しぶりの逢瀬

瞳の表面に盛り上がった涙は、零れ落ちる前に見つけられてしまっていたようだった。

頬が濡れる前に、待ち構えていた彼の指に拭われてしまう。

暗がりでも微かな光を反射するからわかったのだと、吐息とともに耳に吹き込まれたささやきで教えてくれた。

こんな風に泣くつもりなどなかった。

堪えきれずにいた自分が恥ずかしい。まるで分別の利かない幼子のようで、妃としての自覚が足りていないように見られてはいないだろうかと気に掛かる。


鴇耶様がこの部屋に訪れるのは、十数日ぶりのことだった。日昇ヶ位の間への通いを二日続け、そうして楼へ戻って三日目の今夜は私のところに来てくれたのだった。

今日この時まで、私は鴇耶様、朱璃姫そして日昇ヶ位の妃の誰とも会うことはしなかった。同じく、時期的な理由もあり相手からの訪いの希望もなかったのだが。

その間、私はぼんやりと過ごしていた。いつもと変わらない女官、一度注意してからは話題に挙げることをしなくなった側仕えの者たち。

考えないように。意識をしては、だめ。

昼間はそうやって気にしないよう言い聞かせ過ごしていても、夜になればふと泡のように浮き立ってくる。

今このとき、彼は――そして彼女は。

水面に立ち昇り、小さな飛沫を立ててはじけると水滴が気になるだろう。だからその前にと、自ら掻き混ぜて小さな気泡へと変える。

大丈夫、大丈夫。これは決まり事で、何も気に病むことはないのだと。

何が大丈夫で、何が気になるのか。そんなことを考えては、いけない。

あの見舞いから丸二日。短くも息苦しい時間を、そう過ごしてきた。


だが彼に触れられる度に、私の中で燻っていた何かは溶けていくような気さえする。


「久方ぶりだ、翠雨」

「ぁあ……鴇耶様」


そう言って、私を撫でるその手は慣れ親しんだもので、記憶のそれと少しも変わらない。

他に妃ができたことで、変わってしまうのではと恐れていた気持ちがゆるりとほどけていく。

しばらく会えない時間はあっても、そんなことは感じさせないくらいに鴇耶様は自然だった。

そう感じるのは、私たちが家族だからなのだろうか。どれだけの時間が横たわろうが、絆や想いは変わらない。そういうものなのだろうか。

それは嬉しくて、少しだけ悲しいものだ。


「おまえに触れる前に、少し話そうか。そうでもしないと……触れてしまえばすぐ夜が明けてしまうだろうから。――でもいつもよりかは短めに」


涙を堪えているせいで言葉少なな私を責めることはせず、彼は宥めるように殊更優しく頭を撫でる。一カ所に留まらない温もりはもどかしくて堪らなくなる。

もたせかかるように身を預け、言葉なくもっとほしいのだとねだった。

声が詰まるのは涙のせいだけではない。本当はもっと別のもの。どうか安心させてほしい。あなたの声で、言葉で、体温で。

だが次の瞬間、私に降ってきたのは優しい手付きの温もりではなく、彼の決意を籠めた言葉。


「平等に、そう思っている。どちらもわたしの妃なのだからな。どちらかをないがしろにするつもりはない。

過ごす時間も、そして子を宿す機会も不平等な扱いをしたくはないと考えているのだ」


わかってほしいと、その言葉に私は頷くことで返した。返す言葉が震えないという自信がなかったからだ。

こちらを覗き込む瞳はまっすぐで、とてもまぶしい。彼が次期王だと感じるのはこんなときだ。

ただその誠実な宣言は、私には大層仰々しいものに感じた。


「だが今の日昇ヶ位の妃の体調は芳しくない。触れなくとも――ただの共寝であったとしても、身体に負担がかかるであろう。様子を見てはいたが、そんな状況なのだ」


一転、調子を変えて宥めるように告げられたのは想定外の一言。抑えた声は何を意味するのだろうか。


「だからしばらくの間は、そういう理由を付けておまえと過ごす日を少しだけ増やすのもいいかもしれぬ」

「よい、のですか……?私のためにお心を曲げられるなど」

「よい。長く一人寝をさせてしまったのだから、これで丁度よいのだ。

それに婚礼に纏わるものは一通り終えているからな」


鴇耶様は平穏で、平等な楼を望んでいる。妃の片方をないがしろにして捨て置くなどということはしない。

妃は喜んでそれに添うのがあるべき姿だろう。

もちろん争いといった不穏さなどは遠慮したいから、それはこちらも望むべく事だ。

期間限定のこととはいえ、こうして少しの優遇をしてもらえるのだから私から不満など出るはずがなかった。出るはずはないのだ。

なのに、私の内からは何かの軋む音がする。痛みを感じないほど微かな音が。



***



私は次の日から、日昇ヶ位の間へと顔を出すようにした。

それはもう、朱璃姫をとやかく言えないほどの頻度で。

彼女も鴇耶様と挟んでとはいえ、私の家族ではあるのだから。家族は仲が良いことに越したことはないだろう。こうやって親交を温めるのも悪いことではないはずだ。

臥せっている他の妃を気にするのも、星天ヶ位の妃にふさわしい振る舞いのはず。


だから、私は彼女に会いに行く。

私の『新しい家族』を知るために――それから、彼女の身体の調子を見るために。

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