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13.見舞い

提案のあったその日の内に、見舞いの準備は整えられてしまった。

その間、女官を納得させるに充分な代替案など出せるはずもなく――こうして日昇ヶ位の間へと訪れたのだった。

衝立が障害物となり些か分かり難くはあったが、部屋の造りは私のところとそう違わないようだ。

家具の位置や色味の違いはあれど雰囲気も大きくは変わらない。それが、扉から寝台までの距離を歩きながら、横目でさらりと流し見た感想だった。

その程度の差異は、こうして立ち止まると分からなくなるものだ。私の感性が鈍いのだと言われたらそれまでなのだが。

そしてそこに思考が行き当たると、急にこの部屋の様子が気になってきた。先程もう少しよく見ておくのだったと思ってもどうしようもない。

それでも確認の為に周囲を伺うなどというみっともない真似を晒す気ことはしなかった。

なぜならば目前には部屋の主、そして背後には中継役としてこの場を設けた女官と部屋からここまで付き従ってきた涼香が控えているからだ。

そう、涼香がいる。

彼女の耳に入らないようにという私の願いは無理なものだったらしい。どこからともなく見舞いの話を聞きつけてきて、付き添い役に収まっていた。

今のところ無言無表情を貫いてくれているのはありがたいことで、部屋に戻るまで引き続きおとなしくしていてほしいものだが、一体どう転ぶだろう。

さすがの彼女でも女官を横目に、面と向かって文句を言うことはないだろう。そう、何より相手は病人である。


「こう見えて、体調自体はそれほど酷くありませんのよ。

普段は風邪や病に罹ることはあまりない代わり、少し具合が悪くなっただけのことでも一度臥せるとこうして長くなってしまうのですわ」


日昇ヶ位の妃は熱の感じないような白い顔で申し訳なさそうに、それでも穏やかに笑んでいる。顔色を除けば、確かに大丈夫そうに見えなくもない。


「熱気に当てられてしまうのと、病とでは大分違うと思うのですが……どちらにせよ、こう長引いているのですからご無理はなさらないように。話の途中でも、苦しければ教えてほしいです」

「あらまあ。本当に、ご心配をお掛けするのは心苦しいのだけれど。ただただ長いだけで、平気なものなのですから」


その言葉には同意しかねたが、押し問答のようになっては適わないと曖昧に相槌を打っておいた。

実際、先に楼へ上がっていた妃に対して寝たままで対応するのは心苦しい、具合が悪いのだからそのままで、でもこれは初めての、いえ顔色が――等の応酬が二、三往復あったせいで、私はこの妃のことが若干面倒くさくなっていた。

単なる病人と見舞客で収めることができないのは、ここが楼で私たちが妃同士だからなのだろう。

もしかすると、ここでの挙動を誤ると今後の生活に影響があるのかもしれない。

とりあえずこの件に関しては私が椅子に座り、彼女は数枚の掛布を丸めたものを背もたれにして身を起こす、ということで決着が着いた。

あまり長居をしたくない身からすると、この結果は望ましいものではない。

こうして私が座ってしまった以上、切り上げるための主導権は彼女が握ることになる。今日は具合が落ち着いているから話し相手になってほしいとも、身体が辛いからそろそろとも言える。いや、後者なら望むところだが、彼女の口振りはどうも前者寄りの様子だ。

しかし双方から見て、今以上の落としどころは思い付かない以上、不満はあっても早々に受け入れる方が賢いやり方だろう。



その後互いの好物の話をしたり、日昇ヶ位の妃が好むという書物についての話を聞いたりしていた。

彼女との会話では、鴇耶様の話題はおろか輿入れや楼での生活といった彼を連想する話すら出なかった。それはもう見事なくらいに――不自然なくらいに。

それは互いが互いの心境をわかっているかのような空気と言えた。


「では、そろそろ失礼しようかと思います。長居をしてしまって申し訳ないです」

「いいえ、できればまた来てくれると嬉しく思いますわ。そして起き上がれるようになったら、私も星天ヶ位の方のところへ改めてご挨拶にお伺いしたいとも思っていますの」


出された茶を二杯乾したところで、もうそろそろいいだろうと話を切り上げた。彼女の話が途切れた頃を狙い、退室の意を示す。

それを受けた彼女は少し残念そうに微笑むだけで、止められることはなかった。

口にされた次の機会とやらは曖昧なものだったが、実現することは目に見えていた。

不干渉でこれから先過ごすことは難しいだろうから。

ただ、この柔和な女性がさすがに押し掛けてくるような性質ではなさそうなことが救いではある。朱璃姫のような人間がもうひとり、それも同じ楼にいるとなるとさすがに気疲れしそうだ。



帰る際に日昇ヶ位の間の様子をもう一度確認しよう、そう思っていたのにすっかり忘れていた。そのことに気付いたのは、星天ヶ位の間に戻った後のこと。



***



午睡に向けて、衣類を少し薄手の物に替えている。

先程まで快調ではない相手のところで、予定以上の長居をしてしまった。

もう少し早く切り上げるべきだったかもしれない。などと考えている間に、着替えは済んでいた。

身に纏うものが軽くなっただけでなく、多少の熱も同時に取り払われるから心地がいい。

どうしようもない思考は一旦捨て置いておこう。身に纏う着物と同じ様に、どうせまたすぐに熱を持つ。

眠るときくらいは忘れてしまおうと、そんな風に軽い足取りで寝台へと向かう。そこへ、側仕えの女が滑り込むように部屋に戻ってきた。

彼女は確か、今日の部屋付きではなかったはずだが。


「翠雨様!」

「どうしました?」

「今宵、殿下が楼へお戻りになられるとのことでございます!ですが、こちらにはいらっしゃらないと耳にしました!」


問うなり、彼女は押し殺した声で捲し立てた。

正式な伝令などではなく、下の層なりでその情報を聞いたのだろう。微かに皺を寄せた眉間に、胸元まで上げられた右の手は固く握られている様はあまり余裕がないようだ。

まるで不意を突いて知ってしまった内緒話を握りしめて、急いで飛び込んできたように見えた。

不作法と言って差し支えのない振る舞いであったが、ここは私的な空間で身内しかいないのだから咎めることはしない。なにより、悲壮感を纏ったような彼女にそんなことを言えるはずはなかった。


「そして日昇ヶ位の間に訪う、と……」

「まあ!まだ臥せておられる最中だというのになんということでしょう」


私が反応するより先に、涼香の吐き捨てるような声が聞こえる。この手の話題にしては珍しくまともな反応だった。――その苦虫を噛み潰したような表情を見なければ、だが。

出鼻を挫かれた私は相槌も打てないまま、ふたりの会話をただ聞いているだけの格好となった。

せめて彼女の身体を心配する言葉でも吐くことができればよかった。こんな私は妃においてふさわしくない。

分かってはいても、動くことはできなかった。


「これほど当初の予定より変更があるのでしたら、日昇ヶ位になど行かず星天ヶ位へといらっしゃるべきですわ。翠雨様ともしばらくお会いになっていないのですし、女官に口添えをしましょう」

「私も涼香に同意いたします。このようなやり口は誰も――」

「さあ、もう午睡の時間ですよ」


それでも、騒がしくなり始めたふたりに何とか一言を挟むことに成功した。口を噤んだことを確認して、背を向ける。


「口にしていい領分はよく弁えなさい。王族として決められていることや鴇耶様がお決めになったことをとやかく言うものではないのです」


背後からは短い謝罪の言葉が聞こえた。きっと今、彼女たちは腰を折っているのだろう。振り返ってまでそれを見たいとは思わなかった。

一足踏み出しただけで、替えたばかりの衣類が纏わりつく。いつの間にか汗ばんでいたようだ。あぁ、気持ちが悪い。

こんなものを纏っていて、はたして上手く寝つけるのだろうか。


今まで話題にものぼらなかった見舞いを、女官が強引に押し通した理由。

それがようやっとわかった気がした。

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