投票
結局誰も、要が心のうちに決めた投票先を変えさせるような意見を出さず、初日の議論時間は終了した。
タイマーが、ピーッという不快な音を立てて00:00で停止し、途端にヘッドフォンからの音は遮断される。
すると、ヘッドフォンの中だけに声が響いた。
『今から、ゲームマスターが投票先を聞きに行きます。指で番号を知らせてください。』
通訳しようと口を開いたが、その声はヘッドフォンの中には入って来なかった。要は仕方なく、自分の指を開いて投票先を知らせた。ゲームマスターが、後ろを通って行くのが分かる。こうしていると、人は案外に人の気配を読むことが出来るのだと知った。
しばらくして、目の前のタイマーに、1-5、2-11、3-5、と、パッパッと入れ替わる表示が出始めた。
…投票先だ!
要は、じっとそれを見つめた。これで、いろいろな色が見えて来るはずなのだ。13-7、まで来た時、表示が消え、声が言った。
『本日処刑されるのは、5番です。』
「え?ちょ…、」
ヘッドフォンが復活していて、その戸惑ったような声が聴こえた。
そのすぐ後、またガーンという音が聴こえて、ドサリと床に何かが倒れたのが分かる。
「きゃあ!」
4番の声が聴こえた。真っ暗で本当に何が起こっているのか見えないが、射殺されているとしたら、先に襲撃された10番も合わせて辺りは血の海だろう。
そして、またズルズルという引きずられる音がして、場は静かになった。
『夜行動の時間です。人狼の方は、襲撃先を選んでください。』
要は、もう対訳することもしなかった。さっき同じことを言われたのだから、分かるだろうと思ったのだ。
しばらくして、また声が言った。
『占い師の方、占い先を選んでください。』
要は、それを聞いて少し顔をしかめた。そう言えば、占い師の占い先を指定していない。あの共有者は、どうも人狼慣れしていないようだ。妖狐対策にも、全く気が回っていないのだ。
わざわざ自分が言って注目を集めることもないか、と要はそのままじっと、役職行動が終わるのを待った。
パッと目の前のタイマーに、20:00の表示が灯った。二日目の議論時間は、20分か。良かった、短ければ短いほど終わる時間も早まる。
声が言った。
『本日の犠牲者は、2番でした。』
再び、ガアンという音がした。今度は隣りだったので、要にも足元近くに相手の体が転がったのを感じ取ることが出来た。要は、目を閉じた。死んだのかどうかは分からない…死んだとしても、今のオレにはどうしようもない。彰さんの命以上に大事なものなんて、恐らく今この瞬間にはない。
また引きずられて行く音を感じながら、要はそう思っていた。
『では、議論を始めてください。』
要は言った。
「昨日より時間が短い。霊能者の結果を先に聞きたいです。」
霊能者の、ためらったような声が返って来た。
「霊能者の9番だ。あの…昨日の5番は、指が一本、つまり、人狼だった。」
いきなりグレランでまさか当たるとは思ってもみなかったのだろう。要は、それを聞いてホッとした。まず一匹。
「良かった…じゃあ、あと一匹ですね。」
すると、共有者の8番が口を開いた。
「これ、本当なら昨日の投票結果とかそんなので見るんだよな?」と、息をついた。「それじゃあ難しい。あんな一瞬じゃあ、不意打ちだからオレ、覚えてない。みんなにいちいち聞くしかないな。」
要は、割り込んだ。
「オレは覚えてます。綺麗にばらけていて、5番は3票集めただけで吊られました。5番が人狼だという結果が出た以上、この三人は白でしょう。その三人は、1番、3番、8番です。」
何人かの、おお、という声が聴こえる。8番が言った。
「まるでコンピュータだな。君みたいなのが居て助かった。でもそれじゃあ、昨日の結果からあまり動かないから意味がないな。白と、占い師候補と、共有だから。他はまたグレーなのか。」
すると、また落ち着いて男声が言った。
「6番だ。占い結果を言ってもいいか。」
8番は、慌てたように言った。
「ああ。お願いする。」
「オレは、13番を占った。昨日オレの対抗を真目で見ていると言っていたから、疑ったのだ。結果は、白だった。」
今度は女声が言った。
「3番です。私は、11番を占いました。結果、白でした。」
六番の声が言った。
「それで、昨日の夜時間に思ったんだが、先に死んでる10番の役職も考えた方がいいんじゃないだろうか。霊能者は一人だが、もしかしたら役欠けがあって狼か狂人かもしれない。みんな、なぜそれを考えないんだ。」
要は、じっと黙って聞いていた。それは、分かっていた。だが、あえて口にしなかったのだ。
それを言うと、占い師だって狂人と狼の可能性だってあるのだ。
だが、8番がため息をついて言った。
「ああ、それはない。」どういうことだと思っていると、8番は続けた。「もしかしてそれが足かせになって、偽が黒を打つのをためらうかと思って隠していたが、実は10番は共有の相方だったんだ。だから欠けているのは、共有者なんだ。」
そうか、やっぱり共有が欠けていたのか。
要は、昨日の8番の出方からそうではないかと思っていた。8番は、ためらいもなく出て来た。本当なら、相方とどちらが出るかと無言でけん制し合う時間があってもいいだろうに、8番はすんなりと自分が共有だと言った。そして、それに意見のありそうな雰囲気も感じなかった。だから、恐らくそうだろうと時間の無駄を省いて口にしなかったのだ。
「そうか…だったら、9番は本物か。すまない、疑って。」
6番が申訳なさげに言った。9番は、答えた。
「いや、オレは別に。オレだって、自分ひとりで確定されて戸惑ってるんだ。噛まれるかと構えてたが、案外いけるみたいだ。」
要は、ここで釘を刺して置こうと思い、さりげない風を装って言った。
「大丈夫です。占い師はまだ村、狼双方にとって真贋がつきませんし守る意味がありませんが、霊能者は真が確定してるんです。守るなら、あなたと共有の二択になります。そんな失敗する確率の高い場所を噛むような、馬鹿な狼はいないでしょう。しかも、あと一匹しかいないのに。」
9番は、少しほっとしたような声を出した。
「それなら良かったけど。」
そうは言ったものの、霊能者にはもう、仕事は無かった。なぜなら、二人しかいない狼のうち、一人を吊ったことを村に教えたのだから、もういつ噛まれても構わないのだ。あと一匹を吊り終えたら、ゲームは終わる。だから、霊能者は要らない。
隣りの、13番が言った。
「あの、でも私はまだ占い師を守るべきだって思いますけど。だって、狐が居るでしょう。この村には、狐が居るから、それが確実に居なくなったと分かるためにも、占い師の占いは大事です。」
要は、それに答えた。
「確かにそうだ。だが、このままだと確実にグレーから吊らないと駄目だな。昨日噛まれたのは、6番の白だし、占われた者から順に噛まれることを考えると、村目な人が減って行ってどちらが真か分からない占い師だけが残るとなると、最後の村人は大変でしょう。連続ガードが出来ないし、なるべく確実な村人は残していけたらなあと思っただけです。今10人ですしあと4吊で2人外を吊ることになりますね。」
8番が、またため息をついた。
「じゃあ、すまないが、1番、今のグレーを教えて欲しい。ちなみに投票先は言えるか?」
要は、頭の中のそのファイルを開いた。
「…今のグレーを言います。4、7、12です。5番に投票したのはさっきの三人です。残り、4番に投票した人、9番、12番。7番に投票した人、13番。11番に投票した人、2番、5番。12番に投票した人、4番、7番。13番に投票した人、6番、11番です。こうして見ると、人狼だった5番に票を入れられている11番は占いでも白が出ているしかなり白いと言えそうです。」
13番が、息をついた。
「かなり絞られて来たわね。この中に、狐はどうあれ狼は確実に入ってるわ。あとは占い師がどちらが真なのか見極めないと、狐の位置が分かりにくい。」
要が言った。
「今日は狐狙いの投票をしよう。狼に比べて狐は潜伏することが多いから、寡黙位置で投票しようかと思っているんだが。」
それに、8番が答えた。
「そうだな。オレも含めて慣れない人が混じってるかもしれないが、それでも黙ってられたら分からない。狐は一人だから黙ってることが多いだろうと思うし、それで行こうか。」と、しばらく黙ってから言った。「あと3分。それぞれ、吊られると思うならがんばって話してくれ。ええっと、4番、7番、12番。」
12番が、金切り声を上げた。
「わ、私は狐じゃないです!怖くて、黙ってしまってるだけです!」
7番は、まるで蔑むような声を出した。
「どっちにしても役立たずじゃないか。黙って他のみんなが解決してくれるのを待つつもりか?」
4番の声が言った。
「あの、私結構話してたと思うんです、初日とか!占い師のこととか…。」
要は、ため息をついた。これじゃあ言い訳にしか聞こえない。そうか、今日は4番か12番だな…。
減って行く時間を見ながら、要はそう思っていた。だが、要の心はもう決まっていた。