人狼ゲーム
要は、目隠しをされ、後ろ手に縛られたまま、どこかの部屋へと連れて行かれた。
そこで、背もたれの無い丸い椅子らしきものに座らされ、両足も拘束された。頭には、しっかりとした造りのヘッドフォンが装着され、回りの音はそれで聞こえなくなるはずだったが、ヘッドフォンの中には音があった。回りには、誰かの気配がして、そして皆不必要に息が荒い。だが、シンと静まり返ってはいた。
そこへ座らされてから、目隠しを取られると、まだ目隠しされているのではないかと錯覚するぐらい、真っ暗な場所だった。
何も見えず、目の前には00:00という赤い光の数字だけが浮かび上がる、タイマーらしきものだけが置かれてある。
その周辺だけが数字の光で光って見えるので、そのタイマーが三つ、背を合わせるような形でそこに設置されているのだけは分かった。その前には、マイクらしきものの姿もあった。恐らく、あれで音を拾って皆に流しているらしかった。
…本当はもっと凝った趣向でやりたかったけど、こんな場所だから仕方がないわ。
あの赤毛の女がそう言っていたのを、要は思い出した。そのまま、じっと座っていると、英語で声が聴こえて来た。
『これから、皆さんには人狼ゲームをして頂きます。役職は先ほどご自分で選んだカードのものです。一度しか言わないので、心して聞いてください。』
要が一言一句聞き漏らさないぞとばかりに耳をそばだてていると、回りから困惑したような、日本語が聴こえて来た。
「何を言っているの?英語で話されたら、分からないわ!」
若い、女の声だ。他の声が言った。
「人狼ゲームがどうのと言ってるのは分かるが、全く分からないんだが!」
何かに、訴え掛けるような声だ。だが、英語の声はお構いなしに続けた。
『議論はどんな言語でしても構いません。ですが、椅子から許可なく立ち上がった時点で処刑されるので注意してください。』
「英語が分からないと言ってるんだが!」
他の男の声がする。要が、立ち上がってしまったらと思って、急いで叫んだ。
「椅子から立ち上がったら処刑すると言ってます!議論は日本語でしてもいいようです。だから、黙って従ってください!」
皆が、息を飲むのが聴こえる。またシンと静まり返った中、声は言った。
『では必要な情報をお知らせします。ここには1番から13番までの13人が座っています。役職は人狼2、狂人1、占い師1、霊能者1、狩人1、共有者2、妖狐1、村人4居ます。初日の占いは有り、人狼の襲撃も有ります。それによって役職者が死ぬことも考えられます。狩人は連続で同じ人を守ることは出来ません。毎日違う人を指定してください。』
要は、頭の中でそれをまとめて、皆に同じことを日本語に訳して言った。声はそれを待って、また先を続けた。
『初日の議論時間は30分です。投票は皆さんの後ろへ回って来るゲームマスターに、指で番号を知らせる形で行ってください。役職行動も同じです。占い、霊能共に指で、人狼なら1、そうでないなら2とお知らせします。それを読み取ってください。」
要は、さっと計算した。13人村で議論時間が30分もある。初日犠牲有りなら縄は5。議論時間そのままで最終日まで行ったとしても単純計算で二時間半プラスα。つまり最悪3時間みたら、これは終わる。
要は、勝ったからと彰をすんなり返してくれるとは思ってはいなかった。それでも、こうして従っているうちに、真司や博正や偵察部隊がここを見つけて来てくれるのではないかと期待していた。
それを一瞬で考え終えてから、要はまた通訳した。このまま、ずっと通訳し続けるのかと思うと気が滅入ったが、そんなことも言っていられない。
『議論終了後、その日の投票に移ってもらいます。怪しい人を一人選んで、投票してください。選ばれた人は、処刑されます。』
要は、息を飲んだ。
まさか…だが、あり得ないことではない。
要の脳裏に、無残に爆破された研究所の入口の様子がよぎって消えた。あんなことをしてまで、彰を襲撃した女なのだ。そして、ここでは必ず死ぬ。あの、薬品を投与されていないから血流停止から四分で脳細胞の死滅を止めることが出来ない。
蘇生は、限りなく難しい…。
それは、要自身にも言えることだった。要は、あの薬を携帯していないのだ。あれを携帯させられているのは、あの研究施設の検体と、一部の有志の研究者だけだった。
「処刑って…どうなるんだ?言葉のままじゃないよな…?」
誰かの声が、呟くように言う。要は、誰にも分からないと思いながら、言った。
「こんなことをするような人が、人道的な扱いをするとは、思わない方がいいんじゃないですか。」
要の言葉に、皆がまたシンと黙った。
『では、夜行動を開始致します。人狼の方、背後に居るゲームマスターに、1から13までのいずれかの数字を指で作って襲撃先を選んでください。二人の襲撃先指定が異なった場合は、ランダムにて実行されます。』
本当に、真っ暗だ。
要は、五感をフルに生かしてゲームマスターの動きを確かめようとしたが、今この瞬間には、ヘッドフォンから何も聞こえて来なかった。つまりは、マイクが切られているのだろうと思われた。
…ヒトの細胞に不可能などない。特に脳細胞は大したものだと褒めてやりたいぐらいだ。これほど脆くなければ、私もこの細胞でいろいろしたいと思うのに。
彰の言葉が、脳裏に過ぎる。だが彰さん、いきなりここで、手で音を聞けと言われてもきっと無理だろう。
要は、心の中でそうゴチた。だが、ふと思った…頬に、当たる空気。
いくら音を遮断しても、空気の流れだけはどうにもできない。人が歩くと、その回りには小さな気流が発生する。ここでは、空調は天井の隅にあるようだが、そこからの風は微弱だ。要は、真っ暗な中で更に目を閉じて必死に意識を集中した。どこだ…どこへ行った。
フワッと、何かが通り過ぎた。皆番号を着けられているのだろうが、要は1。人間心理から言うと、きっと時計回りに番号を打つ。なら、自分の左が2で、右が13だ。
どうも、近いような気がする。ゲームマスターが移動したのは自分から右へ、恐らく数歩の距離。
要は、それを心にとめた。推理で切り抜けることが相手の趣旨かもしれないが、彰の命が懸かっている。少々汚い手も、使わせてもらう。
要が考えている間にも、ゲームマスターはまた移動し始めたようだ。どこへ行く。どこへ…。
そうして感覚を研ぎ澄ましていると、回りの緊張した怯えた気配まで伝わって来た。荒い息が、空気を乱す。要は、顔をしかめた。頼むから、落ち着いてくれ。人狼を探させてくれ。
結構遠い位置らしき場所で、それは止まった。しばらくして、またヘッドフォンの音が復活すると、声が言った。
『では、占い師のかた、占い先を指定してください。』
要は、言った。
「占い師に占い先を指定して欲しいと言ってます。」
ヘッドフォンからはまた、音が消えた。
そうして、霊能者、狩人と回ったところで、ヘッドフォンからの声が歌うように言った。
『それでは、人狼の襲撃を実行します。』
要をぐっと目を閉じた。
1という番号は、どの役職にも指定しやすかったはず。初日は、一番危険な位置だと思われる…!
すると、急にダアン!という大きな音がして、耳がキンとなった。何事かと思っていると、何かが床に転がる音がして、ズル、ズル、と引きずっているような音がそれに続いた。辺りには、火薬の匂いが立ち込めている。
射殺された…?
要が思っていると、声が言った。
『10番が襲撃されました。それでは、初日の議論を始めてください。』
目の前の、タイマーが30:00から29:59となり、カウントダウンを始めた。誰かが言った。
「どういうことだ…!なんでこんなことをさせられるんだ!顔も見えない相手と、人狼ゲームなんて…!」
どこか別の位置から、声が言った。
「今のは、射殺されたのか…?真っ暗なのに、一発で?」
「暗視カメラでもあるのかもしれないぞ。それより、みんないきなり連れて来られたのか?」
「私はそうです。仕事帰りに駅前を歩いて、路地に入ったところで突然目の前が暗くなって、気が付くとここでした。ええっと、私は4番です。」
女性のようだ。他の声が言う。
「そうか、番号を言わないと分からないな。オレは7番だ。オレも仕事帰りに路地裏で意識がなくなった。みんなそうなんじゃないのか?」
別の方向からの女声が言った。
「ええっと、私は3番です。さっきから通訳してくれているのは何番のかたですか?」
要は、慎重に言った。
「オレです。1番。留学経験があるので英語は分かります。オレも、大学からの帰りに路地裏で意識を失いました。それで、気が付いたらここで。」
隣りから、女の声が言った。
「あの、実は私も。2番です。留学経験があるので英語は分かるんですけど、所々訛りがあるようでわかりづらい英語ですよね。」
「言葉が分かるだけ有利じゃないか!」少し離れたところから声がした。「ええっと11番だ。どうなってるのか分からないのに、こんなゲームなんかやってられねぇよ。第一、生き残ったからって帰してくれるのか?」
要は、声の方を見た。何も見えない。が、人狼位置のようにも思える場所だった。
「わかりません。この状況から分からないんですから、このまま何もしないでただ殺されるのを待つぐらいなら、ゲームを進めた方がきっと希望はあるんじゃないでしょうか。この中に、人狼が二人居る。それを二日で吊りさえしたら、犠牲は少なくて済みます。」
斜め向こうの距離から、声がした。
「そうだよな…人狼陣営の方が少ないんだ、狂人合わせて三人だろう。とっとと死んでもらって、オレ達は帰りたい。顔を見せないってのは、帰れる可能性が上がると思うんだ。あ、オレは9番。ちなみにオレ、霊能者だ。」
いきなりのCOに、要は驚いた。だが、そろそろゲームの話をしてほしいと思っていたところなので、願ったりだった。
「1番話します。共有者はどうしますか?」要は、言った。「片方だけでも出てもらえれば、その人を信じられるのでスムーズに進むと思うんですけど。」
「ああ、オレが共有だよ。」いかつい男の声が言った。「8番だ。何が起こってるのかわからんが、だが戦った方がいいみたいだな。じゃあ占い師、出てくれ。」
すると、二人の声が同時に言った。
「はい。」
「私です。」
女の声と、落ち着いた男の声だ。
二人…。
要は、じっと頭の中のメモに書いた。片方が狂人と見るのが自然だろう。狂人は狼からも狂人からもお互いが分からないので、どちらが本物か区別はつかないはずだった。
手も動かせず、身動きが取れない中で、要の頭は戦闘態勢に入った。