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国内の異国

要が部屋へ戻って電話をする前に、実験室をもう一度見て置こうと入って行くと、そこに同じように培養器の様子を見るチャンヨンが居た。彼は韓国人だが、ここは国籍関係なくいろんな人種、性別が入り混じるので、彼の外見だと親しみが持てた。何しろ、同じアジア人なのだ。

要が寄って行くと、チャンヨンが振り返って微笑んだ。

「ああカナメ。順調だよ。このペースなら4日ぐらいかな。」

流暢な日本語だ。来た当初、彼とは英語でコミュニケーションを取っていたのだが、すぐに日本語をマスターした。ここへ来るぐらいだから、彼もそれは優秀な頭脳の持ち主で、要と一緒にお互いの母国語を教え合ったので、今では要も韓国語を話せるようになった。

彼がここへ来たのは、彰と国外の学会で遭遇したからだ。

その頃の外交ではあまり二国間の関係が良くなかったにも関わらず、彰は全く気にする様子もなく寄って来て、彼を自分の研究所へスカウトしたのだそうだ。

外交は政府間のこととは言え、やはりそれなりに個人間でも嫌な思いをしたことがあったチャンヨンは、最初断ろうと思った。

だが、彰の話を聞いていると、その博識さと頭脳の明晰さに惹かれ、ついに来てしまったのだそうだ。

実際に来て見て驚いたのは、ここでは外交やその国と国との軋轢などは全く関係なく、自分の頭脳がどうかということでだけ評価され、国籍を聞かれることもまず、無かった。

名前は国籍を意識せずに済むように、皆英語名を持っている。大抵が簡単なジョン、クリス、ロバート、ジョージ、ダニエルなど自分で好きに名乗ることが出来るが、もうある名前は避けるように言われていた。要は、もうそんなのは面倒なので本名を使っているが、チャンヨンにもアレックスという立派な英語名が着いていた。だが、要とチャンヨンの間には、この二年で友情が芽生えていて、お互いに本名で呼んでいた。

「チャンヨン、オレちょっと実家に電話して来るから。何もないと思うけど、何かあったら部屋に知らせてくれないか?」

要が言うと、チャンヨンは心配そうな顔をした。

「それはいいが何かあったのか?帰らないといけないなら、遠慮しないでいいぞ。培養して試薬でのデータは取っておくし、一週間ぐらい外出して来ても。」

要は、苦笑して首を振った。

「いや、大したことじゃない。君のは自分の実験もあるのに。その、まあ彼女のことでね。姉が絡んで、ちょっと揉めてて。」

チャンヨンは、あー、という顔をした。

「まあこの生活だからな。私にももしステディにしている彼女が居たら、面倒なことになっていたと思う。分かっていたから、ここへ来る前に別れて来た。」

要は、びっくりしてチャンヨンの顔を見た。

「え、分かってたのか?」

チャンヨンは、苦笑して頷いた。

「私は国を渡ることになるし、自分の研究に没頭したかった。ジョンは、ここへ来たら好きなだけ好きな研究をやらせてやると言ってくれたし、助言もくれると言った。あの人が居て、施設があったら、きっと好きなだけ成果を上げられる。そう思ったから、ここで働くことを選んだんだ。彼女は捨てるしかないだろう。だが、後悔は全くしてないよ。」

チャンヨンはそう言って笑うが、要にはため息しか出なかった。自分は、そんな覚悟もせずここへ来て、きっと甘えていたのだろう。まだ、甘い考えがどこかにあったから、こうなっていたのだ。

「オレも、覚悟を決めるよ、チャンヨン。オレにとって、研究より大事なものは、今無いんだ。話はするけど…同じ結果になると思うよ。」

チャンヨンは、気遣わしげに言った。

「話したら分かってくれるかも。君は近くに住んでいるんだし、黙って待ってくれて送り出してくれる人なら、きっと続けられると思うよ。」

既に黙って待ってくれてないんだけど。

要は思ったが、気遣ってくれるチャンヨンに微笑みかけた。

「ありがとう。じゃ、よろしく。」

要はそう言うと、重い気持ちだったが前よりも前向きに、スマートフォンを握りしめて自室へと急いだ。


この研究所では、スマートフォンを使える場所は決まっている。

それぞれの自室か、執務室、実験室だった。

というのも、その他には妨害電波が流れていて、圏外になってしまうからだ。

ここでは、私的な無線通信は許されていなかった。

だからといって、自室などではいいのかと言うと、そうではなかった。

単に電波が通じる場所は、全ての通信を聞く事が可能なだけなのだ。

つまりは、何を話していてもセキュリティ担当の者には筒抜けだった。

ちなみにGPSでも場所が特定出来ないように勝手にまとめて変換して通信を送るので、外からも要がどこに居るのか知るのは困難だった。

スマートフォンを手に姉の洋子の番号をタップすると、要は深呼吸した。久しぶりの外との交流だ…いつの間にかここでの普通でない頭脳たちとの生活に慣れて楽になっている自分を自覚した。

電話は、すぐに取られた。

「…もしもし?」

要が言うと、間違いなく洋子の声がキンキンと叫んだ。

『何がもしもしよ、あなたね、いつメールしたと思ってるの!電話だって全くで、生きてるのかも分からない!真紀ちゃんだって心配してるのよ!』

要は、予想していた事だったので、冷静に答えた。

「手が離せなかったんだ。こっちは細菌相手で死なせたらまた一からだし取り込んでるの。それなりの給料貰うってことは、それなりの仕事してるんだよ。楽な仕事じゃないんだ。それで、なに?姉ちゃんには関係ないだろう。オレと真紀の問題だ。近いうちにそっちのマンション引き払おうと思ってるし、その時真紀にも話がある。」

洋子の声が、途端に気弱になった。

『なに?どうして引き払うの?あの、せめてこっちに帰って来て寝たらって言うつもりだったのよ。ほら、あの、そしたら真紀ちゃんが一緒に住めば、夜には家で会えるでしょう?お互いに顔さえ合わせたら、問題ないと思うし。ご飯も、作ってもらえるわよ。』

要は、ため息をついた。

「いや、もうこっちに部屋をもらってるからさ。もったいないだろう、ほとんど帰らないのに。まだ研究もこれからだし、帰れないことも多いと思う。それに自分の食事は自分で管理してるから作ってもらっても食べないよ。」

そう言ってしまってから、彰が同じ事を誰かに言うのを聞いたな、とふと思い出した。すると、洋子が怒って言った。

『何よ食べないって!他に言い方あるでしょう?!あんたどうしちゃったの?所在不明でGPSだって出ないし!』

要は、ここでは当然の事を言ったのに、外では通じないのを思い出して弁解しようかとしていたが、最後の数言でハッとした。GPS…?

「…オレ、家族間でもそれは出ないようにしてると思うけど?」

要は考えた。どうしてそれを調べる事が出来るんだ。まあ所在不明にはなる。ここはそうだからだ。

『えっ?!いえ…あの、ほら電話会社に問い合わせて、調べてもらって…』

歯切れが悪い。

要は顔をしかめた。

「会社が借りてくれてるヤツだから、勝手にそれは出来ないと思う。」

そう全部組織持ちなのだ。もちろん管理のためだが。

まさか…。

『いえ、私はその、居場所が…』

洋子はまだ何か言っていたが、要は聞かずにスマートフォンを耳から離して中のアプリを見た。そこは自分で管理する事になっているので、組織は管理していない。スルスルと指を滑らせていくと、一つの、見た事があるようなアイコンなのに、違うものを見つけた。つまりは、わざと他のアプリのアイコンに似せて作られた、隠しアイコンだった。

「…気付かなかった。」

要は、自分の甘さを恥じた。恐らく、スマートフォンを置いてトイレか風呂にでも入っている時に、勝手にインストールされたのだろう。これが入っていれば、アクセスして居場所を地図上で表示出来るスパイアプリだった。

だが、ここは特殊なので遮断されるのだ。

要は、電話を再び耳に当てた。

「姉ちゃん。真紀だな?」

洋子は、しどろもどろに言った。

『あ、あの、そんなつまりじゃなかったのよ、ほらあなた帰ってこないし、メールの返信もなかなか来ないし、別の女の所へ帰ってるかも、とか。あなたも悪いのよ!だって、職場の住所も知らせないなんて。まるで外国に行ってるようじゃないの!外国の方がまだマシよ、居場所が分かってたんだから。』

要は険しい顔で言った。

「ここは特殊だって言っただろ。襲撃を受けた事もあるんだぞ。誰にも言えないんだよ。だが、わかった。今日一度帰る。真紀にも来るように言ってくれ。オレはマンションを引き上げるついでに話をする。」

『え?ちょっと待ちなさいよ…』

要は、ブツリと通話を切った。確かに世間の常識ではオレは駄目な男だろうさ。だが、それなら他を当たってくれ。

要は、心底怒っていた。そして、二日ほど外出する事をチャンヨンに話しに自室を出て行ったのだった。


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