考え
「はっはあ!また騙されたな要!私の勝ちだ!」
彰は、小さなカードをひっくり返して見せた。結構ポップな図柄だが人狼の絵が描いてある。要は、ぶすっとした顔で自分のカードをひっくり返した。村人だった。
「もう~!嘘つくのが嫌いとか言って、つき始めたらめっちゃうまいってどういうこと?!」
彰は、上機嫌で笑った。
「嘘をつかずでも生きて行けるだけで、つけないとは言ってないかならな。甘いぞ。」
博正と真司が、困ったように座っている。クリスが、カードを片付けながら言った。
「ジョン、もう休んでいた方がいい。ゲームはここまでにしよう。私も研究に戻らなければ。」
彰は、不貞腐れたような顔をした。
「こんな退屈なことがあるか。やはりあの薬はまだ、完璧ではないようだな。改良せねばなあ。」
ここは彰の執務室だが、部屋でじっと寝ていると気が狂うと言う彰のせいで、簡易ベッドが入れられてそこで点滴を受けながら過ごしていた。
そして、誰も居ないと暇だと言うので、博正や真司、要、クリスが呼ばれてワンナイト人狼をやっていたのだ。
あの日、彰と共に戻ったのを見たクリスが涙も流さんばかりに喜んで駆け寄って来たのに、彰はこう叫んだものだ…「早く測定器はどこだ!血液検査の準備は!時限式の蘇生が可能になった瞬間だぞ!急げクリス!何をしている!」。
そして、大慌てて回りを機器に囲まれて、ヘリでここへと戻って来たのだ。
要の背には、結構な青譚が出来ていた。痛いはずだと博正もそれを見て顔をしかめたぐらいだ。だが、あの瞬間は痛みなど感じなかった…本当に、人は必死になると感覚が鈍感になるのだ。
しばらく要もここで養生して行くといい、と彰に言われて残っているが、何のことは無い、遊び相手が欲しかっただけなのだ。
彰は、回復して来た時、こう言って教えてくれた。
「この薬は時限式のもので、実験的に作ったんだ。24時間がタイムリミットというのが心もとないではないか。しかも、他人任せ。だから、私は一定時間が経過したら、徐々に活動を開始するようにと考えたのだ。恐らくは微かなものだが、5時間前ぐらいには心拍が再開していたと思うぞ。そこから、呼吸がゆっくりと戻って来て、脳へと酸素が伴った血流が再開されると、脳が活動を始める。私は早くから覚醒していたが、それでも体は全く動かせなかった。聴覚は真っ先に復活した。要、君が襲われているのは分かっていたが、無理に体を必死に動かしたから、心臓に負担がかかってしまった。だからまあ、こうしてすっきり治らずに後を引いているわけだ。」
要は、申し訳なさげに言った。
「あの…オレが不甲斐ないから、申し訳ありません。」
彰は、笑って手を振った。
「君に戦闘能力が無いからと責めるつもりはない。だがもう少し力をつけた方がいいぞ。」
要は、その時のことを思い出して、ため息をついた。今、目の前でまだ完全に回復せずに、彰がベッドに縛り付けられているのは、自分のせいでもあるのだ。
彰は、チラと要を見た。
「…なんだ。また自分のせいだとか思っているのか。これは私の設計ミスだ。次は上手くやる。」
要は、慌てて首を振った。
「もう、次なんてあったら駄目なんですから!いい加減にしてください、過去の清算はさっさと済ませてくださいよ!」
彰は、伸びをしてあくびをした。
「過去の清算って、覚えていることは出来るが、面倒だ。女はどうしてあんなに執着するんだ。さっさと記憶を消してしまうよう指示するよ。」
博正が、ハーっとため息をついた。
「いい加減にしろよな。その薬だって、体を撃ち抜かれてたら大変だったぞ。意識が戻った途端、体は動かないのに激痛にのたうち回るんだろう。で、結局死ぬ。カミラに感謝しろ。」
彰は、少し黙った。そして、小さなカードを指で弄びながら、軽い調子で言った。
「彼女は私を殺したかったのではないのだ。この体と脳細胞をこよなく愛していたらしい。だから前回殺した時も、ナイフで一突きだった。しかも、後ろに居た男にためらっていた所を手を掴まれて、ぶっすりだった。だから、彼女が来たなら体の損壊はないだろうと思っていたよ。思った通りだっただろう。」
要は、カミラの悲しげな緑の瞳を思い出した。それは美しい人で、彰に関わらなかったらきっと幸せに暮らしていたのだろう。あの、マルクスと一緒に…。
「…あんなに、綺麗な人だったのに。彰さんは、いったいどんな人なら気に入るんだろう。」
彰は、片眉を上げて要を見た。
「気に入る?遺伝子の相性が良くてそこそこ優秀なら無理は言わないがな。私もこの歳だしそろそろ自分の子供を残したいし。」
まるで、理想は高くないとでも言いたいようだ。
要は、顔をしかめた。
「だからそんな風に思ってる時点で普通の女の人じゃ無理なんですよ。同じような考え方で、優秀ならいいですって人…どこか、学者の人とか居ないんですか?」
彰は、あからさまに嫌そうに顔をした。
「学者で寄って来る女は山ほど居るが、私の好みでない。やはり遺伝子だけの問題ではないかもしれんなあ。」
博正が、呆れたように彰を見た。
「おい、ジョン。お前は結婚向きの性格じゃねぇ。やめとけ。お互いに不幸になる。」
彰は、博正を見た。
「自分は結婚しておいて。まあどっちでもいい。結婚云々ではなく、子供の話だ。」
そういう所が駄目なんだって。
要は思ったが、黙っていた。真司が、要を見た。
「それでここの警備員と、連れ去られていた一般人はみんな助かったのか?」
要は、首を振った。
「いや。最初の方で処刑された二人は助からなかったってクリスに聞いた。後は弾痕一発だったし、時間がそう経ってなかったから、後遺症もあまり残らず回復しそうだと聞いてるよ。」
彰が、頷いた。
「死んでからあれぐらいの時間なら体の回復は出来るのだ。ただ、問題は脳。薬の投与がないから傷の回復も時間が掛かるし、命は助かったもののリハビリに時間が掛かるだろうな。」
「それでも、普通の病院なら死亡確認で終わってただろうがな。」博正がため息をついた。「巻き込まれて死んだ一般人の二人は気の毒だったな。ジョンの巻き添えみたいなもんだからよ。」
彰は、手元にノートパソコンを持って来て膝の上に乗せて、言った。
「それでも何も覚えてないだろうし、恐怖の感情は残らない。要、君に対する恨みもな。」
要は、下を向いた。あの時、本気で皆殺しにすることが正しいことだと思っていた。みんな、自分を信じて話を聞いてくれたし、信じてもらうために、村だと思われるような発言を繰り返した。みんな、一般人ばかりだったし、簡単に騙されてくれて、早く終わった。彰のことを助けるためなら、そんな人達の犠牲など何でもないものだと…。
要は、そんな自分の一面を見て、怖かった。
それを、包み隠さず彰に話したら、彰は要の頭をポンと叩いて、こう言った…心配するな。誰も何も覚えていない。全ては無かったことになる…君は、正しいことをした。私の頭脳は確かに価値があると自分でも思うし、君がそう判断してもおかしくはない。おかしいとしたら他のヒトだ。常人には分からないのだ。我々がどれほど、その生活を守るために貢献しているかなど…。
彰は、我々と言った。
要は、自分も彰と同列に居るのだと知った。彰ほど早くから専門的に学んでいたのではないが、それでも彰に追いつける位置に居るのだ。
「彰さん…そういえば、いくつですか?」
要が、ノートパソコンを膝の上で操作している彰に言った。彰は、画面から目を離さずに言った。
「んー?歳か?私は36だ。」
それには、博正も真司も、要も驚いて思わず立ち上がった。
「ええ?!サバ読んでんじゃなくてか?!」
博正が、遠慮なく言う。どうやら、二人とも知らなかったようだ。要も、仰天して言葉が出せずに居ると、彰がうるさそうに視線を上げた。
「だーかーらー私は中学二年の時に渡米してから世界を渡り歩いていたのだ。最後に居た大学はドイツ、教授のステファンが死んで日本へ戻って来た。28の時だ。14年も海外を回っていたんだぞ?落ち着く場所も欲しいと思うわな。」
真司が、言った。
「違う、何も戻って来るのが早いとかそんなことを言ってるんじゃない!ジョン、若い姿だとか若作りだとか思っていたが、本当に若かったのか!」
彰は、不機嫌そうに言った。
「あのなあ、一体私が何歳だと思っていたんだ。だから要、お前と一緒に人狼をしたあの時には32だった。博正、お前達と最初に出会った時は30だった。」
博正と真司は、口をパクパクとさせている。要は、自分の歳を考えてみた。彰は、28でもうここの責任者として抜擢されてガンガン成果を出して来た。今の自分は、もう22歳。どう考えても、たった6年で追いつけるような気がしない…。
「オレ…やっぱり駄目かも…。」
要がどすんと落ち込むと、彰があっけらかんと言った。
「何を言っている。お前は遊んでいた期間が長いんだから仕方がないだろう。私と4年違うのだ。4年足して考えればいい。」
要は、恨めし気に彰を見た。
「じゃあ…あと10年はここに来れないですよね。」
彰が、片方の眉を上げた。博正が、要の肩に手を置いて言った。
「そう急ぐな。ここはそんなにいい所じゃないぞ。何しろ、こいつが責任者だ。成果を出すから好き勝手やっても後始末してくれるし、ほんとに好き放題で、部下達は大変なんだ。オレ達を元に戻す研究だって遅々として進まないしよー。慣れて来てこっちの方が便利だとか思い出してるからタチが悪いんだが。」
真司は、息をついた。
「お前はいいよ、美沙が嫁だろう。だから子供が出来たって同じ形だから奇形には恐らくならないだろうと言われてるだろう。だが、オレは困る。結婚出来ない。同じ人狼の女なんて居ないし、居たからってその女を好きになるとは限らないしな。」
要は、二人を気の毒そうに見た。
「人狼の薬に適応するのは男の人が多いですもんね。慎一郎さんだってそうだし。オレも密かにそこを研究してて、細胞学からはどうにも理解出来なかったんだけど、細菌の方で…その、人体に入るとある種のたんぱく質を作るのが居るんだけど、それの亜種がどうも使えそうな気がして…」
彰が、パッと表情を変えた。
「細菌?!何を見つけた!要、ここへ持って来い!もういい、ボストンを引き上げて来い!私が手続きをしてやる、ここで続きを研究しろ!」
要は、いきなり前のめりで来る彰に、ドン引きして言った。
「駄目ですって、あっちに細菌置いたままだし、輸送するなら凄いお金要りますよ。今、ほら、次の論文の期限が近づいてて、電話で話したヤツ終わらせないと駄目ですから。終わってから本腰入れようと思ってた課題だし。」
彰は、がっしりと肩を掴むと、要を揺さぶった。
「お前は何を考えているのだ!どちらが重要かなど考えたら分かるだろうが!輸送のことは私が手配する、論文は適当に書いてこっちから出せ!何なら私が書いてやってもいいわ!」と、更にベッドから前へと身を乗り出して要の顔の真ん前へと顔を持って来た。「分かったな!?」
あまりに迫力に、要は思わず頷いた。彰は、それを見ると大きく一つ、頷き返して腕に刺さっている点滴の針をぐっと引っ張って抜くと、術衣のまま廊下へと飛び出して行った。
「クリス!ロバートでもいい!手配しろ!要に実験室を一つやれ!」
「彰さん!まだ動いちゃ駄目ですって!」
要はその背に叫んだが、彰はもういなかった。要が愕然とそこに立ち尽していると、博正がその肩に手を置いて、言った。
「だから言っただろうが、あいつはやりたい放題なんだって。」
真司が、反対側の肩に手を置いた。
「これからはお前がオレ達を戻すための研究してくれるんだな。よろしく頼むわ。」
要は、顔を青くした。そんな、重要な役割を与えられるのか。だって、もう6年も人狼やってて彰さんが片手間に考えてても人に戻れなかったのに、それをオレがやるってぇぇぇ?!
「無理だーー!!」
要の絶叫は、誰にも届かなかった。
ここは、防音だけはしっかりしていた。




