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約束

そこで、真っ暗だったその場に、突然照明が着いた。

突然の光に要が目を細めていると、声が言った。

『やったのね、あなた。』

要は、その惨状を目の当たりにした。

椅子に座った自分の回りには、たくさんの人達が胸を打たれて倒れていた。

あっちこっちに引きずったような血の跡があり、床を引きずられて行った者達も同じ状態だったのが見てとれる。

そこにあったのは、本物の、死だった。

『…あなたがそういう風に持って行ったんでしょう。一番上に妖狐のカードを乗せて、オレがそれを引くだろうと。』

相手の声は、ホッホと笑った。

『それぐらいはさせてもらわないとね。もちろん、選択したのはあなたよ。どこから引いても良かったんだから。』

要は、自分が殺した人達の顔を見た。こうなることは、分かっていた。それでも、彰さんの頭脳を守ることに比べたら、必要な犠牲だと思った。そう、全てを守ることなんかできない。それなら、本当に必要なものを守らないと。

『人類にとって何が有益であるか考えたら必要な犠牲です。こうしなければ、損失が大きくなる。』と、要は顔を上げた。『さあ!約束でしょう!あきら…ジョンを返してください!』

声は笑った。

『返して欲しかったら、取りにいらっしゃいよ。そこにはもう誰も居ないわ。じっとしている必要はないわ。』

要は、急いで立ち上がった。

だが、足の縄がまだつけられたままなので、思うように動けない。要は、辺りを見回した。

すると、がっつりした体つきの、恐らく11番なのではないかという男のポケットから、じゃらじゃらとキーホルダーらしきものが溢れていた。その中に、小さなキーホルダー爪切りが混じっているのを見て、必死に後ろ手にそれを探った。

まず腕のロープを切らないと…!

後ろ手で、どうなっているのかは見えなかったが、感覚でパッチンパッチンと切った。どこを切っているのかも定かでない。だが、何とか腕の縄は解けた。

急いで足のロープをほどくと、要は11番の名前も知らない男性の遺体に言った。

「ありがとう。無駄にはしない。」

そうして、そこを駆け出した。


カミラは、とっくにその場所を出ていた。

自分より重いジョンの体を担ぎ、車では足が着くと森の中をひたすらに進んでいた。

マルクスは、うまくやったかしら。

カミラは、そちらを振り返った。そして、頭に装着していたヘッドセットを外し、それを側の茂みへと放り投げる。

賢い子ね。でも、ジョンに感化されて狂って来てる。

カミラは、ずっとヘッドセットで向こうから送られて来る会話を聞いていた。そして、ここからマイクで話していた。実は、日本語は理解出来た。ただ、話すとなると難しく、とても口に出来たものではない。そんな言語を学ぼうと思ったのも、思えばジョンが操る言語のひとつだから、だったのかもしれない。

ダランと垂れたジョンの腕の先、長い指が目に入る。ついに一度も、自分に触れたことのない指…。

カミラは、ガクンと膝をついた。あのゲームが始まってから、ずっとこうして歩いて来たが、道が険しい。それに、カミラがいくら訓練を積んでいるからと、ジョンの体は重かった。もう1時間以上もこうして歩いているのだ。

カミラは、さすがにこれ以上は歩けないと思い、側の木の影へとジョンの体を下ろした。まるで傷をつけたくないかのように、そっとジョンの体を座らせたカミラは、その隣りに座り、上がった息を整えながらその肩へと頭を乗せた。

『ジョン…月が見えるわ。あなたとこうやって月を見ながら心中するのって、いいかもね。』

だが、その月も傾いて来ている。

もうすぐ、夜は明けそうだった。


一方、要は必死に廊下を走り、外への出口を見つけて飛び出した。さっきの部屋には、もう彰もカミラも居なかったのだ。きっと、離れた位置から通信して話していたのに違いない。

要がどっちへ行ったのかと手がかりを探して辺りを見ていると、そこへ、あのガッツリとした体格の男が行く手を遮るように現れた。着ている服はもう擦り切れてボロボロで、胸の辺りにある小さな生地には、「Marcus」と書いてある。英語ならマーカスだがドイツ人なら、マルクスだろう。

『…あなたはここに残ったんだね。』

要が言うと、相手は頷いた。

『彼女の最後の望みを叶えるために、オレはここに来た。君に邪魔させるわけには行かない。』

要は、首を振った。

『最後の望みって何?ジョンと一緒に死ぬこととかか?彼女とジョンの間に何があったかは知らないけど、でも彼女にとってそれが幸せだなんて思わないよ。あなたは、どうなの?彼女がここで死んでもいいの?』

相手は、眉を寄せた。

『彼女がそう望んでるんなら、これ以上苦しまずに済むなら、それでいいと思っている。オレだってもう長く生きちゃいない。組織に無断でこんなことをしているし、こっちの組織からあっちへ連絡だって入ってるだろう。もう行き場はない。彼女が、あの聡明で美しい彼女があんな風になってしまったのは、全部あの男のせいなのだ。だったら、全部一緒に消えてしまえば後腐れなくていいだろう。』

要は、歯ぎしりした。この男が阻んでいるということは、こっち方向へカミラが行ったということで、その道の険しさを見ても、車では無理だ。ならば徒歩。絶対にまだ、遠くへは行っていないはず。

「…こんなに面倒なのに、どうして全部記憶を奪ってしまわなかったんだろう…」

要は、日本語で言った。彰は、人狼ゲームをさせた後も、皆軒並み偽の記憶を刷り込む。それが、どれほど簡単なことなのか、彰はとくとくと説明してくれたものだ。そんな彰が、どうして面倒なカミラの記憶を消してしまわないんだろう。出来たはずだ。一度、殺された時に。

すると、意外にも相手は答えた。

『さあ?ジョンってヤツは気まぐれだから、もっと苦しませようと思ったんじゃないのか。カミラは、殺すと言いながら出来ないんだ。前回はオレが後ろから手を貸した。カミラの絶望の目は忘れられないよ。』

要は、驚いて顔を上げた。

「え?日本語が分かるのか?」

相手は、肩をすくめた。

『聞き取れる。話せないがな。』と、空を見上げた。『ああ、タイムアップだ。オレの負けか。』

要が、何の事だろうと見上げると、遠くから、バラバラとヘリの音が聴こえて来た。

「要ー!!」

何を言っているのか分からないが、クリスが身を乗り出してこちらへと叫んでいる。ヘリからは、ライフルが構えられていた。それが、どんどんと降りて来ていた。

男は、手を上げた。

『行け。ここを真っ直ぐに登って行ったはず。今は午前5:14。君たちの基準なら、まだ間に合うだろう?』

要は、先を見た。まだ真っ暗だが、空は薄っすらと東の方が白んで来ている。

『ありがとう、マルクス。』

要は言うと、サッと言われた方向へと走って行った。次々に降りて来る警備兵たちに囲まれながら、マルクスはクッと笑った。

『なんだ…知っていたのか。』

そうして、要は必死に斜面を走って登って行った。


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