罠
その頃、博正と真司は合流して、匂いの到達点へと来ていた。そこには、脱ぎ捨てられた上着やブーツなどが転がっている。そこから、どこかへ続く轍があり、ここからまた、移動したようだった。
「…やられた。ここへ誘導されたようなものだな。あいつら、恐らくもっと研究所寄りの場所に居る。」
博正が、人型へと戻って行った。真司も、頷いた。
「ここからはこいつらに任せるしかないか。」と、一緒に来ていた武装集団を振り返った。「ジェイク、ここから追えるか?」
隊長らしき一人が寄って来て、頷いた。
「ああ。ここにジープを隠していやがったんだな。始めから一度ここへ誘導するつもりで。何時間も山の中を歩かせやがって。」と、皆に合図した。「追うぞ!もう時間がない、走りながら位置を予測して応援部隊へ指示する!来い!」
全員が、轍の後を走り出した。
博正と真司も、再び狼へと変化するとその後を追って走った。
時間は刻々と過ぎていた。
要は、投票を終えていた。要が投票したのは12番だったが、今夜の処刑は、4番だった。もちろん、要の頭には投票先もしっかりと入っている。初日の投票先と合わせて、人狼の場所を決めるのに役立ちそうだった。
そして、襲撃を受けたのは、3番だった。
「待って、私は…!」
何か言いかけたが、その声はまた大きな銃声に遮られた。そうして、また処理する音が遠ざかるのを待って、前のタイマーが動き出し、20分の議論の時間が始まった。
「ええっと、今何人だ?」
8番が言う。要は答えた。
「8人です。」
8番は、息をついた。
「そうか。ああ、じゃあ占い結果を頼む。」
6番の声が言った。
「オレは7番を占った。白だった。死んでもいないし、狐じゃ無かったって事だな。」
8番が、促した。
「霊能者、頼む。」
霊能者は言った。
「白。今気づいたんだが、オレの仕事はもう終わってるな。あと一人の人狼を吊ったら、ゲームは終わる。終わってないってことは、黒じゃなかったってことだからな。だから人狼も意に介さないんだろうな。」
7番が言った。
「思ったんだが、どうして狼は3番を噛んだ?」7番の声には、不信感がありありと浮かんでいた。「あっちが真占い師だと分かったからじゃないのか。狐のことは分からないが、もしかして狼には、どっちが真なのか分かったんじゃないか?」
8番が、考え込むような声を出した。
「そうだとしたら…昨日の6番の白は誰だ?」
要が、間髪入れずに答えた。
「13番です。」
隣りで、13番が息を飲むのが聴こえる。8番にもその音は聴こえただろう。8番は言った。
「そうか、だから落ち着いて見えたのかな。13番が人狼だとしたら、昨日6番が自分に白を出したのを見てどっちが真なのか分かったはずだ。だから、噛んだ。もう一匹しかいないのに、仲間の狂人を噛もうと思わないだろう。」
11番の声が、怒声を含んで言った。
「お前が襲撃先を決めてやがったのか!偉そうに言う女だと思ってたが、今日はお前を吊ってやる!」
要が、冷静に言った。
「いえ、もしもそうだとしても、今日は13番を吊る日ではありません。」要の声に、皆が耳を傾けているのが分かる。要は、続けた。「狐が居る可能性がまだあるんです。13番が狼なら、狐がもう居ないと分かってから吊るべきです。皆さんは、真占い師は3番だという結論なんですね?」
8番の声が、諦めたように答えた。
「そう考えるよりないだろう。だが、狼が占い師を噛んで来たってことは、もう狐は居ないと判断したからじゃないのか?オレは、今日13番を吊ってもいいかと思うんだが。」
要は、言った。
「いいえ。狼は一匹です。どんな判断をしているか分かりません。狐を確実に処理しておかないと、村は負けるんです。オレはまだ、どちらを真と決めているわけではないので、狐候補を探すのなら、両方のグレー、まだ全く占われていない人から投票に上げるべきだと思います。」
8番の声は、悩むように言った。
「それは、誰になる?」
「12番です。」要は、言った。「12番が両方から占われていないグレー位置になります。」
しかし7番は言った。
「12一択か。だが、無駄な犠牲になるかもしれない。13が狼なら、もうそいつ吊りでいいと思うんだがな。」
すると、霊能の9番も言った。
「オレも…占い師を噛んで来たんだから、もう狐は居ないと思うし。このまま狐かもしれない人を吊っても狼が残るから、また誰か襲撃されるだろう。だから、今日は13番を吊った方がいいんじゃないかって思う。」
13番が、必死に言った。
「私は狼じゃないわ!そんな、こんな噛み方をしたらあからさま過ぎるでしょう!私はそんな自分が疑われるようなことはしないわよ!」
「どうだかな。」
7番の声が吐き捨てるように言う。要が、割り込んだ。
「分かりました。じゃあ、範囲を皆さんの意見で広げてはどうでしょう。3番が真占い師という考えだったら、3番が占ったのは1番、11番で、今生きている中でのグレーは7番、12番、13番です。3番視点から言うと、この三人の中に最悪狐と狼が居ることになりますよ。この中から、吊ってはどうでしょうか。…あまり狐ケアをしない発言をしたら、その人が狐だとオレは疑いますけどね。」
何か言いかけた7番がぐっと黙った。困惑した空気が感じられる。6番が、さっきまでの落ち着いた様子とはうって変わって慌てたように言った。
「私が真占い師なんだ!狼が何を思って3番を噛んだのかオレには分からないが、狐の居場所はオレから見て1番、11番、12番があり得るんだ!狼だってこの中に居るだろう。だから、13番は狼じゃない!」
8番が大げさに溜め気をついた。
「今まで落ち着いていたのに、ここで騒いだら余計におかしいと思われますよ。というか、狐のことに言及してケアするべきだと推している1番が、そんなはずはないだろうから、あなた視点だと11番と12番が怪しいってことですよね。」
11番の声が、不機嫌に言った。
「オレは狐でも狼でもねぇ。オレ自身しか知らねぇことだが、オレから見てお前は偽物だよ。」
6番は、必死だった。
「信じてくれ、オレは真占い師だ!」
「待って!」13番が、凛とした声で言った。「COします、私は狩人です!」
要は、13番をちらりと見た。
そうだろうと思ったよ。
最初から、占い師の真がどうのと言い出すその心理には、恐らく誰を守ればいいのかという葛藤があったからではないかと思っていたのだ。その上、発言が村っぽい。だからこそ、狩人が居るならそこだろうと思っていた。だが要は、心の中ではそう思いながら、違うことを口にした。
「ここで狩人COって…恐らく誰も信じられないと思うけど。」
回りには、同意するような空気が流れた。13番は必死に言った。
「でも!本当なの、初日は1番、二日目は3番、三日目は6番を守った。連続護衛出来ないから!」
要は、これ見よがしに大きなため息をついた。
「…これは皆さんに同意せざるを得ないかな。13番が、ラストウルフでしょう。となると、私から提案があります。」
みんな、じっと要の言葉を聞いている。要は、言った。
「私は、狐ケアを諦めることは出来ない。明らかに怪しい12番を残したままラストウルフを吊ることは出来ません。ですから、今日は12番を吊って、明日恐らく噛まれもせず残る13番を偽として吊ったらどうですか?本当の狩人なら、明日生き残ってはいないはず。13番は、自分が真だと言い張るなら今夜何が何でも護衛を成功させて、それを皆に証明する機会が与えられます。6番は、自分の真を証明するためにあなたのグレーの私1番か、11番を占って呪殺を出す。それで、どうですか?」
6番は、困惑した声を出した。
「それは…確かにそれでもいいが、狐がまだ吊られてないという可能性は低いだろう。君達で呪殺が出せるとは思えないんだが。」
要は、見えないのは分かっていたが肩をすくめた。
「それでも、そうするよりありませんよ。共有、どうですか?」
8番は、ハッとしたように言った。
「あ?ああ…そうだな。万が一のこともある。12番を吊ってからにしよう。」
12番が、また耳障りな甲高い声を出した。
「わ、私は狩人です!この人嘘をついてるんです!狩人は出たら殺されるって聞いてたから、黙ってたんです!吊られたら、村人が困ると思う!」
要は、声を立てずに笑った。やっぱりね。君の正体は知ってる。
「これはまた、狩人COですか。」
要が言うと、8番がうんざりした声で言った。
「ああ、狐か。多分そうだな。とにかく両方とも吊って、終わりにしよう。そもそも偽が出た時点ですぐに出て来ないと、信じられるはずがないじゃないか。一回も護衛が成功してないしな。」と、声が要の方を向いたようだ。「なあ1番、もしかしてもう狩人は狼に殺られちまったかな?」
要は、わざと呆れたように言った。
「これだけ騙り放題だと、そうなりますね。指定が自分に来て、初めて出て来るのが…まあ一日様子を見てもいいかもしれませんが、その間に犠牲が増える。」
『投票の時間です。』
急に、ヘッドフォンに声が割り込んだ。
要は、自分の後ろにゲームマスターが来るのを待った。吊るのは12。後は皆がそう入れてくれたら…。
しばらくして、目の前のタイマーに表示がパッパッと流れ出した。1-12、6-12、7-12…。
9番までが12だった時、要は12吊が確定したのを確信して息をついた。
良かった…!今で恐らく1時間半ぐらい。彰さん、もう終わる!
要が心の中でそう思っていた次の瞬間、12目掛けて銃声が響き渡り、そして、声が英語で言った。
『12番が処刑され、この時点で勝利陣営が確定しました。妖狐陣営の勝利です。』
誰かの声が、怪訝そうに言った。
「え?前と違うことを言ったな?今何て言った?」
その声を最後に、辺りには銃声が何度も響き渡った。要は、耳を塞ぐことも出来ずに、ただその音の暴力に一人耐えた。
そうして、その音が去った時、回りには静寂が訪れた。
誰の呼吸音も聞こえず、ただ自分の呼吸だけが立ち込める火薬のにおいの中にあるのが分かった。




