プロローグ
「違う、何を聞いていた。君も知っているだろうが、私は気が長い方ではない。そんな事も分からないようでは、ここへ来る事など出来ないぞ。もう一度考えろ。道は無限だが必ず真実はあるんだ。諦めるな。時間など関係ない、間違った思考を繰り返さなければ必ず一瞬で正解にたどり着ける。諦めたら、そこで終わりだ。今までの思考も無駄になり、破滅が待っている。ここへ来るならそんな寄り道をしている暇はない。やり遂げろ。」
彰は、電話を切った。その後、少し顔をしかめた。つい、いつもの調子で勢いに任せて言ってしまったが、まだあいつは若い。研究を始めてまだ3年、普通なら出来ない思考をたどり、もう早々と二つの博士号を獲った。普通なら、褒めてやっても良いのかもしれない。それでも、あいつならもっと早く高みへ上って来る可能性があるだろうと…。
彰は、苦笑した。柄にもなく焦ってむきになってしまった。
もう少しヒントをやるか、とスマートフォンを取り上げた時、ガタン、とドアの外で音がした。
「?」
彰は、ドアの方を向いた。ここは防音設備がしっかりしていて、滅多なことでは音など聴こえない。それなのに音がしたということは、外ではもっと大きな音がしたはずだ。
そして、そんなことが起こったら、ここではすぐに警報が鳴るはずだった。
彰は、それを瞬時に判断して自分の腕の時計に触れた。まさかと思うが、それしか考えられない。
そして急いで何かの数字を入力すると床に携帯を上向きに落とした。チクリと腕に何かが刺さる感覚がして、時計が無事に彰の意図通りに動作したことを確認する。次の瞬間に爆風で吹き飛ばされたドアが飛んで来るのを避け、横へと飛び退いた。バタバタと足音が響き渡り、数人の武装した黒い服集団が駆け込んで来た。
…やはりそうか。
彰は、心の中で自分の考えが間違っていないことを悟った。武装集団は、彰に銃を突き付けて言った。
『手を上げろ!どこにも触れるな!』
英語だ。彰は、ゆっくりと手を上げた。
『こんな軍の基地でも無い場所に何の用かな?見たところ、君達の英語はイギリスでもアメリカでもないな。そう…ドイツか。』と、ドイツ語に切り替えた。『だとしたら、カミラか?』
すると、壊れたドアから女が一人、入って来た。
『わかってるじゃないの。』女は、ドイツ語で言った。『今度こそあなたと決着をつけようと思ってね。』
女は、ツカツカと歩み寄ると彰の腕を掴んだ。彰が黙って睨むような視線をカミラに向けていると、カミラはその腕から時計を外した。
『作動させる暇はなかったはずよ。この部屋へ侵入させた時からあなたの手の動きは見ていたわ。これであなたは、普通の人。撃たれれば死ぬわ。いつかのようなことはもう無いわ。』
彰は、フッと笑った。
『どうかな?私を殺したいと言いながら、蘇った時は嬉しげにした癖に。君は本当は、私ではなく私に認められない自分を殺したいのだろう。別に道具としてなら使ってやってもいいと言ったのに。素直じゃないな。』
カミラは、歯ぎしりした。
『あなたなんて…!私を馬鹿にするだけ馬鹿にしたことを、後悔して死ねばいい!』と、銃を抜いて彰の胸に当てた。『今度こそ殺す。頭は大切にしてあげるわ。その綺麗な顔をはく製にして眺めてあげる。』
彰は、軽い冗談を言われた時のように顔をしかめた。
『悪趣味だな。変なことに使わないでくれよ。』
彰は、意識が喪失して行くのを感じた。
…他より遅めの設定だが、もう効いて来たか。まあ計算通りの時間だが。
彰は、突然に床へと倒れた。
手の先で、床のスマートフォンに触れる。
…8:53。計算通りだ。後は、頼んだ。
彰の意識は、そこで途絶えた。
カミラの声が叫んだ。
『どうして?!薬を打つ暇なんか無かったはずなのに!ここの防音は完璧だし、こいつには外のことなんて分からなかったんじゃないの!どういうことなのよ!』
だが、その声は彰には届かなかった。
スマートフォンは、その間にどこかへ送信を終えていた。