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私とメルヴィン君は二人だけで話せるようにとテラスまで来た。どうでもいいけど、てっとり早く切り上げてセス様探したい。
あと、今秋だからドレスに防寒性なんて無いし壁も屋根も無いタイプのテラスなせいでちょっと寒い。それがわかっているからか他に人が居ないのは有り難いけど。
でもしかし、さすがに三歳児を相手に紳士的に上着でも貸せよとは思わないけど、寒さが普通には辛い…。あー、早くも中に戻りたい。
「メルヴィン様、私と話したいと仰られましたが、」
「あー、いいよ別に様とか付けなくて。人前じゃなければ。話したいっていうよりさ、僕君に聞きたいことがあるんだよね」
メルヴィン君は私の言葉を遮ってそう言うと、無駄にかわいらしい顔に含みのある笑みを浮かべた。
まあ、本人が言うなら心の中と同じくメルヴィン君と呼ばせてもらおうかなと私は軽く考える。それより、さっさと要件に入ってくれそうなのは有り難い話だ。
メルヴィン君はそれはそれは楽しそうに笑いながら、私に至近距離まで近づき私の顔を覗き込むように首を傾げた。細められた赤い目が綺麗だ。
「君の目的って、なぁに?」
うーん、言葉の説明不足さが子どもらしい。私が中身も三歳児ならいきなりこんな事聞かれても唐突過ぎて訳がわからなかっただろうな。
さてそれにしても…恋愛対象としては無いけど、メルヴィン君は普通にかわいいし見ていてそういう意味ではときめきを覚える。こんなにもわざとらしく首を傾げているのに、お人形さんのようなかわいらしさに見えるから狡い。私にもそのかわいさを分けて欲しい。
いや、私も今は美少女なんだから仕草を真似ればかわいいのでは? ここはメルヴィン君を見習い、積極的にパクっていこう。
…と、私がメルヴィン君の話をほぼ無視して楽しい事を考えていられるのは、別に現実逃避している訳じゃない。私にとって彼は、面倒臭いだけで脅威でも何でも無いからだ。
「目的と言いますと、そうですね…私がパーティーにに出席したかったのはセス様とお会いしたかったからですが、それがどうか致しまして?」
だって私、メルヴィン君に対してセス様への恋心を隠す気が一切無い。
というか、セス様本人とカイン子爵以外には別に知られてもいい。セス様にはもう少し脈アリになった後で自分から言いたいし、カイン子爵は言うと面倒臭そうだから知られたくないけど、それ以外の人には全然知られて構わない。
前にシャーリーには好きな相手をヒミツと言ったけどあれは、まだ、という意味だ。何で一度も会った事が無くほとんど情報も無い人を好きなのかと詳しく聞かれたら私はボロを出しそうで困るからで、会った後に「王子様だから憧れてたの! 今はもっと好きだけど!」と言う分にはまったく問題ない。
メルヴィン君はゲーム通りなら好奇心の塊なだけで特に陰謀を企てていたり私の邪魔をして来たりしないだろうから、私も明け透けのぼろっぼろに本音を零せる。
「殿下と? それってどういう意味で?」
「恋愛的意味ですが」
メルヴィン君がもう少し大きくなってから探られるんだったとしたら無駄に駆け引き入れて来て面倒臭い事になったんだろうけど、子どもは駆け引きして来ないから楽だ。直球に直球で返して、このままならさっさと話を終えられそう。
あー、外寒かった。これで私がただの恋愛感情で動いているだけだとわかって、メルヴィン君の私への好奇心も萎みパーティ会場に戻れるだろう。そして私はセス様と初対面。
「いや、うーん…でも君、もっと色々考えてるように見えるよ?」
「はい? いや、私の考えなんて激浅なんですけど。無駄に深読みし過ぎ」
……あ?
あ、あれ!? ちょ、ちょっと待って! なに素直で無礼な反応で返答しちゃっているんだ、私!?
いくら明け透けに話していいからって、寒くて早く戻りたくてもう戻れるだろうと思ったところで変な勘繰りされてイラッと来たからって、その言葉遣いはいけない!! 前世のゲームキャラクターなのはこの際どうでもいい! 問題は、相手は自分よりかなり身分の高い公爵のご子息様だという事だ! シャーリーにも失礼の無いようにって言われていたのに!
「……」
「……て、てへ」
じっと見られるだけでその圧力に耐えられなくなった堪え性のない私は、誤魔化し切れる気もしなかったのですぐに音を上げた。せめてメルヴィン君のようにかわいく見えるようにと、ゆるく拳を作りコツンと自分の頭に当ててドジっ子アピールをしてみた。
「……」
「……」
反応が無い。つらい。やらなきゃよかった。
も、もういい! かわいい路線は諦めた! というかそもそも、メルヴィン君にかわいく思われたところで私はまったく得しない。私がかわいいと思われたいのはセス様だけだ。
という訳で、もうこうなってしまったからにはとりあえずメルヴィン君の深読みしている誤解だけは解いてしまおう。
「い、いいですか? もうこの際開き直りますけど、私は好きな人に好かれて付き合って結婚したいと思っていて、夢は彼のお嫁さん! だなんてハート飛ばしてきゃっきゃしている、何処にでも居るような普通の恋愛脳女子です! メルヴィン君が想定しているでしょう好奇心をくすぐる複雑怪奇な思想は一切御座いません!! 超単純!! 恋愛楽しい!!」
あ、今私いい感じに勢いに乗れているぞ! ほら、メルヴィン君も恋する乙女の勢いにぽかんとしていて付いて来られていない! 今だ! このまま捲し立ててこの場を去れ! 考える隙を与えるな!
「という訳で、あなたのご用は無くなりましたね? さらば。さっきから凄く寒かった。ご両親にはあの女くっそ失礼だったとは言いつけないでくださると嬉しいです」
言うだけ言って、いい笑顔を最後に私はそそくさとその場を去る。
……予定、だったんだけど、思いの外メルヴィン君の復活は早く腕を掴まれ止められた。
「何言ってるの? それでばいばいは無いよね?」
で、ですよねー…?
私は渋々振り返った。何だよ、無礼な言葉遣いしたのを謝ればいいのか? それで満足か、坊ちゃんよ? うん?
そりゃ、親に言いつけられたら後で私は叱られるだろうけど三歳児のしたその程度の失敗言いつけたってお前にメリット無いぞ? ここは寛容な心で許してくれてもいいんじゃないの? ねぇ?
私がそう心の中で威嚇していると、メルヴィン君が紳士的に上着を貸してくれた。違う。そうだけど、そうじゃない。借りるけど。
「殿下が好きなのはわかったよ。納得。だけど、殿下はこの先君以外のもっと身分の高い子と婚約して結婚すると思うけど?」
私は、メルヴィン君の続けたこの質問で、自分の勘違いを悟った。
どうやらメルヴィン君、この頃からゲーム通りの性格らしい。好奇心至上主義なこの少年は、まだ私に聞きたい事があって話が終わっていないから止めて来ただけみたいだ。表情とか声の調子とか全然怒ってないわ。
あー、はいはい。わかったよ。しょうがないなぁ。私が全部、嘘偽りなく答えてあげよう。
「でしょうね。そんなのわかっていますけど、たったそれだけの事が私が恋を諦める理由になります?」
「諦めろとは言わないけど…普通に辛くない?」
「ずっと片想いをするなんて言ってません。要は、セス様に私を好きになってもらえればいいんですよ。その為に私、死ぬ程努力するので」
私のポジティブ具合とセス様への執着を嘗めるでないと、私はどこかの村の長老にでもなったような達観した貫禄を出しながら胸を張った。
「まあ、メルヴィン君は私の恋と生き様をエンターテイメントだとでも思って見物していても構いませんよ」
私は謎の上から目線で笑った。自分でも今私が何処に向かっているのかわからない。でも私の内蔵センサーがセス様を捉えていないので、セス様には見られていないはずだからまあいいかと思う。
「リリアナって、正直だね」
「いや…どっちかと言うと嘘が下手過ぎて正直で居ざるを得ないというか…」
「あはは! 本当に正直だ」
メルヴィン君は楽しそうに笑った。そうやってただ笑ってると普通の三歳児にしか見えない。
まあ、なんだ? メルヴィン君は私に多少好意を持っているようだし、私の無礼さを言いつける事は無いだろう。結果オーライ。
今度こそ解決かなと思ってメルヴィン君を見ると、またかわいい顔をして私をじっと見ていた。私はこの子がかわいい顔を故意にしている時には碌な事が無さそうだなと思った。
「ねぇ、じゃあ今後の殿下との進捗とか色々聞きたいからさ、僕と友達になってよ」
「…えー?」
メルヴィン君の提案に嫌な声を上げる私は、乙女ゲーム『救国のレディローズ』のファンに見られたら何様だと言われそうだ。でも私、ゲームのファンっていうかセス様が好きなだけだからなぁ。
メルヴィン君を見てかわいいなぁとは思うけど、今世で私がしたい事ってセス様との恋愛だけだし、友達になってもなぁ……いや、待てよ?
「あ、じゃあ、基本的に自分一人で頑張るつもりなんですけど、もし何かあったら助けてくれません? 何かっていうのは例えば、もしこの先私にはどうしようもない外的要因で私の恋が閉ざされようとした時とかって事なんですけど。クラビット家の力なら出来そう」
「全力でメリットの話して来るね」
「だってメルヴィン君と仲良くしたらセス様と結婚出来る訳じゃないし」
「殿下の事以外頭に無いの?」
「有りませんね!」
私は腰に手を当て堂々と胸を張った。自慢じゃないが、私は九割セス様の事を考えながら生きている!
「うーん…でも、金融業やってるクラビット家の長男としては、口約束だとしてもリリアナの事を絶対助けるなんて言えないし…」
メルヴィン君は真面目な理由で渋った。なら友達にならなくていいです。
…とも思うんだけど、いやしかし、よく考えると私がセス様と結婚し王妃になった後、クラビット公爵のご子息様と仲良くしているというのはプラスに働きそうだ。ここはそれなりに私に好条件な交渉をした上で友人契約を取り付けるのが利口か…。
「じゃあ、私を助けるのが面白そうだと思ったら助けてください」
「ならいいよ!」
即答か。話が早い。
セス様で釣れる私と好奇心で釣れるメルヴィン君は、案外いい友人になれるのかもしれないなと思った。