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ほんのりと桃色がかった白の、短過ぎない膝上丈の柔らかく動くとふわりと揺れるたくさんのレースがあしらわれた清楚な可愛らしいドレス。
そして何より、それが非常に似合う今世の私の美少女さに私は鏡の前で感動していた。
「シャーリー! 見て! 私、かわいいわ!」
「そうですね、髪もかわいらしく致しますので動かないでくださいね」
私のナルシスト発言をさらっと流したシャーリーは、自分はいつも後ろにきっちり一つ縛りしているだけなんて思えないような手際の良さで私の髪を綺麗に編み込み纏め上げていく。
あっと言う間に出来上がった、ドレスに合わせてか派手過ぎずきっちりし過ぎてもいない編み込みとハーフアップの髪にユリの生花があしらわれた私の髪型は、これまた非常にかわいい。
淡い色のドレスにストロベリーブロンドの髪色がまた愛らしさを醸し出し、紫色の目とドレスデザインの清楚さのお陰でそこまで子どもっぽくもない。髪色と同じ色の靴は、三センチピンヒールのパンプスだ。ヒールが細くても三センチぐらいならこの小さな身体でも問題なく歩ける、というのは既にシャーリーと一緒にテストした。
「お嬢様、おかわいらしいです」
「やっぱり!? ふふ、うふふ!」
私は鏡の前で一度くるっと回ったり後ろを向いて振り返ったり横を向いたりしながら自分の姿をチェックし、そのどれもかわいい事に最高にご機嫌になった。このドレスと靴がすぐに大きくなって着られなくなるなんて残念だ。大事に取っておこう。私のセス様との最初の思い出の品になるんだから。
…かわいいって、言ってくれるかな。ううん、言ってくれないだろうな。でも、自分がかわいいと思える姿で会えるのが幸せ。
ああ、ダメダメ。今は自分に集中していないと。これから会えるって考えちゃったら、それだけで心臓が破裂しちゃいそうだから。
「それでは、旦那様と合流して向かいましょうか」
「ええ! シャーリーも、会場のお屋敷の入り口までは付いて来てくれるのよね?」
「はい、パーティーの間は馬車にてお待ちしておりますが、お嬢様が楽しく過ごされるよう願っておりますので」
私は笑顔で頷いた。社交パーティーの間シャーリーは近くに居ない。少し心細いけど、セス様と釣り合う女になる為には自立心を育てるのは良い事だし頑張ろう。
私がシャーリーと一緒に三階の自室から一階まで降りエントランスに行くと、先に待っていたカイン子爵が私を見て目を見開いた。
「お父様、お待たせして申し訳あり、」
「私の娘が世界一かわいい! シャーリー、私の娘は実は私の娘ではなく妖精さんか何かなのではないか!? これこのまま連れて行って大丈夫か!? 誘拐されないか!? …あ。リリアナ、今何か言った…?」
「……いえ」
私はカイン子爵に抱き締められながら、髪のセットだけは崩れないように首を動かした。
うん、そこまではかわいくない。私もさっきまでナルシストになっておいて難だけど、絶対そこまでではない。
「旦那様、早く参りましょう」
「シャーリーは相変わらず冷静だな…」
「私がこうでないと話が進みませんので。お嬢様も早く行かれたいと目で訴えておいでです」
「そ、そうか。そうだな。行くか」
シャーリーに諭されたカイン子爵は気まずそうに私を離しそそくさと歩いて行った。
シャーリーのお陰で助かった私は、お礼の代わりにシャーリーに向けて微笑む。シャーリーは無言無表情でこくりと頷いた。無表情はいつもだけど。
馬車の前まで行った所で、私は表情を引き締めシャーリーを見上げた。
「シャーリー、アレは用意しておいてくれた?」
「はい、既に中に」
「ありがとう。これで私は馬車酔いを乗り切るわ」
不思議そうな顔をしているカイン子爵を先に中に乗らせ、私は意気揚々とシャーリーの手を借り馬車の中に入った。
「シャーリー…あの、馬車の中がクッション塗れなんだが」
「全てお嬢様がお使いになられます。よろしければ旦那様もお手伝いください」
シャーリーと私が一生懸命私の両脇にクッションを詰めカイン子爵とシャーリーの間を埋めているのを見たカイン子爵は、戸惑ったように口を開いた。
「え、狭くない? 何しているんだい?」
「お嬢様の馬車酔い対策です。これで揺れを少しでも防ぎます」
「さらに前後の揺れはシャーリーが手で押さえていてくれますのよ!」
「そ、そうか…」
私が筋肉をつけ、自分の身体を自分で支えられるようになるまでは、私はこれで耐え切る予定だ。教会行った日から馬車には乗っていないからこの作戦が成功するかはまだわからないんだけど。
左右のクッションが窮屈ではあるもののだいぶ体が固定された私は、満足気に息を吐いた。
「準備万端ですわ! お父様、参りましょう!」
「ああ、出発してくれ」
私は馬車に乗っている間、戦った。
姿勢を良く目線は出来るだけ遠くに、呼吸もしっかりして身体とは反対に頭は楽しい事を考えてリラックスする。
その結果、私は取り繕える程度の具合の悪さで本日の社交パーティー会場であるお屋敷まで辿り着く事に成功した。
「ちょ、ちょっと気持ち悪いけど、私乗り切ったわシャーリー!」
「ご立派です、お嬢様」
「なんか二人仲良いな…私も仲良くしたいんだけどなぁ…」
カイン子爵の言葉を聞こえなかった事にして、シャーリーを相手に一通り喜んだ私はそのままシャーリーの手を借りて馬車から降りた。馬車から出た瞬間、すっと表情を引き締める。
心臓がうるさい。
カイン子爵の後ろを付いて行き、シャーリーと共にお屋敷の中に入った。少し多めに花や調度品が飾られていたり整頓されているだけで、少なくとも入り口は私の家より大きいだけでそう変わりない。しいて言うならほとんどのものがシンメトリーに置かれているのは変わっているけど。
カイン子爵が受付を済ませている間に、じわじわと胸を巣食う緊張から目を逸らすようにシャーリーの服の裾を引く。
「此処、クラビット公爵家のお屋敷、だったわよね」
「はい。金融業を一手に担っている、公爵家の中でも指折りの権力を持つお家です。恐れながらお嬢様、誰に対してもそうですがそのような身分が上の方には特に失礼の無いようにお気をつけくださいませ」
「ええ、わかっているわ」
クラビット。ゲームで聞き覚えのある家名だ。とはいえ、ゲームに出ていた当の彼は現在私と同い年の三歳なはずなのでこの社交界には出席していないと思うけど。
というか、セス様以外のキャラクターなんて眼中に無いしそれより今からセス様とお会いしてしまうという事で私の頭はいっぱいであって。
あれ、散々考えていたはずの初対面の時の私が言う台詞なんだったっけ!? あ、挨拶の仕方も忘れた! 歩き方、いやそもそも歩くってどうやってする、ん!? 息が上手く吸えないんだけど、呼吸ってどうやるんだった!? ちょっと、あれ、本当に苦しいっ!!
「お嬢様」
私が少し黙っただけで呼吸困難になりかけたところで、シャーリーの冷静な声が耳に届く。お陰で呼吸の仕方は思い出せた。
「お嬢様は、いつも笑顔でいらっしゃいます。それはとても魅力的な事です。大抵の人は笑顔を見ると好感を抱きます。ですので…いつも通りに、どうかお楽しみくださいませ」
「…ありがとう。行って来るわ」
恭しく頭を下げたシャーリーに少しだけ勇気をもらった私は、いつの間にか受付を済ませ待っていてくれたらしい優しい笑顔のカイン子爵に微笑み返し、パーティー会場の大広間へと足を踏み入れた。