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今日の私は機嫌が良い。

いや、この世界でセス様と同じ空気を吸えているというだけで私はいつだってハッピーにこにこ幸せの極みなんだけど、さらに機嫌が良い。

今日はカイン子爵から許可が取れたので、家から近い城下町の教会に連れて行ってもらえる事になったからだ。

やっと私は正式に神様にお礼を言える。毎夜寝る前には神様に向けて感謝の言葉を口にする事にしているけど、それだけじゃ物足りないという気持ちが大きくなっていたところだったので有り難い。


ところで教会に行く為に生まれて初めて馬車に乗ったら車内が結構に揺れて、お尻は痛いし相当酔った。前世の乗り物が乗り心地を追求しまくった末に出来たものだったのだと強く感じた。


「…お嬢様、まだ具合は優れませんか?」

「いえ、だ、大丈夫よ。それに社交パーティーにも馬車で行くのだし、慣れないと…」


私は吐いてはいないものの、馬車が教会に着いた頃には息も絶え絶えだった。吐いたら楽になれるから本当は吐きたいんだけど、さすがに人前で吐く訳には行かない身分だから堪えている。

シャーリーに背中をさすってもらいながら馬車から出てしゃがみ込み、外の空気を吸ってちょっと休む。

機嫌は良いけど体調がまったく追いつかない。こういうのって慣れでどうにかなる気がしないんだけど、これから馬車に乗る度に万全の対策をするべきか?

いや、努力するべきだ。別に前世から特別酔いやすい訳じゃなかったし、強い揺れが原因で酔うんだとわかっているんだから、筋肉…腹筋とか鍛えて身体をあまり揺らさず姿勢良く乗っていられれば酔わないと思う。前世の車やらよりはよっぽど揺れるというだけで、舌を噛む程の揺れではないし。これも立派な貴族のご令嬢となりセス様と結婚する為。頑張ろう。

大きく深呼吸して、だいぶ落ち着いて来た私はまだ多少具合が悪いのを振り切って平気な顔を繕い立ち上がった。


「心配掛けたわね、シャーリーと護衛さん達。行きましょう」

「はい」


教会に乗り付けた馬車の前で苦しんでいたせいで道行く人にちょっと見られているけど、私は堂々と背筋を伸ばして歩き出した。後ろからシャーリーと、外だからと付けられた二人の護衛が付いて来る。

教会は別段前世の頃は縁が無かったからか、前世との違いはよくわからない。まあ違いがあったからなんだという話だけど。


中に入ると、城下町の大きい教会だからか十数人の人が居た。皆が笑顔で、懺悔に来ただとかの厳粛な雰囲気は感じない。服装の華美さから判断する限りでは貴族は見当たらなく、皆平民のようだ。修道服を纏った教会の関係者らしき人も三人程居る。

次に、視線を上げる。真っ直ぐ見上げた先には大きな十字架が見えた。

そしてその十字架を視界に移した瞬間、私は早足で正面の道を突っ切り、十字架の前に向かった。誰にも止められず邪魔もされなかった私は、すぐに十字架の前というよりほぼ下の位置まで辿り着く。

私の身体より、そして人間の大人の身体よりもずっと大きな十字架を見ていると、神様と会っている気分だった。私は迷わずその場に跪く。

そのまま目を閉じ、私は神様へありったけの感謝を捧げた。


「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます…」


小さな声で繰り返す。何回言っても、きっとこの先何年何十年毎日繰り返しても、言い足りない。

人生やり残した事があったからって、記憶を持ったまま生まれ変わらせてもらえて、それも前世では絶対叶わなかった初恋の人の世界に行かせてもらえるなんて、そんな幸福滅多に無いどころの騒ぎじゃない。私は自分を、この世で最も幸福で、最も神様に感謝すべき人間だと思う。

私が王妃になって皆に認められて少し落ち着き、少しだけ我が侭を言って許される存在になった暁には、教会をもっと増やしたり整備したりしよう。恩返しにしては与えられた恩と全然釣り合っていなくてほんの微々たるとのだけど、それでも何かで形にもしたい。


「神様、ありがとうございます。今日も私は幸せです」


最後に、いつもは夜に言う謝辞を恍惚と共に吐き出した。一つ息を吐き、満足した私は立ち上がる。

十字架を神様に見立てそれだけに集中し他の一切を視界から追い出していた私は、振り返って驚いた。


教会に居るおよそ十数人の人間――その全員が、私を穴が開きそうな程に凝視していたからだ。視線の位置は低く、明らかに私の後ろで頭上にある十字架を、ではなく私を見ている。

私が動揺しながらその内の比較的近くに居た一人の男の人と目を合わせると、男の人ははっとしたように勢い良く目を逸らした。次にその隣の女の人と目を合わせると、彼女もまったく同様の反応をする。


な、なんだ? まさか私があまりにもかわいい三歳児だから人目を集めている…?

視線はまだまだ感じる。だけど、目を合わせると見てはいけないものを見てしまった時のような反応をされるのに、視線からはどうもまったく悪意は感じない。むしろ、何だろう。どこか恍惚としていてぼーっと見惚れられているようで…。

やっぱり私がかわい過ぎたかな!? 確かに前世の私は普通の顔だったけど、今世の私は見るからに美少女だもんなぁ。んー、そんな反応をしてもらえると、セス様と会う時の自信がついちゃう。ふふ、嬉しい。


「シャーリー、帰るわよ」

「ぁ、は、はい!」


私がナルシストになる事で自分の中で納得しシャーリーを見上げると、シャーリーは肩を跳ねらせ慌てたように返事した。

え…? 何、その周りと同じような反応…? まさかシャーリーまでも私に見惚れていたという事は無いだろう。シャーリーは私の事なんて見慣れている。

こ、これは確実に、私がかわいいから見られていたんじゃなかったようだぞ…? よく考えると、私はかわいいけど別に我を忘れて魅入る程ではないと思うし。

シャーリーを観察すると、彼女は今も尚、どうも落ち着かない様子だ。


「…どうしたの?」


それでも、シャーリーの事だから聞けばスパッと返答してくれるだろうと思って特に捻らずそのまま尋ねた。なのに、シャーリーは口ごもるだけで困った顔をして何も答えない。

え? え!? な、何!? 私もしかして良い意味じゃなく悪い意味で注目を集めていて、それは一応雇い主で貴族のお嬢様には言えないような内容だというのか!?


「ねぇ、もしかして私、何か教会のマナーを犯してしまっていたの? だったら、はっきり教えて欲しいのだけど…ああ、来る前にちゃんとお勉強しておくんだったわ」


自分で考えられる中で良くなかったかもしれない事を考えると、いきなり十字架の前に行って跪いたのがまずかったかもしれない。もしかしたらあの行為の意味は、この世界では神様にこの身を捧げ延々に処女を貫きますとかだったという危険性も無きにしも非ずだし。

えー、宗教の事なんてわかんないよ! 教会には軽々しく来るべきじゃなかったのかな!?


「いえ! お嬢様がお気になさるような事は一切少しも一つもございません! 帰りましょう!」


明らかに様子のおかしいシャーリーは、いつもより大きな声と変なテンションで捲し立てた。そして私を見ながらやっぱり他の人と同様にぼーっとしている護衛達を小突き、彼等も正気に戻させる。

私は気まずく思いながらも、とりあえず未だ周りから視線を感じて居心地が悪かったので教会を出た。

外に出てから再度、シャーリーの服の裾を引き見上げ窺う。


「あ、あの…さっきの私について気になる事があるなら言って欲しいのだけど…」

「いえ。しいて言うのでしたら、とても美しかったです」


え? は? 何が…?

話の流れからだと、私に言いたい事を言えという内容だったんだから私が美しかった、となると思うんだけど…まさかこのシャーリーが三歳の女の子を相手に美しいと言ったという事は無いだろう。私の顔立ちにしてもきれい系じゃなくかわいい系だし。

シャーリーがだいぶ平常な様子に戻ったのは安心したけど、いまいち謎が解けず消化不良だ。でもマナー違反ならシャーリーは普通に教えてくれると思うし、気にしなくていいの…かなぁ? 気になるけど…。


「ところでお嬢様、次にお越しになるのはいつがよろしいでしょう?」

「え、っと、そうね…月に一度は来たいわ」

「かしこまりました。旦那様にご許可を得ておきます」


私は頷いてから、違和感を覚えた。

あれ? 私、教会に行きたいとは言ったけど定期的にだなんて一度も言ってない…よね? 何で好奇心で一度来てみたいと思った可能性が排除されて、当たり前のように次の事が聞かれたんだろう?

それに、シャーリーはカイン子爵に聞く必要がある事はいつも、お伝えしておきますだとか頼んでおきますだとかの答え方なのに、今回は許可を最初から取る気満々だ。何で?


「お嬢様、お辛いかとは思いますが帰りも馬車ですので…横になりますか?」

「い、いえ! 頑張るわ!」


一先ず今は馬車という試練が私を待ち構えているし、正直そんなに重大な問題とも思えなかったのでシャーリーの様子のおかしさは思考の隅に追いやった。

そして気持ちを切り替え意気込んで、シャーリーの手を借り再度馬車に乗り込む。


帰りは精一杯姿勢良くあまり身体を揺らさないようにと気をつけたつもりだけど、三歳児ボディではあまり効果も無く結局私はまた盛大に酔った。

社交界での移動の時は髪のセットが崩れそうだから絶対横になりたくないんだけど、ちょっと窮屈なドレスを着て余計に酔いやすい状況下ではそれは無謀な気もする。

私は馬車の問題を考えるうちにシャーリーへの違和感を捨てた。セス様との初対面をいかに万全の状態で果たすかの方が重要だったからだ。

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