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少し気になった事を気になったからというだけの軽い気持ちで聞く。それさえ私はずっと出来ていなかった。だから意識して話して行こうと思う。

鋭い所のあるノランがセス様に向けて言っていた言葉。あれに私は違和感を覚えていた。


「もしかして、王になるのが嫌になりましたか?」


聞けば、セス様は少し考えるように黙ってから苦笑いした。


「物心ついてからずっとそれを目標に生きて来たのに即答出来ない時点で、そうなのかもな」


それは、セス様という人間の根本が揺らいでいるという事じゃないのか。私は不安になる。

セス様の青空みたいな澄んだ水色の目が、少し陰っている気がした。


「俺は兄さんと違って、誰か一人の為に人生をかけられないんだ。王になるから」


それはつまり、本当は、誰か一人の為に人生をかけたかったって事だ。王になるという枷さえ無ければと思ったって、事だ。

お義兄様は、確かにフィーちゃんの為に人生をかけられるだろう。王族と王じゃ全然違う。それがきっとセス様は、羨ましいんだろう。


「だからノランの言葉は正しい。俺は前だけ向くべきだ」


セス様の言葉は、強い人の言葉だ。それでも前を向ける格好良い言葉。

でも、私は首を横に振った。


「私は後ろを向いてもいいと思います。むしろ前を向く為、セス様には必要な事だと思います」


何を言いたいか、セス様になら伝わるだろう。

あの日――私が間違えて、フィーちゃんが切り捨てて、セス様が傷だらけで私を守った、婚約破棄の日。

セス様が本当にしたかった事は何だったのか、言っていいと私は思う。王族として自分の言葉を曲げる事が本来許されなくても、格好悪くて惨めでも、それでフィーちゃんが振り向いてくれる訳じゃなくても、セス様の為にそれは必要な事だと思う。

強くて格好良くて素敵な王様になるより、ずっと。


「お前が俺の言葉に異を唱えるのは初めてだな」


セス様が少し口元をほころばせながら言う。

言われてみればそうだ。セス様はいつも正しくて、間違った選択すらも人の為で、だからそもそも私が否定する必要なんて今まで無かったから。


「私は、セス様の事が好きです。気付いていたとは思いますが、言葉にするのは初めてですね」


セス様は私の告白にちょっとだけ驚いたような顔をする。だけど、小さく頷いた。そりゃ、私を婚約者にした経緯で気付いていないはずがない。驚いたのは今私がそれを言った事にだろう。

それに、我ながら勝算があるまで言う気の無かった人間が言ったとは思えない程に、あっさりとした告白だった。

だってこれは確かに愛の言葉だけど、目的は恋愛とは違ったところにあるから。


「私は特別な才能なんてなくて、努力したってフィーちゃんに敵わなくて、だけどあなたの事が誰よりも好きな事だけ自信があります」


セス様は黙って私の言葉を聞いている。別に無口な訳でもないセス様は、きっと今色々な事を考えているんだろう。


「私、きっとこれからもっともっといい女になってみせます。真っ向から貴方に好きになってもらえるよう努力して、叶えます」


それは終わりのわからない努力のループにまた戻るという宣言。無茶だと思いますか? 馬鹿だと思いますか?

私は深く息を吸い込んだ。言いたくない気持ちと、言いたい気持ちがせめぎ合う。

私は聖女じゃない。やっぱり、聖女にはなれない。でもだからこそ言おう。


――これは解放の言葉だ。


「だから、もういいよ」


セス様は瞬きさえ忘れたように、じっと私を見ていた。私は続けた。


「セス様は好きな人に好きだって言って。認めてください」


他人はきっと私のこの行動を愚かだと言うだろう。好きな人の背中を押して、別の人とくっつけようとするみたいな。だけど、私はそんなの気にしない。笑って言ってやる。


「セス様の幸せを世界で一番願っている、幼馴染の親友としてのお願いです」


私のこの言葉で私がセス様に婚約を解消されたとしても、また一からのスタートだとしても、それでいいと思える程には私は満足していた。

好きな人の幸せを願うのって、別に聖女である必要なんてない。恋人である必要もない。

私は私で諦めずに頑張るから、セス様も、胸を張ってお互い片想いすればいいと思った。


セス様は一度瞬きし、それからまた私を真っ直ぐに見つめた。その空色にもう陰りが見えなかったから、私は嬉しかった。これからどうなってもいいと思った。


「俺は、お前と会った時からずっと、お前に救われていた」


だけどいきなり思ってもみなかった事を言われて、私はただただ困惑した。セス様を、救っていた? 私が?

何かの冗談としか思えない言葉だ。私はいつもセス様に迷惑を掛けて来たように思うのに。

私のそんな顔を見てセス様は悪戯っぽく笑う。


「だよな、お前は気付いていなかっただろうな」


というかむしろ、未だに信じられていません。

私に慈しむように微笑んだセス様は、それからすっと真面目な顔をした。


「フェリシアは俺よりいつだって大人で、俺が何をしても優しく穏やかに笑いかけてくれて、…それだけだった」


寂しそうに言うセス様に、私はただ頷き黙って視線で続きを促した。


「俺はフェリシアと婚約していた間、一度だってあいつと対等な立場になれたと思えた事はない。虚勢を張って偉そうにして格好つけて振り回そうとして、だけどあいつは手が届かない女だった。最後まで俺に隙の一つも見せてはくれなかった」


そう、だろう。きっとその通りだ。

フィーちゃんと本音で話して、私は貴族時代のレディローズとしてのフィーちゃんが、ほとんど全て偽りだったとわかった。

フィーちゃんにとって、元々平民になる為に捨てると決めていたものだったんだろう。十五年間の人生をあっさりと捨てるその決断力と意志はいっそ恐ろしい。

しかしフィーちゃんの話と私に何の関係があるんだろう?

そんな私の疑問に答えるように、セス様の顔から寂しさが消えた。代わりにまた温かく微笑みながら言葉を続けた。


「お前はいつも真っ直ぐで、そのままの俺を肯定して笑って隣に居てくれた。それにどれだけ救われたか……お前にはわからないだろう。そういう格好悪い所を俺は意地でも隠して来たし」


その言葉に、私は天地を揺るがされたような気分になった。

私、今までずっとセス様を幸せにしようと思って生きて来た。どうやったら出来るだろうって四苦八苦して、空回り続けて来た。

もう、救っているなんて。少しでも幸せに出来ていたなんて。夢にも見た事は無かった。


「そうだな、確かに俺はフェリシアが好きだった。一目惚れで初恋で、ずっと振り向かせようとしたのにうまく行かなくて、最後には愛想を尽かされた」


私が言ったからって、こんなにもあっさり認めてくださるとは思っていなかった。

幼い頃に恋愛相談に乗っていたのとは訳が違う。もう終わった話だから。

そもそも我ながら酷な願いだった。好きと言っていいなんて、頑張れと言うようなそれは、茨の道だ。

セス様はだけど、あまり気にしていないように普通に話されていた。私はそれが、隠すのがうまいだけで無理していないかと心配だった。

セス様は呆れるように、だけど明るい顔で溜め息を吐いた。


「今のあいつを見たら、俺はあいつの事を何一つわかっていなかったんだとわかった。俺以外と話している時の今のあいつは、清々しい程楽しそうだ。…本当は、わかっていた。認めたくなかっただけで。兄さんがフェリシアを見ていた事も、その逆も」


そこまで話されても、セス様のお顔に大きな憂いは感じなかった。

フィーちゃんとお義兄様って、かなり前からそうだったんだ。そっか。セス様ならそりゃ、気付いちゃうだろうな。婚約者はセス様の方なのに、それってどれだけお辛かったか。

私には、そこまでの相談はしなかったな。……当たり前か。セス様だもん。言ったらフィーちゃんとお義兄様が困る。なら言わないよね。全部自分で背負い込んじゃうよね。


「全部知っていた。だが、俺は二人の背中を押す事は出来なかった。今のリリアナみたいには、出来なかった」

「私も、今の今まで出来なかったんですよ。そんなものです」


そんな簡単に出来るものじゃない。私は、そう、凄い事をしたんだから。出来ない事を責めるんじゃなくて、出来る事を褒めるでいいじゃないか。


「恋愛は難しいな」

「……私も、最初は一目惚れでした。でもその恋に生きる意味をもらった。いつだって私の事を考えて助けてくれた。恋なんて、理由もやり方もする側もされる側ももっと気楽でいいと思います。私が言うと説得力ないけど」


恋の為に死にかけた女の言葉としては、ほんと、説得力皆無だ。

いや、死にかけた末に辿り着いた境地といい風に言い換えよう。私はへへっと照れ臭く笑う。


「人生なんて懸けなくても出来ますよ」


いっそ今までの私も未来の私も否定するかもしれない言葉だけど、でも、私はもうこの恋に、全力は懸けても命は懸けないから。

笑って恋をするの。これから先ずっと。だってほら、セス様も私がそうした方がきっと嬉しいでしょう?

私にどれだけの力があるのかはわからない。だけど、ありのままの私にセス様が救われたと言ってくださったから。

私は笑った。そしてフィーちゃんみたいに、魔法を掛ける。心の中で願う。


ねぇセス様、幸せに恋をして。たとえ相手が私じゃ――



「なら、相手はお前がいい」


気付くと抱き締められていた。

私は、何も考えられなくなった。完全に脳が機能していない固まっている私に、セス様が私の耳元で囁く。


「リリアナ?」

「え、はい。リリアナです」

「いまのはいは、返事か?」


え!? いや、いや今のいやは嫌ではなくて、はいは、ぅあ!?」

知能も低下し、いやがゲシュタルト崩壊して訳がわからなくなっていると、セス様が私を抱き締めたままおかしそうに笑う。


「とっくにリリアナの事を好きだったのに、お前本当に全く気付いていなかったんだな」


え、っと、あの、フィーちゃんの事を話す時、過去形だなぁとかその程度はぼんやりと思っていましたよ?

でもそこまでわかるはずないですよね? 私、私のせいじゃない!

そもそもこれは本当か? たちの悪い冗談なのでは!?

だって、セス様が私の事好きなんて言った事今まで一度もないし……。……? いやそれは私も言ったのさっきが初めてだった。

だいたいセス様はそんなたちの悪い冗談言うような方じゃない。


だとしたら、信じていいの? 私の、生まれ変わってからたった一つの悲願が叶ったって、喜んでいいの?

いいよね?


私はゆっくりと、確かめるようにセス様を抱き締め返した。それから震える声で、いつもの言葉を言う。


「神様、ありがとうございます。本当に、幸せで、幸せ過ぎて、もう死んでもいいです」


自然といつもの言葉じゃなくなっていた。今までのどれより心から言ったそれに、セス様が呆れたように言った。


「いや死ぬなよ」


確かに。私は泣きながら笑った。

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