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私が諦めた事はたぶん、フェリシアさんにも伝わっているだろう。何となくそんな気がした。変な関係だなと思う。

お互いに今までの事を軽く謝り合って、空気が和む。


さてそれはそうと、フェリシアさんが転生者なら、私はフェリシアさんの前世について一つ思う所があった。

私が死んだ時、一緒に居たナナちゃんもこの世界に転生していた。だとしたら、フェリシアさんももしかしてあの時あの場で死んだ誰かなのではないか。


「ところで、何でリリちゃん私にずっと敬語なの?」


フェリシアさんに聞かれた私は、貴女みたいなオーラの人にタメ口で話すのには普通相当な勇気が要りますよという言葉を呑み込む。

それに、レディローズだという事とは別に、その前世での事も少し引っかかっているし。


「あの、フェリシアさんは前世で自分がお亡くなりになった時の事を覚えていらっしゃいますか?」

「ん? うん。錯乱しながら走っていたら前方不注意で車に轢かれた。我ながら迷惑な奴だったと思う」


覚えがあり過ぎる状況に、苦笑いする。


「ああ…やっぱり」


あの事故を引き起こした原因である、焦燥しながら走っていた美女だ。

人目を集めることにフェリシアさんが全く抵抗も頓着もなさそうな事、自分の才能に気付いていなそうな事。おかしいと思った。

この人は前世から凄い人だったんだろう。フェリシアさんよりいっそ綺麗だったあの女子大生だろう女の人が前世のこの人だというなら、納得が行く。


「…やっぱり?」


言葉をおうむ返しされてハッとなる。やっちゃった!

私は死にたくはなかったけど、前世で事故を起こした彼女を恨んでいるわけではない。あれは絶対、彼女だっていっぱいいっぱいでどうしようもなかった事だ。

だから前世のせいで、前世の私やナナちゃんが死んだと知ればフェリシアさんは悲しむだろう。…隠さなきゃ!


「い、いえ! 何でも! フェリシアさん、たぶん私より前世の時年上だったと思うんですよね! だから敬語で!」

「…何で年上って思ったの?」

「えーっと…勘です! 人生経験を感じました」


我ながら辛過ぎる言い訳だった。たぶん今の私の目はバッシャバシャ泳いでいる。

気の抜けた今の私では上手に嘘を吐く事さえままならないらしい。この下手さは前世の時級だ。ひどい。


「そんな事より、フェリシアさんは転生者だから隣国の問題も解決済みだったんですね!」


話を誤魔化すついでに別の話題を切り出した。

そうそう、フェリシアさんが転生者なら予言とか何とか言って王様に頼んで隣国の問題を解決するのもそう難しい話ではないだろう。

裏で動いていたのがフェリシアさんなら、私の心配事も一つ消えた。


「お互いに先に事情を話し合えていれば要らない勘違いし合わなくて良かったのにね」

「本当ですね。無駄に遠回りしていた気がします」


二人で笑って、また少し話して、そうしていると今度はフェリシアさんが不思議そうな顔をして聞いて来た。


「…あのさ、何でリリちゃんはセス様だったの?」


私はきょとんとした。全然意味がわからなかった。何でそれを聞かなければわからないのかがわからない。だってセス様だよ? それだけで理由完結してない? あ、きっかけの話か?


「一目惚れです」


私は胸を張り最高の笑顔で答えた。

「あ、ふーん。へー…そうだね。セス様って顔は思いっきり理想の王子様だもんね」


顔“は”? はぁ?

私は喧嘩を売る時の目でフェリシアさんを見た。いや、顔だけじゃなく全部が理想ですけど。何ですかそのセス様に不満があるみたいな。え? は? あ?


「不思議だったんですけど、もしかしてフェリシアさんはセス様の事そんなに好きじゃないんですか? え? ゲームプレイしたんですよね? セス様ルートやらなかったんですか?」


というか現実で最後の最後を除いてセス様ルート完璧に堪能したはずだよね? だったら、素直になれないけどわかりやすくて可愛くて格好良くて最高なセス様を存分に見て味わいつくしたはずだよね? 今までの生活中、五感機能してなかったの?


「いややったけどさ…俺様キャラはちょっとなぁ、なんて」


私はその言葉に、やっぱり人間じゃないのではと疑う目でフェリシアさんを見た。

俺様キャラが好きじゃない。百歩譲って受け入れよう。でもそんなのセス様の魅力の極一部に過ぎないし、そもそもリードしてくれるだけで、俺様という程俺様でもないし、……あーやっぱりわからない!

これは以前メルヴィン君に話した時のようにセス様の魅力を語彙を尽くして説明するべき?

と思ったけど、私はすんでのところで考え直した。


「…セス様の良いところなんて私はいくらでも言えますけど、あまりわかられてもそれはそれで複雑なので言わないでおきます」

「そ、そうだね!」


真顔で言えば、安心したように勢いよく頷かれた。それはそれで癪なんだけど、まあいい。

今更フェリシアさんにセス様を好きになられても私の気持ちの整理が追いつかないし、お義兄様の恋路の邪魔をしたい訳ではないし、余計な事は言わぬが花だ。

何だか怯えるように私をちらちら窺って来るフェリシアさんに、どうしたんだろうと一つ首を傾げつつ口を開く。


「…では、そろそろ戻りましょうか。あまり遅いと心配されそうですし、ナナちゃんの事も気になりますし」


行こうとした私を、フェリシアさんが焦ったように私のドレスの裾を掴んで止めた。あまりにも切羽詰まった止め方に、私は何事かと振り返る。


「待って。最後に一つだけ聞かせて。さっきニカ様と話していたあの会話…あれってどういう意味?」

「お義兄様との…?」


何の話だと考えてから、いや今日お義兄様と会話したのなんて一回しか無かったと思い直す。


「ああ、私がうまくやると答えたあれですか? あれはそりゃ、……」


普通に答えようとして、これ普通に答えたらダメな内容だなと思い直す。

素直に、お義兄様に死ぬ前にフェリシアさんを納得させろと命令されたような感じですねとでも言ってみろ。フェリシアさんの中のお義兄様の株が急降下だ。これは答え方を工夫しなければいけない。

私は少し考えてから、笑顔で答えた。


「物凄く要約してしまいますと、お義兄様はフェリシアさんの事が大好きだという話ですね」

「いや誤魔化されないよ? 完全にそういう雰囲気の話じゃなかったよね?」

「オブラートには包みましたが、誤魔化してなんていませんよ? 今更フェリシアさん相手にそんな事しません」


そう、私はただ余計な事まで言わずに優しい表面だけを伝えただけだ。

いやさっき前世の事については全力で誤魔化したけど。それとこれとは話が別って事で。

フェリシアさんはしかし、一切私の話を信じていないとでも言いたげな真剣な顔で私を見て来た。私は焦って言葉を付け足す。


「本当に嘘じゃありません。あの時の話において、お義兄様がフェリシアさんの事が大好きで私の事は嫌いという以外の意味なんて至極どうでもいいものです」


私としても、お義兄様からの命令は納得するものがあったし、深く探ってこないで欲しい。

探るように見て来るフェリシアさんに、嘘は言っていませんから! と挑むように睨み返す。フェリシアさんはやっぱり納得が行っていないような顔をした。


「ニカ様はリリちゃんを好きなんじゃ…」

「……はい?」


はい? はいぃいい?

私はあまりにも信じられない、どう考えたらそんな結論を導き出せるのか皆目見当付かない言葉に、半笑いでフェリシアさんの両肩を掴んだ。


「すみません、どんな思考回路をしていたらそんなとんでもない勘違いを出来たんですか?  逆に気になります」


そうしてフェリシアさんがぽつぽつ話した内容は、此方の頭が痛くなるようなものだった。

曰く、フェリシアさんとお義兄様の会話が私の話ばかりだとか。さっきフェリシアさんの方を見ず私の方ばかりを見ていただとか。

なんだ? 私は何に付き合わされているんだ?


「私がお義兄様に好かれるなんて有り得ない話過ぎます! 普段私がどれだけあの人から嫌われる胃の痛い日々を過ごして来たのか見せてあげたいですよ!」


私は心から断言した。お義兄様がどれだけフェリシアさんの前で優しいかは知らないけど、嫌いな私の前では常にゴミを見るような目だったからねあの人。いや私が悪いんだけど。

……ん? 本当に私が悪かったのか? フェリシアさんがわざと望んで平民になったなら、私がフェリシアさんを貶めたとしてお義兄様にあれだけ嫌われる必要は無かったような? 誰もが勘違いする状況だったから仕方ないとしても、私は怒る権利があるのでは?

よし、今度抗議しよう。


「確かにニカ様、私の事を妹のように思ってくれているからね。今では友達でもあるし。私への多少の贔屓はあったかも」


またフェリシアさんが初恋も知らない鈍感少女のような事を言い出した。

初恋の為に命懸けの私の前で、見るからに両想いのくせにこの人は何なんだ。ふざけるなよ。


「……それ、本気で言っていらっしゃいます?」


私の気迫にかびくりと身を引こうとしたフェリシアさんだけど、私の手はフェリシアさんの肩を掴んで離さない。

何だろう。何だろうなぁ。フェリシアさん、悪い人ではないのはわかるんだけど、むしろすっごくいい人なんだろうけど、いい意味でも悪い意味でも人の感情の琴線にことごとく触って来るんだよな。たぶん無意識に。

だからこそ色んな人に好かれるんだろうけど、トラブルも相当起こしそうだ。

私の人生はほぼ人に振り回された結果の波乱万丈だけど、この人の人生は無意識に自分が振り回して来た人の行動によって波乱万丈になっているに違いない。

対極的似た者同士か。


まあそれは今はいい。それよりフェリシアさんが自分の恋心を一切認めない件についてだ。お義兄様についてあれだけ小さい事を気にしてリリちゃんの事が好きなのかもとか悩んで必死に止めて来たくせに、好きじゃないとか有り得ないだろう。

しかもさらに気に食わないのが、前世でとんでもない美女で今世でもとんでもない美女な、人に好かれまくって来ただろうフェリシアさんが、本当にお義兄様からの好意に気付いていないとは思えない事だ。どう考えても好かれ慣れてているだろうがよ。

それに私がフェリシアさんとお義兄様が一緒に居て話しているのを見た経験は多くないけど、見た時はいつもお義兄様、普通に甘く優しくばっしばしに好きオーラ出していたし、側から見てもお義兄様はフェリシアさんを好きなんだろうなとすぐにわかった。


「そんな訳ありませんよね? だってフェリシアさん、自分の事を過小評価していたみたいですが、別に鈍感という訳ではないでしょう? 気付いていますよね? そもそもお義兄様のフェリシアさんへの態度、完全にレディロのニコラス好感度マックスの時と同じですし、ゲームプレイしていたのに気付かないはずがありませんよね? 言っておきますけど私、お義兄様の笑っていらっしゃるところフェリシアさんの話をしている時以外見た事ありませんよ?」


早口に絶対に認めるまで逃がさないとまくしたてる私に、フェリシアさんは一瞬認めるように小さく頷いた気がした。

けど、次の瞬間にはフェリシアさんの視線が虚ろに彷徨い、それから落ち着くようにゆっくりと深い呼吸をし始めた。

私は今までの対人経験から、彼女が何をしているのかなんとなく察した。


「…あの、もしかして今の話聞かなかった事にしています?」


フェリシアさんは無言で、弱ったように微笑んだ。それは途方に暮れているように見えた。

私は思わず、フェリシアさんの肩から自分の手を離す。

……何か、フェリシアさんがお義兄様を好きでもお義兄様がフェリシアさんを好きでもいけない、それを認められない理由があるんだろうか。

好きとさえ認められない? 両想いなのに? そりゃ平民と王族の交際は大変だろうけど、それって認めてからお互いの気持ちを擦り合わせて考えるべき問題だよね?


「フェリシアさんはお義兄様の事が好きなのではないのですか?」

「私、は、」


正直、両想いなのに何でという苛立ちは多少あったかもしれない。

だけど、その時フェリシアさんの目がどんどん光を失って行くのを見て、やり過ぎたと思った。踏み込み過ぎた。


そう、だって、いきなり全く別の世界で生まれ直した人間が、今のその自分の環境も交友関係もまた全て捨ててまで平民になって生きたいと……普通は、やっぱり思わないだろう。知識があるって事はフェリシアさんにとっても好きなゲームの世界だったはずだし、望めば好きなキャラクターと恋愛出来る環境だったはずで。

やっぱり前世の訳有りだろうか。あんな美女が、前すら見えなくなる程必死に何かを怖がるように走っていた訳。

記憶があるからこそ縛られるのは私もよくわかるし、ナナちゃんもそうだし、フェリシアさんもそうでもおかしくない。


私はフェリシアさんを正気に戻そうと、何度も謝りながら必死に肩を揺さぶった。そのかいあってか、フェリシアさんは徐々に目に光を取り戻した。

そして数秒後、フェリシアさんは神妙な面持ちで口を開く。


「リリちゃんが私の事、フェリシアさんとかいう固い呼び名じゃなくしたら許す…」

「え!? え、えぇと…じゃあ、フィーちゃん!?」

「許した!」

「ええー!?」

「よし、心残りも無くなったし皆の所に戻ろうか!」

「えええー!?」


散々振り回されて戸惑う私をよそに、フェリシアさん、いやフィーちゃんは当たり前のように私の手の前に自分の手を差し出して来た。

私は一瞬戸惑って、だけどその手を強く握り返した。

この人と居ると、私は感情をすぐ波立たせてしまって疲れるし頭も痛い。だけどいつの間にか、生まれ変わって直後、幼少期の頃の希望を抱いていた私に戻れているような気がした。

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