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私の終わりは、飛んできた何かによって邪魔された。

持っていたナイフが弾き飛ばされ、困惑しながらも誰がこんな事をと思って飛んできた方を見る。

開け放たれたドアの先、レディローズが居た。

久しぶりに見た彼女は、そのただ立っているだけでも人目を惹くような美貌とオーラには不釣り合いな事に平民の服を着て、腰まであった長かった髪は肩までに切られていた。


少しだけ、そんな気はしていた。私はやはり、終わる時すら自分では選べないのか。ひと時でも幸せは許されないのか。でもそんなの認めたくない。

セス様やエヴァン、それからレディーローズと一緒に部屋に入って来たシェドと混乱しながら話すレディローズの隙を窺い、私はまたナイフを手に取った。


「っ待って!」


叫んで注目させれば、私がナイフをまた持っている事に気付いたレディローズが焦ったように私を見る。


「レディローズは知らなくていい。何も知らない方がいい。エヴァン・ダグラス、貴方にとってもそうであるはずです。彼女は何も知らないままに次期王妃の座に戻る。それが貴方の望みで、…今の私の望みでもある。そうでしょう?」

「…そうだな、その通りだ」


さすが価値観の合うエヴァンは、私の言葉に同意し無駄話をやめた。

そう、レディローズは誰の余計な想いも知らないままで、全てを元に戻せばいい。

私は穏やかに笑ってナイフを再度自分の喉へと突きつけるように掲げた。


「優しく綺麗なレディローズ、もう止めないでくださいね。私は最初からこうなる運命だったのですわ。捻じ曲がった未来を今、私の命をもって正しましょう」


最後まで笑って、今度こそとナイフを振り下ろした。

レディローズが何か叫んだ気がしたけど、私はそれに意識を傾けることもなく目を閉じた。

ナイフが肉を貫く感触。私の首や服、顔に液体が飛び散る。だけど不思議な程痛くなかった。


……。

……おかしい。痛くなさ過ぎる。

首への衝撃も、刃物のそれではなく何かもっと柔らかいものを押し当てられたような。

恐る恐る目を開けると、見えた光景に私はナイフから手を離した。ナイフは床には落ちず、突き刺さったまま私の目の前にある。


「思いっきりやりましたね、聖女様。自分の首なんですからもうちょっと躊躇しましょうよ」


そう軽口を叩いて笑った彼女は、私の首の代わりに自分の手に突き刺さったままになっているナイフを躊躇なく抜いた。

また血が噴き出て、その赤色が私を現実に戻していく。これが現実。


「…ナナ、ちゃん?」


また終わらせてもらえなかったという悲壮よりも、部屋に居なかったはずのナナちゃんがいつの間にか現れ的確に私の自殺を防いだ事に動揺していた。

呆然とする私に、ナナちゃんは笑いかける。


「私の知らないところで勝手に死なないでください。迷惑です」


そう言うナナちゃんの声音は、自分を慕い聖女様と呼んでいたそれと同じとは思えなかった。

あまりにも冷たい言葉に、恐怖を覚える。

だって、此処に居るはずのない人物が突然現れ、自分の痛みも何も省みずに止めて来た。

しかもかと思えば次の瞬間、ナナちゃんは天井を見ながら今の言葉は嘘だとか本心じゃないとか一人で死のうとした事に怒っただけだとか、誰に向けた言葉かもわからない弁明を始めた。

ナナちゃんの真意がわからない。何故私が此処まで邪魔をされているのかも。

何度自ら消えようとしてももう少しの所で止められる。今自分が終わらせてもらえないのもまた決められてた運命だとでもいうのか。


そんなあまりの絶望に半ば意識を飛ばしていると、いつの間にか部屋には人が増えていた。

メルヴィン君、お義兄様、ノラン、ゼロ、双璧の死神の二人、メルヴィン君の護衛。

どうやら部屋の壁の一部分が隠し扉になっていたらしい。そこから出て来た彼等に、ナナちゃんもそこから来たのかと漸く状況を理解する。

丁度その位置は私の居る場所のほぼすぐ後ろだ。これが遠ければ、ナナちゃんに止められる事も無かった。私はどうやら運も無いらしい。


「大丈夫だよ、聖女様。ナナが助けてあげる」


私の意識を自分に向けるように、突如ナナちゃんは私にそう優しい言葉をかけた。それに私ははっとして、思わず小さく悲鳴を上げる。

助けて欲しいなんて思っていない私にとって、そんな優しさの押し売りは迷惑で怖いだけだ。

このままではまた、得体の知れないナナちゃんやレディローズよって、自分の望まない結末へと傾く気しかしない。


「ナナはリリちゃんに少し落ち着いてもらう為にカウンセリングってやつをして来るから、こっちは任せるね」


私の意思を置いてきぼりに、ナナちゃんはレディローズに勝手な事を言っている。

私はどうにか状況を打開する為に、焦って部屋を見回した。私の護身用ナイフはあまりにも小型過ぎて殺傷力は低い。もっと他にいいものは……。

そう見回していると、メルヴィン君と目が合った。

……メルヴィン君が此処に居るのは、教会で浚われた時に居合わせていたナナちゃんが今此処に居るんだから、不思議な話ではない。だけど今何を考えているかわからなくて警戒する。

だけど意外にも、私と目が合ってもメルヴィン君は何も言いはしなかった。

代わりに少し微笑んだ。それは大丈夫だと安心させるような笑みだった。

…相変わらず、メルヴィン君は凄い。言葉にされると私はすぐに意地を張ってしまうから、今は何も言わない方がいいと思ったんだろう。

そういえば、メルヴィン君はナナちゃんを友人だと言っていた。メルヴィン君の友人ならそこまで恐れる必要はないかもしれない。

いつも自分の味方で居てくれようとしていたメルヴィン君が大丈夫だと微笑んでくれているんだから、私はそれを信じよう。

教会で会った時はメルヴィン君さえ疑いかけた私だけど、冷静になれば私にメルヴィン君以上に信じられる人間なんて、前世も含めて居はしない。

少し落ち着きを取り戻した私がナナちゃんと一緒に部屋を出ようとすると、何故かお義兄様の護衛、双璧の死神二人も付いて来た。

不審で気になりはしたけど、追い払う程でもないと思ったので仕方なく一緒に行く。

ナナちゃんは私よりよっぽど嫌そうに双璧の死神を睨んでいたけど、彼等と絡んでいては話にならないと思ったのか一つ溜め息を吐いてから視線を外し、渋々諦めたようだった。


防音の部屋を出た私とナナちゃんは、しんと静まり返った廊下で向かい合う。


「ナナは、本当に本当に聖女様を救いたいの。どうしたら聖女様は救われるの? 教えて」


真っ正面から答えを尋ねて来たその素直さと裏の見えない表情に、私はナナちゃんとメルヴィン君との関係も考慮してやっぱりそう怖がるような相手では無さそうだと結論を下した。

ナナちゃんは恐らく、思考が子どもっぽい。相手に自分の言葉の意味を理解させようだとか、そういう思考で話をしていない。自分の思考の中の前提を人に話さず、思った事と感情をそのまま言うから、理解し難く状況によっては怖くさえ映るだけだろう。言葉の素直さも支離滅裂さも突拍子の無さも、それなら説明出来る。

ただ一つ気になるのは、その思考と話し方が天然か故意かだけど。

さて、私を幸せにしたいという事だけど……困ったな。私が幸せになるのはそう簡単な話じゃない。彼女の恩返しに私の人生を延長して付き合ってはあげられない。


「前に、幸せは返さないとと言っていたわね。私はもう充分幸せだから、もういいわ」

「それじゃあダメなのっ!」


切羽詰まった訴えに、私は思わず黙って一先ずナナちゃんの話を聞く事にした。


「ナナが返さないと……二度も助けてもらったのに、一度も返してないんじゃいつまで経っても天国に行けない。うん、だからナナはきっとまだ天国に行けてないの。聖女様も一緒でしょう? 何か悪い事をしたから地獄に来ちゃって、天国に行く為に終わりたいんでしょう?」


どこか虚ろな独り言と語り掛けの中間のような話し方な上、天国とか地獄とかよくわからない事も多いけど、何だか引っかかるものがあった。

これは、ナナちゃんのペースで話をしてもらっても理解出来ないだろう。


「詳しく私が売ったというその恩についてを話してもらえる?」


話の整理の補助をするように聞けば、ナナちゃんは小さく頷いて素直に話し出した。


「生きてた頃、助けようとしてくれたでしょ? それから、この地獄でまた会った。教会に聖女様が来て驚いたな。聖女様が地獄でもきらきら頑張ってたから、ナナも天国に行くために生きようと思ったの」

「私とナナちゃん、教会で会うのが初めてじゃなく二度目って事?」

「うん! ナナ、あの頃の聖女様のお名前も知らないけど、でも、ナナは聖女様があの時のお姉さんだってちゃんとわかったよ。だって、神様にお祈りしてる時のお顔が一緒だから」


ナナちゃんが生きていた頃とやらに、私が助けようとした誰か。地獄は、この世界の事? なら生きていた頃っていうのは……。

名前も知らないお姉さん。神様にお祈り、か。

それだけ情報が揃えば、答えはすんなりと出た。


「あの時私がトラックから助けようとした、子ども?」


前世で私が死んだ時、私は咄嗟にトラックから隣に居た子どもを庇った。

私はその子の顔も覚えてはいない。ああでも、確かに女の子だった。小学校に入っているかいないかぐらいの、まだ幼い、あれから未来があったはずの。


「うん!」


ナナちゃんは元気良く、あっさりと肯定した。

そ、うか。そっか。トラック相手だ。守れなかったのは納得出来る話。私が生まれ変わったんだから、あの時一緒にあの場に居た子が、私と同じ世界にほぼ同タイミングで生まれ変わっていてもおかしくない。

そして、恐らくナナちゃんは今世この世界を死後の世界だと思っている。十歳も行っていなかったような女の子だ。この世界の舞台の恋愛ゲームなんて知らなかっただろう。だったら単純に死後の世界と捉えてもおかしくない。

この世界を天国じゃなく地獄と断定して思っているからには、何かそう思うだけの辛い事もあったんだろう。

今世の教会で最初に会った時、あの捨て子のような恰好。そう、今になって思えばあれはつまり今の人生を楽しめていなかったのかもしれない。私も私で辛かったけど、ナナちゃんはあの年で二度と両親と会えなくなったんだから。

だからこそ、今も地獄に居ると思っているナナちゃんは、私に恩返しさえすれば今の地獄から天国に行けると誤認している。それに縋って、救いを見出そうとしている。

……私を助けたところでナナちゃんが天国に行けるはずがない。私達は今明らかに生きている。死後に来た世界ではあるけど、此処は天国でも地獄でもない。異世界だ。

ここまでわかっているからにはどうにかしてあげたいのは山々だけど、今の私にはナナちゃんを助けてあげる程の力も余裕ももう無かった。


「私を死なせてくれたら、今の私は一番幸せ。だから私を止めない事が恩返しって事でどう?」


ナナちゃんを一人遺して行く事に罪悪感が無い訳ではなかったけど、私には人を支えている余裕が無い。だから笑顔で、ナナちゃんがわかっていないのをいい事にひどい事を言った。

ナナちゃんは困った顔をして首を横に振った。


「それはたぶん違うと思う。自分で命を絶ったら天国に行けないんだよ」


ああ、そういう考えは持っているのか。面倒だなぁ。

……今の落ち着いている状態であれば、ナナちゃんからナイフを奪い返せるかもしれない。でも、私はともかく自分の怪我を省みないこの子相手に凶器を奪うのは怖いものがある。

何の為に付いて来たのか知らないしずっと黙っているけど、双璧の死神の目もある。ナナちゃんの目の前で自分にナイフを刺すのも、子どもの前で命を絶つかのようでやりにくい。


「それに、聖女様が居なくなったらメル君が悲しむよ。メル君、聖女様の事大好きだから」


私はそんなナナちゃんの言葉に、動けなくなった。

そりゃメルヴィン君はこれだけ面倒を掛けさせられて時間を費やしたのに、私にそれを踏みにじるように自ら消えたら嫌だろう。

……ううん、そんな捻くれた考え方しなくても、メルヴィン君は単純に友人として悲しんでくれるんだろうな。そういう人だ。


「それでも私は、消えたいの。セス様を幸せにしたいから」


此処まで私を助けに来てくださったセス様にしても、レディローズにしても、ナナちゃんにしても、止めてくれる人が居るのは幸せな事だ。

なのに、私の意志は変わらない。だってそれに甘えて今のまま生き続けてもセス様を幸せに出来る気がしないから。そしてそんな私を私は今以上に底無しに嫌いになって行くだろうから。

絶対に変わらない。変えられない。


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