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私とエヴァンが奇妙な空気で話し終えてから少し経った後で、部屋のドアが大きな音を立てて開いた。セス様が一人、そこから入って来る。

婚約者の前で罪を暴くとエヴァンは言っていたから、呼んでいるとは思っていたので特別驚きはしなかった。


即座にエヴァンのナイフを自分の腰から抜いた剣で正確にセス様は弾き飛ばす。

エヴァンだっていつ来ても大丈夫なように警戒していただろうに、事も無げにそれをあっさりとやってのけたセス様に思わず見惚れた。


「俺の婚約者相手にいい度胸だ」


そう言ってそのままエヴァンを切り伏せようとしているのだろう剣を振りかぶったセス様に、私は見惚れている場合じゃないとはっとした。

私は自分のナイフでは小さ過ぎると判断し、丁度私の居る方に飛んできたエヴァンのナイフを掴んで、拙いナイフさばきながら二人の間に入ってセス様の剣を受け止めた。

さすがに、男女の力差やセス様の本気の上方からの攻撃に腕が痺れる。

それでも何とか受け止めた私は、驚いた顔で剣を引いたセス様に向けて自分の額に浮いた汗を手で拭いつつ微笑んだ。


「セス様、ありがとうございます。ですが、エヴァン様のお話はセス様も聞くべきですわ」


怪訝な顔をするセス様に、私は笑みを浮かべたまま近づく。


「だって、見ないふりをしたのはセス様も一緒でしょう…?」


セス様の動きが止まった。

そう、だから、セス様も聞かなければいけません。真実を。


エヴァンはそれから、セス様と私から距離をとったまま簡潔に話した。私の嘘全てと、それに伴いレディローズが冤罪である事。感情を交えず、事実だけを淡々と。

そして最後にこう言った。


「フェリシアさんは殿下の事が好きなのに身を引いたのです。真実を聞いて彼女に悪いと思うのでしたら、フェリシアさんを王妃にして全てを元通りにすべきです」


セス様は一度も口を挟まず黙って聞き終えた後、エヴァンではなく私を見た。


「リリアナ、何故今更俺にこれを聞かせた」


それは責めるような声音だった。私はそれに、覚悟を決めて懺悔するように頭を下げた。


「……申し訳ありません。本当、今更観念するぐらいなら最初から悪い事なんてするなという話ですわよね」

「そうではない。何故、認めてしまうんだ」


問い直された、責めるような言葉に目を見開いた。

私は今、認めた事を責められている。犯した過ちをではなく。

再度言葉にされても尚、事実だと知っていても、私が認めなければ戯言だと言ってセス様は無視してくれる気だったんだ。

私は胸がいっぱいになった。それと同時に思う。

……もういい。幸せだ。

このまま私が一緒に居てはセス様は幸せになれないだろう。罪悪感が付き纏う関係ではセス様が前に進めない。私はやっぱり消えるべきだ。


「そのお言葉を頂けただけで……身に余る光栄です。でも、もういい。もういいのです。私を止めてはいけません。セス様。それが、本当は最初から全て私の罪をわかっていて騙されたふりをした、セス様の責任です」


私の罪とレディローズへの罪悪感から、こう言えばセス様はもう私を止められないだろうとわかっていた。セス様は誰よりも責任感が強い。

私はセス様とひと時として恋人ではなかったけれど、親友としてずっと一緒に居た。セス様の性格は知っている。


「そう、か。俺のせい、か」


セス様がその場に座り込む。無理やりに作った笑みを浮かべて。

ああ、傷つけた。そんな顔させたい訳じゃないのに。ただ心から笑って欲しいのに。ずっとずっと、私に向けて、ただ笑って欲しかった、だけなのに。

最後に見るのがそんな悲しそうな顔なのは辛い。けど、そうさせたのも私。

私は今、セス様の優しささえ否定している。それでもこうやってセス様を傷つけるのを最後にする為にも、これは必要な事だから。


「その罪も全部私が背負って消えるから」


私は自分の喉にエヴァンのナイフを向けながら、走馬灯のように今世生まれ変わってすぐの事を思い出した。生きる必要がもうないから、誤魔化しもフィルターも無しに。

私は、前世で死んで今世で目を覚ました時、とても嬉しくてとても怖かった。まだ私の知っているゲームの世界だともセス様の事も知らなかったけど、死にたくなかった私は生きている事が嬉しくて、だけど前世で幸せに生きていた私には全てを一度に捨ててしまった事があまりに怖かった。また死ぬのは絶対に嫌だと思った。

生への喜びだけでは失った物が多過ぎたから心が耐えられなかった。だからたぶん私は前世の事を、セス様のお名前を聞くまでずっとぼんやりとしか思い出さなかったんだと思う。だけどセス様の存在が私に希望をくれた。恋をする為に生まれ変わったんだと、理由をくれた。

前世で届かなかった唯一の恋だけが、私を支えてくれた。

メルヴィン君程の人に私を友人だと言ってくれていてもどうしても手を伸ばせなかった私が、たった一人手を伸ばせた人だけが。


私が頑張ってしまった事、私が犯してしまった過ち、私の恋心、それが皆の不幸の原因なら、私が居なくなれば少しは世界は元通りになってくれる。恋が叶わないからと諦めて逃げているだけかもしれないけど、でも、今此処でちゃんと終わる事が出来たなら、私大嫌いな自分の事をちょっとだけ好きになれると思うんです。


……神様、次は要りません。記憶も要らないし、“私”も要りません。

誰かを不幸にするだけの自分なんて要りません。好きな人を傷つけるだけの自我なんて要りません。

けれど願いがもし一つだけ叶うなら、私の事は許しても幸せにしてくれなくてもいい。だから、セス様だけは私の居なくなったこの物語の続きの中で、幸せにしてください。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。


「これで、全部元通りにしましょう。セス様、愛しておりました」


セス様と、目が合った。世界で一番美しい澄んだ青空みたいな水色。幸せだ。

今はきっと、セス様も私の事だけを考えてくれている。それが思い込みでも構わない。

もういい。もうこれだけでいい。言葉なんて辛くなるだけだから要らない。何を言われたって苦しくなるだけだから聞きたくない。

最後に、世界を越える前では絶対交わらなかったはずの貴方のその目が私を見てくれたんだ。それが幸せじゃない訳がない。もう思い残す事は無い。

そして口の中でいつものように呟く。


「神様、ありがとうございます。今日も私は幸せです」


私は、自分の喉へと思い切りナイフを突き刺した。

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