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シェドに案内されて来た最上階の部屋は、外から見てもドアの構造からして防音の効いた部屋だろう事はわかった。
ドアを少しだけ開けてから、中にシェドが声を掛ける。
「シェドです。連れて来ましたよ」
それから返事を聞く前にシェドはドアを完全に開けた。
中に居たのは、正直意外な人物だった。
エヴァン・ダグラス。侯爵家の青年で学園では私とも同じ学年同じクラス。ゲームの攻略キャラクターの一人。
こういう事を表立ってするような人物ではなかったと思う。一緒に居て居心地が良く友達が多い気が置けない、真っ直ぐ一途な性格だったと記憶しているんだけど。
けどしかし、その視線には嫌という程覚えがあった。今まで感じて来た殺気の主は確かにエヴァンのようだ。緑色の目は暗く深く、私を睨め付けている。
「じゃ、俺は行きますんでごゆっくり」
シェドは部屋には入らず、私を半ば無理やり部屋の中に入れるとドアを閉めた。
ドアの前で突っ立っている私にエヴァンはゆっくりと近づいて来ると、即座に持っていたナイフを私の喉に突き付けた。
無駄のない動き。相当訓練したんだろう。そもそもあんな殺気を放ちながらすぐに仕掛けて来なかった人物が、何もせずに怠けていた訳がないのは想像に易いけど。
「目前の刃物に怯えの欠片も見せないとは、豪胆ですね」
「私にとって怖いものではないだけですわ」
「へぇ。それであなたは、何故浚われこんな目に遭っているか自覚はお有りですか?」
憎々しげに感情を露わにしてエヴァンが問う。何故か、か。私は投げやりに微笑んだ。
「どんな理由でも構いませんわ」
本心から言った瞬間、喉からずらされたナイフの刃先が首筋に当たった。ちくりとした痛みは、だけど多少血が滲む程度のものだろう。
それよりも、さっきまでと違いむしろ感情を消して私を見るエヴァンの方がよっぽど危険だ。
危険でも構わない今の私じゃなければ、冷や汗をかきながら大慌てしていただろう。
「それでは、私の気が収まらないんですよ」
エヴァンは自分の気を落ち着かせるように一度ナイフを私の首から離し、一歩後退した。
「私は、今からあなたの全ての罪を婚約者の前で暴いた上で処刑します。無論、拒否権はありません」
威圧感のこもったエヴァンの言葉に、私は思わず感動して強く頷いた。
セス様に私の汚い所を全て教えて、最低最悪な地獄の気持ちを味わわせた上で私を処刑するというエヴァン。
私はそんな彼が、正義だと思った。
「素晴らしい提案ですわね」
素直に賛同した。率直に言って、私はエヴァンの事が人として好きだと思った。
エヴァンは、レディローズの事が好きなんだろう。けれどこんな事件を起こしている以上、その隣に居るのは自分でなくても彼女が幸せなら構わないと思っているに違いない。彼女との未来を求めているにしてはエヴァンの目は暗く、かつ正気過ぎる。
……エヴァンの今の姿は、なりたかった私だ。
ゲーム通りの悪役として罪を暴かれ消えられていたとしたら、もしくは去ろうとするレディローズと隣のセス様にあの時迷わず全てを告白する道を選べていたとしたら、私はきっとこんなきれいな人間だった。
「…何故でしょうね。私はその従順さを疑わしく思うべきなんでしょうけど、あなたを見ているとそんな気がまるで起きません」
「疑いたいのでしたらどうぞお好きに。けれど、私とあなたの目的はきっと合致しています」
「……何故、私とあなたの話が合うんですかね」
「正しい事への価値観には私とあなたでずれが無いからではないかしら」
困惑したように私を見るエヴァンに、中々の心眼だと感心しながら言った。
誘拐犯と被害者、悪者と復讐者、罪人と断罪人…そんなどの関係を当て嵌めるにしても奇妙な空気の会話をしている自覚はある。
私とエヴァンの価値観が合うなんて、普通は有り得ない。でも、私はしたかった事を出来なかっただけだから。
私みたいな人間と価値観が合うなんて言われたのが嫌だったのか、エヴァンは顔を歪める。
「彼女に酷い事をしたのに?」
「ええ、私、夢を見ていたの。そうしたら私以外の皆が幸せになれる夢」
「それは確かに、夢ですね。現実との区別はつけてください」
「本当、その通りですわね」
正論過ぎて、同意しか出来ない。エヴァンはそんな私に眉を下げた。
「違う形で出会っていたら、友人になれそうでしたね。残念ながら今の私は、あなたの事が嫌いですけど」
「そうですわね、それこそ夢物語ですわ」
私が諦めた笑顔を浮かべると、エヴァンの表情が暗く沈む。そんな優しい人に、私は少し考えてから明るく言った。
「そんな顔しなくてよろしいのよ。あなたは正しいの。だって、私も私の事、大嫌いですから」
本当なら一人でも迷惑を掛ける人を減らす為に、自分の手で消えるのが最善だろう。
でも私はエヴァンになら罰されたいなと思った。きっと、正しい道を選んだ私に罰してもらえたような気持ちになれるから。




