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ナナちゃんと初めて会話したその日は、窓は開けて寝たものの飛ぼうとは思わなかった。

だけど次の日の朝になるとまた、自分が目覚めたことに絶望してどうしようもなくなる。私はまた教会に行こうと支度を始めた。


「あのナンシーという平民には会わない方がいいと思いますが」


ティファにそう正論で止められ、私は考える。

確かに、生きようとする為に教会に行くのはいいとして、もしナナちゃんに私が自分の命より守りたい大切なものが壊されるかもしれないと思うと、どちらを選ぶべきかは明白だ。

なのに何故、私は行こうとしているのか。理性が働いていないのか。破滅願望かもしれない。

だけど、おかしな事はもう一つ。


「ティファ、どうしてあなたは私を止めるの? 私の事が嫌いでしょう? 良心なんて、私相手には捨てていいのよ」


それで私が死んだって、私は全くティファを責めないし恨まないから。

私の事が嫌いなティファならこれで引いてくれると思ったのに、ティファは私に挑むように睨み返して来た。


「聖女様が倒れてから、私は聖女様のしていらした事を独自に調べました。国に、おかしな動きが無いかです。もし私が何かを企んでいる人間だとしたら、聖女様が倒れられて監視が無くなった今はチャンスだと思うからです」


ティファはそこまで言うと、一呼吸置いてからより真面目な顔になった。


「王宮の兵士の動きがおかしいんです。まるで今日、何かが起こるみたいに。教会に行くにも、今は誰も警護に付いて来られないでしょう」


成る程。わかりやすい話だった。ティファもこの国を想っているから、私に今勝手に動かれたくないという話だ。

なら私がするべき事ももっと他にいくらでもあるわけで――でも私は今、立っているだけでも精一杯で何も考えられない。

またそんな弱い自分を責めて苦しむ前に、私は思考を切り替えた。


「私が消えても国は揺るがないから大丈夫よ。そんな価値無いもの」

「あなたは、フェリシア様とは真逆ですね」


緩やかに微笑む私に、私をじっと観察するように見ていたティファは一つ溜め息を吐いて寂しそうに笑う。それから言葉を探すように少し黙った後、続けて言った。


「私はあなたに、死んで欲しくありません」


真っ直ぐな目に眩む。

でも、ティファの中心はレディローズだ。

もしかしたら、レディローズから予め何かしらの指示を与えられて今私の足止めをしようとしているのかもしれない。レディローズの為には今私に此処を離れられる、もしくは消えられては困るんだろう。ひどい話だ。

レディローズの婚約破棄のあの日にしても、ナナちゃんにしてもティファにしても、この世から居なくなる時ぐらいはせめて私の自由に決めさせてほしい。


「ごめんね」


私はティファには従わず、教会へと向かった。馬車の御者は、ティファより私の指示に従うだろう。それが身分差だ。

それでもティファは付いて来た。止められない以上監視する気なのかもしれない。別にそれを咎める気もない私はティファのみを伴い、教会へと向かった。



しばらく馬車に揺られた末に着いた教会の前には、見知った馬車が止められていた。

それに動揺して、淑女らしくもなく自分で馬車のドアを開けて教会まで走りドアを開けた先、やはり彼は居た。


「確かにお前ぐらいの方がいっそリリアナも、」


ドアの開閉音により言葉は止まって、彼は私を見る。

教会の中でナナちゃんを相手に何故か私の名前を出して話していたのは、やっぱりメルヴィン君だった。二人の距離も空気も近く、親しげで、私は混乱した。

何で、城下町の外れの外れのこの教会に居る修道女のナナちゃんと、公爵家でも指折りの権力を持つクラビット家のメルヴィン君が親しげに話しているの?

誰が何を考えて、誰は誰の差し金で、私は誰を信じればいいの?

違う。そもそも、信じるなんて自分の命を人に預ける行為、私はしてはいけなかったんじゃないの? そう、私は自分で、全部一人で、そうしたらきっと今度こそ上手に出来る。


メルヴィン君が走り寄って来た。私はそれを他人事みたいに見つめた。


「おい、大丈夫なのかよ休んでなくて」


メルヴィン君は確かに心配そうな顔と声音だけど、私が何故此処に居るのかなんて聞いて来ない。その理由を恐らく当たり前に理解している。

私は、この教会に通っているなんて、正確な教会の場所までメルヴィン君に話した事はない。

メルヴィン君も此処に通っているなんて話も、私は今までにもちろん聞いた事がない。


「ええ、大丈夫。精神的疲労ですから、むしろ気分転換に出歩くのは身体に良いぐらいですわ」


半分嘘で半分本当な話をして、作り笑顔を浮かべる。


「それより、ナナちゃんと親しそうですけど……どういう関係なのかしら?」


私は、たぶん今まで一度としてメルヴィン君を疑った事がなかった。

今だってただの杞憂なのかもしれない。メルヴィン君がナナちゃんと繋がっていたからって、それで何がどうなるのかまでわかって聞いている訳ではない。

でも、一言で言うなら、私の知らないところで動いている何かが気持ち悪かった。


「友達」


メルヴィン君は、私の問いに特に迷いもせず単語だけでそう答えた。

貴族と平民が、友達。その難しさもおかしさも危うさも、メルヴィン君にわからないはずがないのに当たり前のように言う。

平民なんて簡単に人質に取れるし、貴族の一声で殺される。友人関係を育むにあたり双方にとって綱渡りが過ぎる。

別に私以外にも友人が居るのは構わない。そもそも私は友人関係を断り続けている身だ。じゃあ何が嫌って……私の話をしていたところ。

セス様と国と私に関係ない事なら勝手にすればいい。でも、それらに触るなら私は――


その時、私が回らない頭でぶっ飛んだ結論を出してしまう前に、また突然教会の扉が勢いよく開けられた。

それに驚いて私が振り返ると、顔を布で隠した巨漢が押し入ってくるのが見えた。その手には丈夫そうな木材が握られている。

咄嗟に護身術として習っていた構えを取った私は、恐らく自分が真っ直ぐに狙われていたならどうとでもなった。巨漢は確かに単純な力はありそうだけど、護身術も一切の妥協なく学び培った私にとっては、そこまで強そうには見えなかった。

だけどその巨漢はあまりにも的確に、私の隣に居たティファに向けて木材を振り上げた。その軌道、当たる予定の場所の目測と危険性を瞬時に計算出来た私は、動かざるを得なかった。

咄嗟にティファを庇い、側頭部に強い衝撃を受けてその場に倒れる。


朦朧とする意識の中、ティファの泣きそうな顔を最後に、さり気なく自ら落とした自室の机の引き出しの鍵が床でチャリンと鳴る音と共に、私は意識を手放した。


「ティファ、ごめんね」


きっとこの事の責任を取らされる事になるティファに最後の最後で言ったつもりのそんな謝罪の言葉が、言えていたのかも届いたのかも定かではない。

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