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「お嬢様、お勉強は素晴らしい事ですがあまり心配を掛けないでくださいませ。ただでさえ昨日お倒れになられた事で旦那様もご心配になられているのですから」

「ご、ごめんなさい…」


此方を見下ろし腕を組んで仁王立ちしているメイドのシャーリーに、私は怯えながら謝った。

シャーリーは、まだ十八歳と前世の私より一つ年上なだけなのに大人っぽい。この世界では普通の水色の髪とピンク色の目という色素は前世の私の価値観だとロックに見えるとはいえ、基本的に見た目も中身も知的な美人だ。しかしそのあまり変わらない表情とキツめな顔立ちは、私という三歳の幼女への専属メイドを仕事にしているとは思えない。今も威圧感が半端ない。私が前世の記憶を鮮明にさせる前なら泣いていただろう。

そういえば、無表情って確か『救国のレディローズ』の攻略キャラにも居たなぁ。でもシャーリーの場合、彼と違ってわざとやっているんじゃなくて地だろう。シャーリーは彼と違ってたまには笑うし。他の性格やらは被っていないし。

しかし、そうか。カイン子爵…私の今世の父親も心配しているのか。まあメイドや執事が居るとはいえ男手一つで育てている娘の事はそりゃ気に掛けるだろう。 もう少し自分の行動には気をつけなければいけないらしい。


「お勉強でしたら、よろしければ私がお教え致しますよ」


私が考えている間に、シャーリーは無表情のままながら威圧感を消ししゃがんで私と目線を合わせる態勢となってくれていた。怒る前にも私を部屋に戻してミルクをくれちょっと落ち着かせてくれたし、シャーリーは一見ちょっと怖いけど優しい。

さて、それにしてもその提案は願ったり叶ったりだ。私は嬉々として頷こうとし――すんでのところで思い留まった。


「も、もうちょっと大きくなったらそれはよろしくお願い致しますわ」


我ながら乾いた笑みを浮かべる私は、前世から嘘がヘタだと周りに散々言われて来た。幸いにもシャーリーは特に私の様子を突っ込む事なく、そうですかと頷いて流してくれたけど。

シャーリーに教えてもらいたい事はもちろんたくさんある。だけど、私は今三歳だ。ひらがなの読み書きやらたし算ひき算やら、お勉強がそんなレベルから始まるのは必至。ほぼ無意識で目を瞑っていても出来るような事はおさらいにもならない。さすがに無駄な時間だ。

マナーとか貴族としての心得とかなら前世知識が全然無いからむしろ習いたいんだけど、それだけ教えてというのも不審だろう。さっきまでは普通に学業的なお勉強をしていたのに、それはいいからマナー習いたいと頼むって、その理由を聞かれた時私は上手く取り繕える気がしない。一つを諦めるなら全部諦めた方がやりやすい。


「これからは行き先を誰かに伝えてから動くように致しますわ。それならいい…ですわよね?」


私は三歳なんだから、いつ誰と何処に行って何時には帰るをちゃんと保護者に言わなければいけない。貴族だと誘拐の恐れがあるから、家の中でもあまり勝手な行動は取れない。

うん、多少の不自由結構だ。貴族に生まれたお陰で、私はセス様に近づける機会を平民よりずっと与えてもらえる。喜んで従おう。


「お嬢様、なんだか急に大人になられましたね」


シャーリーのじっと射抜くような視線と言葉に、私は思わず小さくびくりと震えた。これが漫画なら、私の横にギクッという効果音が書かれていた事だろう。

ど、どうしよう。私は嘘がヘタだ。なので、真っ正面から誤魔化そうとすると絶対にこの冷静理知的なシャーリーにはバレる。私は自分がそんなに出来る子ではない事をちゃんと自覚している。そしてだからこそ、分をわきまえさっさと代案に逃げられる。

よし、こう、何とか話題を逸らして乗り切ろう!


「ええ、だって私恋してますもの!」


私が今思いつく話題なんてセス様の事しかないので、この恋情を胸を張って堂々と言った。私が大人っぽくなった事とはほぼ関係ないけど、記憶を完全に思い出した理由ではあるからまったく関係ないという程でもない。


「…恋? お相手は…?」

「ヒミツ、ですわ!」


予想外の返答に驚いたのか、訝しげな声音のシャーリーに私は胸を張って黙秘を宣言した。

三歳児の言う恋心なんて一過性のものだと適当に流してしまえばいいのに、なんだかシャーリーは結構真剣そうだ。家からほとんど出た事も無く社交界デビューもしていないし同年代の友達も居ない私が、何処の誰を好きになれたのかという好奇心かもしれない。シャーリーって無表情だから、その辺の感情読み取り辛いんだよなぁ。


「そうですか。それはそうと、旦那様がお嬢様をお呼びです。ちょうど今頃旦那様も休憩時間ですから、執務室までご一緒に来て頂けますか?」

「ええ、構いませんわ」


よかった、あんまり突っ込まれなかった。セス様への愛を延々と語るのは全然構わないんだけど、何かの拍子に言っちゃいけない前世の情報を私がぼろぼろっと零さないとは限らなかったから助かった。

私は安堵して、父親であるカイン子爵の居るという執務室まで歩いて行くシャーリーの後ろを付いて行く。自分の家でメイドに前を歩かせるのは貴族の令嬢としては間違いかもしれないけど、そこは私は三歳だしよく行く部屋から未だしも執務室になんて行く事は滅多に無いからいいだろう。

程無くして一つの部屋の前でシャーリーは足を止め、私を見て頷き此処が目的地だと私にも速やかに合図した後、部屋のドアをノックした。


「失礼致します。旦那様、お嬢様をお連れ致しました」

「おお、ありがとう。入りなさい」


中から聞こえた声に、シャーリーはゆっくりと音を立てずにドアを開き私に向けてどうぞと促すように掌を出した。

前世ではバイト経験さえなかった私は、凄いなぁお仕事出来るなぁと感心しながら部屋に足を踏み入れる。

豪華な大きい椅子に座るカイン子爵は、椅子に負けず劣らず大きい。主に横幅が。何というか、この血を引いている私は食生活に気をつけようと思う。

だけど人柄の良さそうな温かいにっこり笑顔を浮かべるカイン子爵は、太ってはいてもそれを包容力がありそうという長所に変えてしまいそうな柔らかい空気を持っている。私と髪色も目の色も同じで顔のパーツも整っているし、痩せたらたいそうなイケメンになるだろう。今でもそれなりにはモテそうだし。


「お父様、わざわざお仕事のお部屋に私を呼び出すだなんてどうかなさいましたの?」


小首を傾げて聞いた私に、カイン子爵はその穏やかな気質には珍しく眉を顰めた。咄嗟にお勉強中に誤って服や手にインクでも溢してしまっていたのかと自分の身体を見回したけど、特に変わった様子はない。

そう、私の外見は問題なさそうだ。となると、だけど、まさか――


「…お父様?」

「リリアナ…一つ聞きたい事がある」

「え、ええ」


ほんの少し動揺したように聞こえるカイン子爵の声音に、私も緊張して声が上擦る。子どもらしく、三歳らしく、昨日までの私らしく…どうやれば出来るのかがわからない。別に私は、リリアナの身体を乗っ取った訳ではない。生まれ変わった時から私は私だった。ただ、前世の記憶を明瞭に思い出したのが昨日だったというだけだ。

だけどカイン子爵からしたら、前世の記憶を思い出している私はリリアナじゃなく見えるかもしれない。私は、この家を追い出される訳にはいかない。

私は、絶対…絶対に、セス様と結婚するんだから。


「何故昨日までパパ様だった呼び方がお父様に変わっているんだ!? いや、お父様も悪くはない。悪くはないが、ちょっと早過ぎないか!? もう少しパパ様と呼ばれる喜びを私に味わわせてから、そうせめて五歳、七歳…八歳、ぐらいまで……」


……。とんだ取り越し苦労だった。カイン子爵、平和な人だ。


「それでお父様、ご用は?」


私はカイン子爵の嘆きの問いを一切無視し、笑顔で尋ね直した。

そもそも、私にとってのお父さんとは前世のお父さんだけだ。記憶をちゃんと思い出す前なら未だしも、十七年一緒に居たお父さんからそう簡単に新しい父親はこの人だと突きつけられてもそう易々と受け入れられない。私のそんな事情なんてカイン子爵は知らないし彼にとっては間違いなく私は彼の実の子供なので、カイン子爵が身寄りの無くなった子供を引き取った新しい父親のように私に気を遣ってくれる訳もなく、結果心の準備も出来ない。私には、そう簡単に新しい人生だからと切り替える事が出来ない。

カイン子爵の事は、優しくて良い人だとは思っている。私を育ててくれる事に感謝もしている。だけど、なんだろう。あまり情は湧かない。

父親は、前世のお父さんだけでいいとどうしても思ってしまう。ごめんね。これは父親についてだけじゃなく他のほとんど全ての事に思っているから、お父様だけじゃないから、ゆるして。


「……」


じっと私を責めるように見て来るカイン子爵に、私は首を傾げてさらに笑顔を深めた。


「かわいい! 好き! なぁ、シャーリー見たか、うちのリリアナの今の超絶かわいい笑顔を…!」

「旦那様、三歳のお嬢様に促されていないでとっととご用件を仰って差し上げくださいませ」


カイン子爵相手に敬語だけどわりとぞんざいな態度のシャーリーが格好いい。これが権力を笠に着ているタイプの貴族相手だとさくっと殺されかねないんだけど、カイン子爵は自分の地位に執着無く下々の者にも優しいからシャーリーにはこのまま格好良く生きて行って欲しい。


「あー、そうだな。まずはリリアナ、体の調子はどうだ?」

「とても元気ですわ。昨日はご心配お掛け致しました」

「そうかそうか、それはよかった」


カイン子爵は私の返答に、本当に嬉しそうに微笑む。そんな真っ直ぐに愛を向けられると少し居心地が悪い。

カイン子爵は和やかな空気を少しだけ払うように咳払いし、だけど優しい声音のままに再度口を開いた。


「今日呼び出したのは、リリアナは社交界デビューいつがいいかと聞きたくてな。もちろん、今すぐなんて話ではないから焦らなくていいしあまり遅過ぎる時期へのお願いも困るんだが、ある程度なら聞くぞ」


私はゆっくりと言葉の意味を呑み込み、理解した瞬間、破顔した。


「すぐ!」


カイン子爵に詰め寄り、椅子に座るカイン子爵のボトムスの裾を掴んで下から見上げ懇願する。


「すぐが、いいですわ。次の社交界にでも是非。ちょっとでも早く」


セス様は、王子様で次期陛下だからという事もあるけど、本人の希望で三歳のうちに社交界デビューする。うん、ゲームの中の彼はそうだった。

なら私も一刻も早く、彼と会って時間を共有したい。何より私がお会いしたい。


「…次、か? だが、そうするにはそれまでにいっぱいお勉強しなきゃいけなくなるぞ?」

「お父様、私お勉強したいのですわ。お願いします」

「途中でやっぱりイヤというのは、失礼な事だから出来ないぞ?」

「絶対言いません。絶対、です。もしそんな事言ったらうんと叱ってください」


セス様と会う為の努力を、私がイヤだと駄々をこねる訳がない。今世の私はセス様の為に生きてセス様の為に死ぬ気しかないんだから。

私の本気具合が伝わったのか、カイン子爵は優しい笑顔で頷いた。


「わかった。かわいい娘のお願いはパパ様断れないからなぁ…!」

「ありがとうございますわ、お父様!」


私は笑顔でカイン子爵に飛び付き、そのぽよぽよの胸に顔を埋めながらにやりと笑った。

ふむ、カイン子爵ちょろいな。セス様と私の恋に上手く利用出来そうだ。

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