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セス様との婚約後から婚約式典までの間、私は時間さえあればすぐに教会へ行って神様へ謝罪と許してくださいと乞う言葉を繰り返していた。

悪い事をしたとは思っているくせにもう動かない、動けない、進むしかないと思っていた私は、レディローズにもセス様にも何も言えず神様に対して言葉を吐き出し、無理やり前を向く為の道具としていた。

自己満足でもほんのひと時でも許してもらえた気になって、なんとか自分を立たせていた。

今も教会にはよく行く。だけど理由は違う。


「私は今度こそ本当に聖女と呼ばれるような人物になります」


神様の前で、十字架に跪いて決意を口にする。

この決意を二度と違えないように、私がまた間違えないように、神様の前で声に出して誓う。何度、何度も通っては繰り返す。


「ありがとうございます、神様。今日も私は幸せです」


最後に言って、立ち上がる。着ているドレスの裾がふわりと舞う。

早めに準備だけして社交パーティーの前に来たから私は正装のドレスを着ていて、これからまっすぐ社交パーティーだ。今日のパーティー会場がこの家とこの協会の間ぐらいの場所だからと来たけど、侍女のティファからしてみれば我が儘で迷惑な行為だろう。

足早に教会の出入り口で待っていたティファの元まで戻ると、相変わらず私を嫌いだとありありと語る視線が返って来た。


「終わりましたか? ではすぐ行きますよ、聖女様。時間がありませんから」

「……聖女、様?」


皮肉めいた口調で紡がれたそれに、怪訝に思ってティファを見る。距離はあったと思うんだけど、私が呟いた言葉が聞こえたのか、それとも牧師か修道女が私をそう呼ぶのを聞いたのか。


「私はそんな大した人間にはまだなれていないから、その呼び名は、」

「そんな事はありませんよ、聖女様」


遮られるように呼ばれる。ちっとも思っていないだろう言い方に苦笑いした。そんな私の顔にティファが嬉しそうにする。

これは…人前ならわきまえるだろうけど、二人きりの時は呼んで来るようになるだろうな。

いや、うん、それはそれでプレッシャーをいつも掛けてくれていていいと思おう。私が死ぬまでにはそう呼ばれておかしくないような人間になればいい話だ。


「私頑張るわね、ティファ」


蔑むような視線だけを返して返事もしなかったティファに、この子はどれだけ私が優しく接しても私を好きにならないだろうから安心するなと、ティファにしてみれば失礼で侮辱的とも言えるだろう事を考えながら、私は馬車に乗った。


さすがに私も、何の理由も無しにこんなに時間が無い中でわざわざ教会に寄りはしない。

今日の社交パーティーには、隣国ガリオン国の王子ノランと側近ゼロが来る。わざわざ王宮でのパーティーの時ではなく、自ら今日のそんなに大きくないパーティーに出席すると言って来たらしいノランの動向は読みづらくて面倒だと思うけど、まあそれはいいとして。

要するに、私がうまく駆け引きしてガリオン国の現状と、もし過去に何かあったならそれが何かという情報を引き抜かなければならない。その気合い入れに教会に寄っていたという訳だ。


パーティー会場では、まず陛下に挨拶に行きそれから誰よりも早く見つけられたセス様にも挨拶に行って、その後はすぐノランとゼロのガリオン国の二人を探した。

隣国の王子と側近なんだから、すぐに挨拶に行ってそれから少し話しても問題はないだろう。婚約者という時点ではセス様と一緒に会場を回らなくても問題ないのはありがたい話だ。


少し見回していれば、血のように赤い目立つ髪色の少年はすぐに見つかった。

それだけ目立つ髪色の上黙っていれば怖い顔立ちなのに、自然と場に馴染み、王子だからというのとはまた違うだろう、純粋な好意を持たれて周りを囲まれている男。表情がくるくる変わり笑顔が目立つゆえに怖がられずすぐ人に気に入られる彼は、私と同い年の隣国王子、ノラン・ガリオンだ。

ゲームの中では人の懐に潜り込んだ後は、生かすも殺すも気分次第だと言わんばかりの争い事が大好きな危ないキャラクターという印象だった。人懐っこくフランクに接するのは全くの演技ではないだろうけど、計算が全く無いのとも違うだろう。飄々と、心も身体も人の懐に入り込む。

今まで社交パーティーで隣国から呼ばれていた時、何度か見掛けた事はあったし観察した事もある。

ノランはたぶん頭が良い。頭の回転が早く、常識に囚われない発想力があるタイプだ。

今までの私なら、ノランには嫌な事を見抜かれそうだし、ノランからいきなり空気を読まずに怖い話をして来てもおかしくないし、何より私のせいでノランが暴走してこの国に不利益をもたらしたらと思うと怖くて、絶対に一定距離を保って接したかった人物だ。


けど、今は違う。

国に不利益をもたらされるのはもちろん困るけど、私が殺されるのは少しも怖くない。だからいつもより踏み込める。

それに、私が話したいのはむしろ交渉の難しそうなノランじゃなく、ノランと一緒に居るその側近のゼロだ。

眼鏡をかけた知的で冷静そうな背の高い男、ゼロをちらと盗み見てから、ノランの方を見て真っ直ぐに近寄って行った。


「ノラン様、ご機嫌麗しゅう。リリアナ・イノシーと申しますわ」

「ぼちぼち。……リリアナー、あ、新しい次期王妃だっけ? 失礼。ノラン・ガリオンです」

「もっと正式な場で無い限りでは、砕けた話し方で構いませんわ。今の私は婚約者に過ぎず、ただの子爵の子ですから」

「え、そうなんだ? 子爵? 中々成り上がるな。んな上昇志向強ぇタイプか?」

「いえ、王妃になりたい訳ではありませんでしたので」

「ふーん」


ノランの歯に衣着せない話し方と話題の振り方に、これは権力に固執している守るべきものがある人間程苦手とするタイプだろうなと思う。

興味があるのか無いのか、その場で思った事を何の意図もなく聞いているだけなのか駆け引きが行われているのかさえ定かじゃないノランとの会話は一旦切り上げ、次いでノランの隣に居るゼロの方を見る。


「ゼロ様も、突然のキャボット国殿下の婚約者の交代にお戸惑いかとは思いますが、これからよろしくお願い致しますわね」

「私にまでご丁寧にありがとうございます。色々あったらしいですね」

「お恥ずかしい話ですが、はい少々。お二人は前婚約者のフェリシア様とは親しくされていらっしゃったのでしょうか?」


まずは軽く、なんとはなしにといった風を装って聞いてみる。


「いや、別に。なぁ?」

「そうですね。彼女とは挨拶も交わしましたしあの立ち振る舞いですから印象には残っておりますが、あちらからも特段仲良くなりたいようには見えませんでしたし」

「その辺のご令嬢の上位互換究極系って感じだよな。俺もああいうのは、興味ねぇし」


嘘は、吐いていなそうかな。

しかしレディローズにここまで興味無さそうな人って初めてだな。ゼロは側近としての職務を徹底しているからとしても、ノランが本当に興味無さそう。

セス様以外には興味無いんだけど、ノランはゲームでは貴族の令嬢らしくないような子が好きみたいな事を遠回しに言っていたっけ? まあそれなら貴族の令嬢なら誰もが憧れ目指すような彼女の事が好みじゃないのは確かかもしれない。

いやそれは別にどうでもいい。本題に入ろう。


「あの、お気を悪くしたら申し訳ありませんが、風の噂でそちらの国では不作が続いていると」


返答を緊張しながら待つ。不作にだけ焦点を絞り、ただ心配しているだけだという顔で聞いた。どういう返答で来てもすぐに何でもない事のように切り返せるように脳内シミュレーションをする。


「おう、よく知ってんな」

ノランは私が何でもないような空気にするまでもなく、何でもない事のように普通に肯定した。ゲームではギリギリまで隠して、明かすのは戦争の時という程は重要な事だったのに。


「その通りですが、キャボット国の王様が一番苦しい時に金銭的支援をしてくださっておりましたから、貴女様がそうお気にされる程の事ではありませんよ」


続けてゼロも普通に返してくる。

しかしその内容は聞き捨てならない。一番苦しい時に、金銭的支援……?


「……その、不敬にも踏み込んだ話となるのですが、金銭的支援、それが具体的にいつの事か教えて頂いても?」

「十年は経ってねぇよな?」

「ええ、あれは疫病の時期でしたから。八年前ですね」

「なんかうちの国の状況を予言した少女ってのが居るんだってな。それで半信半疑だけどキャボットの王が援助したとか。そうだ、お前それ誰か知らねぇか? 王が動くぐらいだからそこそこの相手だと思うんだけど」


本当に予言を出来る人間なんて聞いた事がない。でもそれで王様が実際行動を起こしている。

ゲームの中では、隣国に金銭的支援をするなんて事は無かった。あの時気付いて援助さえしていればと王様が悔やむ台詞があったぐらいだ。

少女……王様が動く程の? 八年前、なら私は七歳。あの頃王様の近くに居た少女は……。

うん、あの頃から交友状況も勉強していて良かった。少し考えるだけでわかる。

あの頃、王様とそれ程の交友があった少女と呼べる年齢と性別の人間は、殿下の婚約者ただ一人。つまりはフェリシア・スワローズ。レディローズだけだ。

あまりに都合良く、戦争をしないで済むようなきれいな工作。未来を知った上で予言をしたのは間違いない。

でも、彼女が私と同じくゲームを知る転生した人間だとは絶対に思えない。だって私は、一目見てレディローズに打ちのめされた。あれ程に洗練された美しく完璧な非の打ち所のない主人公が、私と同じなはずがない。

そもそもレディローズが転生者なら、それこそセス様の真意をわかっていただろうに婚約破棄を受け入れて死刑になろうとする意味がわからない。転生者なら平民となっても生きていけなくはないかもしれないけど、この世界は前世と比べて便利な家電やシステムが無いものも多い。この世界で貴族としてずっと生きて来たのに、その環境変化は前世が一般家庭の人間だとしても、さらに便利な生活を知っている分むしろ余計に辛いかもしれない。

だけどメルヴィン君はレディローズが元気に生きていたと言っていた。婚約破棄も現状も幸せだと言ったと。

わからない。あれ程に幸せを約束された、全てを与えられそれを手放さないで済むだけの能力も環境も与えられながらそれらをわざと手放して、幸せだと言う? 考えがわからない。

メルヴィン君はレディローズに何かの企みがあると言っていた。私もそう思う。

しかし、転生者じゃないなら彼女は何なんだ? 本物の予言者? いや、それよりはあの天才ぶりからして色々と調べて何かの策を巡らせていると考えた方が自然か。


「あの、もし今後フェリシア・スワローズと接触する事がありましたら教えて頂きたいのですが」

「んな事あるか? 今日も居ねぇし、公式の場の出席停止か死刑にでもなったんじゃねぇの?」

「いえ、彼女は今平民ですので普通に考えると無いのですが、もしかしたらと」


レディローズがどういうつもりなのかはわからない。だけど、もし何か企んでいてその企みが危険なものだったとしたら、ガリオン国の王子であり戦闘願望の強い危険なノランに後々近づいて来る事は有り得なくない話だ。

難しい顔で考え込むゼロは、話の流れからレディローズが予言の少女の可能性が高い事も、その彼女が今平民として生きている事のおかしさにも気付いているだろう。よしよし、その調子で警戒して。

ノランの方はどうかと視線を移した私は、ノランのそのキラキラと輝くような笑顔に嫌な予感がした。


「いやいやいや、それより平民!? 今平民って言ったか!? あの貴族の象徴ですみたいな女が平民! 何それ凄ぇ面白そうじゃねぇか!」


うわ、ダメだこの人。大きいカブトムシ見つけた小学校低学年男子みたいな表情してる。

さすがにゼロもノランのこの様子に困った顔で口を開いた。


「ノラン様、今は彼女の言葉から色々と察して、対策や考察をですね…」

「は? んな駆け引きそっちで勝手にしてろよ。俺は俺が楽しい話題しか知らねぇ」


勘弁して欲しい。ゼロの言う事聞くような性格じゃないにしても、もうちょっとさぁ…。

いや、でもノランはもうこの国と戦争を起こす為の理由…というかそれは彼にとっては建前なんだろうけど、それでもその建前が無くなっているんだからいくら戦闘大好きなノランでも一人の意思で戦争は起こせないだろう。

懸念するべきは、レディローズも戦争を起こしたい、もしくは戦争を起こして混乱した国の裏で何かの利を得たい場合だ。

下手にノランの好奇心を刺激してしまったのが痛いな。ゼロはレディローズの思惑を探って警戒してくれるだろうけど、ノランが面白そうだからとかそんなふざけた理由でレディローズに会いに行きそうだ。

自分の失態にどう挽回するかと考えていると、ノランから私の顔を覗き込み観察するような隠す気もないんだろう視線を感じた。

此方も言葉には出さず、作り笑顔だけで視線の理由を問う。


「お前は優秀なくせに自信も無けりゃ不幸そうだな」


失態直後に言われるのは微妙な気持ちだけど、ノランから見て私が優秀に見えているのは嬉しい。ノランは社交辞令ならそういう事言わなそうだし。

でも、自信が無いのは確かだけど、問題はその後だ。何でメルヴィン君と同じ事を言う?


「不幸そうというお言葉だけ訂正してくださいませ。私は幸せですわ」

「だったら笑えよ。この国が息苦しいなら、俺の国に迎えてやるから」


ノランがお手本を見せているとでも言わんばかりに明るく笑う。笑っていたつもりなんだけど、どうやらうまく表情を作れていなかったらしい。相変わらず私は未熟だ。

しかしそれはいい。それよりも……なんだ? 何か、違和感がある。

ほぼ直感だけど、このノランどこかゲームで見た時の性格とは違うような。ゲームの時は……無邪気で人懐っこい皮を被ったもっと凶暴な奴だった。人の心にずかずか踏み込んで来るまではいいとして、私と仲良くもないのにこんなに優しい事を言うような奴じゃなかったと思う。

別に私の事を気に入っている訳ではないだろう。私はノランが気に入りそうな貴族の令嬢の一般的な姿からちょっと外れた変わったタイプではない。

それに、そんなノランを見ながら何故か苦い顔をしているゼロも、変だ。ただ単に困った事を言うノランにそんな顔をしている…のではなく、たぶんその感情には罪悪感が滲んでいる。

この二人、過去に何かあった? ゲームではそんな話は無かったと思うけど、ゲームの中では無かったけど現実には起こっていた何かにより心の琴線に偶々私が触れたのか。

それとも、レディローズの力で国の経済状況がゲームよりも豊かになったせいでノランが優しくなったとか? でもそれだとゼロの方の変化がわからない。

……明らかに不穏な動きのあるレディローズか、それとも二人のレディローズへの今までの注目していなさから鑑みて他の誰かか。何にせよ、たぶん私以外に誰かしらは動いていそうだ。

それがセス様にとっと良く働くか悪く働くか、わからない以上私はもっと状況を把握し知らなければならない。

おっと、そういえばノランに国を移っていいと言われていたんだった。答えが私の中であまりにも明確で当たり前過ぎて逆に答え忘れていた。


「セス様を裏切るぐらいなら、死んだ方がマシです」

「あっそ。まあ確かに、この世界より天国の方が幸せなのかもな。俺もいつか死んで天国行けるの楽しみにしてるし」


ノランは楽しげに言う。

天国に行こうとするような心持ちなら、やっぱり戦争とかする気はないのか? この言葉にはゼロが何かしら突っ込みを入れてくれそうだと思い、ゼロを窺った。


「どうでしょうね、私は天国は存在しないと思いますが」


ゼロはそう言って小さく笑う。

いやいやいや、ゼロさん、そんな宗教とか思想の差の話じゃなく。そっちに突っ込んで欲しいんじゃなかったけど。何で乗っかった?


「お前はどう思う? 天国。ある派? 無い派?」


ノランが何故か私にまで聞いて来た。至極どうでもいいんですけど、その話広げるんですか。そうですか。しかも私に話振ってくるんですか。


「無いと思いますよ」

「夢がねぇな」


ノランに呆れたように溜め息を吐かれた。

夢が無いっていうか、実際に前世では善良に清く正しく生きていた私が天国じゃなくこうして第二の人生を送っている時点で、まず無いと言えるというか。

第二の人生を送らせてもらえるなら、せめて前世の記憶は要らなかった。どんなに消そうと思っても関係ないと思おうとしても、絶対にその絶望は私の頭の真ん中にこびりついている。それが邪魔して私はセス様以外を求められない人間として、他に一切の見向きも出来ずに別の選択肢が存在しない人生を送るしかない。

別の選択肢はあるけど自分の前向きな気持ちで常に選んで生きる方が、楽しいに決まっているんだから。

天国がもしあるなら、前世までの私ならきっと行けていたと思うんだよ。


「ま、お前は天使に会った事ねぇだろうから仕方ねぇか」


ノランは哀れむように言って、この話を切った。

は? 何でいきなりメルヘンキャラになった?

……と、疑問には思ったけどなんか聞いても仕方なさそうだから私もスルーした。

後は適当に話全体を切り上げてノランとゼロから離れた私は、どっと疲れると共に収穫と失態半々な結果に頭痛がしながらも、セス様の婚約者として貴族の一人として挨拶すべき相手への挨拶と交流をした。

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