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ついにその日はやって来た。長かった私の物語が終わる日。
その日がその日である事を決める合図は、レディローズとリリアナ・イノシーが曲がり角で偶然ぶつかる事。ただそれだけでゲームの中のリリアナの嫉妬が限界を迎える。
「ずっとセス様にさえ言えませんでしたわ。申し訳ありません。ですが、私自身の身体や心の痛みはまだしも、フェリシア様のような方がセス様とご結婚される事でセス様にも国にも不利益となると考え、遅ればせながら真実をセス様に告げるべきだと判断致しましたの」
学園の裏庭でセス様と二人きり、私がゲームと全く同じ暗記している台詞を言うのを、セス様は黙って聞いている。
「私はこの一年、フェリシア様に酷い嫌がらせを受けておりましたわ」
事実と真逆なこの話に、セス様は私をじっと見るだけで言葉を返されなかった。
私は今までずっとセス様と友人としての信頼関係を築いてきた。だからこそ私は、セス様のこの反応で、自分の言葉は信じてもらえていないんだろうなと思った。本当だと思っていたら、きっとセス様は何か言うはずだから。
やっぱり私、主人公には勝てないんだなぁ。
内心でそう自分の完敗を認めながらも、それを表に出す訳にはいかない。私の役割は最後まで、死ぬまで、醜く悪役を演じる事だから。
程なくして、予め呼び出しておいたレディローズもこの場にやって来た。
優雅に歩いて来て私とセス様の前に立ったレディローズは、いつもの事だけど、ただそこに立っているだけで気高く美しい。笑いそうになる。笑わないけど。
こんな素敵な人になら負けても仕方ない。セス様をお願いします。
そう思いながら、表情はそれとは反して嘲笑うようにしてレディローズを見る。私は悪役令嬢リリアナ・イノシーだ。
私は改めて散々に、レディローズがいかに自分に酷い事をしたのかという話をした。それが終わると、よく通るセス様のお言葉が響く。
「フェリシア・スワローズ。今日この時をもって貴様との婚約を破棄する」
これから実際に未来に起こる、物語であり現実でもある、この話の流れを改めて確かめよう。絶対に間違える訳には行かない。
『セス様のお言葉をレディローズは拒否する。
そしてそれに、本当は最初からレディローズを疑っていなかったセス様は悪戯っぽく笑う。
「その言葉を待っていた」
そうしてセス様は、今度はリリアナ、つまりは私の方を見る。
「大罪人はお前の方だ」
レディローズと私の形成が一気に逆転し、とんとん拍子に私の悪事の証拠が出て来て、全てが終わる。』
これがシナリオ。これから起こる事そのまま。言葉にしてしまえばあまりに呆気ない、終わりまでの流れ。
さぁ、レディローズ、いつも通り私なんて意に介していない優しい笑顔で早く次の台詞を言って。
「それが殿下のお望みでしたら」
そう、そうやってレディローズがセス様のお言葉を拒否してくれたからセス様は、
……拒否、して、あれ?
え? 何言ってるのレディローズさん? 待って、ちょっと展開おかしいって。今から私が断罪されるはずの展開なはずなのに、何でレディローズは肯定してるのよ。
レディローズが私の嘘を否定せず婚約解消を受け入れる事で何のメリットがあるの?
セス様に心惹かれていなかったのならそもそも、度々彼の側に行きセス様との恋愛ルートへと進む事も無かったはず。だいたい、婚約解消の件はまだしもいじめについては否定しなければ困るのはレディローズ自身だ。大罪人になってまで否定しないのは不本意であるはず。
シナリオが崩れたの? 今まで何の綻びも無かったのに。私がどうやったってセス様の心は一ミリだって動いてくれなかったのに。どうしてこんな……今更っ!
呆然としている私、それからきっと同じ状態のセス様も残し、レディローズはさっさと歩いてこの場から去ろうとしている。
とにかく、訳はわからないけどこんなのはおかしいし間違っている。
貴女の言うべき台詞はそれじゃない。罪を犯したのは貴女じゃない。断罪されるべきは貴女じゃない。私は、こんな結末を望んでいたんじゃない。
遠ざかるレディローズの背中に引き留める声を上げる為に口を開く。だけど、声も出なければ体も動かなかった。
あれ、何で声出ないんだろう。とにかくこうなったからには私が早くレディローズを止めて、何なら私がいじめた側だって自白して、軌道修正を…セス様を幸せにする為に私はこれまで頑張ってきたんだから……私、そうしなきゃいけない、のに。
おかしいな、声が出ない。体も動かない。おかしい。だってこのままじゃ。セス様を幸せに出来るハッピーエンドの為にずっと私は、私は……。
おかしい、な。声、出さなきゃ、動かなきゃ、止めなきゃ。
…おかしい。
今、声出さなかったら、動かなかったら、止めなかったら。
ただ、黙って立っているだけで。
私がどれだけ頑張って頑張って頑張って努力して努力して努力して、だけど全然ダメでもう諦めざるを得なくて、ならせめてセス様だけでも幸せにって開き直って、それでも本当は心の中ではまだずっと欲しくて堪らなくて我慢して辛くて、届かなかった、願いが。
叶う。
だけど今声を出さなかったら、私はレディローズを本当にただいじめた上に陥れて汚い手段でセス様をも騙した最低の人間に成り下がる。セス様を幸せにしたかったという私の免罪符は消える。私は私を、今以上に、殺したいぐらいに大嫌いになる。きっと一生許せない。
でもこんな餌を前にして、食いつかない事なんて出来ない。
私、目の前に見えている善人の道をどうやっても選べない。私は、悪人になってもいいから私が幸せになりたい。さいてい。
レディローズの背中が見えなくなる。私は何も言えなかった。
……考えよう。こんな状況でも、時間は進むんだから。
何でレディローズが最後の最後でゲームから外れた行動をとったのか。今の今まで彼女は、寸分の狂いさえないほどに主人公だったのに。
明確にレディローズがゲームのシナリオから外れる行動を取った以上、そもそもこれはゲームから完全に逸れた現実だ。なら、こうなった原因が何処かにあるのは間違いない。
ゲームとこの現実、違うのは……わかりきっている。そんなのは、一つだけ。
私の存在。リリアナの中の私。
なら私が原因と考えるのが道理だ。私は、表面上ではわからなくてもレディローズの中の何かを変えられていた?
私がレディローズにした事…しいて、一つ思い当たるのなら、私はゲームのリリアナ以上に恐らく、行き過ぎた憎しみと嫉妬をレディローズにぶつけた。
全く感情を揺るがせられていないと思っていた。でもじゃあこの結果は何だ。感情を揺るがせられていないなんて、どれだけ平気そうに見えても本当に平気だと判断するには浅慮だったんじゃないか? 彼女は否定さえするのに疲れ、諦める程に傷ついていた…?
推測だ。でも、それ以外に思い当たる節は一つもない。
……ああ、さすがにこれで自分だけ幸せになるのは、ダメだろう。
私は自分本位な考えを改め、セス様に全てを話そうと口を開きかけた。でも丁度、幸か不幸かそれより先にセス様が声を発した。
「謝りも、しなかったな」
それは言葉と反してレディローズに失望した時の顔ではなく、まるで……セス様の方が見捨てられてしまったかのような悲しげな顔だった。私は何も言えなくなった。
気付いたからだ。これが私とレディローズだけの問題じゃない事に。
セス様がレディローズに言った事は、例えそれが彼女への信頼により拒否してもらえると信じたゆえに言ったのだとしても、王族の言葉だ。容易に取り消せるものではない。
それに、婚約を破棄すると言ったセス様のお言葉を拒否しなかったレディローズもまた、セス様に理解してもらうことを放棄したのと同じだ。
私がもしここで全てを自白したとしても、もう遅い。せめてレディローズが居るうちに自白するべきだった。
私自身が幸せになりたいなんて、そんな馬鹿な事を考えたせいで。
「リリアナ、好きだ。俺と婚約してくれないか?」
セス様が言った。ぎこちない笑みだ。
私はあまりにも突拍子もない言葉だと反射的に思ってから、いやそうでもないかと思い直す。結果的にレディローズより私を取ってしまう事となったセス様には、不本意でもこうするしかないか。
なんかもう、別にいいか。私は何も気付かなかった。最低だろうが、そういう事で。
でも何でだろう。せっかく好きと言われたのに、ずっと欲しかった言葉をついにもらえたのに、何だか味気ない。生まれ変わった最初、子どもの頃の方が幸せだった気さえする。そんなはずないのに。
きっと嬉し過ぎて実感が湧いていないんだと思う。だけど何だか泣きそうだから、嬉し泣きしちゃうぐらいには私は本当は嬉しいはずだ。
セス様の言葉に気持ちがまったくこもっていなくても、自分を本当に見てはいなくても、いつかセス様に今の言葉をもらいたい為にと私はレディローズを見送ったんだから。
セス様はそりゃ、私の事を本当にはまだ愛していないだろう。
仕方ないよね。婚約者と別れたばっかりだし。だけど私はチャンスを与えられてこれから一番近くで婚約者という立場で彼を支えられて、もうレディローズは居なくなるんだからそうしたらセス様は絶対私を好きになってくれるはずだし。
今私を愛していないのは問題じゃない。
うんうん、元気が出て来た。これからまたいっぱい頑張ってセス様を振り向かせなきゃいけないんだから、ポジティブに行かないとね。
そうだ、セス様に早く返事をしないと。
私は胸がいっぱいだったので声は出さずにただ小さく頷いた。
それから、頭がぐちゃぐちゃで変な事を考えそうだったから、それを掻き消す為に口の中で小さくいつもの言葉を呟く。
こんなの「ありがとう」私が「ございます、」望んだ「神様。今日も」幸せじゃ「私は幸せ」な「です」……。
わたしは、しあわせだ。よね?




