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社交パーティーなんてもう何十回も行っているけど、今日の私は一味違う。

いつもより気合を入れて編み込んでもらった髪の毛は妖精さんみたいだし、ドレスも久しぶりに百合をイメージした白く上品だけど可愛らしい裾の広がり方が素敵な新品を頼んだ。昨日の夜は早く寝たから血色肌艶全て良好。いや五歳パワーで元からふわふわのもちもちのつやつやなお肌ではあるんだけども念の為ね。

今世の私は三百六十度どこから見てもいつもかわいいけど、今日の私はさらに二割増しでかわいい。死角無しだ。

まだ公式にはなっていないけど、私は今日レディローズがセス様と婚約する事が発表されると知っている。でも私が主役を食ってやるんだ。

ふふん、今日の最高にかわいい私がセス様と親しげにしている事でレディローズは引け目を感じるがいい。セス様を巡って、正々堂々拳は使わず水面下で殴り合おう。

私は転生者であるアドバンテージに胡座をかかずに、今日まで一切抜かりなく自分を磨いて来た。よってウサギとカメの童話みたいな怠け者だから負けたという展開にはならない!


「今日のリリアナは機嫌が良いなぁ」

「お父様、そうではありませんわ。私は今闘志を燃やしているのです。これから水面下で女の闘いが始まるのですわ」

「リリアナの言う事はたまにお父様でもよくわからないなぁ。女の子は難しいね」


会場のスワローズ家までの馬車の間にカイン子爵とそんな会話をしていれば、あっという間に会場に着いた。我が家からわりと近くにあったようで。

シャーリーと馬車で別れて、戦場に向かう心意気で会場に入る。


「ではお父様、私セス様を探して参りますね」

「リリアナはセス様が大好きだなぁ。ああ、行ってらっしゃい」


カイン子爵に見送られながら、私は今日は特に優雅な所作になるようにと気を配りながらもセス様を探す。会場の皆様、私の事はレディリリーと呼んでくれても良くってよ、ふふ。

私の恋心によるセス様センサーによって、相変わらずすぐにセス様は発見出来た。今日もまた一段と格好良くて愛しいセス様に、すぐに走り寄りたい気持ちを抑えて美しく一歩一歩気を付けて歩いて行く。


「セス様、御機嫌よう」

「リリアナ」


セス様は私に気付くと大人染みた表情を緩めて、少しだけ子どもっぽく笑う。私の特権。それが何の思惑もなく友達であるたった一人が私だからだとしても、つまり友達としての特権に過ぎないとしても、きっと私だけにセス様は気を許されている。


「フェリシア様、どんな方なのでしょう。楽しみですわね」‬

「ああ、俺も初めて見る」‬


言外に一応婚約者なのに、という意味が込められている事には気付いたけど本来私が知るはずもない事なので、そこには突っ込まない。‬

様子を窺うに、セス様は平常どおりだ。レディローズの登場をわくわく待ち構えてはいないらしい。まあセス様の中の一番は常に自分が立派な王様になる事だし、そりゃそうか。‬


「そろそろ人も揃ったし、出て来るんじゃ――」‬


その時、セス様のお言葉が不自然に切れる。理由は私にも簡単にわかった。‬

会場の空気が変わった。明らかに、察せる程に、音が止んだ。‬

会場中の人間の視線が自然と一方に向いて行く。だから私も、そっちを見た。少しだけ高いステージのようなそこは、私の身長でも人の間を縫うようにすれば見えた。‬


一人の少女が居た。‬


その人は、幼児と呼んでいい年齢に見えるのに、可愛らしいよりも綺麗や美しいという言葉が似合う人で、あまりにも、残酷な程――完璧で、美しく、優雅で、ただそこに立っているだけで会場の視線をあまりにも容易く独占した。否応無しに、私の目も奪われた。

とてつもなく美人だとか、洗練された立ち姿や所作だとか、それを際立たせるような真っ赤なドレスだとか、目を向けた理由なんていくらでも後付けは出来る。

だけど、私は確かにそれら全てを認識する前に視線が勝手に彼女に引き寄せられていたんだとわかっていた。そんな才能が視えた。

察する。彼女が、主人公。


「レディローズ」


誰かの呟きが聞こえた。そんな呼び名が付くことがどれだけ恐ろしい事か今初めてわかった。五歳の少女を、レディと、薔薇と、表現するなんて。それを当たり前に誰もが納得し、呼び名として浸透するなんて。

私は鳥肌を立てると共にその美に畏怖していた。

……それからすぐ、そんな自分を恥じた。

美しいという事は畏怖する理由にはならない。落ち着いて見れば、レディローズはその目つきも表情も所作も柔らかく、畏怖という言葉は似合わない。間違いだ。

私は、勝手に怖がった。勝手に、この人と戦ったら負けると、無意識に負けを確信した。だけど負けるのも負けたと咄嗟に思ったのも嫌だった。だから怖がった理由を、美しいからなんて事にして下手くそに誤魔化そうとした。

……大丈夫。大丈夫。今確かに私は負けた。この人には勝てないだろう。認めよう。目を背けても仕方ない。誤魔化さず悔しいと思い直せたから、まだ私は戦える。次は勝つ。

なんとか深呼吸して私は自分を落ち着けた。

初めて見たレディローズは遠くからだから当然、声は聞こえず視線も合わない。

それでも、彼女の前ではこの世の全て、有象無象がニセモノとなる。それ程にレディローズは完璧で本物な主人公だった。世界の中心は彼女だと言われても納得してしまいそうだ。

まだ私は、彼女と同じ土俵になんて上がれていなかった。私がただ、勝手に彼女をライバル視していただけ。レディローズは此方を見ない。私なんて、その辺の雑草と変わらないから。

彼女を見て、そこまで理解して、私は彼女から視線を外す。

それからゆっくりと隣を見た。


無理してでも、綺麗な人ですねなんて掛けるはずだった言葉は、空気に溶けた。

セス様は、私が今自分を見ている事にも気付いていないだろう。

そしてその視線は、その先に居る人は、私もさっきまで見ていたんだから視線を追わなくてもわかった。

それからその視線の意味も。私がセス様を見るものと、同じだって。知りたくなくてもわかってしまった。


「……」


もう一度、深呼吸をする。

だい、じょうぶ。うん、大丈夫。

セス様が、レディローズを好きになるなんて、うん……ゲーム通りだ。私は元からそうなる事なんて知っていた。その気持ちの強さが、実際に目にしたらちょっと思いの外強そうだったから驚いただけ。自分のセス様への気持ちと重なるぐらいの、強さだっただけ。

大丈夫。零パーセントじゃない。私の恋にはまだまだ可能性が溢れている。

確かにレディローズは一目で勝てないと思わされてしまうような、圧倒的な存在感とオーラを持つ完璧な人だった。だけど別に、完璧だから人は人を好きになる訳ではないんだし、もしこの先どれだけ努力したって私より彼女の方が王妃として優秀な人材になるなんて絶望があったとしても、イコール私が彼女よりセス様に好かれる事が有り得ないとはならない。

きっと私は出来る。だって私はこの世界でセス様が生まれる前からセス様が好きだったんだから。セス様の好みだって知っているし、そうなるように絶え間無く努力だって出来る。何で負けても恋では勝つ。


「リリアナ! おい、待て! 止まれ!」


パーティー会場に似合わない大声を掛けられて、しかもとんでもない事にドレスの裾を掴まれ、私はびっくりして足を止めた。


……ん? 足を、止めた?

周りを見回せば、私が今居る場所はパーティー会場では無かった。

外だ。風が冷たい。息が切れている。私、走っていた? どれぐらい走ったんだろう。見る限り手入れされた庭のようだから、スワローズ家からは出ていなそうだけど。

私が止まると、ドレスの裾の突っ張りが消えた。代わりに手を掴まれる。最初に、この世界で初めて出会った時も、こうだった。

だけど振り返ると、そこに居るのはセス様じゃない。


「セス様じゃなくてごめんな」


メルヴィン君は困ったような顔でそう言った。

そんなの、声でわかっていた。私がセス様の声を聞き間違えるはずがない。

たぶんきっと私を心配して追い掛けて来てくれたんだと思う。でもそんなメル君に謝らせてしまうような顔で私は彼を見てしまったんだろう。

私は何か言いたくて、たぶん言い訳をしたくて口を開くけど声が出せなかった。そんな私の代わりにメルヴィン君がまた口を開く。私、情けない。何が負けているのを認めただ。無意識に逃げ出すって……こんなんじゃセス様に好きになってもらえなくて当然。レディローズならきっとこんなダメダメな事にはなっていない。


「実際見たら、意外と違うと思った!」


冷たい空気を切り裂くように響いたメルヴィン君の言葉は、予想していた言葉のどれとも違って、何の話をしているのかさえわからなくて、私はきょとんとその顔をただ見ていた。

メルヴィン君は自分でもあまりに要領を得ない言葉だという事に気づいたのか、慌てるように早口で補足するように言葉を続ける。


「完璧ってのもつまんねぇって言うか、何考えてるかわかんねぇし、あんまり大人びていられても自分との差が開くし、俺は馬鹿で素直で真っ直ぐな奴ぐらいでいいと思う」


あ、ああ。そういえば何日か前に、聞いたね。メルヴィン君の異性の好み。実際そんなにレディローズは好みじゃなかったって話だね。

とはいえ、わかったからこそむしろまだぽかんとしている私に、話の意味がわかっていないと思ったんだろうメルヴィン君がもどかしそうに、そして恥ずかしがるように少し顔を赤くしながら私の手を掴む力を強める。


「だから! お前はお前でいいとこあるし、セス様だって好み変わるかもしれねぇんだから、そんなに落ち込むなって言ってんだよ!」


なんだこの子。私の事元気付けようとしてる? 会場抜け出して私の事追い掛けて息切らして走ってまで? どれだけ、お人好し。私、ちゃんと拒絶したのに。数日前は忘れるには早いでしょ。

あはは。わらえる。


「何で落ち込むなって言って泣くんだよ!?  逆だろ!?」


さらに戸惑ったようにメルヴィン君が叫ぶ。

言われて目元に手をやれば、成る程。確かに。笑ったつもりだったんだけど。


「だって、だってさぁ……メルヴィン君が私の事応援してくれるから」

「そんなの最初からだろ!?」

「うん……でも、私が私の事応援出来なくなりそうな所で言ってくれたから」


私がセス様を好きなのは私が生きる理由なのに、それが折れそうで、自分の存在意義が揺らぎそうになって、そんな私をメルヴィン君が救い上げてくれたから。


「私が泣く原因はセス様だけど、私を泣かせたのはメルヴィン君だよ」


泣きながら、今度こそ笑いかけた。ありがとうの代わり。

メルヴィン君はちょっと面を食らったように黙ってから、取り繕うように私の背中をばしっと叩く。痛い。


「……そ、うか。お前、馬鹿で素直な癖に一人だと泣けなそうだしな。仕方ねぇから泣かせた汚名も甘んじて受け入れてやるよ」


いい子だなぁと和んだ私はまたちょっと笑う。それから踵を返した。


「戻ろ。会場に」

「今日はもう帰った方がいいんじゃねぇの?」

「戻りたいの。私、自分でも嫌になる程弱いけど、それでも負けたくないから。頑張りたいの」


我ながら強情な私に、メルヴィン君は私の手を強く握る。そういえば繋いだままだった。


「じゃあ、頑張れ」

「ありがとう。今ね、一番そう言って欲しかった」


その後、パーティ会場に戻った私は、別に格好良く立ち回れたわけじゃなかった。

ただ、レディローズの前に立って彼女に形式的に挨拶をしただけ。

丁寧だけどその他大勢と全く変わらない対応をされて、私の事個人として認識していないんだろうなって言外に突き付けられて、またちょっと苦しくなった。それだけ。

たったそれだけの事は、でも、それでも出来たから、スタートラインには立てた気がした。

私はいつか、絶対に、レディローズに勝つ。この恋を勝ち取る。

もう一度そう思い直せた。よかった。生きて行ける。

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