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色々あって二年が過ぎた。

この二年を思い返すと、お勉強をそれまで以上に頑張っただとか、セス様と前よりお話出来るようになっただとか、そういう大きなイベントがない日常の地味な進歩だけだったような……。

そう、私はセス様とこの世界で出会ってから二年以上も経つのに未だ告白出来ていない。

こう……セス様が思いの外私を友人として大事にしてくださって。セス様の友人って私だけなわけで。非常に切り出し難い空気となってしまったわけだ。

セス様以外で他に二年で変わった事と言えば……ああ、通っている町外れの教会で、聖女様として何故か名前が浸透してしまった事とか。

あとは、肉体的な力を身につければいざという時、最悪力技で解決できるかもしれないと思えるし、自信がついて堂々と振る舞えるかもしれないと思い護身術も習い始めてみた。

シャーリーはリリアナ様がまた睡眠時間をお削りに……といい顔をしなかったけど、カイン子爵は変な男に絡まれる心配が少しは和らぐと乗り気だった。誘拐の方の心配でないあたり、家庭事情が垣間見える。妻が中々家に帰って来ないのは、仕事の為でとはいえ周りの男にちょっかいかけられていないか不安があるんだろう。

さてしかし、二年。私は五歳になった。セス様とメルヴィン君も五歳になった。それはつまり彼女も、五歳になる、はずだ。

三日後、スワローズ公爵家で社交パーティーが開催される。五歳となる一人娘フェリシアのお披露目生誕パーティーという名目だ。

フェリシア・スワローズ。その名前に耳馴染みがある訳ではないけど、スワローズはゲームの主人公のファミリーネームで、五歳、私やセス様と同年代となるという事は、つまりその彼女がゲームにおいての主人公ポジション、レディローズのこと考えてまず間違いないだろう。

漠然とだけど、不安だ。主人公の性格とか人となりって、ゲーム上では選択肢によってどうしても変わるからどんな子が来るかわからない。ゲームの話からすると主人公もセス様も一目見た瞬間からお互いを気にいるはずだけど、実際現実ではどうなるのか。

まあ、子ども離れしているセス様やメルヴィン君と普通に会話出来ている私は頭の良さで負けないだろうし、今の私は容姿も最高に可愛いからそこでも負けはしないと思うし、何よりセス様を好きな気持ちでは微塵も負ける気がしない。

けど、完勝もしなそうなんだよなぁ。だって主人公だもん。天才だもん。チートだよ、ずるい!生まれた家でもう、セス様と婚約者になれちゃうとか、スタート地点から違うし!

やっぱりどうしても不安なので普通この世界の十五歳程度がやる範囲の問題集をひっ掴み、お勉強を再開した。ほぼ完璧に解けるんだけど、ややこしい応用問題でも一問もミスなく完璧に解けると胸を張れるレベルぐらいになりたいところだ。

私はゲームでは悪役だったリリアナ・イノシーだけど、正攻法で完璧に主人公と勝負してヒーローの愛を勝ち取り、ハッピーエンドを迎えてやる。

そう、私がお勉強モードに入ろうとしたところで部屋の外からぱたぱたと足音が聞こえた。なんだろう、相当に大変な事でも起こらなければ誰も足音立てて歩かないしましてや走りなんてしないと思うんだけど。

足音は私の部屋の前で止まり、ドアがノックされた。……緊急事態は私にも関係あるのか?うわ、嫌な予感。


「リリアナ様、シャーリーです。メルヴィン様がいらっしゃいましたので、すぐに身支度を致しましょう。開けてもよろしいですか?」

「……ええ、どうぞ」


予感的中。私は既にぐったりしながら仕方なくお勉強を中断して立ち上がった。

ああそうそう、もう一つ二年で変わった事あったわ。ただでさえ微妙だったメルヴィン君の遠慮がほぼ消えて来た。いきなり家に来るのやめろって言ってんのに気分で動きやがるからあいつ……。

シャーリーにドレスを着つけられ仕方なくおめかしさせられているて、ふとシャーリーが手は止めないままにどこか気まずそうに声を掛けてきた。


「あの、メルヴィン様にリリアナ様の事を色々と聞かれましたので、答えました」

「え? ふーん、別に聞かれて困るような事は無いけど……どういう質問?」

「普段のご様子や、私への接し方など……何故そのような事を聞かれたのかはわかりません」


私もまるでわからないけど、特に深い意味はないんじゃないのか?メルヴィン君のいつもの好奇心じゃないか?

そう特に気にする事なく、ただメルヴィン君とちょっと会うだけなのにお綺麗な格好にされた私はシャーリーを伴って客間へと行った。

ドアを開けると、人の家とは思えないリラックスした様子のメルヴィン君がソファーからぴょこんと跳ねるように立ち上がる。


「リリアナ」

「メルヴィン様、突然のご訪問はやめてくださるようお願いしたと思うのですが」


今はシャーリーや他のメイドが部屋に居るので二人の時の口調や呼び方ではなく、しかし第一声からはっきり苦言は呈してやった。

にも拘わらず、メルヴィン君は悪びれた様子もまるでなく口を開く。


「いや、どうしても人目が無いところで話したい事が出来たんだよ」

「はぁ……何ですか?」


仕方ないので、大人な私はメルヴィン君の話とやらをとりあえず聞いてあげることにした。くだらなかったら怒り直せばいい。

話は聞こえただろうと、シャーリーや他のメイド達に軽く目配せして部屋を出て行かせ、二人きりになる。

メルヴィン君はいやに真面目な顔で話を切り出した。


「話の前に、確認の質問。お前ってさ、セス様以外で二番目に好きな人って誰?恋愛に限らず、人としてな」

「二番目って、そんなの考えた事もないけど」

「じゃあ、さっきのメイドのシャーリーと親、どっちが好き?」

「そういうのは、比べるものじゃないと……」


何の尋問だこれ? と怪訝に思いながら、浅く答えていく。何を確認されているのか、何がしたいのかまるでわからない。


「シャーリーと他のメイドなら?」


本当に何なんだ、と恐らく表情にも思い切り出しながらもまあさすがにそれはシャーリーかな、と三秒程間を置いてから口を開こうとし、その前にメルヴィン君が事務的な言葉で話を終わらせた。


「確認終了」


私まだ答えていなかったんですけど。質問しておきながら勝手に自分だけ理解して話終わらせるの、話し相手に悪印象だからやめた方がいいと思います。と言って話が逸れるのもそれはそれで面倒だったので、私は何も言わずに確認が終わったなら、結局何を話したいのかと話の続きを促すようにただ視線を送った。


「リリアナとも付き合いも二年になるし、ちょっとはっきりさせておきたい事があったんだよ。……お前さ、本当にセス様以外全部何もかも心の底から、どうでもいいと思ってるだろ」


ああ……そういう話か。私は普通に頷いた。


「うん」

「愛情注いでる親も、いつも一緒に居るメイドも、一応友人な俺も、お前からの好感度はその他大勢とほぼ変わらねぇんだろうな」

「うん」


やっぱり普通に頷いて、それから特に表情の変わっていないメルヴィン君の目を見て問う。


「悪い?」


確かに私はそうだけど、それって別に咎められる事じゃないよね。だって好意って、向けられたら必ず同じだけ返さなきゃいけないものではないでしょう?

メルヴィン君は少し考えるような黙った後、答える。


「いや。ただ、不思議だな。セス様以外の全部、最初から何で捨ててるんだろうって思う。手に入れようとしないどころか、黙ってりゃ手に入るものも自分から突き放してる。何で一番の一つ以外全部遠ざけてんだよ」


……成る程、初めて会った時より洞察力が身についたようで。

私は少し笑ってしまった。


「メルヴィン君って、本当に好奇心の塊だね。あんまり深入りしない方がいい事ってあるよ」


人間関係っていうのは、そもそも面倒臭いものだ。好奇心旺盛なのは結構だけど、踏み込むラインはちゃんと見極めないと。

このままだといつか、メルヴィン君は人の心に踏み込み過ぎて大怪我しそうだ。心をか身体をかはその時のお相手次第だけど。

私の場合は――温厚だから、怪我はさせないかな。どっちの意味でも。

何にせよもっと気をつけた方がいいよとにこにこしていると、メルヴィン君は機嫌悪そうに舌打ちした。えー……なんで……。


「煩ぇな、契約でも仮でも友達は友達なんだよ」


一瞬、何を言われたのかわからなかった。


「お前俺以外に友達居ないから知らねぇんだろうけど、友達はこういうもんなんだよ。何か抱えてそうなら聞くし、助けられるなら助ける」


一瞬世界が揺れた気がした。もちろん地震ではなく、私の認識の話。

懐かしい感覚がした。もしも前世でこの人に出会えていたら、私はきっと大好きな友達なんだと、胸を張って言えた。

私が本当に他に友達が居た事が一度もなかったら、前世の記憶がなかったら、生まれ変わった後の今世でもこの人を大好きな友達だと言えた。

でもダメだ。記憶あるから。思い出したくない程に、優しくて毒のない幸せな思い出があるから。私、一回死んだから。もう友達は要らない。セス様以外何も要らない。

今世では、私の心を揺るがすのはセス様だけじゃないと耐えられない。


「私の為に言ってるみたいな、そういうのやめて」


私は努めて冷静に、あまり声に感情を含ませないように波立たせないように優しく言う。


「欲しいものは大きい一つだけでいいんだよ。私は私の為にいつだって最善を尽くしているの。だから、メルヴィン君も、好奇心と契約だけで私を見ていてくれればいいんだよ」


優しく、だけど、絶対的に拒絶した。

友達は要らない。メルヴィン君は私の中には要らないの。

良かれと思って言ってくれたんだろうに、こうまで蔑ろにされたらメルヴィン君も怒るかな?でもメルヴィン君からこの話を始めたんだから、踏み込んで来たんだから、私は心のラインをメルヴィン君にも見えやすく引き直しただけだ。

これでバイバイなら、それもまた仕方ない。


「お前、本当にセス様一人だけ手に入れられれば幸せになれるって思ってんの?」

「思ってるよ」


胡乱げに聞いて来たメルヴィン君に、何の迷いもなく即答する。何を当たり前の事を。それが私の今生きている意味だ。

セス様一人が居れば私は幸せで、セス様の隣で恋を勝ち取れればこの上ない。


「ならいいか、今は。応援してる」


メルヴィン君は笑って言った。ちょっと引っ掛かる言い方だったけど、私も掘り返しはしない。メルヴィン君は心のラインを踏んでいた足を下げてくれた。これでこの話はおしまい。

ここからはまた浅い表面だけでのお友達ごっこね。


「メルヴィン君に好きな人が出来たら、私も応援してあげる」

「いつしかは呪ってなかったっけ? だいたい何でそんな上から目線なんだよ。何様だよ」


私は人払いしているので、貴族らしさ、お嬢様らしさを一切気にせずにテーブルにばん、と大きく音を立てて手をつき立ち上がる。


「恋愛に関しては先輩でしょう!?」

「そんな風に全然見えねぇし」

「恋する事に関しては少なくとも先輩!」


偉ぶってふふんと笑ってやれば、メルヴィン君が折れた。わかったからと言わんばかりに手をひらひらさせたので、私も座り直す。


「メルヴィン君、好きなタイプとか無いの? 三歳でもメル君ぐらい大人びていたら漠然とはあるでしょ? ね? ね?」

「……まあ、じゃあ、頭良くて凛とした美人で大人っぽい女とか」


流すように適当に言われる。でもその割には具体的だな。

んー、もしかしてそれ、メルヴィン君の前では頭良い大人っぽい話し方しなくて、可愛い系の顔立ちの私を皮肉っているのか? それとも本心か?

……あれ、でもメルヴィン君のその好みの女の子って、ゲームの主人公、レディローズさんイメージに限りなく近いのでは!?

そういやメルヴィン君もゲームでは攻略対象キャラだった。まだレディローズと会った事はないはずとはいえ、深層心理や好みとしてはそういう風になっているのか?

え、やだ。だってそれ、セス様もそうかもしれないって事になる。……やだ。


「メルヴィン君、頑張って! そっちはそっちで、こっちはこっちでくっつけば、大団円! ハッピーエンドだから!」

「ちょっと何言ってるかわかんねぇわ」

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