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友達は要らない、セス様だけが居れば。
そう思っていたのは本心だけど、まさかこうなるとは、と私は今の自分より何歳も年上の女の子達に囲まれながらため息を一つ吐いた。
こうなるまでの経緯を纏めようにも、社交パーティーに来てカイン子爵と別れるや否やで「ちょっと来なさいよ」と理由も説明されずに無理やり腕を引かれてなんだなんだと行ってみれば、今日のパーティー会場であるお城のホールの隅に連れていかれ、そこで待ち構えていた十人ぐらいの少女達に囲まれたのが現状なので、私もよくわかっていない。
正確には、説明はまだされていない。でも、うん、うーん……セス様とメルヴィン君関連だよねぇ。客観的に考えて。
女の子達のコミュニティに加わろうともせず、結婚相手に女の子達が狙っている彼等に付き纏い傍にいることが許されている私はまあ目障りだろう。一人が不満を口にすれば、私と仲の良い人が一人も居ないコミュニティでは擁護もまず無いだろうから加速度的に不満が広がって、本人に話をつけようとお呼び出しに至ったと。
この中では、私を呼びに来たピンクのフリフリドレスの女の子……確か、侯爵家の娘だ。家柄や強気そうな性格を見てもこの子がコミュニティのリーダーっぽいな。
「単刀直入に言うわ。セス様とメルヴィン様と、もう関わらないで頂ける?」
ピンクフリフリが両手を腰に当て踏ん反り返って言ったので、大当たりかぁと辟易する。
でも、十歳ぐらいの子にしてはちょっと弁が立ちそうな子だなぁ。面倒臭いなぁ。
私は意識して表情を変えないようにしつつ、真っ直ぐに彼女を見返した。
「嫌ですわ。誰かと友人を続けるのに、両親や相手方ではなく第三者に決定権は無いかと」
年齢による身体の発達差により、必然的にかなり見上げながら言えば、ピンクフリフリの顔が明らかに怒りを孕んだものとなった。
反射的にびくりと震えた自分の身体に、少し戸惑う。おいおい、私、何をビビってんだ。多勢に無勢とはいえ相手はたかだか十歳そこらの女の子達だぞ。
「不快なの。鬱陶しいのよ。お嬢ちゃん、言ってる意味がおわかり? ちょっと難しいかしら?」
小馬鹿にしたようにピンクのフリフリが言って、周りの少女達もそれに呼応するようにくすくすと笑う。んー、相手が何歳だろうがこういうのは居心地が悪い。
まあ普通の三歳児ならわからないでしょうとも。私はわかるけどな!!
「ご自分の嫉妬の感情はご自分でけりをつけてくださいまし」
少女達の笑いがぴたりと止まる。いい気味だと内心でほくそ笑む間も無く、一斉に睨みつけられて私は怯んだ。
いやだから相手は十歳そこらの女の子達で!
と再度持ち直そうにも、明らかに私の手は震えていた。それがバレる事で彼女達につけ込まれたくなくて、咄嗟に手を身体の後ろに隠す。
……少女達は全員、私より背が高い。たぶん力も強い。今の私はあくまで、身体的には、ただの三歳児だ。
あ、どうしよう。そうか、何かされそうになったら抵抗できない。いや、会場に響くような大声を出して大人の助けを呼べば……ああ、ダメ。それはダメだ。騒ぎには出来ない。
私は被害者だし、それを主張出来る。でも、たぶんしばらく社交パーティーに連れて来させてもらえなくなる。セス様と会えなくなる。
「だから、けりをつける為にあなたを呼び出したのでしょう?」
ピンクのフリフリに凄まれて、私は思わず視線を逸らし足を一歩後ろに下げてしまった。
いじめとか喧嘩とかそういうの、私は前世でも経験が無い。多少の仲違いぐらいはあったけど、大勢に嫌われる事にも慣れていない。
どうする? こういう時ってどうすればいいの? もし一時凌ぎ出来たところで、また次の社交パーティーでは?
メルヴィン君に助けを求めるか? いや、彼と私は契約の友人でギブアンドテイクの関係に過ぎない。変に借りを作ってどうする。そもそもメルヴィン君に噂になりたくないからと人前で話し掛けるなと言ったのは私だ。
じゃあ、セス様……?
……冗談。あり得ない。セス様の負担になりたくないし、そもそもセス様は私を助けないだろう。だってセス様は、王となる為の足場を強固にする為に今のご年齢からお勉強の時間を割いてまで社交パーティーに足繁く出席していらっしゃるんだ。ただの子爵令嬢の私を助ける為に、彼女達全員との関係を犠牲にするか?
セス様は、忙しい。ただでさえ今日の会場はお城、つまりはセス様のご自宅。王家だ。重要なお客様も多いだろう。戯れに友人になる許可を出しただけの私に、ご自分の必要な時間を割きはしない。
だから、私はこの程度の細事、自分で解決しろ。私は絶対セス様と結婚するんだから、そうしたら王妃になるんだから、出来なくてもやれ。
「ふふ、泣きそうね? 私優しいからもう一回聞いてあげるわ。セス様とメルヴィン様と、関わらないで頂ける?そうしたら、優しくしてあげるわよ?」
心の中ではいくらでも、うるさいピンクのフリルおばけと悪態をつけるのに、喉が引きつってうまく声が出ない。萎縮している。
心の強気に対して、本能的な恐怖からの怯えが身体を支配していた。
「……やだ」
沈黙にお腹が痛くなっていく中、漸く絞り出せたのはそんなたった一言だけ。相手の目すら見えない。
何でこんな事で縮こまっているの私。バカみたい。もっと強く在りたいのに。これじゃあ相手を増長させるだけだ。
一度、逃げた方がいいかな。こんな今の自分じゃ状況を悪化させるだけの未来しか見えない。
後ろ向きな思考で逃げる為の一歩は、簡単に踏み出せた。そんな自分にまた少し嫌悪した。
ただ、計算外が一つ。下げた後ろ足が何かに当たった。
誰かが騒ぎを聞きつけて来てしまったんだろうか。どうしよう。私はセス様と会えなくなるのが一番怖いから、騒ぎになりたくないのに。
恐る恐る振り返るように見上げた先には、私が世界一、世界を越えても愛している人が居た。
「こいつは俺の友人だ。これからは俺を敵に回したい奴だけこいつの事を可愛がるといい」
状況がうまく飲み込めていない私をよそに、セス様、そう確かに私が見間違えるはずもなくセス様に違いない彼はそう少女達に言い放つ。
それから少女達からの返答を聞く気もない、いや聞かずとも返事は一つしかないとでも言うように私の腕を掴むと彼女達に背を向けてずんずんと歩き出した。
腕を引かれて無理やり歩かされるのは、さっきあの子達に連れて行かれた時と同じはずなのに、あの生々しい現実感とは相反して夢を見ているようなふわふわとした頭でただ、付いて行く。
会場を出て、さらに階段を上ろうとする段階になって、セス様はどこに連れて行こうとしているのかと疑問には思ったけど、セス様が連れて行ってくれる場所ならどこでも構わないので黙って歩き続けた。
やがて一つのドアを開けて着いた部屋は、誰かの私室のようで私はおずおずと中に入りながらも頭の中は疑問符でいっぱいだった。
「お邪魔、します。あの、此処は……?」
「俺が連れて来たんだから俺の部屋だろ」
「へ? ひぇ!?」
すっとんきょうな声を上げてその場で小さく飛び上がった私は、セス様が掴んでいない方の手で自分の胸を抑えながら隅々までお部屋を見回そうとして、何失礼な事しようとしてんだアホ! と軽く自分の頬を叩いた。
「大丈夫か?」
「はい! 元気です!」
いきなり自分を攻撃し始めた私にセス様が怪訝そうに私を伺ったので、私は満面の笑みを向けた。いや、頭大丈夫かという意味な気もするけど、たぶんそれも大丈夫です。元気です。
「まあ座れ」
「は、はい」
セス様に促され、お部屋に備えつけられている椅子を見る。これセス様が普段座っていらっしゃるんだよね。うっ、普通には座れない。あまりにも尊い。むしろこのセス様のお部屋という空間で息を吸っている時点で胸焼けしそうだ。
しかしセス様が別の椅子に座って待っていらっしゃる。
「私は立ちます! もったいないので!」
「リリアナがそうしたいなら構わないが……」
よし、興奮し過ぎて突然鼻血を噴いてぶっ倒れる危険をこれで多少は回避出来た。
とはいえこれでは、椅子に座っていらっしゃるセス様より頭が高い。なんたる不敬。私はその場に跪いた。
セス様から困惑の視線を感じたが、私は笑顔を返した。
「……その、大丈夫か? 我ながらあまり良策ではなかったと思うんだが」
何故か気まずそうにセス様が私を伺って来られて、私はまったく意味がわからずに首を傾げた。
「だからだな、あそこで俺が出たせいでお前はこれから周りと友好関係を築きづらくなっただろう。人間関係が閉じたんだ。女は男と比べると比較的感情でコミュニティを形成しやすい。噂の伝達も早い。王族が口出しして来る子爵令嬢なんて誰も関わりたくない」
あ、え? ご自分の時間を割いて助けてくださったのに、セス様、私のこれからの事まで気遣ってくれている……?
嬉しい。大好き。愛してる。
胸に次々と湧き上がる幸せな気持ち、と同時に、少しだけ心配になった。
人間が、出来過ぎている。セス様も三歳なのに。転生前の記憶がある私とは違って、まだ四年も生きた経験の無い人のはずなのに。前世の私の世界にはきっと少なくとも、こんな三歳は居ない。
この人は、立派な王様になろうという気持ちだけで、この歳にしてこれ程の人間なのか。ああ、王になる人だ。
私ももっとしっかりしなくちゃ。口先だけじゃなく、セス様の隣に並べるような人間に。あわよくば……セス様を支えられるような人間に。
「私は、友人は今居るだけで充分ですわ。助けてくださってありがとうございます」
セス様は私の言葉に少しだけ驚いたように目を見開いて、それから僅かに哀の感情が混じったような優しげな笑みを浮かべる。
「そうか」
言葉としてはたった一言。だけどそれと共に、立ち上がったセス様が近づいて来て、笑顔にきゃーきゃーと固まる私の頭を優しく一撫でした。
「此処には好きなだけ居ればいいが、あいつ等ももうお前には手出しできないだろう。落ち着いたら安心して戻れ。俺はやる事が山積みだからな、先に戻る」
フリーズして返事も出来ない私を置いて、セス様はあっさりとお部屋を出て行った。
五秒後、ドレスなのも忘れて私は床に伏す。ほぼ倒れた状態だ。ときめきが止まらない。呼吸困難と動悸と血圧の上昇で死にそう。私の好きな人が格好良過ぎる。愛してる。
「ああ神様、ありがとうございます。今日も私は幸せです!」
基本、毎日寝る前と教会で神様にお伝えしている言葉だけど、それ以外の時にしか言ってはいけないなんて自分ルールはない。
神様神様、本当にこの世界に私を転生させてくださりありがとうございます。
「というか、自分の事を死ぬ程好きな女を一人自分の部屋に残すってセス様ちょっと危機感無さ過ぎです。心配になります。でもそれだけ信頼してくれてるって事でしょうか。うー、嬉しいようなもどかしいような……っ!」
伏せたままで、言葉の割に部屋を見て回る事も出来ずに居る自分を自覚しながらも、セス様もいいと仰ったしお言葉に甘えて暫くその場でうーうー唸りながら心を落ち着けた。
落ち着くまでに三十分程掛かっただろうか。起き上がり身だしなみを整え、結局お部屋を見て回る事も緊張して出来ないままに部屋を出ようとした私はそこではたと気づいた。
「……そもそも私、好きって本人にまだ言ってないな?」
セス様にとっては本当に完全に、ただの友人を助けて落ち着かせる為に部屋に連れて来てくれただけで、私が自分の事を好きなんて知らなかったわけだ。
んんんー……しまったな、また告白しづらくなった。
ちょっぴり気落ちしながらパーティー会場に戻り、今日はもう帰ろうとカイン子爵の所に行くと、私が起こしたプチ騒ぎについては何も言われはしなかった。もし知っていたなら子煩悩なこの人の事だからもっとリアクションがあるだろうし、知らないんだろう。
どうやらセス様が一言で収めてくださったお陰で話は広まっていないらしい。よかった。
ただ帰りの馬車でシャーリーにドレスがほんの僅かに皺になっていることを指摘され、誤魔化すのが大変だった。