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セス様と次にお会い出来る日が決まった。正確に言うと、次私が出席させてもらえるパーティが決まった。
さすがに毎度毎度オーダーメイド出来る程はイノシー家の財産は潤っていないので、次着るパーティ用ドレスは既製品だ。既に発注も済ませ、日課のお勉強も今日の分は終わらせてしまった。
しかし、まだ昼だ。…お勉強の量が少ないという事はないと思うんだけど、どんどん効率良くお勉強出来るようになってしまったのが要因だ。もし私が前世でこのぐらいお勉強出来ていたら、大学受験で悩む事も無かっただろう。いや、受験どころか大学決める前に死んだんだけど。
前世の事はいい。終わった話だし。それより、この持て余した時間をどうするかだよねぇ。あんまりこの歳からやり過ぎたせいで発育に影響出たら嫌だし、お勉強をこれ以上増やすのもなぁ。切羽詰まってるわけでもないし、私三歳だしなぁ。
「そうだ、セス様にお手紙を書こう!」
唐突に思いついた。
一応お友達という立場にはして頂けたんだから、お手紙ぐらい書いても怒られないはず! 直接対面した時はボロボロだった私でも、文面上でならセス様に見直して頂けるのでは!?
やだ、私ったらナイスアイディア…実は天才なんじゃないの? そうと決まれば文面を考えながら可愛い便箋を買って…あー、わくわくして来た!!
「……お嬢様、何をなさっておいでで?」
「み、見ればわかるでしょう? 手紙を書いているのよ」
「申し訳ありません、私もそうではないかと思いはしたのですが…」
私も(中身は見た目と比べれば)大人だ。シャーリーの言いたい事はわかる。
見るからに便箋に向かっていて羽ペンを持っているとはいえ、昼過ぎに見に来た時から夕方にまた来た今まで便箋を前に一ミリたりとも書き出せていない私に、思わず質問してしまった事は責められない。むしろ私は今心の中で自分を責めるのに忙しくて、他の人を責める余裕なんてない。
なんっで! 五時間掛けて一文字も書けないかなぁ私!? 愛が重過ぎるいっそ呪いかと思われそうな文面か、社交辞令だけの何の意味もない文面か、頭の悪い質問だらけの前世のアホ女子高生丸出しな文面かの三択しか思いつかないんだけど! 私、前世と今世で何して来たの!? これでよく五時間前の私、自分の事天才だなんて豪語出来たな!?
「シャーリー、私好感を抱かれるお手紙の書き方がまるでわからないわ…」
「好感を抱かれる、ですか…? そもそもお嬢様は何のご用件でお手紙を書こうとなさっているのですか?」
「用件? 私がセス様との友好を深める為よ!」
「……恐らく、お嬢様の仰る意味での友好はお手紙で深めるものではないかと」
「え?」
私はきょとんとシャーリーを見た。シャーリーは困った顔をしている。この子も随分表情が出るようになったようだ、どうでもいいけど。
いや確かに、一度話しただけの友達と手紙交換も珍しいかもしれないけど、頻繁に会えるわけじゃないんだからそういう友好の深め方は有りじゃ……有り…あれ?
もしかしてこの世界の手紙、本気で用件ある時しか送らないもの? 友好深めるにしても、お家同士の友好を深めるとかのそんなもっと淡白で大人な意味でしか送らない?
「…大事な用が無いと、もしかして手紙って書かないもの、なの?」
「ええ、そうですね…私は雑談のみの手紙は見た事も話に聞いた事もありません」
まさかのカルチャーショックで、私の良案に思えた閃きはただのゴミクズ案に成り果てた。泣ける。どっちにしろ書けなかったんだけど。
どうでもいい人になら、こんな手紙の使い方もありじゃない? という軽い気持ちで送れるけど、私がこの世界で唯一どうでもよくない人であるセス様相手にそんな博打は出来ないです…。用があるのかと思って手紙読んだら、手紙の正しい使い方も知らない暇人の雑談しかなかったとか、最悪お友達もやめさせられてしまうかもしれないし。
「それはそうと、私お嬢様にお手紙が来ていたのでそれをお渡しに来たんです」
「お手紙?」
なんてタイムリーな話だろう。そうだったのか。てっきり夕飯に呼びに来たのかと思っていた。
しかし、お手紙は用件が無いと書かないものなんだよね? 三歳児の私相手に誰がどんな用件で…?
「メルヴィン・クラビット様からです」
「ああ…ええ、そうよね。知っていたわ」
ちょっと、ほんのちょっぴりだけセス様ではないかと期待した私がバカだった。そうだよね、メルヴィン君だよね……はぁ。
私はテンションを落としながらもシャーリーが差し出す手紙を受け取り、適当に開いて適当に読んだ。
……。
どうやらメルヴィン君はまた何か無駄な勘ぐりをしているらしい。
手紙の内容を要約すると、メルヴィン君は私が家族の事で悩んでいないかを気にしているらしい。何故そうなったのだろう。まったく悩んでいない。
私はせっかく用意したのでそのまま便箋に、心配無用という内容をさらさらと五分も掛けずに書いてシャーリーに渡す。
「出しておいてもらえる?」
「か、かしこまりました…お早いですね」
「まあそりゃ、セス様宛じゃないもの」
メルヴィン君相手に気を使った文面考えてあげる義理も無いし。可愛こぶる意味も無いし。
「……はい、では朝一番で届けるよう使いを出しておきます」
「ええ、お願い」
今、変な沈黙があった気がするんだけど気のせいだろうか? まあ、どうでもいいか。シャーリーは仕事とは別にある程度協力してくれるような好意を私に対して抱いてくれていると思うし、彼女のそれ以上の心の機敏なんてどうでもいい。
シャーリーが部屋から出て行こうとしたので、そういえば用があった事を思い出し呼び止める。
「ねぇシャーリー、明日は新しい教会に行く日でしょう? 遠いから早朝に出るのよね? なら、私早めに夕食を食べて寝たいわ」
「かしこまりました。料理長に言って参ります」
今度こそ出て行ったシャーリーを見送り、手紙も書かなくてよくなってしまった私は暇を持て余した。
私がこれから通う新しい教会というのは、城下町の端の端にある。地図で見つけたかなりの田舎な教会に、此処ならいかにも人が少なそう! と思い、今度から通うのは此方にすると言った一ヶ月前の私にシャーリーは怪訝な顔をしたけど、静かな場所でお祈りしたいという私に言いくるめられて結局カイン子爵に話を通し許可を得て来てくれた。
これで聖女騒動も終わりだろう。
フラグの管理問題とは別に、何故か、なんとなく……聖女様と呼ばれるのは腹立たしかったからよかった。