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「と、教会を後にした私はシャーリーに理由を尋ねた訳ですが、要するにあまりにも私が信心深く神様を愛し過ぎているせいで私のお祈りの様子は少々目を引く異質さがあるらしく、それに三歳という年齢が合わさって誰からか聖女様と言い出し噂になっていたらしいです」
「あはは! 成る程、また面白い事してるなぁ!」
笑うメルヴィン君に、一つ溜め息を吐く。
当たり前のように我がイノシー家に遊びに来やがったメルヴィン君に、正式にアポは取られているから表向きには何も言えない私は、部屋に招き入れるしかなかった。
その後こっそりと、会いに来るのはいいけど半年に一度にしろよと釘だけ刺してから近況について包み隠さず話し終わったところだ。
まあ、うん、メルヴィン君の事はさして問題じゃない。問題なのは、私が不本意にも聖女と呼ばれているこの頭の痛い状況だ。
「笑い事ではありません。私は、聖女ではなく王妃になるのですよ!?」
「別に聖女様兼でも良くない?」
「ヘタにキャラ付けされて弊害は出したくありません!」
ゲーム通りにこの世界が回るとすれば、私が何もしなくても主人公がセス様以外を選ぶだけでセス様と結婚出来る。
だけどぶっちゃけ、私は大人の思惑が読めない。一つの思考パズルの欠片から、次の展開を予想するのが苦手だ。チェスとか将棋のゲームでは勝てた試しがない。
だから余計なフラグは立てたくないんだよ…! 意味のわからない設定付けをされたせいで、何かが絡まって誰かが嫌がって私が王妃になるのは良くないって話になるかもしれないでしょ!?
私は、自分の頭が良くない事をしっかりと自覚しています! だから、何が起こったってセス様との恋は勝ち取るつもりではあるけど、みすみすチャンスを棒に振りかねない変な要素は排除! 排除!!
「じゃあどうするの?」
「人のあまり居ない町外れの教会まで通おうかと」
「えー、そこまでする? それならそもそも教会行かなくていいんじゃないの?」
「それは出来ません! 神様にこの生を感謝しないだなんて…!」
私はメルヴィン君の提案を断固否定し、満面の笑みを浮かべた。
「だって私、この世界に生まれられて幸せですから!」
セス様と出会え恋の出来る環境を与えられた私は、きっとこの世界で一番の幸せ者だろう。顔がにやけるのが止まらない。
私がそうやってにやにやしていると、メルヴィン君が私の顔を妙に真面目な目つきで見ている事に気がついた。
「どうかしました?」
そんな目で見られるような状況だっただろうかと不思議に思って聞くと、メルヴィン君は真剣な顔のまま口を開く。
「……いや、幸せな理由って、殿下が居るから?」
「当然です。何か気になるのでしたら言って頂きたいんですけど」
「ううん、たぶん気のせい。リリアナが本当に殿下を大好きなのは見てればわかるし」
当然だと胸を張る。まあ、何を考えていたかは知らないけど、きっとどうでもいい事だろう。多少頭が良いとはいっても、メルヴィン君まだ三歳だしね。
これから多少男の子っぽく成長するとはいえ、今の見た目じゃ白髪赤目の美少女と言われても納得しちゃうぐらいにかわいい子どもだもん。いくら身分が下の家だといっても他所の家で、三歳にして部屋の外に護衛を待たせておけるぐらいには信頼されているみたいだけど、それでも子どもは子どもだ。大人になったメルヴィン君は未だしも今のメルヴィン君は私の恋の邪魔にはならないだろう。
「それより、僕相手に敬語やめない? 友達なんだし」
「貴族淑女口調はやめているというのに、まだ不満が?」
「同い年だし、変な感じだなって。逆に聞くけど、殿下とのやり取り最初から最後まで見てた僕に何かまだ繕う事あるの?」
私は何も言い返せなくなった。セス様との初対面の時、私は酷い痴態をさらした。さすがにあれ以上の失態をこれから先私が演じるとは思いたくないので、未来も含め私の人生最大の恥ずかしい姿だったと言える。
それを最初から最後まで見ていたメルヴィン君が要するに、お前格好つける意味ある?と聞いてきているのだ。言い返せる訳もない。
「……人目が無い場所だけだからね」
「うん」
私は折れるべくして折れた。しかし。何故三歳児相手に、前世の知識があるはずの私が負けているのか。…私が賢く立ち回れないアホだからですね、かなしい。
「ところで、何でリリアナってセス様好きなの?」
「え? 何でって、何が疑問なの?」
「…ん? いや、普通に理由聞いてるんだけど」
「理由?」
私は首を傾げた。
「むしろセス様を一目でも見て好きにならない女が居る事が理解出来ない。女どころか男でも好きになっておかしくないし」
「うわ、こわ……」
何故かメルヴィン君は頭のネジがぶっ飛んでいる人でも見るようなドン引きしている目で私を見て来た。私のセス様へのあまりに愛に恐れをなしたんだろうか?だったら仕方ない。
「メルヴィン君も男としてセス様を目指すといいよ」
「えー…まあ面白いから聞くけど、具体的には?」
「色々あるけど、そうだなぁ…もっと男らしく話すとか」
「へぇ」
「反応薄いね」
「別にお前に好かれたくねぇから、そもそも実行する気ねぇし」
言葉とは逆に口調をしっかり荒くしてくれたメルヴィン君に、私は笑顔で親指を立てた。
「うん! そっちの方が格好良いよ!」
「…あっそ」
メルヴィン君が微妙な表情を浮かべる。子どもらしくない顔だ。一応同い年の女の子に褒められているんだからもう少し喜べないのだろうか。
本当なら、メルヴィン君の口調はゲームの時も今と変わらなかったからゲーム通りの未来に拘るならこのままで居させるべきなのかもしれない。でもメルヴィン君は私の言う事なんて聞かないだろうし、聞いたとしても普段から貴族として荒い口調にはしないだろうし、だいたいメルヴィン君の口調が変わって私とセス様が結婚出来なくなるなんて事はさすがに有り得ないだろうからいいのだ。
さすがにこんな小さな事まで未来を変えないようにと気を遣ってビクビク生きてなんていられない。
「……やっぱり、よくわからないな」
私をじっと見ながら、メルヴィン君が突然困ったようにそう言った。
「何が?」
「リリアナが」
そうかリリアナがか…って、私?
いやいや、私なんて物凄くわかりやすいじゃないか。私自分の考え全部そのまま口に出してるんだよ? 何がわからないの? メルヴィン君が勝手に難しく考えて私を難しい生き物にしてしまっているだけなのでは?
「私はセス様が好きだよ?」
「いや、それはわかる」
即答だった。私は、うんうんと頷く。
なんだ、やっぱりわかっているじゃないか。
「私のそれ以外の事なんてどうでもいいと思うよ? リリアナ・イノシーは、それだけだから」
何故かまたメルヴィン君は難しい顔をした。言葉を言葉のまま受け止めてくれればいいだけなのになぁ。そういうお年頃なのかなぁ?