メンバー発表
「最後は神河清正これで九人だな、今回はうちのチームが二部からトップリーグに上がるために最も重要なレースだ、選ばれなかったものもサポートとして全力で臨むように以上だ」
初秋、まだセミの鳴き声は鳴りやみそうにない、座っているだけでじとーっと汗をかくような暑さが残る季節。正直先輩方の最後のレースになるはずのこの戦いに俺が参加するのはどうかと思う、暑さだけが原因じゃない嫌な汗が俺の背中を伝っていく、ロードレースだって初めて一年と少し、この俺にとってこれまでで最高のレースを走れる、嬉しい、いや責任が重大すぎる辞退しよう、なんて言葉が頭の中で渦巻く中、隣の先輩はまったく顔色も変えず席を立って俺に言い放つ
「清正と走れるのは嬉しいな」
たった一言、俺の頭の中で探されていた逃げ道は全部塞がれてしまった、そんな言葉をかけてきたくせに先輩はさっさと寮の自分の部屋に戻っていってしまう、そんな中でうちの大学のエース八幡先輩も立ち上がる、寡黙なタイプじゃない八幡先輩だけどさすがにこの大会への思い入れは強いらしく、珍しく黙ったまま部屋の方に帰っていった。
全員が席を立った後も俺は席を立てずに窓の外に見える森を眺めていた、そりゃそうだ、昔から大舞台に立つことが決まるとこうなる、白い椅子と机が置かれただけの会議室は自分を呆けさせるのには十分な設備が整っていた
「緊張でもしてんのかお前、さっきからずっとそこにいるみたいだけど」
同学年の中村蹄介が話しかけてくる、まあそんなこったと適当にあしらっていると蹄介は俺の隣に腰を下ろした、少しふぅと息を吐くと彼はこっちを見て笑いながら
「どうやら俺も緊張しているみたいだ、まったく監督もなんで俺ら二年生を選ぶかね、実力主義とはよく言ったものだけど・・・」
お前がそんなこと言うなんて珍しいな、そんな軽口をたたけば次第に緊張感も薄れてくる、そうして俺が選ばれたんだという実感がこみ上げてきた。
「選ばれたからには、それなりの成績を出さないとな、清正と俺とどっちがステージ優勝多くとるか勝負だ、負けたら焼肉奢りだから覚悟しとけよ?」
そういって蹄介は席を立つ、俺らはエースでもないのだからめったにステージ優勝を狙う機会などないだろう、二十一日間のうち一日だけ優勝する、こうやって書くと大分簡単そうに聞こえるけど今回出場する198人全員が機会を狙っている、二十一日間を通しての一位、三千キロ超を最も早く走った選手が日本の頂点に立つことになる、八幡先輩、相馬先輩はこっちを狙っているはずだ。だからもしかすると一日くらいなら俺らにチャンスが与えられることもないとは言い切れない、だからこそ蹄介は言ったのだろうか、だけど俺らのゴールは八幡先輩と相馬先輩をゴールまで運ぶこと、考えていると後ろからコツコツと足音が聞こえてくる、どうやら今日は俺を一人きりにしてくれる優しい時間はないらしい
「おう、こんなところにいたのか清正、お前の部屋まで行ったのに誰もいないからどこに行ったものかと思ったぞ、少し話したいことがあってな」
監督だ、この人がこうやってニヤニヤしながら近づいてくるときはろくなことが起こったためしがない、この人の指示は大体思いつきか感覚だ、現役時代強かったことが幸いしているのか、この人の指示は後々正しかったとなる指示が多い、だからこそこんな弱小だったチームが大学のトップリーグ目前まで来ているのだろう。はあ、なんでしょうか、そう気のない返事を返すとさらにニヤニヤが増した気がする、これで監督らしく腹でも出ていればキモイと一言でバッサリ切れそうなものだが、いまだに自転車に乗っていて無駄にスリムだから何とも言えない。そして、その口から浴びせられる衝撃の言葉に俺は固まってしまう
「お前、逃げれるステージ全部逃げろ」