8.目指すべきは
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事件が起きて2日が経った。学校は大量の被害が出たことにより終業式が早まり、明日からは普通より2週間も早く、結果1ヶ月半もある長い冬休みに入る。冬休み中は茜は親の実家に帰り、ヒロトは家の剣道場の手伝い、後輩2人は用事があり、部長は高校に向けて色々とやることがあると言って冬休み中の部活は無しになった。
「父さん。俺を…鍛えてください」
「突然どうした?」
その日の夜、俺は家に帰ってきていた父さんにそう言った。
俺は弱かった。もし次あんなことになった時、守れませんでしたじゃ俺は一生後悔する。俺は昔から友達が少ない。前世では小学校でも中学校でも数えるほどの人としか仲良くしていない…いや、できていない。それは単なる俺の苦手意識からくるものなのだが、俺は他人とある一定以上の領域に意識的には踏み込むことができない。
もし、嫌われたらどうしよう?嫌がられたらどうしよう?そんな誰もが持つような感情に俺は負けていた。嫌われるのが怖いなら、好かれも嫌われもしなければいい。俺はそう考えていた。
ただ、その代わり一度手にしたものは離すことができない。きっと人はそれを”依存”と言うのだろう。一度深く関わってしまったらそれを突き放すことが俺にはできない。”嫌われたくない”と、ただその一心で俺はそれに依存し、絶対に失いたくないと考える。例え、何を犠牲に払おうとも。
変だということはわかっている。狂っていると言われてもおかしくないのもわかっている。だが、どうしてもそう思ってしまうのだ。
「こないだの件、父さんも知ってるよね?」
「こないだの件…ああ、彼方の学校が襲われたってやつのことだな。知ってるがそれがどうかしたか?」
「俺さ、あの時誰も守れなかった。もしかしたら俺のせいで部活の友達が死んでたかもしれないって考えると今でも寒気がする。他にも学校の人がいっぱい死んだけど、もしかしたらその中に俺の友達がいたらって考えると…恐ろしくってたまらない」
「…そう、か」
「だから次はみんなを守れるようになりたい。誰にもいなくなってほしくないんだ…」
「だから稽古…ねぇ」
父さんが渋い顔をする。
当然だろう。父さんは俺がそうやって戦ったりすることを望んでいないのだから。俺が前に白樺さんに雇われたって話をした時、父さんはすごく喜んでいた。「彼方が英雄軍に入りたいって言わなくって良かったぜ。彼方まであんなものに巻き込まれてほしくないからな」などと言っていたのだ。
「頼む。俺はみんなを守れるようになりたいんだ」
「…はぁ、いつかこんな日が来るとは思ってたがよぉ。ちいとばかり早すぎるぜ」
「え?」
「彼方は俺の子だからな。きっといつかはそういう日がすると思ってたんだぜ?それが今日だったわけだ」
「父さんの子?」
「おうよ。自分のもんのために戦う人種だ。そんなこたぁいいんだ。とりあえず、鍛えるであってるよな?」
父さんがさっきまでの表情がなんだったのかというくらいあっけらかんにそう言った。あまりに適当な返しをくらい、少し驚いた。きっと父さんは賛成してくれないだろうと思っていたので、ちょっと拍子抜けだった。おかげで反応するのに少し間が空いてしまった。
「えっと。そう」
「で、具体的にどう強くなろうってんだ?父さんに言ってみな」
「みんなを守れるように…?」
「そうじゃないそうじゃない。例えば、能力をもっとうまく使えるようにだとか、体術を鍛えるだとか、あとは……とにかくそういうのだ。第一に彼方は何を目指してるんだ?」
「…俺が目指すもの、か」
例えを言われて俺が目指すものについて考えてみた。
俺が目指すのは”誰も傷つけさせないこと”。絶対的な強さであり、俺の友達を守れる力。ならばその過程には何が必要か?そう問われれば返答に困ってしまう。今回に限った話であれば、適格な判断力、技術、そして経験だ。だがその必要となるものは時と場合によっては変わってしまう。もし誰かが誘拐されたとするのなら、それを見つけるための人脈、救い出すための知力、実際に行動を起こす行動力。俺に必要となるものは絶対ではない。
ならば目指すものは何か?
「目指すものは、なんだ?」
「俺が目指すもの…敵を必ず打ち破る主人公」
「なるほど、な…」
いや、そうじゃない。俺が目指すものはもっと傲慢で独善的なもの。いわば反英雄だ。
なぜなら俺は別に俺の手にした大切なものを守りたいだけであり、全てを守りたいわけじゃない。寧ろ周りを犠牲にすれば俺の大切なものが助かるなら喜んで犠牲として差し出すことだろう。そんなものがヒーロか?無論、否だ。ヒーローとは幾重もの困難を乗り越えながらも正義を貫く者のこと。俺が目指すのはそのヒーロー像からひどくかけ離れた者だ。
…こんなことは父さんには言えないな。父さんは英雄軍。ヒーローなのだから。
「だから、俺に足りないものを補いたい。俺には技術も経験も敵を前にして的確に判断を下す能力も、何もかもが足りない」
「まぁ、そりゃあそうだろうな。お前はまだ発現して4ヶ月ちょっとだろ?そんな子供がそこまでできれば誰も苦労なんかしないぜ?」
「…あれ?じゃああの少年は?」
「どの少年だ?」
「俺らの時の雷を使う日本人の少年だよ」
俺は少し前の記憶を引っ張り出す。歯がガタガタと震えた。
「あの時の少年は俺と同じぐらいにしか…見えなかった。それなのに人を殺すのに慣れてた。平然とした顔で血だまりの中に立ってたんだ…」
「ちょっと待て、今なんつった?」
「…?俺と同じぐらいの年齢に見えたって」
「その前だ。雷って言わなかったか?」
父さんの目が真剣だった。
刑事が聞き込みをするがごとく、俺に問う。
「言った。その少年は雷を使ってた。青白い閃光を見たんだから間違いないと思う…多分だけど」
「彼方と同じぐらいだったんだよな?」
「そう、だけど…英雄軍の人たちは誰も見てないの?」
「ああ、残念ながら軍が到着した時にはリベラリズムの連中はすでにいなかったとの話だぜ。で、その少年は日本人で雷を使うって言ったな?」
「あ、ああ。うん」
「ったく。そんな馬鹿な話があってたまるかっつの…」
父さんが信じられないような物を見たとでも言いたげな顔をした。
「一体どうしたんだよ、父さん」
「そいつは多分名古屋での失踪者だ。”雷撃創造””雷撃操作”の重複能力者。それがなんでたかだか3週間でそんな危険人物に育っちまってんだ?訳がわからねぇ」
「…へ?」
今度は俺が驚く番だった。あの表情を浮かべる人物がたったの3週間で構成された?そんな話があってたまるものか。学校の人たちを平然と殺し、それでいて何事もないような表情を浮かべるあの少年がそんな短期間で…もしかして、洗脳された?記憶干渉系能力ならありえなくない。きっとそうだ。そうに違いない。そうじゃなければ、あんな俺と同じくらいの少年があの事件を起こせるはずがない。
俺の考えがまとまったところで父さんがソファーから立ち上がった。
「とりあえず今日は寝ろ。ああ、あと鍛えるんだったな。喜べ彼方、明日から合宿だ。貴重品だけ持って明日朝5時にリビングにいろよ。それとしばらく連絡は取れないだろうから友達にもそう伝えておきな」
「え?あ、うん。え?あー、わかった」
ちょっと訳がわからなかったが、父さんが突然なのはいつもの事だ。前にも突然旅行に連れて行かれた事があったし。
とにかく明日から俺を鍛えてくれるようだ。合宿という事は着替えとかを持った方がいいのだろうか?いや、でも貴重品だけ持てと言われたし、行く先で準備するのだろう。スマホと財布、とりあえずそれだけ持っていけばいいだろう。他のものは最悪作ればいい。合宿といった訳だし、動きやすいものを着ておこう。
「あ、ヒロトたちにも連絡しないとか」
俺はスマホの黄色いポップな文字で”チャッター”と書かれたアプリを開き、”超能力部”とだけ書かれたチャットを開いてそこに「当分の間返信ができませんが、気にしないでください」とまるで家出するかのような文を打ち込む。するとすぐに”あかね”と書かれた投稿者から「どうして?」と返信が来た。それに「父さんと出かける。よくわからないけど通信しずらいとかそんな感じだと思う」と返し、「ふ〜ん」と興味なさげな返信が返ってきたところで明日の目覚ましをセットしスマホの電源を切って充電器に刺す。
そして、財布と手頃なカバン、明日着る服を用意して俺は布団に潜り込む。時が経つのは早いもので、いつの間にか羽毛布団をかけなければ寒いような時期になっていた。
俺は照明の紐を引っ張って電気を消した。
* * *
リリンッ!リリンッ!
オーソドックスなベルの音。頭上でうるさい目覚まし音が鳴る。
俺は時間を知らせるうるさいスマホの画面に触れてその音を止めた。現在は4時45分。冬だろうと朝の目覚めはいい方である俺は、布団から這い出て服を着替える。長く履いているジーパンとTシャツ、パーカー。特にファッション性を気にせず、動きやすい服を選んだ。靴下を履き、スマホと財布を肩掛けのカバンに突っ込み、それを持ってリビングに向かう。
「お、やっと来たな。遅い」
「いや、父さんは5時って言ったよね?今はまだ10分前なんだけど」
「そうだったか?まぁいい、とにかく行くぞ」
「いや、どこに行くのかぐらいは教えてくれない?」
「言ってなかったか?今から行くのは英雄軍本部だぜ」
「…は?」
「は?じゃない。英雄軍の本部だ。それ、迎えが来たぜ」
そんなことを言った父さんの目の前に黒いピシッとしたスーツの男が現れた。なるほど、”空間転移”の能力者か。…ってそうじゃない。俺は一般人だろ。そんなやつを本部になんか連れてっていいのか⁉︎
「隊長、迎えに来ました」
「おう。じゃあ行くか」
「え?え?いや、ちょっ⁉︎」
父さんが俺の腕を掴み、スーツの男が父さんに触れたと思うと一瞬にして視界が切り替わった。
コンクリート丸出しの壁で囲われた狭い部屋。少しカビ臭い。
俺らの目の前には洋風なドアがあった。
「え、ええと…父さん?」
「ん?ああ、ここは英雄軍本部の俺らの第4番隊専用転移場所だ。さ、行くぞ」
「あ、うん」
俺は父さんに続いてその部屋から出た。
その部屋から出ると同じくコンクリートが丸出しな壁の廊下があった。えらく広いが、天井は低い。攻め込まれたりした場合のことを考慮して作られたのだろうか?そこから少し歩き、階段を降りて無駄に頑丈に見える1つの扉を開けた。
「…隊長。本当に冠を出すのですか?独断専行、命令違反、危険思考…他にも数え切れません」
「ああ、出すぞ。実際俺らの隊であいつが一番戦闘能力が高いからな」
「…懲罰房?」
その扉の先にはもう1つ扉があり、その扉には”懲罰房”と日本語で書かれた板が張られていた。
父さんはその扉を開けて中に入った。
そこにはよく刑事ドラマなんかで見るような牢屋が並んでいた。格子がこちらとあちらを線引きする。そのうち1つの牢屋の前で止まった。そこには黒い死神のような服装の男が壁に寄りかかって座っていた。その服に英雄軍の紋章が付いていることから、かろうじて英雄軍なのだと思えるような格好だ。英雄軍はその紋章さえ見えるところに付けていればいいのでどんな服装でも問題はないのだが、もっとそれらしい格好をすべきだと思う。
「おい、冠。隊長がお越しだ」
「あ゛?ああ、隊長さんじゃねぇの。なんだ?オレの力でも必要になったか?ヒッヒッヒ…」
男が顔を上げてこちらを見た。
その顔の右頬にはざっくりと切ったような傷跡があり、それがなおのこと恐怖を感じさせる。「ヒッヒッヒ」と気味悪く笑う男が父さんの用がある相手のようだ。
「まぁそんなとこだな。出してやるから、こいつを鍛えてやってくれ」
「へぇ、そいつを…ねぇ?」
「はっ⁉︎俺⁉︎」
父さんが親指を立てて刺したのは俺だった。男が俺を値定めするようにじっくりと見る。寒気が走った。
それからそいつがヘラヘラと笑って答えた。
「いいぜ。なかなか悪かぁねぇ」
「そうか。じゃあ訓練室と部屋は勝手に使ってくれ。それと認識証も返しておくわ」
「あいよ」
父さんは牢屋の隙間からカードを放ってそいつに渡す。
すると、男は突然俺の真横に立っていた。いや、正しくは一瞬でカードを牢の扉部分に当てて解錠して出てきたと言うべきであろう。ほんのちょっとだけだったが、普段の部長との模擬戦の成果なのか見ることができた。部長様様だな。
「…は?」
「ヒッヒッヒ…ところでこいつは誰だ?」
「俺の息子だぜ」
「そいつはおもしれぇ。俺は沖垣冠だ。よろしく頼むぜ?」
「え、ええと…はぁ」
「で、テメェは名のらねぇのか?」
「え?あ。俺は銅彼方です。よろしく頼みます?」
「さて、行くか」
父さんのその一言に俺らはその部屋から出た。