5.金持ちって幸せ?
やっぱり間に合わなかったぉ…
「初めまして。わたくし、白樺静音と申しますわ」
「え、ええと…銅彼方です」
俺の家には1人の女性?がいた。金髪ツインテール。晶が見たら喜ぶだろうな…
内心この場から逃げ出してしまいたい。少女にも見えるようなその女性が俺の目の前で執事を従えてソファーにどっかり腰掛けている。威圧感がとんでもない。
「では単刀直入に申しますわね。あなた、わたくしに雇われませんこと?」
「仕事内容と給料と要相談で」
「わかりましたわ」
良識的な人でよかった。亀さんの言っていたことは事実のようだ。
ちょっと安心して改めて見てみれば綺麗な人だ。整った顔つきでキリッとした目。ちょっと威圧的な顔を華奢な体が威圧感を下げているようにも見える。
「で、俺…いや、僕?私?」
「話しやすいように話してくださって構いませんわよ」
「は、はぁ…じゃあ、最初に聞きますけど俺は何をするんですか?」
「おそらくあなたの想像したままの仕事ですわ。定期的に宝石を卸してくださいません?」
「どのくらいの何をいつ頃に?」
「そうですわね…何ならば多く作ることが可能で?」
「エメラルド?ですかねー。やっぱり」
初めて能力を発現したその日のうちに色々と試してみたものの、一番エメラルドが作りやすかった。多分俺の意識的なものなんだろうけど。
「では、ひと月に何ctまで可能で?」
「結構いくらでも…」
施設を覆い尽くすほどのエメラルドを作ってまだ余力があった。1ctが200mg、7mm四方ぐらいの大きさなので、世界恐慌を起こせるんじゃないだろうか?
「では、試しに一粒程度でも構いませんので何か作って見せてはくださいませんか?」
「まぁ、別にそれくらいは構わないですけど…」
俺はエメラルドの構成を思い浮かべる。創造能力系は生み出す形、場所、それの生み出される方向と速度を自分で決めることができる。俺はテーブルの上に実寸大のカラスの置物を生み出した。俺のあだ名なだけあって造形もバッチリだ。羽の1枚1枚まで精妙に作り上げてある。
ただ、それのせいで執事と白樺さんが固まっているのは見なかったことにしておきたい。
これ、売ったらいくらになるかなー…
「ええとー…」
「あ、ああ。すみません。少し見とれてしまいましたわ。素晴らしいですね。この置物を卸していただいても構いませんか?」
「別にいいですけど」
「では、ひと月にこれの1/5程度の大きさの物を3体、お願いできますか?」
50cmの1/5だから…10cmくらいか。それでも十分に大きいし、そんな宝石流すだけで市場が崩落しそうだな。まぁ、きっと白樺さんがどうにかしてくれるだろう。
「まぁ大丈夫です」
「では、ひと月1億9千5百万円ほどでいかがでしょう?」
「………ファッ⁉︎」
一瞬頭の中が凍りついた。というか未だに混乱している。俺がカラス3体を1ヶ月にあげるだけで1億9千5百万だとっ⁉︎落ち着け俺、落ち着くんだ。冷静になれ…るかっつの!
「不満でしたでしょうか?」
「い、いえいえいえ。つーかむしろ不安です」
「では何か問題でもありましたのでしょうか?」
「俺がカラス3体出すだけで2億って…」
「これにはそれほどの価値がありますわ。わたくしの能力をお教えいたしますが、わたくしの能力は”芸術鑑定”、鑑定系能力の1つですわ。物の情報や状態、さらには付加価値までもを見ることができますわ。これを売りに出せばひと月で間違いなくそれ以上の利益を出せることがわかってますのよ」
「は、はぁ…そう、ですか」
もう目をらんらんに輝かせてそう言うんだもの。勢いに押しつぶされそうだ。
でも、それならいいんじゃないだろうか…?
「どうでしょうか?」
「え、ええと、参考までに聞いておきますけど、一体いくらで売るつもりで?」
「1体につき1億くらいでしょうか?おそらくそれ以上の値段でも売れると思いますわ」
「えぇっ…」
それって俺がぼったくられてるのか?いや、でも店で売る前とかって結構安かったりするし…
うん。1億ぐらいはきっと誤差の範囲内に入るんだろう。
「契約していただけますのでしたら、こちらにサインを」
俺がぼーっとし始めたところで白樺さんが俺に1枚の紙を差し出す。その紙には文字がずらっと並んでいて、読むのが億劫になる。まぁ、読むけどな。俺は病室でしょっちゅうパソコンや小説や本を読んでいたおかげで文章を読むのはかなり早い。おそらく契約書と呼ばれる物だろうから、変なことが書かれていないかどうかをじっくり吟味する。
「…よし」
最後まで読みきり、さらにもう一巡したが変なところはなかった。俺は安心して契約書にサインする。そして、その紙を白樺さんに渡す。
「ありがとうございます。では銅さん、これからお世話になります」
「いえ、こちらこそ」
「白木、銅さんにお渡ししなさい」
「承知しました、お嬢様」
白木と呼ばれた執事は俺に契約書の写しと1枚のカードと通帳を手渡してきた。
「こちら、契約書にも明記されておりましたが、私どもからの送金はこちらの口座へと送られることとなります。また、銅様の納品につきましてはこちらも契約書に明記されておりましたが私が直々にうけとりにまいります。ひと月に一度、都合の良いお時間に契約書下部に明記されております電話番号へ電話をお願いします」
「あ、うん。わ、わかりました」
「では、何かご質問はありませんか?」
「あー…これをもし無くしたりしたらやばいですよね?」
「ええ、そうですね。普通に考えましても金銭類の管理ができないのはいかがなものとは思いますが」
「は、はぁ…」
「では、他に何かご質問は?」
「大、大丈夫…です」
質問なないけど叫びたくはあるな。いいんだろうか?こんなので。俺一応一般人だよ?
「では、わたくしは失礼させていただきますわ。ではまた機会がありましたら」
「はぁ…また」
白樺さんがすっぱりそう言い放って部屋から出て行った。嵐が通りすぎるよりもずっとタチが悪い。俺は玄関まで見送り、扉が閉まった。
「はぁぁぁぁ……なんだよあれ」
重い重いため息をつく。数日のうちにいろんなことがありすぎだ。父さんがテレビに出てた時よりも衝撃的だよ。と言うよりこんな契約ってありなんだろうか?一応税金とかは全部あっちがやってくれることになってるから実質俺はカラスを渡すだけで大量の金をもらえることになっている。本当に一生働かないでも生活できるようになっちゃったよ。サラリーマンの一生に稼ぐ給料は2億だそうだ。
「とりあえず、部屋に戻ろう…」
俺は手に持ったままだった契約書とカードと通帳を自分の部屋の中の机の上に置いた。俺の部屋は7畳の洋室だ。簡素な机と本棚、椅子とでかいクッションソファー、あとテレビとパソコン、ウォークインクローゼット。無駄に広い部屋だ。机の上には昨日試しに作ったいろんな物質からできたインゴットが並んでいるし、本棚には趣味で集めている小説や化学の本が所狭しと詰まっていて、部屋の端に学校指定のカバンがぽいっと適当に投げ置かれている。
俺はクッションソファーに座り、机…正しく言うとセンターテーブルっていう小さい折りたたみ机みたいなものの上に置いた通帳とカードを手に取る。
「って、しかもこれクレジットカードか!」
カードをよく見て初めて気がつく。これはあれだな。「カードで」とか言ってカッコつけるやつだな。
俺の手にあるカードには金色に光るICチップが黒い全体に対してよく目立つ。幾つも数字が書かれていて、よくわからないがお高そうな雰囲気。これで俺もVIPの仲間入り?
…まぁ、こういったジョークはこの世界で通じないんだかな。
「どうするか…やっぱ持って歩いた方がいいよな。あー、もう少ししてからだったら腕輪の方に入れられたのに…」
この世界には能力者とそうではない人間とを区別する為に腕輪が使用されている。腕輪っていうのは能力者が黒いリングで無能力者が白、血?DNA?だかを検出して本人以外の使用ができなくなっているものだ。その腕輪には腕輪の持ち主の能力と個人情報が書き込まれている。その上いろんな種類のICカードを内部に搭載したり、運転免許証のように証明証としても使うことができる。また一度腕につけると特殊な機械を使わない限り外せない使用になっている。犯罪者には優しくない作りだ。ただ、それが届くのは能力を発現してから3日後。つまり明日だ。
どうしようか。適当に箱の中に入れておけばいいか?何かで覆っておけば大丈夫だろ。
「チタンでいいか…」
俺は契約書、通帳、カードをまとめてチタン(Ti)で作った30cm四方の直方体の箱に入れる。蓋も取り出し口もない。完全なる箱だ。俺の原子操作ような能力がなければ取り出すことはそう簡単にはできないだろう。
その箱を俺は机の上に置くと、すでに並んでいるインゴットを消す。
「あー、ていうことは今日でこのカードともお別れか」
俺は財布の中から別のカードを取り出す。こっちはただの水色をしたICカード。俺が施設に行ったとき受付で渡したやつだ。このカードも腕輪と同じような役割を持っている。戸籍とかの個人情報、電子マネーや鉄道のICカード、学生証や図書館の利用カードなどなど。結構色々な機能を備え付けられたカードだ。これ1枚で大概のことができてしまう。
まぁ腕輪にしかない機能も一部あるが。例えば、犯罪履歴があれば特定の施設に入れなくなったり、一定以上の金銭取引…つまり銀行のカードやクレジットカードを備え付けることができるようになったりしている。他にも色々と機能はあるが、今の俺にはあんまり必要のない機能だ。
ま、これのせいで「カードで」とか言っても格好がつかないわけだ。この世界はこういった方面だけちょっとだけ進んでいる。きっと能力者の管理のついでに発展したのだろう。腕輪をかざせば元の世界のICカードのように使うことができるようになっているし、いろんなICカードの情報が入っているはずなのにいちいち時間をかけずにかざすだけで支払いができたりするし。
とりあえず、明日役所に行って手続きをして貰えば大丈夫だろう。
「さて、夕飯にするか…」
俺は財布を手に家を出る。今日も母さんは遅いらしいし、父さんは言わずとも。なので、材料が家の冷蔵庫に何もないのは確認済みなので今日も亀さんの店にお邪魔するつもりだ。
外はまだ夏なので18時になっても随分と明るい。夏休みの部活の練習を終えて帰って来る連中とすれ違う。残念ながらその中に俺の幼馴染はいないようだ。まぁ、今日の練習?は午前中だって言ってたししょうがないだろう。俺はこの世界に転生してから入った部活の名は”超能力部”。名前の通り能力が好きな連中のいる部活だ。ヒロトを巻き込み、茜が「しょうがないから入ってあげるわ」とか言って一緒に入り、俺ら幼馴染全員が所属している。主な活動は能力について話し合ったり、実際に使ったり、言うなれば”オカルト研究会”じみた部活。変人集団扱いされる。…本来なら。うちのヒロトも茜もそこそこにモテるのだ。おかげで変人扱いできなくなっている。ああ、生憎だが俺はモテない。なぜなら俺にはほとんど友達がいない。前世でもそうだったが、多くの人と関わるのは苦手なんだ。
しばらく歩いたところで今日はすでに営業時間のため店内から光の漏れている”酔い亀”に入った。
「おっ。いらっしゃい。お仲間が待ってるぜ?」
「え?」
俺が亀さんの指差す方に目線を向ければ座敷にヒロトと茜、部長と後輩2人が宴会がごとく騒いでいた。
…よし、ちょっと待て。俺はヒロトも茜もここに連れてきたことないぞ。どうして知ってる。
「あ〜、彼方遅い。やっと来たな」
「ヒロト、なんでいるんだ?」
「茜から聞いた〜」
「じゃあなんで茜は知ってるんだ?」
「べ、別にいいじゃない。私が知ってちゃ悪いっていうの!」
「はいはい。わかったわかった」
俺は座敷にお邪魔する。俺は茜を間に挟んでヒロトと話し始める。
教えてくれないのならこっちにも考えがあるからな。ツンデレめ。