21.作戦終了
またちらっと更新。
遅くて申し訳ありませぬ
本来は客が入り乱れ、ガヤガヤと騒がしいはずのフードコート。今は白い床が赤く染まり、苦悶に満ちた表情を浮かべる人が転がっている。
俺に向かって飛びかかってきた女性はその手に持つククリにも似た曲刀を振り下ろす。
速い…さっきまでが嘘のように剣が鋭く振り下ろされた。だが、まだ冠よりはずっと遅い。俺はそれを軽い動作で躱す。
躱したところで剣が地面に振り下ろされ、地面が抉れた。
「なんの冗談だよ…」
剣が当たった箇所はちょうど彫刻刀で木材を彫るかのように軽く抉れた。どう見たってその細い腕にそんな力があるようにはとても見えない。それがこの世界の恐ろしいところだ。能力によって外見では力量を測ることができないのである。
今まで以上に警戒するべきだろう。他にも能力による効果があるかもしれない。それによって俺が被害を受けるのはよろしくない。
「何よりその能力がわからないと対処ができない…」
全くその能力が予測できない。
鋼鉄でできた剣を弾き、地面を吸収し、突然成長し、力が上がり、技術も上がり…一体何の能力なのだろうか?微塵も想像ができない。
ただ、地面を吸収した途端に強くなったので地面を吸収したことがトリガーだったのは確かだ。
俺は避けにくい場所に振り下ろされる剣を右手に持つ剣で弾く。
…重い。さっきまでとは段違いに威力が増大している。大男が思い切り振り下ろしていると言われても信じられるほどの重たい。
その衝撃で右手がしびれた。
「チッ…」
俺は軽く舌打ちをして左腕をその女性に向ける。
瞬間、銃弾ほどの大きさのダイヤモンドが女性に向けて放たれた。しかし、女性はそれを全く気にとめることなく突っ込んでくる。
どうやら目くらましにすらもならなかったようで、女性は俺に向かって先程と同じように剣を振り下ろす。俺はそれを躱し、後ろへ飛びのいて距離を取った。
「マジか…」
距離を置いて俺はその女性を観察する。
ダイヤモンドの銃弾が当たったと思われる場所は服がちぎれて色白な肌が露出してはいるものの、その肌には傷一つ確認することができない。
どうやらダイヤモンドですらその体に傷をつけられないようだ。
「なんで…切られてくれないの?」
「さて、一体どうすればいいんだ?攻撃は弾かれるし」
俺は女性の質問には耳もやらず対処法を考える。
今のところは体が硬い…しかもダイヤモンドですら傷をつけられないほどであるということ以外の情報がない。単純に今までと同じように一酸化炭素中毒に陥らせるという方法もあるが、もう少しで英雄軍が到着して見られてしまう可能性があるためその方法はできれば避けたい。それにそれすらも吸収される可能性だってある。
体の内部からの攻撃というのもあるが、ずいぶん前にやった体内に金属原子を送り込み体内で形を形成させて中から食い破るのも体の中すらもが硬くて効かない、それどころか吸収されてもっと強くなるという可能性もあるから却下。
「とりあえず英雄軍が来るまで時間稼ぎか…」
リベラリズムは大概の場合は英雄軍が来ると早く退散する。
大勢に少数で立ち向かうのが愚かだということを理解しているのか、それとも別の理由があるのかは知らないがとにかく英雄軍が来ればこの状況を脱せる。
本来は逃げるはずだったのだが、どうにもそうはいかなくなっていた。逃げようにも逃がしてくれなさそうである上に、何よりこいつを放置すれば被害が増える事は間違いない。それは俺の望むことろではないのだ。
まぁこのままではジリ貧だろうし、英雄軍が来るまで情報収集でもしておこう。今はこいつを倒せる方法が俺には思いつかない。次会う事があったときに備える。
「まずは…」
俺は左腕を向け、女性と数cm程度しか離れていない距離からダイヤモンドの弾を打ち込む。
カンッ…と甲高い金属音が響いてその弾はどこかに飛んで行った。
どうやら威力をあげても弾かれるようだ。
「次…」
再び近距離で、今度は弾の大きさを砲丸くらいまで大きくして放つ。
ゴンッ…と鈍い音が響き弾が地面に落ちる。女性も少しだけ衝撃で体勢が崩れるが、傷はない。
多分硬いというだけで衝撃までは打ち消せないのだろう。その証拠に女性が俺を睨んでいるのが仮面越しだがわかった。
「次だ…」
”吸え”と言った以上、吸わないと効力が発揮できない可能性が高い。つまり、その吸った分だけこうやって体が成長し強化していられる能力の可能性がある。
ならばその吸った分はエネルギーになっているはずだ。それが時間によって消費されるのか、受けた攻撃や行動によって消費されるのかはわからないが、そのエネルギーを消費させてみるべきだろう。
…あくまでも予測であり、仮定であるためそうであるという確証はどこにもないが、試してみる価値はなくもないはずだ。
俺は左腕を向け、大量のダイヤモンドの砲弾を飛ばす。その一撃一撃が本来なら家を貫くような威力を誇るものなのだが、女性は怯むだけで一向に攻撃として機能した様子がない。まぁ、攻撃は最大の防御とはよく言ったもので、女性は俺に向かって動こうとしているが後ろへとだんだん押しやられるだけの状態になっている。
「…もしかして」
ふと今思いついたのだが、衝撃は確かに効いている様子である。ならば頭部なんかを狙って脳震盪を起こすことはできないだろうか?
気絶させることができれば、英雄軍に運び”能力鑑定”や”思考干渉”で情報が引き出せる。
俺は一度砲弾を打つのを止め、疲労したようなそぶりを演じる。女性はオードが切れたと思ってくれたようで、俺に向かってかなりの勢いをつけて切り込んでくる。
俺まで一直線に飛び込んできてくれるため、狙いがつけやすくなった。
今までの中で一番大きいサイズのダイヤモンドの弾を生み出す。ちょうどそれはバスケットボールほどの大きさで、入射する光を屈折させ鮮やかに輝いている。
「死んで…?」
「ふっ…残念だったな!」
後頭部目がけてダイヤモンドの球が飛ぶ。
俺が顔を上げ女性に言葉を放った瞬間それは女性の後頭部に着弾し、ガンッ…と鈍い金属音を響かせる。女性がふらつき、ゆらりと地面に倒れこむ。
そして、するすると体が縮んで再び幼い少女に戻った。どうやらうまくいった…らしい?
「ぅ…」
「気絶したんじゃないのかよっ⁉︎」
少女が小さく声を上げ、地面に手をつき顔を上げ、体を持ち上げ、再び立ち上がった。
見た所衝撃自体は多少なれど攻撃にはなったようで、頭を押さえている。おそらく、今倒れたのは痛みに慣れていなかったとかそんな理由なのだろう。
少女は取り落とした曲刀を持ち直し、俺に向けて構え直す。
「痛…い。邪魔…」
「チッ…やっぱオード切れを狙うしか」
俺が再び左腕を向けたところで、少女が突然手に持つ曲刀を取り落とし焦りを見せる。
耳に手を当てている事から念話の類だと思う。
まぁ、俺には関係ない。遠慮なくダイヤモンドの弾を発射し始める。そして、少女に被弾する直前、その全てが地面に落ち、俺も地面に倒れた。
「何が、起きた…?」
上からかなりの重圧を感じる。…重力か?倒れたまま目線を少女の方へ向けてみれば、その少女の横には今までいなかった女性が立っていた。マントの下に見えるのは、偏見ではあるが秘書なんかが着ていそうなレディースーツ。そのまま目線を上に上げていくとさらさらと空調機の風に揺られる金髪が目につく。
肌も白いことから外人と思われるその女性は、少女に何か耳打ちすると少女の腕を掴みその場から消滅した。
今のはおそらく空間転移…つまり今の女性は重力関係の能力と空間転移の重複であるという事。
そうして少女は連れて行かれたのであった。これで今回の敵は全員いなくなったはず。
「忍…任務終了」
『そ、そっか…わかった』
俺は自分に掛かる重圧が消えたので立ち上がり、忍にそう告げた。今は素性を隠しているわけではないのでそのまま名前で呼んでも問題ないだろう。
それから俺は耳につけているヘッドセットを外してウエストポーチにしまい、ペンも同じようにしまい込んだ。
「…くそっ!」
ショウウィンドウを殴りつけ、拳に血がついた。ガラスの破片が周囲に散る。
どうやらまだ俺は弱いらしい。
このショッピングモール内で使った俺の能力によって生み出されたものを消しつつそう思った。
今回は数十人の被害者とそれを代償に敵を殲滅できた。だが、最後に戦った少女、それを連れ去った女性にはかなわなかった。それは戦い続けていたら俺が死んでいたということを示している。
それに何より被害が出た。俺は赤の他人が死ぬことをそこまで気にするつもりはない。しかし、できることなら助けたいとは思っている。さすがに俺も人の子だ。そんな道徳からかけ離れた精神構造をしているわけではない。
…それに、もしその被害者の中に俺の守りたい人がいたらと考えるだけでゾッとする。まだ足りない。絶対的に力が、守れるという確信が、確証が。
「とにかく帰ろう…ここで英雄軍と遭遇して取り調べに連れて行かれるのは面倒だ」
この後、忍と今回の反省をしなくてはいけない。
段取り、下調べ、相手取る順序、敵の把握…他にも色々とあるが、ともかく足りていないところは多かった。次はもっとうまくやる…いや、やらないといけない。いつヒロトや茜達に被害が及ぶかわからないのだから。
俺は急いでショッピングモール内を走り、周囲に気を張りながら出口に向かう。
足元に落ちている人の亡骸に悔しさが募る。
「はぁ…」
外に出るとそこにはパニックが広がっていた。
交通事故、怒鳴りあい、親を求めて泣き叫ぶ子供…すでにテロが発生してから2,30分が経つというのにもかかわらず出口には無数の人が我先にここから離れようと混乱を起こしている。
「まぁ、当然か…さすがにこれだけの人がいるわけだからな」
このショッピングモール自体ができてすぐだったために人が多かったというのもあるだろう。だがそれに加え、いつもよりもテロの規模が大きかったというのがこの人だかりの主な原因と思われた。
普段のテロ事件ならばここまでに人はパニックにはならない。寧ろ英雄軍の勇姿を見ようと野次馬が集まる…まぁ危険だからやめてくれと英雄軍では文句を言う人が多いのだが、ともかくそれが常だ。
だが、今回はその英雄軍が到着していないだけでなく、いつも以上に大量の人が目の前で人が死ぬのを目撃してしまった。
この世界では犯罪者の命は相当軽い。それゆえに警察組織によって犯罪者が街中で殺害されることもあるため、悪人が死ぬのを見ることに前世の世界ほど忌避感はない。だが、犯罪者ではなく一般人…自分と同じような立場と思われる人間が目の前で死んだらどうだろうか?俺たちの部長がそうであったように、多くの人はショックを受けることだろう。
その結果がこのパニックだ。
「父さんたちは何をしてるんだ…」
そのパニックを抑えるのも英雄軍の仕事だ。
…だから実は英雄軍の上位者には自分たちが来たということを知らしめて一般市民に安心を与えるというのと敵への牽制の意味を込めて仮装とも言えるような派手な格好が奨励されてたりするんだが。
それすらもいないというのはどういうことなのだろうか?
俺はスマホを取り出して忍に連絡を取る。
『も、もしもし?…ど、どうかしたの?』
「いや、英雄軍の到着が見えない。何か見えていないか?」
『み、見えてないよ?なにかあった?』
「いいや。ないならそれでいい。わるいな」
『そっか…じゃ、じゃあ気をつけて』
「おう」
忍の未来視に変化はない…ということはただ単に遅れているということか?
まぁ、問題がないに越したことはないし、帰るか。
「このぐらいならしてやるか…」
俺は左腕を上に掲げ、ダイヤモンドの小さな粒子を生み出す。そしてそれを動かして幻想的な空間を演出する。
みんな自分のことで精一杯で焦っているのだから、一度冷静になれるように協力してやろうということだ。このぐらいだったら目立っても構わない。第一にこのぐらいは冠と一緒の時にやってるしな。
一部の人を除き、多くの人がそれに目を奪われる。仮にも大手宝石商の芸術鑑定を持つ能力者に認められた俺をなめるなよ。
「お。着いたみたいだな」
その粒子の一部に見知った人が当たったためその粒子を消してその場を立ち去る。
俺がやったことに気がついた人もいるみたいだが、俺がリベラリズムだった場合余計なことをして死にたくないのかさっと目をそらしていた。
「やぁ、彼方くん。どこに行こうっていうのさ?」
「見つかったか…元気そうで何よりだよ、レイヴィス」
後ろから軽快に走って来る足音が聞こえ、俺の肩に手を乗せた。
案の定知った顔。出来れば会いたくなかったんだけどな…
「さて、ここであったこと。話してくれるよねぇ?」
「いやいや、俺も巻き込まれただけの一般人だから」
「うん。でも明らかに彼方くんのダイヤモンド砲の跡があったねぇ?」
「いや、なにそれ?ダイヤモンド砲って…」
「よく君が命令中に使ってたダイヤモンドの大砲みたいなやつだよ。フードコートのアレ、君だよね?」
「はぁ…わかったよ。でも今日じゃなくって明日にでもしてくれ。せっかくの日曜日なんだから」
「もうこれに巻き込まれた時点ですでにって感じだと思うんだけどねぇ〜。ああ、わかったって。だからそんな顔を向けないでよ〜。ほらスマーイル、スマーイル…ね?」
「はぁ…明日学校が終わったら行くからそれでいいよな?」
「オッケー。じゃ、いつものように連絡入れてねぇ」
俺は渋々了解し、自転車に乗って忍の待つネットカフェに向かった。




