10.今の後悔と将来の後悔
最近思うんです。
……受験なんてなくなればいいのに
体が痛い。
目が覚めて初めの感想はそれだ。
昨日…というか今日、剣を振り続けていたおかげで体の筋肉痛がひどい。半端に体力があったのも悪かった。そのおかげで冠が遠慮なく俺に剣を振らせ続けた。最終的に及第点と言って冠が解放してくれたのは夜が更け切ってからだった。
その上、能力で治癒したら筋肉にならないとのことで、冠が英雄軍の治療師室に行くことも許してくれなかったのである。
「ふぁあぁ…眠」
俺はたった4時間の睡眠を終え、ベッドから体を起こす。
クローゼットの中にある着替えの服に着替える。これらは昨日のうちに父さんが、と言うより父さんの隊の人が用意してくれた。多分、訓練で汚れたりダメになったりするだろうから俺に服を持って来させなかったのだろうと思う。
丈夫に作ることだけを念頭に作られたせいか少し作業服じみた服を着込み、俺は部屋を出る。
「おせぇ。もう2分前だ」
「いや、遅刻はしてないのだから…」
「んなこたぁどうでもいい。さっさと行くぞ」
「はぁ…わかった」
「ああ、朝食だ。今食っとけ」
「おにぎり…?まぁいっか」
俺はそれを食べながら後ろを歩き、昨日と同じようにエレベーターに乗り、訓練室に入った。そして訓練室の中央あたりまで行き、昨日のまま放置されているカカシの前に立つ。
カカシには昨日大量に俺が剣を当てたせいで切り込みが入っているが、深いものは1つもなく、その全てが浅い切り傷のみとなっている。
「さて、昨日の続きだ。剣を出せ」
「わかった」
俺は昨日と同じように剣を作り出して構える。
「今日はこれを切れるようになれ。力を込めてちゃんと振れりゃあ切れる。切れたら次にいく…切れねぇなんてのはもちろんねぇよな?」
「ハイ。モチロンデストモ」
「ならさっさとやれ」
俺は大きな切り傷の入った顔がにいっと俺を見て笑っているのに恐怖しつつ、剣をカカシに向けて振り下ろす。
サクッといい音を立てて剣がカカシに刺さる。
引き抜いて再び振り下ろす。
サクッといい音を立てて剣がカカシに刺さる。
再び引き抜いて振り下ろす。
サクッといい音を立てて剣がカカシに刺さる。
引き抜いて再び振り下ろす。
サクッといい音を立てて剣がカカシに刺さる。
引き抜いて再び振り下ろす。
サクッといい音を立てて剣がカカシに刺さる。
引き抜いて再び振り下ろす。
サクッといい音を立てて剣がカカシに刺さる。
引き抜いて再び振り下ろす。
サクッといい音を立てて剣がカカシに刺さる。
引き抜いて再び振り下ろす。
サクッといい音を立てて剣がカカシに刺さる。
引き抜いて再び振り下ろす。
サクッといい音を立てて剣がカカシに刺さる。
引き抜いて再び振り下ろす。
サクッといい音を立てて剣がカカシに刺さる。
引き抜いて再び振り下ろす。
サクッといい音を立てて剣がカカシに刺さる。
引き抜いて再び振り下ろす。
サクッといい音を立てて剣がカカシに刺さる。
引き抜いて再び振り…………………
* * *
「やっと切れたー!」
ヒュン…と音を立てて剣が縦向きに振り下ろされ、俺の前に立っていたカカシがざっくりと真っ二つになった。かれこれ5時間半ぐらい振り続けていたようだが、やっと終わった。
「やっとか。んじゃ次は…っと、連絡だ」
次に進もうとした時、冠がそう言ってこめかみのあたりに指を当てた。
しばらく黙っていた後、俺のほうを見てものすごく嬉しそうな表情を向けた。
なんだろうか。嫌な予感しかしない。
「ヒッヒッヒ…基礎訓練はやめだ。よかったじゃねぇか彼方。経験が積めるぞ」
「…は?」
「さて、行くぞ。ちょいと指名命令が入った。アジトを1つ潰すぞ」
「じゃあ頑張って。俺はその間どうしてればいい?」
「は?何言ってんだテメェ。一緒に来んだよ」
「はぁぁああああ⁉︎」
指名命令。それは英雄軍内で一定以上の戦闘能力などを持つ人物に対して下されるものだ。下される命令は様々だが、その大半が相当な危険を伴う。万年人員不足の英雄軍が苦肉の策として行っている。
だが、問題はそれに俺を連れて行く気ということだ。
「ああ、能力の使用は基本的に禁止な」
「ふざけんなよ⁉︎」
「経験を積めんだから、そうしねぇ訳がねぇだろ」
「いや、おかしいだろ。絶対」
さらに能力の使用を基本的に禁止ときた。
…冠って頭がおかしいんじゃないだろうか?いや、本当に。しかもやることはアジトを潰すのだろ?能力使用しないでどうしろと言うのだ。
「安心しろ。無理そうな時は助けてやるからよ」
「あー、もういいや。わかった。こうなったらやけくそだ!」
「ふざけてねぇでさっさと行くぞ」
「なんだろうか、このやるせない感は…」
俺は冠の後についておとなしくエレベーターに乗り、廊下を歩き、1つの部屋に来た。
「よぉ、レイヴィス。今回はテメェか?」
「あいっ変わらず口が悪いねぇ。そんなんだと味方がいなくなっちゃうよ?」
「るっせぇな。さっさと送れよ」
「はいはい、わかりましたよ〜」
冠が首から下げていたカードをその部屋の壁にかけ、俺も促されてそうした。
そしてレイヴィスと呼ばれた金髪で白人の男が冠の腕に触れ、冠が俺の腕を掴んだと思ったら視界が切り替わった。なるほど、空間転移か。
切り替わった視界の先には木がある。木、木、木、木、木、木!見渡す限りの木。つまりは森だ。一体ここはどこだ。あたりは少しさっきまでいた英雄軍の本部よりも暗い気がするので、その場所よりも時差で時間が早い地点にいるはずだとは思うが…
「んで、アジトってのは?」
「そこの木の下にあるみたいだねぇ。どうするのさ?」
「めんどくせぇな…ああ、そうだ。彼方、ここ破れ」
「はぁ?いや、いきなり何ふざけたことを」
「は?テメェ何口答えしてんだ?さっさとやれ。テメェの能力ならできるだろ」
「うわぁ…これがパワハラってやつ?」
レイヴィスが明らかに楽しそうな表情を向けている最中、俺は地面に触れた。
俺の能力にも意外ととできないことが2つある。1つは生物を作ること。生きたものは構成が絶えず変わるため、原子の構成がわからない。もう1つは大量の物が混ざった混合物の操作。単純に俺の頭がパンクするから。
操作はできないのでダイヤモンドの杭を打ち込み、地下空間に出た感覚があったので操作して作ったダイヤモンドを消し去る。すると杭の形に穴が空いた。
「よし、行くぞ。レイヴィスは帰ってろ。終わったら呼ぶ」
「はいよぉ。ああ、後帰ってきたらその子のことも教えてね」
「ヒッヒッヒ…お断りだ。テメェで勝手に調べろ」
それだけ言うと、俺の作った穴の中に冠が飛び込んだ。穴の先に何があるかもわからないのに、入るのはおかしいと思う。しかも穴はそこそこ深さがあった。
穴の中から「さっさと来い」と催促する声が聞こえたので、俺は恐る恐る穴に飛び込んだ。
数秒ほど落下する。湿気た空気が冷たい。
地面に到達し、俺は転がってその勢いを殺す。落ちてきた場所は白い壁と蛍光灯のある通路だった。
「よし、剣を出せ」
「マジでやるの?」
「何言ってんだ?当然に決まってんだろうが」
「はぁ…」
俺は剣を作り出す。そしてそれを片手に持った。
それを確認すると冠は歩き出す。その行動に迷いはないようで、少し不思議に思う。まるでこのアジトの内部を知っているかのようだった。少し歩いた先で2人ほどの声が聞こえてきた。本当に知っていたのではないかと思えてくる。
「…よし。どうやらあたってたようだな」
「あたってた?」
「勘がだ」
そう言うと冠はその通路を進み、声の聞こえてきている部屋に耳をつけた。
「…4人か。3人は俺がやるからテメェは残りの1人をやれ」
「は?いきなり何を言ってるの?」
「入るぞ…」
俺の言葉をまるっきり無視し、冠がそっと扉を開けた。そして、次の瞬間には3人の首が地面に転がった。その首は栗毛の男と赤髪の男と金髪の男だった。首のあたりからドロッと赤い液体が流れ出した…
首。血。屍体…俺の脳内には校庭での映像がフラッシュバックした。
俺は口を押さえて、地面にしゃがみ込む。
「what are you do now!?Quite terrible!」
「ああ、わりぃ。俺は英語わからねぇんだ」
冠の声が耳に届く。
「さて、じゃあ…って、何してんだテメェ?さっさと起きやがれ」
「な、んで…殺した」
「何言ってんだ?オレら英雄軍には危険能力者を殺す権限がある」
「ででもこの人たちは…その」
「それがどうした?割り切れ。こいつは”敵”だ」
「いや…でも無力化するだけじゃ、いけないのか?」
「そんなに殺したくないか?」
当然だ。俺は戦争を知らない一般市民だ。殺しなんてしたくない。俺の前世の世界の記憶がそれを拒否させる。殺人は犯罪。それが常識であり、普通のこと。人を殺すなんてありえない。
これはゲームじゃない。画面の向こう側じゃなく、現実だ。一度死んだら帰ってこない。
冠が死にそうな表情をした。
「たかがそれごとき…守れない」
俺の腕を掴み、剣を握ったままであったその手を掴み、それを無理やり男に向けて振り下ろさせる。
「なっ⁉︎や、やめろ!」
「るっせぇな。黙れ」
「わぁああああああああ!」
俺の指にヌルッとした感覚が伝わった。
その先には血に濡れた男の屍体となった姿。
…人が、死んだ。いや、殺した?
頬に激痛が走った。俺は壁にまで吹き飛ばされた。
「わかったか?これがテメェが欲する守るための犠牲だ」
「わか…るか。わかってたまるか!」
「ほお。まだ足りねぇか」
俺は再び襟首を掴まれて引きずられる。丈夫な素材が災いし、俺はその中から抜け出せない。
声がする。遠くから英語の声が聞こえた。それはだんだんと近づき、冠が再び扉を開けた。
中にいる人間が俺の目の前で四肢を切り落とされた。いや、俺の手によって切り落とされた。叫び声が聞こえた。そして消えた。
「目を瞑るな」
そして別の場所に向かう。悲鳴が聞こえた。消えた。絶叫が聞こえた。消えた。
「これが現実だ」
叫び声が聞こえた。消えた。泣きわめく声が聞こえた。消えた。うめき声が聞こえた。消えた。
「これがテメェの望むもんだ」
怒鳴り声が聞こえた。消えた。命乞いの声が聞こえた。消えた。絶望する声が聞こえた。消えた。
「前に進め」
…消えた。消えた。消えた。消えた。消えた。消えた。消えた。消えた。消えた。消えた。消えた。消えた。
「…どうせいつかはこうなる。テメェが何かを守りてぇなら、何かを諦めろ。それができねぇなら守るのを諦めろ」
違う。そうじゃない。
…消したんだ。俺のこの手が。
声を消した。声を消した。声を消した。声を消した。声を消した。声を消した。声を消した。声を消した。声を消した。声を消した。声を消した。
「こいつらがテメェの守りてぇものに手を出さない理由がどこにある?生かしておいて報復された時、テメェは後悔すんのか?あの時殺しときゃよかったってよぉ?それじゃおせぇ」
そうだ。どこに確証がある?
その結論はすでに出ている。
そんなものはない。どこにだって存在しない。自分で作らなければ、安寧は訪れない。
ならばなんで嫌がっている?
ああ、そうだった。
「悪い。そう、だよな…」
「んだよ、やっとこ理解したか」
この世界では能力があるために刑務所というのもがない。能力があればいくらでも脱獄できてしまうからだ。だから、一定上の犯罪者はその場で殺害する権限があるし、捕まっても死刑か多額の罰金程度。こんなことは俺が知らなかっただけの日常茶飯事。
俺が殺したくないと思うのは前世の世界の感覚からだ。この世界に転生し、警察が犯人を追いかけ、捕まえる瞬間は見たことがない。それはそんなことがありえないから。犯人は事件を起こしたその場ですぐに捕まるか、死ぬか、逃げるからだ。逃げたとしても大概は腕輪の認証で捕まる。だからこの世界ではそんなことは滅多に起きない。だから俺はその現場に立ち会わせたことは今まで一度もなかった。いや、ある方がむしろ珍しいだろう。
「ごめん。俺が決心できてなかったみたいだ」
「そうだな。ならさっさとやれ。まずはとどめを刺すだけでいい」
「…わかった」
俺は掴まれていた腕から解放され、地面に倒れこんだ。
立ち上がり、目の前の敵に向かって剣を構える。敵はすでに両手を切られ、瀕死の状態。
悲鳴をあげて走って逃げようとしている。今いる部屋は扉以外の出口はない。当然俺に向かって突っ込んでくる。
俺は今までの人の血でベトベトとした手でしっかりと剣を握る。
頭上まで振り上げ、敵を見据えてカカシの立っていた場所まで来た瞬間に剣を振り下ろす。
俺の手にヌルッとした感覚が伝わる。
目の前で男が崩れ落ちた。地面に血がこぼれる。
「はぁ…はぁはぁはぁ…」
「いい、それでいい。よくやった」
俺の肩を冠が軽く叩いた。
俺はその場にへたり込んでしまう。
俺は自分の意思で人を切った、殺した。
俺は殺人者だ。




