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動6

 熱気覚めやらぬ集会場を出て、大勢の群集が囲む馬車にフリンジワークは周囲に手を振りながら乗り込む。

 横についているメイカブは無言でそれに続く。


 馬車が走り出し、歓声に送られながら中心部を離れる。


 メイカブが我慢できたのはそこまでだった。


「おい、どういうことだ、さっきのは」


「声が大きい。御者に聞こえるぞ」


 リラックスした様子で座席の背もたれによりかかったフリンジワークは、大きく伸びをする。


「疲れた。とはいえ、しばらくはこれをキープしなければな。しばらく断酒だ。やれやれ」


「確かに、アインラードは分裂の危機に、シュガーの取引に手を染めて資金源にしていた。だが、それを手配したのはあんただろう。それに、シュガーの元凶はアインラードじゃない。うちだ。ロンボウ、というよりトリョラだ。その組織を乗っ取ろうとしているあんたが、一体何を言っているんだ」


 声を潜めながらも、メイカブは一気にまくしたてる。言葉が止まらない。


「国民への演説で真実しか話さないほどの馬鹿に雇われたと思っていたのか、メイカブ?」


「おい、いい加減にしろ。都合のいい嘘をつくのならば分かる。お前が他の兄弟と一緒にシュガー撲滅を掲げるのもいいだろう。だが、その黒幕をアインラードだと偽って何の意味があるんだ。シャロンは、お前側だろうが」


 のらりくらりと核心を言わないフリンジワークにメイカブはイラついていく。


「別にシャロンは俺側というわけじゃあない。『ペテン師』関係で一時共闘しただけだ。今や、アインラードの客分の『瓦礫の王』がトリョラを巡る敵だ。だったら、アインラードももう俺の敵だろう?」


「だからといって、アインラードをここまで明確に非難して敵としてしまうことに、一体何の意味があるんだ。もしまた戦争にでもなれば、トリョラの利権を奪うどころの話じゃあないぞ。あそこは国境沿いなんだ。今度こそ、壊滅してもおかしくない。おい、一緒にシュガー撲滅をするファブリックはこのことを了承してるのか?」


「してるわけないだろう。大体、俺の兄弟の誰もシュガーの撲滅なんぞ考えていないからな」


「は?」


 とうとう、抑えていたメイカブの声が普通の大きさになる。


「どういう、意味だ?」


「今日の演説はそこから嘘だってことだよ。そもそもファブリックともここ数年まともに喋ったことがない」


「お前、そんなことをして……」


「この話が広まって奴の耳に入ったら大変なことになるな。だから馬車をとばして、別荘まで帰るんだよ。そうすれば、何日間かは時間が稼げるだろう? この歳になって兄弟に叱られるなんて冗談じゃあない」


「お前は」


 呆然と、メイカブは目と口をぽかんと開けて、


「何をしているんだ、一体?」






 かつて、『青白い者達』によって製造されていたシュガー。

 それを扱い、分裂の危機を脱した『勝ち戦の姫』のアインラード。

 それを引き継いで、シュガーを製造を続けているトリョラを有するロンボウ。


 全てが明らかになった時にどちらがより非難されるのか、この情報だけでは微妙なところだろう。だが、決定的なことが一つある。

 そもそもの『青白い者達』こそがノライによるものであり、そしてノライは今やロンボウの一部となっている。


 つまり、全ての情報が白日のもとに晒されれば、痛み分けどころではない。アインラードも国際的な非難を受けるだろうが、ロンボウは世界の敵となってしまうだろう。


 それが分からないほどの愚か者ではなかったはずだ。

 だから、その話が広まってきた時に、ジャックが抱いたのは恐怖や警戒ではなく、純粋な疑問だった。

 何故、そんなことを。


 本日貸切、ということで部外者のいない白銀の一号店、そこにはジャック、アルベルト、ミサリナ、そしてツゾが集まっている。トップであるマサヨシが使い物にならなくなっている現在、事実上組織を動かしているメンバーだ。


 ずっと、ジャックは考え続けている。

 一体、フリンジワークはどういうつもりなのか、を。


 それはアルベルトとミサリナも同じようで、緊急会議という名目であるのに、三人とも焦った様子もみせず、各々が思索に没頭している。


「おい、どうするんだ」


 唯一、緊張した表情のツゾは、椅子に座ったのはいいものの、他の三人がさっきからずっと何も喋らないために焦れたのか貧乏揺すりをしながら声を出す。


「どうしようもないでしょう」


 この上なく簡潔に、アルベルトが答える。


「まだ混乱状態だが、今更ファブリックあたりが何を言ったところで取り消してなかったことにできるわけもないですね。アインラードが証拠を見せろと言い、フリンジワークが実際に証拠を見せる。本物の証拠を。発表するくらいだから、それくらいは彼も持っているでしょう。そして、今度はアインラードが『青白い者達』に関する真実を暴露して反撃する。どんどんヒートアップしていくでしょうし、その過程で今シュガーを扱っている俺達のことも問題になる。最終的に、アインラードが勝とうがロンボウが勝とうが、その後で勝った勢力が俺達を殲滅する運びになると思いますよ」


「俺達、だけだったらまだいいだろうな。多分、トリョラごとやられるぞ。おそらく、暴露合戦の中でトリョラの復興と発展に使われた金がシュガーによるものだということも明らかにされるはずだ。無事に済むとも思えん」


 喉をかきながら、大して危機感を出すつもりもなくジャックが言う。

 どうして自分の心がこんなに動かないのか、ジャックは自己分析をする気にもならない。分かりきっている。ただ、諦めているのだ、色々なことを。マサヨシを殺すと決めた、あの日からきっと。そして絶望している。マサヨシならいざ知らず、自分にはこういう窮地を脱する策を講じる力はない。何も守れない。

 なら、もういい。罪人は、ここで一緒に散るべきだ。


「なに落ち着いてんだ!」


 どん、とテーブルが叩かれる。

 激昂したツゾが唾をとばして叫ぶ。


「落ち着いても焦っても、結果は変わらないわけ」


 首を捻り、何事か考えながらミサリナが言う。


「生き延びたければ、今すぐに全てを捨ててどこかへ逃げ出すことね。それ以外に助かる道はないわけ」


「じょ、冗談じゃねえ。てめぇら、逃げ出すつもりか?」


「俺は逃げない」


 ジャックは考える前に即答している。


「だ、だろ。ジャック、そうだよな。逃げ出さなくても何とかなる方法が」


「逃げるくらいなら、俺は、ここで組織やこの町と一緒に死ぬ」


 本心だ。

 この町のために戦ってきて、この町のためにマサヨシを殺すことを決心し、そして最終的にその手を汚しに汚した。

 それで町を捨てて逃げ出すなど、生きる意味もない。

 言い捨てて、ジャックは水を飲む。


 喋っている途中で斬りつけられたように、う、とツゾは黙りこくる。


「お前らは逃げろ」


「間近で、『ペテン師』が苦しみ抜いて死ぬ様を見るつもりですから」


 大して興味のない様子で顔の傷を撫でながら、アルベルトはあらぬ方向を見つめている。


「もうすぐなんです。それを見ずに逃げ出すなんてありえない。逃げるくらいなら『ペテン師』と手でも取り合ってダンスした方がマシですね」


 その言葉に、何故かジャックはひっかかる。

 手を取り合う、か。


「あたしもパス。あたしの商会はさ、もうあたしそのものなわけ。それを捨てて逃げるなら、死ぬのと大して変わりないから、なら死ぬわ」


 ミサリナは席を立つ。


「お、おい、どこに行く?」


「いやあ、実はこの後、友達とお茶をする約束をしてるわけ。どうせこれ以上話し合ったって結論が出るわけでもないし、もう行くわね」


「おい、ふざけ……」


「スカイによろしく」


 いきり立つツゾを尻目に、まだ傷を触っているアルベルトがミサリナを見もせずに言う。


「知っていたわけ?」


「一応、この町で起きていることは全部把握しているつもりだから。表がジャック、裏が俺。組織の天敵とお茶を飲むのも一興でしょう。どうぞごゆっくり」


「ははん」


 鼻で笑って、ミサリナは軽い足取りで去っていく。


 呆然とそれを見送るツゾ。黙って傷を撫でて、思索にふけっているアルベルト。


 ジャックは、目を見開き、思わず腰を浮かせている。

 そうだ。天敵と手を取り合う。まだ、その手が残されている。

 自分達は無理でも、トリョラは救えるかもしれない。そうだ、ハンクの、『料理人』のやったことを思い出せ。

 今、組織を侵食しつつある勢力は二つ。そして、そのうちの一つが意味不明な行動を起こし、乗っ取るどころか組織の全てを破壊しようとしている。

 ならば、敵と手を取り合うしかない。もう片方の敵。いっそのこと、そちらに乗っ取らせてしまえばいい。組織を乗っ取った後ならば、全てが破壊されるのを全力で防ごうとしてくれるだろう。

 さっきまで諦めていたのに、何を今更、と自分でも苦笑してしまうが、仕方がない。こういうことに自分が向いているとも思えないし、それでうまくいく保証もない。

 それでも。

 ジャックはその方向で動こうと決心する。

 もうそんな資格はないにしても、自分は一時はトリョラの連中の兄貴分だった。なら、一人でも多くの弟分が助かるために、最後まで足掻くのは当然の話だ。

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