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動5

 白銀の鎧。

 汚れも傷も一つもない、いわば見せるための鎧。あの戦争で使ったのは違う鎧だ。

 それを身に纏い、巨大な馬車の二階席から道を埋め尽くす人々に向けて笑いかけ、手を振ってみせる。だが笑顔が強張っているのが自分でも分かる。


「区長である君を無理矢理連れ出した僕が言うのもなんだけど、緊張するのも分かるが、もう少しうまく笑いたまえ」


 そんなハイジに、隣の美男子が笑いかける。その笑いは、ハイジのものよりも大分自然で、明るく輝いている。

 多少ウェーブのかかった金色の髪、体の線は細く優美で、睫も長い。弟とは違い、幼い頃から『太陽の王子』と呼ばれ周囲の人間に愛されていたというのも納得できる、とハイジは間近でその姿を見て改めて思う


「ファブリック王子。私はやはり、こんなものは慣れません」


「そう言わないでくれ。『姫騎士』はアインラードを打ち負かした象徴だ。今や、ロンボウ国内でも『勇者』と人気を二分する。いや、見目麗しい分、君の方が上かな」


 くすりと笑って肩をすくめるファブリックは魅力的だが、言葉をその通りにはハイジは受け取ることができない。

 自分はこういうことには鈍い方だが、これくらいは分かる。

 自分は、利用されている。


 ロンボウ国内で人気があるのは本当だろう。だがその大半は、人為的に作り出されたものだ。おそらく、彼の手によって。

 結局は、王位継承争いの道具にしているだけだ。フリンジワークが『勇者』を囲い込んでいるから、ファブリックは『姫騎士』を囲い込んでいる。

 ただ、それだけのことだ。

 急にファブリックが擦り寄ってきたのには驚いたが、要するに『無能王子』だった弟が脅威になってきたから、慌てているだけなのだろう。

 その焦りを全く見せず優美に振舞うところは、さすがは王位継承者と言える。


「君がこういうのを好まないことは分かっているが、今は国民にロンボウが磐石だというところを見せていかないといけないんだ。我慢してくれ」


 笑みを消し、真剣な表情をすると、ファブリックからは途端に油断できない雰囲気が発せられる。一流の政治家のような。


「シュガー。そして父の死。国民は皆、不安なんだ」


 確かに、それはそうなのだろうとハイジは理解している。

 暗いうねりの様なものを感じている。ハイジも、おそらく他の人々も。世界は、あまりよくない方向へとゆっくりと動いている。


「そういえば、フリンジワーク王子も演説をするとか」


 思いついたことを口にして、すぐにファブリックにこの話題は無神経だったかと後悔する。


「あはは……あいつが、余計なことを言わなければいいけどね」


 ファブリックの顔にかすかな苛立ちが混じる。だがすぐに非のうちどころのない笑顔に戻り、群集に手を振る。


「国民を混乱させて欲しくはないな。父の死があまりにも急なことだったから戴冠式はまだだけれど、僕が後を継ぐことはもう決まっている。兄弟、一丸となってこの国を支えなければいけない時だというのに、余計な欲を出さなければいいけど」


 深く国を憂う色を瞳に滲ませて、少しファブリックの笑顔が寂しげなものになる。

 おそらく、役者ではあるし、欲もあるのだろうが。

 ハイジは、少しだけファブリックを信用する。

 ロンボウのことを、そして国民のことを考えている。それは、全くの嘘ではないのだろう。


 パレードは続く。

 群集は口々に喜びやファブリック、ハイジの名を叫ぶ。国旗が振られる。

 どこまでも輝かしい光景なのに、何故かハイジは不安になってくる。本当に、この国は、そしてトリョラはどうなっていくのか。

 明日に予定されている、集会場を貸し切ってのフリンジワークの演説。一体、何を言うつもりなのだろうか。

 少し、ハイジは気になる。

 このファブリックのパレードを上回る規模となるのは難しいところだろうし、何をしたところでファブリックが言う用に王の座を奪い取ることはできないように思うが。


 何か、無性にハイジは不安になっていく。





「フライ、お前はいいからとにかく要注意人物を見張らせておけ。ジャック、マサヨシ、ヒイチ、アルベルト、スカイ、もろもろ。頼むぞ」


 指示を出しながらフリンジワークは鏡を見ながら最後の仕上げとばかりに髪を整えていく。


「承知しましたよお」


 一礼して、フライは音も立てずに消える。


 演説の直前、集会場の護衛に警備されたドアの奥の控え室。フリンジワークは白で統一された服を着込み、最終チェックをしていく。


「メイカブ、横についてきてもらうぞ。別に喋ったり笑いかけたりする必要はない。いるだけでいい。『勇者』に横にいてもらうだけでいいんだ」


「別にいいが、そろそろ教えてくれないか?」


「うん?」


「昨日、お前の兄貴がパレードをしたらしい。それへの対抗か?」


「対抗? そんな必要はない。言っただろう、俺が王になるのは規定路線だ」


「筋が通ってるのは向こうだぞ。一体、どうやって奪い取る?」


「奪い取る?」


 眉毛を整えていたフリンジワークは、鏡から目を離してようやくメイカブに振り向く。


「そんな必要はない。奪い取る必要なんてないんだ。何度も言わせるな、規定路線だ」


「何を言うつもりだ?」


「正しいことだよ。時間だ、行くぞ」


 自信に満ちた表情のフリンジワークは、背筋を伸ばし大きく歩き出す。





 広大な集会場は満席だ。常にない熱気に包まれているが、その熱気はポジティブなものばかりではない。『無能王子』が何を言うのかという警戒や何かボロを出すのではないかという冷ややかな視線、そして単純な興味。それらが入り混じった熱気は、演説台に集中している。

 舞台の端から登場したフリンジワークが演説台に近づくにつれ、会場をざわめきが満たしていく。

 ざわめくだろうな、とメイカブは思う。なにせ、『無能王子』が初めて多くの国民の前に姿を現すのだから。それも、イメージや伝聞とは全く違う姿で。

 横に並んで歩いているメイカブにすら、未だにそこにいるのがフリンジワークとは信じられないのだ。


 威風堂々。

 真っ白い服は潔癖さを、その眼光と体格は力強さを、撫で付けられた髪と精気の漲った肌は高貴さを表しているようだ。

 剣も鎧も身に着けていないというのに、横に立っているメイカブよりも『勇者』の名が似合うのはフリンジワークの方だ。


 フリンジワークは演説台の前に立ち、軽く片手を台の上に置くと、ゆっくりと自信に満ちた表情で集会場の群集を見回す。

 ざわめきは、大きくなる一方だ。


「満員だな。立ち見の客はさすがにいないか」


 横のメイカブの耳にだけ届くくらいの大きさで呟いてから、フリンジワークは大きく息を吸い込む。

 そして、力強い微笑と共に、


「諸君」


 ただ、普通に言う。

 その声は、特に大きなものではないはずなのに、広大な集会場の隅から隅まで届き、そしてざわめいていた群集を静まり返らせる。

 声は威厳をもって響き、メイカブすら一瞬、跪きたくなる欲求を覚える。


「集まってくれてありがとう。『無能王子』の話を聞きにこれほどの人数が集まってくれるとは驚きだ」


 会場に笑いが起こる。

 すでに人々は、フリンジワークに魅了されてしまっている。


「偉大なる王が死に、不安になっているだろうと思う。こんな時こそロンボウが一丸となられねばならないのに、私達兄弟が権力争いを始めるのではないかと心配している者もいるだろう」


 両掌をしっかりと台に置き、フリンジワークは身を乗り出す。


「ここではっきりとさせよう。そんなことは起きない。私は、今、ここで宣言する。私は国王になるつもりはない。国王には長兄であるファブリックがなるべきであるし、私はそれを全力で補佐するつもりだ」


 会場のあちらこちらから驚きの声が漏れる。

 メイカブも、さすがに動揺を隠せず、目を見開いてフリンジワークに顔を向ける。

 一体、どういうことだ? 何を考えている?


「我々兄弟が団結すれば、ロンボウは前国王の治世と同様に、いやそれ以上の繁栄が約束される」


 会場の熱気が高まっていく。

 フリンジワークは更に身を乗り出し、身振り手振りは大きくなっていく。


「諸君らは何も心配をすることはない。ファブリックの戴冠式の後に、この国は生まれ変わる。全ての問題は片付く。エリピアの盟主であるロンボウがそこにある」


 そこで言葉を切って、しばらくフリンジワークは急に冷たい表情をして会場を見回す。


 それに同調するように、会場の熱気は急激に冷め、しん、と凍えるような雰囲気へと急変していく。まるで、そこにいる全ての人間の気持ちを、フリンジワークが全て操っているかのような光景だ。

 舞台から見て、それをまじまじと感じたメイカブは、その悪夢的な光景に、気付けば無意識のうちに一歩後ろに下がっている。 


「全ての問題は片付く、と私は言った。諸君、今、ロンボウが抱える一番大きな問題は何か?」


 その問いかけに、群集は周囲の知り合いとひそひそと相談しだす。そして、そこかしこで、ゆっくりと、その答えが形になっていく。

 最初はぽつぽつと、だがやがて誰もが思い出したように、その単語を呟きだす。

 シュガー。今や、ロンボウ、そしてその周囲の国々、エリピア大陸を蝕みつつある薬品の名前を。


「そうだ、その通りだ」


 フリンジワークが煽る。


 今や、シュガー、という呟きは会場に無数に溢れ、呟きというよりも叫びになりつつある。群集がいつしか声を合わせて叫んでいる。シュガー、と。


「シュガー。昔からこの薬品は存在し、善良な人々の人生を狂わせていた。だが今や、この邪悪な薬は溢れ、この国を破壊し、エリピア全土を腐らせつつある」


 再び、フリンジワークの声に熱がこもり、会場にも熱気が戻ってくる。先ほどまでの熱気とは違うタイプの熱気だ。シュガーに対する敵愾心に溢れている。会場のあちらこちらから、シュガーを何とかしなければという叫びがあがる。


「そうだ。何とかしなければならない。あの毒を駆逐し、それを売って汚れた金を手にしている者達を罰さねばならない。その思いは、諸君らと我々で全く同じはずだ」


 そうだ、と誰かが叫ぶ。

 熱にうかされたように、誰もがフリンジワークの言葉に大きく頷き、声をあげ、怒り、笑う。会場は一つになっている。


「ファブリックは、シュガーの撲滅を諸君らに約束する。彼が王となってまずすることは、シュガーを徹底的にこの国、いやエリピアから消去することだ。私と、この『勇者』メイカブも新しい王に協力し、前線に立ってシュガー撲滅に命を懸けることをここに誓おう」


 集会場が歓声に包まれる。フリンジワークとメイカブの名が連呼される。

 笑顔でそれに応えてから、すっとフリンジワークは片手を挙げる。それだけで、一気に会場は静寂に包まれる。


「既に、ファブリックと私は憎むべき敵、ロンボウを中心にエリピア大陸にシュガーをばら撒き続けているのが何者なのかをつきとめている」


 ざわめき。

 今度は、そのざわめきを止めることなく、フリンジワークはより大きな声で続ける。


「ここで、それを諸君らに教えよう。こんな公の場で発表をすれば、後戻りはできない。そう、後戻りをする必要などない。我らが進みつつあるのは正しい道であり、彼らがロンボウの、いやエリピア大陸の敵であると、シュガーをばら撒いているという証拠もある」


 まさか、ここで全部ぶちまけるつもりか?

 メイカブは驚愕する。

 一体、どう収拾をつけるつもりだ? 『ペテン師』のことを、トリョラのことを言うつもりか? 馬鹿な、今トリョラを乗っ取ろうとしているのはフリンジワーク自身だというのに。


 だが、続くフリンジワークの言葉は、あまりにも予想外でメイカブを唖然とさせる。


「我らの敵は、アインラードだ」





 知らせを聞いたヒーチは一瞬黙った後で、


「やられたな。そういう手合いか、フリンジワークは」


 忌々しそうに、口を歪める。


「久しぶりに、負けるかもな、これは」

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