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動2

 メイカブのいきなりの抜き打ち。

 懐の短刀を、取り出しざまにテーブルごと斬りつける。


 通常の人間なら反応できず、反応できたとしてもその太刀筋の速さにかわしきれないであろうそれを、後ろに跳んで蜘蛛のように両手両足を使って凄まじい速度で後ずさっていくフライは間一髪でかわす。


 別に、そのことにメイカブは動揺しない。というよりも、フライについて興味を持っていない。

 彼が気にしていたのは、周囲。

 突然の修羅場だというのに、酒場の客は悲鳴の一つもあげず、むしろさっきまでの喧騒が嘘のように、しん、と静まり返って全員がメイカブを見ている。何人か、懐に手を入れている者や身構えている者がいる。


「やっぱり、全員、役者か」


「それくらいしないと、あんたにゃあ敵いそうにないからなあ。室内でこれだけの人数に一斉にかかるぐらいしないと、俺なんかじゃとてもとても」


 まだ、蜘蛛のように長い手足を全て地面につけたままで、フライは言う。


「ぬかせ」


 軽く笑って、メイカブは全員に見せるようにして短刀を仕舞う。


「それで、こっちが正解か?」


「ああ、もちろん」


 フライはそれでも警戒を解かずに、姿勢を変えない。


「うちの大将を裏切る奴を片腕にするわけにはいかないからなあ。忠誠心ってのを、ためさせてもらったよお」


「今更そんなことをする、ということは……」


 破壊されたテーブルを足で蹴飛ばしてから、足を組んでその足に頬杖をつく。


「何か、始まるのか?」


「さすがに勘付くかあ。そうだ。これから、大将は色々と一気に物事を動かすつもりさあ。その中で、俺もメイカブも動かなきゃいけない。鉄の忠誠心って奴でなあ」


「忠誠心ね」


 無精髭をなでて、


「俺には忠誠心というほどのものはない、悪いけどな。ただ、仕事をするだけだ。腕っ節を買ってくれたフリンジワークのために、汚れ仕事はいくらでも受けてやるし、金を積まれたって寝返ったりはしない。俺の仕事だからだ。自分の仕事を、自分でぶち壊すような真似はしない」


 むしろ、とメイカブは目を細める。


「俺からしたら、お前の方がよく分からないな、フライ。武人とか仕事人ってタイプでもないように見える。一体、お前は何だ? フリンジワークに忠誠を誓ってるのか? どうして? よく分からないから、お前の問いかけが、どっちが正解なのか迷ったぜ」


「俺かあ」


 ようやく、体を起こしたフライが顎で周囲に何か合図すると、ぞろぞろと客達は店から消えていく。


あいたテーブルの一つ、その椅子に腰を下ろして、フライは両手を広げる。


「俺の何が訊きたい?」


「そう言われると、別に訊きたいことはないな。ここでお前の言った説明を、そもそも信じられないから何の意味もない」


「ひでえなあ。正直に言うよお。これから一緒に、泥水を飲む仲になるんだからなあ」


「じゃあ、話半分に聞いてやるよ」


 なおもそう言うメイカブに、フライは苦笑して、


「別に大した話じゃねえよお。俺は元々、スパイだ。いわゆる諜報員って奴でなあ。キリシアに属していて、命令でまだ若かった頃に、この国に忍び込んだ。当時、まだガキだったけどぼんくらだって評判だった大将の子守り役になって、その時からの付き合いだねえ」


「はん、『無能王子』の子守か。それは、いい職に就いたもんだ」


「実際、俺は褒められたよ。元々、自分で言うのもなんだが若くしてかなり有能な諜報員だったからなあ。さすがと褒められた。無能な王族の傍にいる。これ以上に情報を手に入れやすいことがあるかあ? 俺は、フリンジワークから情報を仕入れては、それを報告し続けた」


 ところがなあ、とフライは笑い出す。


「どうもおかしい、と思ったんだ。いくら間抜けでも、ここまで漏らすかってくらいに情報を漏らしてきて、おまけにフリンジワークの立場でも中々知ることのできないような極秘情報までわざわざ探って俺に渡してきた。で、気付いたんだあ。このガキ、俺が利用するつもりだったこのガキは、俺が諜報員だと気付いていて、その上で敢えて情報を渡してきているんだってなあ」


「嘘の情報を教えられたのか?」


「いいやあ。それならすぐに分かったさ。あいつがよこしたのは、全部本物の情報だあ。ただ、渡す情報を少しずつ、意図的に偏らせてたのさあ。そうやって、俺と、キリシアを操っていた」


 昔を思い出しているのか、遠い目をするフライ。


「けど、ロンボウにとって有利なように操っていたんじゃあないんだ。それなら操られていると気付いてた。俺も国も、そうじゃあないから最後の最後まで気付かなかった。大将はなあ、ロンボウとキリシアが戦争になるようにずっと誘導していたんだよお。途中で俺が気付いて、慌ててストップをかけたんだあ。危ないところだった、実際、戦争直前の状況だったよお」


「そりゃ、一体何のために?」


「俺も、どうしてもそれが気になってなあ。とうとう、やっちゃいけないことは承知で、それをやったら国を追われると分かっていながら、フリンジワークに身分を明かして訊いてみたんだ。そしたら、暇つぶしだってよお」


 けらけらとフライは笑っているが、メイカブはその言葉を退屈そうに口にしているフリンジワークを容易く想像できてしまうことに少しぞっとする。


「大将とはそれからの付き合いだ。俺はなあ、メイカブ、あの大将がどうなっちまうのか、その果てが見たいから、ずっと一緒にいたし、これからもいる。それだけだよお」


「へえ」


 その気持ちは、全くメイカブには理解できない。あんな男が、どうなろうが興味など持てるわけもない。

 日銭を稼ぐために仕事をこつこつとやっていく。それしかない人生だし、それでいいと思っている。自分は、偶然にも腕が立つ、ただの一般人なのだと思っている。他の人々が農業や店をするように、たまたま得意だったから傭兵をしている。

 ただ、それだけの男だ。

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