瓦礫の王4
いやいや、本当に瓦礫の王なわけないじゃないですかー、やだー。
意味が分からず、呆然としているのは、クーンもジャックも同じだ。
目の前の存在の、マサヨシの発言の意味不明さに、ジャックはそれまでの葛藤や苦悩も忘れて、まるで劇でも見ているような気分になっていく。
「勘違いしないでよ、もちろん、偽物の、さ。あんたと同じくね」
体を起こすとばちばちと瞬きをくり返し、マサヨシはふらふらと部屋をうろつく。
「つまり、シュガーをばら撒いていた最悪の連中は、三つのグループに分かれていたってことだよ。ノライ王率いる『青白い者達』グループ、クーン率いる『瓦礫の王』グループ、そして、俺の、もう一つの『瓦礫の王』グループ。はっはっは、衝撃の事実でしょ」
目を向けてきたマサヨシがジャックに向けてウインクしてくる。
それを受けてジャックは無意識に身震いする。
明らかに、正常ではない。クスリの影響か、それともこの状況のせいか。おそらくは、両方だ。
「クーン、あんたが言うように、あれは儲かる。桁違いにね。それが、俺を強くした」
「馬鹿な」
嘲りの声。クーンは崩れない。
「君の立場でそんなことができるわけがない。副区長という身分で手足を縛られ、その首を上層部に虎視眈々と狙われている君が。一体、どうやってシュガーの精製施設を作れる? その土地や、設備を。そのための金はもちろん、万が一金の問題をクリアしても、君の立場でそんな大規模なものを作り上げたら怪しまれないわけがない」
「施設は、最近ようやく完成してね。もっとも、完成する前から、どんどんそこで精製してはいたんだけどさ」
その発言に、ジャックとクーンは同時にはっと目を見開き、息を飲む。
「酒造所、か」
クーンの声に、ようやく驚きと、僅かばかりの焦燥が含まれてくる。
「そう。うちの区長の夢物語でできあがったプランだよ。あれに使うためなら、金も土地も好きなだけ使えるからね。トリョラには分不相応な規模の酒造所を作りながら、その地下にシュガーの精製施設を作り上げた。たまに視察に来る連中のほとんどは、どうせ施設にある設備がどんな働きをするかもロクに分かっていない連中だよ。専門家連中は、黙らせればいい。ああ、どうやって黙らせるべきかは、あんたが教えてくれたんだよ、クーン。ありがとう。金と女と、暴力だったね」
「ミサリナも、グルか」
「ああ、もちろん。そりゃそうでしょ。設備の材料の運搬、チャモドキの運搬、それからシュガーの運搬、全部彼女に任せた。あんたの言う通り、彼女は損得勘定で最終的に動く。俺のプランがどれほどの儲けになるかを理解したら、快く協力してくれたよ」
クーンが跪かされた時に転がり落ちていた、銀色の筒を拾上げて、マサヨシはくるくると指で回す。
「実際にシュガーを売る段には、実はあんたの部下とかを利用させてもらったりもしてるんだよね。正直、何もない状態から一から組織を作るのも面倒だからさ、あんたの力を利用させてもらったよ。質の悪い部下を山ほど持つってのも考え物だね。金で、いくらでも転ぶわけだから」
銀の筒を回しながら、またマサヨシはクーンに歩み寄っていく。
「ただ、普通にそんなことをしたらすぐにバレて、俺に転んだクーンの部下は粛清される。それで、それにびびって裏切る部下はいなくなって、おしまい。それだけの話なんだ。けど、この件に限っては違う。何が違うか分かる?」
クーンの前に立ちながら、マサヨシはにやにやと笑みを浮かべて、瞳孔の開き切った目でジャックを見て問いかける。
だが、答えなど出るわけがない。そもそも頭が真っ白だ。
予想外の展開に思考停止して硬直してしまっているジャックをしばらく眺めてから、マサヨシはクーンに目と銀色の筒を向ける。
「あんたは分かるよな、クーン」
睨み付けて、クーンは答えない。
「自分の知らないところで、自分の手の内じゃないところでシュガーが流通しても、あんたにとっては不思議でも何でもない。だって、元々『青白い者達』グループがシュガーをばら撒いているところに、あんたが途中参加したわけだからね。そして、あんたとしてはそんな厄介なグループと事を構える気もないから、黙認するわけだ。まさか、『青白い者達』じゃなくて俺が商売してるなんて思いもしなかっただろうからね」
「いや、待て」
とうとう、じっとりとクーンの額に汗が光り出す。
ぎょろりと目を剥いて、なおもクーンは唸るように反論する。
「僕の組織に食い込むほどの金を、どこから持ってきた? 最初の、最初だ。シュガーをさばく前に、一体どこからそんな資金を手に入れたんだ? ありえない。僕のシュガーの販売網を勝手に使うためには、何百人という僕の部下を買収するしかない。そんな巨額の資金が、君にあるはずがない。それに、逆も然りだ。シュガーで儲けた金を、一体どうやって君が管理するというんだ。ただでさえ敵が多く見張られている君が、そんな怪しい金をどう管理できる?」
「答えを言っているようなもんだね、クーン。自分でそこまで喋っておいて、正解が分からないの?」
銀色の筒を、ぐいとクーンの額に押し付けて、マサヨシは笑ってみせる。だが、瞳孔の開いたその沼のような目は、決して笑っていない。
「確かに、最初に自由になる俺の金じゃ、大したことはできなかったよ。それは、皆知ってることだ。だから、俺は金を集めてたじゃない」
「ファンド」
知らず知らず、横で見ていたジャックの口から言葉がこぼれる。
マサヨシはまたしてもジャックにウインクしてから、
「そうそう。ファンドの金を流用したんだよ。色々な名目でかき集めた金、クーン、あんたからも借りた金を全て、シュガーを売りさばくために投資したんだ。だから、逆に、シュガーで儲けた金を、どういう風に使ったのかも分かるでしょ?」
悔しげに顔を歪めるクーン。その頬にあてられた銀色の筒を、マサヨシはねじる。
「元々、資金洗浄は得意だからね。シュガーで儲けた汚れた金を、全部、ファンドの事業に突っ込んだんだよ。トリョラ区の道という道も、あの大きな港も、全部汚れたクスリの金でできあがったものだよ。全く、ファンドか」
ため息を吐いて、大きく肩をすくめる。まるで道化師のようにマサヨシは大きくリアクションする。
「自分で言うのもなんだけど、あんなもの儲かるわけがない。戦争で疲弊した犯罪都市と、小さな村がいくつか。これを一気に発展させようとしたら、金がいくらあっても足りないし、投資した分が戻ってくるのにどれだけ時間がかかるか予想もつかないよ。ファンドの事業がどうにか黒字を出し始めてるなんて、真っ赤なウソだ。莫大な赤字を、シュガーの金で埋め続けてるのさ」
だから、とマサヨシは自分の胸ポケットの辺りをぱんぱんと叩く。
「現金の類は最終的にほとんど入ってきていないんだ、俺には。俺の粗探しをしたい連中も、さすがに見つけようがない。そう、俺自身には結局金は入ってこない。けど、代わりに手に入るものがある。利権ってやつだよ。トリョラ区は復興し、発展した。俺が作った道、俺が作った港、俺が作った店。だから商業を俺が牛耳る。そして、あんたの力を借りて作り上げたクスリの販売網。無法者共を集めて作った裏の暴力組織。ジャックの率いるトリョラ警備会社という表の暴力組織。副区長という地位。全部、全部俺の力だ」
青白い肌。血走って瞳孔の開いた、瞳が沼のような眼。
大げさな身振り手振りで朗々と語るマサヨシの姿は、ジャックには悪夢にしか見えない。
「クーン、それでも、それだけではあんたには勝てなかった。全然ね。積み上げてきたものが違う。貯めてきた資金も、作り上げた組織も、人脈も、周囲に与える恐怖も、全部、全部あんたの方が勝っていた。なのに、俺が勝った。こんな風に」
銀色の筒をポケットにおさめると、マサヨシはクーンの肩に手を置く。
「どうしてだと思う? あんたは、俺を敵として見てなかった。利用できる獲物としか見てなかったんだ。俺は最初から、あんたを敵だと思っていた、打ち倒さなきゃいけないと。その差だよ」
「いつからだ、いつから、僕を」
「いつ? 最初からだってば。最初から敵だと思っていたんだ。だから、最初から、あんたを倒す気でいたし、チャモドキやシュガーの件も最初からだよ。見つけた時に、これだ、と思ったんだ。莫大な金。それがどうしても必要だったからね。俺は上の連中の意向で磨り潰される直前だったんだ。思うに、あんたの悪い癖はね、クーン、一般市民、いや、それ以下のどうしようもない連中を過大評価してしまうところにあるね。いや、自分ではそんな連中なんてゴミだと思ってるんだろうけど、無意識に自分を基準に考えてるんだ」
天を仰ぎ、焦点の定まらないマサヨシの目が、宙を彷徨う。
「俺とジャックはそういうのをよく知っている。ジャック、そうだろ?」
答えず、ジャックは衝撃と緊張に耐え切れなくなり、よろめいて壁にすがる。
「例えばツゾ。あいつが子どもを攫わせたことで俺に対して怒りを抱いているっていうのは、本当だよ。けど、あんな奴がその怒り、正しい怒りをずっと持ったままだと思ってるの? 思い出せばその時はむかつくけど、酒を飲めば忘れるし、金が絡めばすぐに尻尾を振る奴だよ。そして、力のある奴にすぐにつく風見鶏だ。今も、俺とあんたのどっちにつくかで迷っている奴だ。部下、いや、道具としたって、あんな奴を信用しちゃ駄目だ。俺を信用するようなもんさ」
くすくすと笑って、マサヨシは続ける。
「俺を裏切ってあんたに媚びへつらってるように見えた? あいつはね、条件のいい方につくためにどっちにもいい顔をしてただけだよ。ああ、つまり言いたいのは、ツゾは俺に好感は抱いてないかもしれないけど、命令はちゃんと聞くってこと。言ったでしょ、最初からだって。大体さ、あんな奴が『瓦礫の王』を名乗ってチャモドキを引き取るなんて考え付くと思う? そもそも、腕利きの部下と一緒に動いていた俺を気づかれず尾行して、警備が厳しいスヴァンの家に忍び込むなんてできると思う?」
最初からだよ、とマサヨシはもう一度繰り返す。
「最初からなんだ。チャモドキ栽培、そしてシュガーのことを知った時、その時から俺の計画はもう出来上がっていた。俺がシュガーで大儲けするための計画がね。そのためにはまず、スヴァンに話を通さなきゃいけない。けど、ジャックの信用している腕利きの連中がスヴァンの家を監視している。だから、知り合いの獣人に忍び込んでもらった。口が堅くて、クスリの密売なんて悪事にも抵抗が無くて、そしてそういう場所に難なく忍び込める人材」
それが誰なのか、すぐにジャックには分かった。おそらく、クーンにも。
「そう、タイロンだよ。おかげで、殺し屋の仕事じゃない仕事ばかりさせられてるって文句を言ってたけどね」
そして、腹を抱えて笑い出す。
「いやあ、本当に信じられない。全く、あんたの言う通りだよ、クーン。タイロンは有能すぎる個だ。俺の弱みを全て握っているし、フリーランスだからいつ敵側についてもおかしくない。だから、雇い続けるしかない。向こうもそれを分かっているから、どんどん料金を吊り上げてきていてね。いや、商売としては当然のことだけどさ。頭を抱えてたところなんだ。まさか、まさかあの化け物を殺してくれるなんて、いやあ、俺はついてる。こんなに都合のいいことがあるとは思わなかった」
夢みたいだ、と涎をたらして大笑いしながら、マサヨシは言う。