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終わりの始まり2

「他の強国に怯え続ける、弱国の王。『青白い者達』の王には、ぴったりだ」


 呟くマサヨシに、


「では、君はこう言いたいわけだ。ノライの王があの狂人達を率いていたと。そして、ハンクを筆頭にその腹心の臣下達がそれを手伝っていた。だが、信じられないな。それを、あの『料理人』が手伝っていたと?」


 半信半疑の様子のクーンが、口を出す。

 クーンの周囲の男達は、話の成り行きにただ目を白黒させている。


「確かに、優秀な人間だったら、自分の国の王様がそんなことをしていたら、隠蔽工作はするかもしれないけど、手伝いはしないよね。それよりも、二度とそんなことが起こらないようにその狂った王様を地下牢にでも閉じ込める。で、誰か適当な奴を後釜に座らせる。為政者はそうするはずだよ。『料理人』だって、それをしたかったはず。でもそれができなかった。ノライでは」


「ん、そうか」


 太い指でクーンは自らの喉を撫でる。


「それをできない、のか。ノライでは」


「さすがに、そこの事情も掴んでるんだ。そう、どうも、ノライは弱国だっていうこともあって、王族で自分が王になりたいって気概のある奴がいなくてさ、後継者探しにハンクが四苦八苦してるって話だった。その状況で、今の王様を牢屋に放り込むわけにもいかないでしょ?」


「ふん、なるほど」


 どうやらクーンはこの会話を楽しんでいるようで、顔には微笑が浮かび、声も僅かだが弾んでいる。だが、それは彼の不気味さを加速させるだけだ。

 この状況下で、会話を無邪気に楽しんでいる異常性に、配下のはずの周囲の男達が、おそらくは無意識にだろうが、眉をひそめている。


「ははあ、数年前からの王の病も、それで後継者を血なまこで捜しているという話も、ひょっとして真相はそれか。ハンクが王を軟禁して、どうにか完全に閉じ込めるために後釜を捜していたんだな」


「そう。『料理人』からすれば、気が気じゃなかったはずだよ。もし万が一、これが公になれば、ノライは世界の敵だ。集中砲火を浴びて消滅しちゃう。けど、一向に後継者は見つからず、そうこうしているうちに自分もいつ時間切れになってもおかしくない状況になった」


「ふん、『料理人』も寿命には勝てない。まてよ、すると」


 はっとクーンが目を開く。


「あの戦争の勝敗、ノライがロンボウに吸収された結果も、ひょっとしたらノライの王を、王ではなくすためのハンクの計画か?」


「今となっては、どこからどこまでが計画だったのかは分からないけど、その要素はあったはずだよ。とにかく王を外したかったんだ。結果、国自体がなくなってしまったわけだから、全部が全部、最初から計画だとは思えないけどね」


 喋りながら、マサヨシは自分と会った時に、果たしてあの老人がどこまで計画していたのかとふと不思議に思う。


「ふむ、ふうむ、じゃあ、君は、捜査はまだ進んでいないけど、推測では黒幕に辿り着いていたわけだ。そこまでは分かった。それで、そのことがどう君が襲われたことと関係がある?」


「そうだね」


 とんとんと壁を指で叩き、マサヨシは息を落ち着けている。

 思い切り蹴り上げられた腹の痛みは、今になってようやく治まってきている。


「フリンジワーク。元々は『無能王子』なんて呼ばれていたらしいけど、あいつはかなりの切れ者だよ。多分、奴はハンクが存命中にそれに気付いていたんだ。だけど、『料理人』が生きているうちに、その超ど級の爆弾を弄ろうという気にはなれなかった。何を仕掛けられるか分からないからね。だから気付かないふりをしていた。多分ね。けど、ハンクが死んで、フリンジワークはとうとうそれを使う気になったんだ」


 そして、親指で自分を指差す。


「俺を使ってね。シュガー撲滅を、俺を使ってやらせようとしてきたんだ、あの男は」


「それは知っている。そこまではね」


 平然と言うクーンにマサヨシは思わず舌を巻く。

 どうやってそれを知っているのか。思った以上に、クーンの手は長い。


「つまり、俺にノライの元王様を告発させてやろうとしたんだよ。で、ノライを完全に解体して、ロンボウに組み込む。それが奴の計画だった、多分ね」


「どうして、君にその役目を?」


「そりゃ、自分でやったら自作自演を疑われるでしょ。ことがことだけに、ノライ派の連中は断固として抵抗するだろうしね。けど、告発を同じノライの人間である俺がやったら信憑性は増すし、ノライ派のヘイトも全部俺に向くってわけ。あの戦争で、色々と暗躍して、アインラードを初めとした各方面に恨みを買ってる俺なら、スケープゴートにはうってつけだ。誰からも異論は出ない。恨まれて殺されそうになっても、誰も庇わないどころか、スカイあたりは石を投げつけてくるからね」


 苦笑しつつ、マサヨシは喉に手刀を何度も当てるゼスチャーをする。


「最終的には色々と理由をつけて殺せばいい。元々そのために副区長にしたようなもんだしね。ロンボウの中に依然としてあるノライ勢力を弱体化させて、なおかつその反動は全部嫌われ者が背負ってくれる。そんな筋書きだよ。けど、多分、フリンジワークはそれを止めた」


「何故だ?」


「直感的に、分かったんだろうね。俺がそれを実行しないってことが。それやれば自分の首を絞めるって分かってるんだから、するわけはない。もちろん、しなけりゃしないで無理矢理ことを進める計画もあったんだろうけど、俺は意地汚くそういう計画を逆に利用して生き延びようとするタイプだからね。それを分かったフリンジワークは、俺を殺そうとしたわけ」


「それで」


 もう一度、クーンは銀色の筒を目の前に持ってきて、指で摘んだままでぶらぶらと揺らす。


「これは、何だ?」


「それは、コイントスの持ち物だよ」


「そう。部下からの報告でもあった。これは、コイントス、あの狂人のものだ。だが、何故だ? 奴は、スカイ、というよりレッドソフィーの教団と親交のある狂人だ。それが、どうしてフリンジワークのために君を襲う? それに、なによりも」


 いつの間にか、クーンの顔からは表情が消えている。


「どうして、そのコイントスを君が返り討ちに出来る?」


 答えなければ、殺すと口調の端に含ませて、クーンが問う。





 商談に向かう前の車中、マサヨシがそれなりのスーツをびしりと着こなしていると、先輩はそれを鼻で笑った。


「お前、そんな格好してどうするんだよ」


 言う先輩のスーツは、明らかにサイズが合っていなかった。ひょっとして、成人式で買ったものを未だに着ているんじゃあないかと疑わせるようなサイズ感とデザインだ。また、着こなしもどこかぎこちない。


「え?」


「よく言うだろ、第一印象が九割って」


「ああ、はい」


 だから、格好には拘っているというのに、文句を言われる意味が分からない。


「俺らの仕事がどんなものなのか、もう分かってるだろ」


「ええ」


 要するに、ペテン師だ。


「だったら、第一印象で、隙だらけに見せないでどうするんだよ。第一印象で、頼りない、あほな、逆に食い物にされそうな奴だと思われてなんぼだろ。そうしろよ。能力を信用されるってことは、警戒されるってことだろ」


 流れる車窓の景色を眺めながら、先輩は口を曲げて笑う。


「ネクタイくらい曲げていけ」


 そう言った先輩は、それから三ヵ月後にネクタイで首を吊って死んだ。「こんな生き方が嫌になった」という、一言だけの遺書を残して。





「第一印象は裏切るためにある。自分の印象は操作できる。コインを投げて、裏表を問う。当たれば見逃して、当たらなかったら殺す。完全な狂人だと思う。それだけ聞いたらね。そのルールで殺す人間と殺さない人間を決めていると。けど、本当にそうかな? 俺はずっと疑問に思っていた。大勢の見ている前ではコインの裏表を訊いて、当たった奴は見逃す。でも本当にそいつをどうしても殺したければ、二人きりで他の目がない時に殺せばいい。コインが裏だろうと表だろうと。そうすれば、殺したい奴は殺すことができる。狂人だという印象を世間に持たれたままね。現に、俺を殺すつもりの時はコインを投げて質問してきたのに、状況が変わって俺を殺すのを中止せざるを得ない状況下では、あいつはコインを投げることすらしなかった」


 無意識に、今はないネクタイをなぞるようにマサヨシは指を首に這わせる。


「第一印象が偽装されたものだと仮定すると、本質は何なのか。まあ、その本質を隠すための偽装だから、第一印象の正反対だ。だったら、あいつは何者だ? 意味の分からない理由で殺す人間を選ぶ、狂人。その反対。誰にでも分かりやすい理由、つまり金のために人を殺す、殺し屋だ。タイロンの同類さ」


 そうして、マサヨシはあの恐ろしい聖女の顔を思い浮かべて、思わず皮肉さに口の右端だけを吊り上げて笑う。


「コンビを組んでいた彼女は知らなかっただろうけどね。慈愛を旨とする教団でも、あそこまで大きくなれば色々と後ろ暗いことをせざるを得なくなる。それを、殺し屋に外部委託してたんだと思うよ。そういう意味で、便利な存在だったんだ」


 そこで、唐突にクーンが傍らの男からこん棒をむしり取ると、無造作にそれを振り上げ、思いきりマサヨシの肩に叩き付ける。


 不意を突かれたマサヨシは、首筋から脳天、そして逆に足元まで貫くような衝撃に襲われ、眩暈と共に片膝をつく。


「話が長いな。僕が訊きたいのは、どうやって彼を倒したのかということだ」


「あ、ああ。けど、必要な説明だったんだ」


 しびれてうまく回らない舌で、何とかマサヨシは答える。

 吐き気をおさえながら、続ける。

 喋っている間は、死なない。多分。


「とにかく、第一印象が偽装だと仮定すると、他の全てにも何らかの意味があるはずだと思った。コインを投げるのも、裏表を訊くのも、それから、あの奇妙な服装にも。そして、突然頭から血を吹いて絶命したって証言を何度も考えた時、俺の中でその正体が分かった気がしたんだ」


 額を拭う。脂汗でじっとりと濡れている。


「まず、魔術じゃない。エルフじゃなさそうだしね。だとしたら、相手に触れずに殺す方法は、飛び道具だ。そう考えた時に、パズルのピースがはまった。コインを投げて、裏か表を訊く。そうすれば、相手の意識は必ずコインに集中する。その隙に飛び道具を構えているのだとしたら? けど、堂々と構えればさすがに気づかれる。じゃあ、見えないところで構えればいい。あの奇妙な布の下だ。奴は白と黒でまだらに染められた布をすっぽりと纏っている。あの模様、あれは、その布の向こう側での動きを悟られないための模様じゃないのか。そう思った。つまり、こうだ。片手でコインを扱う。誰もがコインに注目する。その隙に、もう片方の手で布の下で小型の飛び道具を悟られないように相手に向けて構えて、ズドン」


「とすると」


 クーンの見開かれた目が、自分の掴んでいる銀色の筒に向く。


「これが、その飛び道具か」


「そう。まだ、どういう仕組みかまでは分からないけど、どうもその筒から杭みたいなものを発射するみたいだ。火薬かな? ともかく、俺は最初から、そこまで予想していた。だから、奴に襲われたらどうするかも決めていたんだ。実際、スカイとの関係からすると襲われてもおかしくなかったわけだからね」


 もう血の止まっている、欠けた耳を指さす。


「相手がコインを差し出したら、その瞬間に前に出る。相手は一撃必殺で頭か心臓を狙うだろうから、地面に自分の頭を叩き付けるくらいの勢いで頭を下げながらね。で、同時に剣を抜いておいて、倒れこみながら、見ないままに思いきり横殴りに叩き付けた。結果が、これ。杭は俺の耳をかすって、剣はコイントスの腸を切り裂いた」


「なるほど」


 興味深そうに、ためつすがめつクーンは銀色の筒を見ている。


「ねえ」


「うん?」


「ここまで、正直に話したんだ」


 ようやく感じるようになった肩の痛みに顔をしかめながら、マサヨシはクーンに言う。


「そっちも、教えてくれてもいいんじゃない? 色々とさ」


「ふうん、まあ、冥土の土産としてはいいかな。だが」


 衝撃。気づけば、マサヨシは地面に倒れている。今度は顔を横殴りにされたのだ、と分かる。そのまま、上から頭を踏みつけられる。


「君の冷静さが詰まらないな。話していても面白くない。話す気になれないんだ。少しは動揺してもらわないと。ほら、そうやって地面にくっつけていると、彼の死にざまがよく見えるだろう? 何か気づかないか?」


 歪んだマサヨシの視界に、同じように床に倒れる姿勢で絶命しているクライブの姿が映る。その生前からは想像もできない壮絶な死に顔。目は見開き、歯は限界まで食いしばられ、その隙間から血があふれ出ている。


「ああ」


 そして、マサヨシは気付く。

 殴られた衝撃でぼんやりしている意識の中で、その気づいたことをそのまま口にしてしまう。


「外傷が、ない」


「そうさ」


 愉しそうなクーンの声が降ってくる。ごりごりと顔を踏んでいる靴がねじられる。


「彼は自殺だよ。君に詫びていたぞ、マサヨシ」

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