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終わりの始まり1

 痺れと吐き気。

 それに包まれて、目が覚める。


「う」


 唸ろうとしただけで頭ががんがんと鳴り、また吐き気が酷くもなる。

 身動きしようとするが、全身が鉛になったように重い。それでも、手足をゆっくりと動かしているうちに吐き気はおさまり、痺れもマシになってくる。


 目を開ける。強烈な目眩い。それも、数秒でおさまる。

 立ち上がり、周囲を見回す。


 そうして、ようやく。

 マサヨシは自分がいるのが、簡素な木造の一室だということを認識する。


 家具の類が一つもないから簡素に見えるが、粗末ではない。床も壁も天井も、重厚な趣のある、おそらくは高級な木材を使ったものだ。

 窓はない。複数のランプが明るく部屋を照らしている。

 両開きの、人が二人は同時に通れる程度の大きさの扉が一つ。

 部屋の広さは、安宿の一室と変わらない。ただ、ベッドすらないから、少し広く見える。


 そして、傍らに誰かが転がっている。こちらに後頭部を向けて、丸まって転がっている。


「ああ」


 声を出してみる。出せる。もう吐き気もない。


「クライブさん」


 顔を見なくとも、体格や服装、髪型で分かる。

 だから、マサヨシはその転がっているクライブに声をかけてみる。

 返事はない。分かっていた。


 扉の開く音。

 そちらに顔を向ける。


 最初に入ってくるのは、短刀や棍棒のようなもので武装した、数人の体格のいい男達。人相も悪い。

 思わず、マサヨシは自分の武装を確認するが、腰の剣も、懐の短剣も奪われていた。


 そして、その男達の後ろから、ゆっくりと、見覚えのある男が入ってくる。

 恰幅がよく、その体を包むのは高価そうな服。太い眉、鼻筋、唇。


「やあ」


 クーンに声をかけられ、マサヨシは黙って肩をすくめる。


「質問がある。これは、何だい?」


 にっこりと、人を安心させる笑みと共にクーンは懐から、銀色の筒を取り出す。人の掌ほどの長さの銀色の細い筒に、マサヨシは見覚えがある。

 だが、答えない。


 次の瞬間、マサヨシは吹き飛んでいる。

 腹。腹に、男達の一人が思い切り蹴りを入れてきたのだ。

 そう認識する頃には、既にマサヨシは蹲り胃液を吐き出している。


「答えるんだ、マサヨシ。僕が聞いているんだよ。そっちが答える。分かるだろう?」


 クーンが男達の先頭に歩み出てくる。


 ゆっくりと顔を起こして、マサヨシは口を拭う。


「分からないな、クーン。どうして俺がここにいるのか、あんたが何故俺をこんな目に遭わせるのか、全く分からない」


「困ったな。買い被りすぎたか? 頭の回転が速いと思っていたのに」


 眉を寄せるクーンの表情は、本当に困っているようにしか見えない。


「それに」


 マサヨシはちらりと足元の、それに目をやる。


「クライブさんは、どうして?」


「ああ、それか。うん、そうだな。この銀色の筒も気になるが、本当に気になることは別にある。スムーズに話を進めるために、最初から話していくとしようか」


「一つだけ、確認をいいかな?」


 そのマサヨシのセリフに、男の一人が棍棒を振り上げて前に出ようとするのを、クーンは片手を上げて止める。


「注文の多い男だ。何だい?」


「俺は、殺されるのか?」


 一瞬、沈黙と共に男達が顔を見合わせる。その中で、クーンは眉一つ動かさず、まっすぐにマサヨシを見たままで、


「ああ、そうだ。僕の質問に答えれば楽に、答えなければ苦しんで殺される」


「オーケー、それだけ確認したかったんだ」


「それじゃあ、話を続けても?」


「どうぞ」


 そのやりとりを眺めていた他の男達は、一歩下がるようにしてクーンとマサヨシから距離をとる。隠してはいるが、その目には恐怖がある。


「まず、彼だ。名前、なんだっけ?」


「クライブ」


「そう、クライブ。彼には罰を受けてもらった。いや、失敗は彼のせいではない、不確定要素のせいだったんだがね。それでも、結果が全てだ。世知辛いことだ」


「失敗、っていうのは、何のこと?」


「君の捕獲だよ。いや、今や君を捕獲しているが、本来ならもっと早く、あんなに方々に手を回さないで済むはずだったんだ」


 頭が、痛い。

 今になってずきずきと痛み始めた頭を抱えようとして、ざらりとした感触を感じる。

 マサヨシは、自分の頭が割れていて、流れ出た血が固まっていることに今更気付く。耳からの血は止まっている。


「ああ、悪い、意味が、よく分からないんだ」


「そうか? ああ、ほら、襲われただろう、あいつに、あいつ、ほら、コイントス、コイントスだ」


「ああ」


「あれは、アクシデントでね。奴が襲わなかったら、僕の部下が君を拉致するつもりだったんだ。そのために人払いをしていたのに」


「じゃあ、あいつはあんたの差し金じゃあないのか」


 呟いて、マサヨシの痛む頭が回転を始める。

 ここで、嘘をつく意味はない。ということは真実だ。なら、あれは誰の? スカイはありえない。コイントスは完全に自分を殺すつもりだった。このタイミングでスカイが自分を殺そうとするはずがない。だとしたら。


「そう、だから知りたいんだが、君にあのコイントスとかいう変わり者を差し向けたのは誰だい? ああ、なるほど、見当はついたようだ」


 マサヨシの表情を読み取ったクーンは話を進める。


「誰だい? さっさと言ってくれ。もう、君の注文はきかないし、駆け引きも通用しない。言うまで痛めつけるだけだ」


 その言葉に呼応して、男達が一歩前に出る。


「フリンジワークだ、多分」


 マサヨシは、疲れた声でそう言う。


「確証はないが、そう思う」


「ほう? あの、ロンボウの次期トップが? 一体、どうして? それに、コイントスがそこに何故出てくる? 疑問は尽きないな。全て説明できるかい?」


「推測でよければ」


「聞こうじゃないか」


 クーンは腕を組み、壁に寄りかかる。


「そもそもは、そうだな、きっと、事の発端は、シュガー、いや、『青白い者達』なんだ」


「そう、君はずっと『青白い者達』の黒幕を辿っていたな。もうすぐで、辿り着けそうだったのだろう? ああ、驚くことはない。僕の手は広い。言っただろう、そもそもの力が違う。君の動きはある程度分かっているさ」


「それでも、ここまでは分からない」


 マサヨシはとんとんと自分の頭を指で叩いてみせる。


「ん?」


 首を捻るクーンに、


「推測の上では、俺は既に『青白い者達』の黒幕に辿り着いていた」


「面白い」


 とろけるようにクーンの顔に笑みが広がる。


「そういう話を待っていたんだ。誰だい?」


「俺達が分かっていた条件の一つ目は、『青白い者達』の活動とシュガーの流通のための巨大な組織を創設、そして運営するための権力と資金を持っていること。そして、二つ目は、にもかかわらず、猛烈な劣等感、自分がどうしょうもない弱者だと思っていて、世界に猛烈な憎しみを抱いている。そんな存在だ。そして三つ目」


 言葉を切り、呼吸を整えてから、マサヨシは続ける。


「親玉の見た目だ。『青白い者達』は、見た目からして異常だ。あの、血の気のない青白い肌。その黒幕の見た目が普通じゃあない可能性は高いと思っていた。だが、それなら見つかったり噂になっていてもおかしくないはずだ。だとしたら、一つ目の条件にも通じるけれど、外に出ず衆目に晒されることなく生活が可能な環境があるはずだ」


「そんな条件を満たす対象が、見つかったのか?」


「中々見つからなかったよ。捜査も少しずつしか進まなかった。いらいらしていたけど、ふと思ったんだ。逆じゃないか、と」


「何?」


 いつの間にか、クーンはマサヨシの話にわずかずつだが引き込まれているようで、壁から背を離している。


「そもそも、俺達の調査が進むことの方がおかしかったんだ。だって、そうだろう? 『青白い者達』は世界の敵だ。色々な国が総力を挙げて今まで調査して、それで尻尾をつかめなかった。それが、俺が尻尾を掴んで、そして僅かずつではあるけれど捜査を進めていけている。このことがおかしい。つまり、こういうこと。それまで『青白い者達』を隠していた力が弱くなったから、俺達が捜査を始めて、そして進められているんじゃあないのか? じゃあ、そのきっかけは? あの、戦争だ。あの戦争で、ノライは負けた」


 いつしか、マサヨシはクーンを見ずに、ただただ喋ることに没頭している。目の前の空間を凝視するようにして喋り続ける。


「それだけじゃあない。『料理人』が、ハンクがとうとう限界が来た。あの戦争とその処理で精根尽き果てたようになって、ついには最近死んでしまった。これが、『青白い者達』を守る影響力が衰えた原因だったとしたら? 一体、『青白い者達』の親玉とは何者だ?」


 そこまで語って、ふと我に返ったようにマサヨシはクーンに視線を合わせる。


「どう、思う?」


「そう、か」


 既に、クーンの目は目一杯に見開かれている。

 マサヨシの話から、クーンにも誰のことを言おうとしているのか、理解できたのだ。


「そういうことか」


「証拠があるわけじゃあない。あくまでも、推測と仮説を積み重ねたものではあるけどさ」


 クーンを、そして後ろの男達を睨みまわしながら、マサヨシは唇を舐める。


「おそらく、少なくとも現時点での『青白い者達』のトップは、ノライ王だ。いや、『元』王、かな」


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