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73/202

消失1

 白銀の支店は昼食時ということもあって混雑している。

 大勢の客が、大声で怒鳴り合ったり、粗野な笑い声を上げたりしている。真昼間から酒を飲んでいる客も多い。

 その客の海を、特徴的な金髪が揺れながら動いている。


「ベッキーも大変だな」


 久しぶりに来た視察で、マサヨシはその繁盛ぶりに目を細めて、呟く。


 クライブは鍋を振りながら、困ったような笑みを浮かべる。


「いやあ、カミさんには、本当に苦労かけてるよ」


「その分儲かってるでしょ、ここまで繁盛してるんだからさ」


 フランチャイズ第一号のこの店を流行らせたクライブには、マサヨシは感謝していた。この店が大成功を収めているからこそ、他からも次々とフランチャイズの申し込みがあった。

 正直なところ、他のことで手一杯で白銀の経営にまで手が回らなかったマサヨシにとっては渡りに船だった。

今持っている酒場を全て渡し、なおかつそれ以上の希望者には新しい店舗をミサリナに用意してもらうことで、自分は特に何をしないでも継続的にそれなりの収入が懐に入るようになっていた。


「それにしても、兄ちゃん、珍しい友達連れてるな」


 そのクライブの指摘に、マサヨシは黙って片方の眉を上げる。


 マサヨシの隣、カウンターに座っているのはザイードだ。その恐ろしいほどの美形のエルフは、雑多な人種のいる白銀の店内でも明らかに浮いている。

 だが当の本人は気にする様子もなく、トリョラ産の酒を傾け、黙ってその味を楽しんでいるようだ。


「おい、オヤジさん、ちょっと」


 他の客に呼ばれ、


「はいはい」


 クライブが離れると、ザイードはその切れ長の目をゆっくりとマサヨシに向ける。


「それで?」


「それでって?」


「どうして、ここに?」


「安心できるんだよ。俺の周りは腹に一物あったり、どこか危ない奴しかないから、こういう」


 顎でクライブと走り回っているベッキーを示す。


「気を許せる奴の近くで飯を食いたかったんだ」


「なら、どうして僕を呼んだ?」


「親睦を深めようと思って、待て待て、嘘だよ、もちろん。そんな物騒な目をしないで」


 ザイードの目が細まるのを見て、マサヨシは慌てて手を顔の前で振って、


「捜査が遅れてる。それを謝ろうと思ってね」


「迫ってはいるんだろう?」


「ああ。けど、それでも当初の予定からすると明らかに時間がかかってる。申し訳ない」


「分かるさ。その理由もね。シュガーというブツの流れを追うことしかできなかった、そうだろう?」


「ああ」


「僕も調査に参加していたから分かる。妙な話だが、金の方の流れがうまく追えなかった。よほどうまく隠ぺいしているのか、それとも」


「汚れた金を真っ当な金に変えてしまう、黒を白に変えるほどの力を持っているか、だ」


「嫌な気分になるのは」


 艶やかな唇を、ザイードは赤い舌でちろりと舐めて、


「どちらも、金の流れが不鮮明なことだ。『青白い者達』のルートはもちろん、例の『瓦礫の王』のルートも。シュガーを追うことで厄介な二大勢力を敵に回すことになるかもしれない」


 無言で頷いてから、マサヨシは自分の前に置いてある氷のとけかけたグラスをしばらく見つめ、


「ザイード。あんたは、俺があんたの調査に協力することと引き換えに、あんたが俺にくれるもの、覚えているか?」


 不意に話を変えたが、ザイードは戸惑いを一切見せず、


「ああ。アドバイスだ。君が生き延びるための」


「今こそ、知りたいもんだな、アドバイスを。俺は、どうすればいい?」


 目をザイードに向けて薄ら笑いを浮かべるマサヨシだが、目は笑っていない。


 目線が交差して、そしてザイードは目を逸らす。


「君にアドバイスはできない。だって君は、僕に嘘をついているだろう?」


「知ってたのか」


「だが、嘘をつく理由も分かる。生き延びたかった、そうだろう? だから、僕は黙認した。それで、差し引きゼロとはならないかい?」


 返事を待たず、金貨をカウンターに置いてザイードは颯爽と席を立ち、出ていく。


「あれ、兄ちゃん、友達、先に帰るのか?」


 クライブがひょいと顔を向けてくる。


「いいんだよ」


 氷がとけたせいで水っぽくなった酒をマサヨシは流し込む。


「嫌われたんだ。それも、まあ、仕方ないさ」





 直立しているメイカブ。その不満げな顔を眺めて、眉をしかめながら椅子に座っているフリンジワークは足を組み替える。


「仕方ないだろう?」


 メイカブは無言。


「わざわざアインラードから呼び戻したのに、結局仕事なし、というのが不満なのは分かる。けど、お前を使わずに済むなら使わないさ。その手段が戻ってくるまでに見つかったんだ。そっちを選ぶ」


 ボトルから直接ワインを流し込み、口の端からこぼれたものを手で拭う。


「とにかく、これは俺の判断だ。実際に話してみて分かった。利用しようとしない方がいい。『ペテン師』は、さっさと死んでもらうべきだ。後のことは後で考える」


 酔いで充血したフリンジワークの両目が見開かれる。


「『料理人』の仕掛けは、『ペテン師』の死をもって終わる。それでいい。あの老人の亡霊も成仏させてやらないとな」


「俺は、またアインラードに戻れば?」


 ようやく、諦めたようにメイカブが口を開く。


「いや、その前に、やって欲しい仕事がある、『勇者』殿」


 そして、フリンジワークは目で近くに寄れと命令する。

 寄ってきたメイカブの耳に、何事かを囁く。





 夜道、人通りの多い道を選んで、マサヨシは借りた部屋に帰る。

 一ヶ月前に借りたばかりの部屋だ。最近は、部屋を一月ごとに変えている。


「何だ?」


 思わず、独り言をマサヨシは口にする。

 人通りの多い道を選んで帰っていた、はずなのに。角を曲がったところで、急に人気が少なくなっている。


「まずいかな」


 薄く笑う。まださっきの酔いが残っているせいで、テンションがおかしい。


 しかし、その笑みもすぐに消える。

 人気が少ない、どころではなくなっている。いつの間にか、人が、一人もいなくなっている。

 真っ暗な夜道、店も閉まっている。いや、この時間なら開いている店もあるはずだ。それが全て、閉まっている。


「やられた」


 明らかに人為的なものだ。金を握らせたか、人を使ったか、あるいはその両方か。ともかく、誰かが意図してこの状況を作り出している。


 走り出したい足を、必死で止めて、ゆっくりと周囲を窺いながら、歩いていく。そして、本来曲がらなかったはずの角を曲がる。

 行き先変更だ。あの宿には戻らない。別の安宿に泊まることにして。


 そこまで考えたところで、足を止める。


 角を曲がった先。

 そこに、老木のように人影が立ち尽くしている。


 闇に浮かび上がる白と溶けこむ黒のまだらの布。

 既に人影は片腕を差し出している。その手に握られているのは金貨。


「コイントス」


 呟く。


「表か、裏か」


 そして、コインが弾かれる。


 マサヨシは、笑って。


「裏」


 一歩、前に踏み出す。





「失敗だな」


 民家の屋根の隅に屈み、成り行きを見守っていたメイカブは、呟いてその場を去る。


「せっかく、名高いコイントスと戦えると思って喜んでいたのに、こんなオチか」


 ため息の後、口を歪めるようにして笑う。


「まあいい。フリンジワークの奴がこれで慌てるとしたらそれはそれで見物だ」


 そうして、メイカブの姿は完全に消える。

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