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ハイロウへ2

 マサヨシとミサリナが拍子抜けするほどに、あっさりとハイロウに到着する。


 ハイロウとはトリョラとは対照的に、静かで落ち着いた町並みだった。

 道路は広く、建物もどれも大きなものばかりだ。町の中心部から少しだけ離れたところには、広がっている田畑が見える。


「終わった終わった、いやー、終わったわよ」


 荷車を曳きながら数箇所の店を周り終え、晴れ晴れとした顔でミサリナが戻ってくる。


「どうだった?」


「決まってるでしょ、大儲けよ。この荷車も下取りしてもらえるから、さっそく馬車を買わなくちゃ。いよいよ、ミサリナ商会の本格始動ってわけ」


 ガッツポーズをしてみせるミサリナ。

 金銭を手に入れて余裕が出たからか、傍から見て分かる野心のぎらつきもそこまで気にならなくなって、マサヨシには初めて歳相応の少女に見える。


「あー疲れた。でも、今日はとりあえず宿に泊まろうかしら。昨日、警戒しながらだからロクに寝てないし、水も浴びたいし」


 そう言って、何故かちらちらとミサリナがこちらに目をやる。


「いいんじゃない? でもさ、その前に」


「もちろん、冗談よ」


 にやっと笑ったミサリナが皮袋を投げてくるので、マサヨシは慌てて受け取るが、その重さに取り落としてしまう。


「3500ゴールドあるわ。受け取って」


「ありがたいね」


 拾い上げて、ようやくマサヨシも笑みをこぼす。

 これで、しばらくの間は暮らしていけるはずだ。


「マサヨシ、あなた、これからどうするつもり?」


「とりあえず、籍が欲しいんだよね。俺、不法移民みたいだから、多分」


 記憶を失っている設定なので、マサヨシは言葉を濁す。


 それを聞いて、ミサリナは目を丸くする。


「籍? どうして? 税は取られるし窮屈じゃない。別にこういう日雇いの仕事なら籍なんて無くていいし」


「あんたは籍ないの?」


「手に入れたわよ。あたしの場合は、大商人になるのが目的だからさ。籍無しの不法移民のままじゃまずいってわけ」


「いいな。俺でも手に入る?」


「そりゃ、手に入れようと思ったら、すぐに手に入ると思うわよ」


 今度は、マサヨシが目を丸くする。


「すぐに手に入る? 嘘だろ。普通、裏から手を回して、金を払わないとそういうのって手に入らないんじゃないの?」


「普通ならそうだけどさ、今のトリョラの城主って変わり者ってわけ。いや、変わり者っていうと語弊があるわね。マトモすぎる?」


 しきりにミサリナは首を傾げる。


「とにかく、その城主に頼めば何とかなるってこと?」


 信じられず、マサヨシは確認する。


「そうそう。それだけじゃあなくて、相談にも乗ってくれるはずよ。どうして籍が欲しいわけ?」


「マトモに、平穏に生きたいだけだよ」


 心底、マサヨシは言う。

 前の世界ではできなかった生き方だ。人に憎まれたり、命の心配をせずに、日々をおくれるなら、そんなに嬉しいことはない。


「へえ、そうなの。なら、彼女は快く協力してくれるはずよ。そういう生き方したいなら、籍が必要なのも分かるわ」


 そうして、ミサリナはペンと紙を取り出す。


「簡単なものだけど、紹介状を書いてあげるわ。じゃ、縁があったらまた会いましょ」


 紹介状を渡すと、そのままくるりと後ろを向いて、振り返ることなく颯爽とミサリナは去っていく。

 祝杯でもあげるかと思っていたマサヨシは肩透かしを食らったような気持ちでそれを見送る。

 さっぱりしている少女だ、と感想を抱く。

 じゃあ、すぐにトリョラの城へ、とも思ったが、ミサリナが言うように昨日ロクに寝ていないし、水も浴びたい。とはいえ、さっき別れたばかりなのにミサリナと同じ宿に泊まるのも何だか決まりが悪い。


 しばらく迷った後、マサヨシも後ろを向いて少しだけ歩き、


「すいません」


 通りかかった中年の男に声をかける。


 少し頭髪の薄くなった金髪、碧眼の男は、黒髪と黒い瞳のマサヨシに驚いたのか、一瞬怯えた顔をする。


「宿ってありますか? その、こっちの方向で。逆方向じゃなくて」





 ミサリナは振り返り、逆方向に去っていくマサヨシの後ろ姿をちらりと見て、ため息をついてまた歩き出す。

 祝杯をあげよう、とか、御礼に料理でもどう、とか、こういう時は男から女を誘うものだろうに。


「気が利かない男ね」


 呟いて頭を振ったミサリナの脳内にはもう、マサヨシはいない。

 すぐに仕事だけに切り替えられるのは彼女の特技の一つだ。

 馬車を買って、自分の商会を本格的に立ち上げる。資本金はできた。馬車を買って商品を仕入れて、護衛を連れて町から町へと移動することができる。

 ここからだ。

 ミサリナの中に野心が燃え盛る。





 水を浴び、パンと卵、そしてハムをしっかりと食べ、ぐっすりと寝て英気を養った後、マサヨシはトリョラに戻った。

 日の高いうちに、大きな荷物なしでさっさとハイロウからトリョラに戻ったので、行きの三分の一程度の時間で帰ることができたし、当然賊にも会わなかった。

 馴染んでいたわけでもないのに、雑多な雰囲気のトリョラに戻ると、何となく懐かしい気分さえしてくる。

 戻って、まずマサヨシがしたのは服を買うことだった。

 さすがにスウェットのまま、というのはそろそろやめたい。金も手に入ったことだし。

 ということで、露店に売ってあったなるべく安い黒のスラックスと白いシャツを買って身につける。それと革の靴もだ。

 特に洋服にこだわりがあるわけではなく、これから城主と会うのだからなるべくちゃんとした格好をしようと思っただけだった。


 交渉の基本その6。

 第一印象は恰好で決まる。外見から入ることも大切だ。


 町行く人に城の場所を聞くと、どうもトリョラの中心部から、東に少し行ったところに城があるようだった。城の周辺は、辺鄙なところらしい。

 この後に及んで更に歩かなければならないことに辟易としながらも、マサヨシはそちらに歩いていく。

 どんどんと道が広くなり、代わりに建物が減っていく。

 やがて、低い岩山が無数にあるような歩きにくい地形になっていき、遠くに見える岩山の一つがどうにも人工物のように思えてくる。

 ひょっとして、あれか?

 マサヨシの予想は当たり、近づくにつれてそれが小さな城であることが分かってくる。


 鎧を着込んでこちらを胡散臭げに見ている門番に、城主に会いたい旨を伝えて紹介状を渡すと、しばらくの間その小さな城でマサヨシは待たされる。もっとずっと待たされることを覚悟していたが、体感時間としては十分くらいで、


「城主がお会いになるそうだ」


 そう言う門番の兵士の口調は、「うちの城主も会わなければいいのに」という感情を豊かに表している。


 ともかく、マサヨシは城の中に進む。





 どうして、あの男が?

 ワーウルフの三人組の賊、そのリーダー格であるツゾは目を見張る。

 ツゾはぼろを頭からかぶり自らの姿を覆い隠して、岩陰からずっと城を見張っていた。

 理由は、見たこともない黒髪黒目の男、グスタフの使いだという男から城が囮を使うという話を聞いたからだ。城で何かおかしな動きがないかどうか、それを確かめるつもりだった。

 それが、どうしてあの男が、城の中に入っていく?

 見間違えるはずもない。ツゾが見たのは、黒髪黒目の男、あのグスタフの使いという男が城に入っていく姿だった。

 黒髪に黒目、見たこともない特徴の人間が二人もいるはずがない。同一人物だ。

 どういうことだ?

 ツゾの背筋を冷たいものが通る。

 奴自体が、囮ということか? 奴は、城に所属しているのか?


 ツゾはワーウルフだ。

 このエリピアでは白い目で見られる、いわゆる獣人の一種。差別主義者の中には獣人自体を獣の一種と見る者すらいる。

 向こうがこちらを化け物として扱うなら、こちらも化け物らしく振る舞うだけだ。

 そう考えて、ツゾは仲間と共に殺し、奪って生きてきた。

 

 獣人族が皆そうであるように、ツゾの先祖もまた、獣人の大陸である暗黒大陸から逃げ出してきたらしい。ツゾの親も、その親も、暗黒大陸は地獄なのだと、実際に目で見たわけでもないのに繰り返していた。

 ツゾには、それが本当なのか分からない。ただ、今の状況が地獄ではないのは分かっている。城の連中にさえ気を付けていれば、こちらが狩る側。圧倒的に有利。国も、不法移民がほとんどのトリョラの連中を守るために本腰は入れない。それなりに殺して、それなりに奪っていれば生きていけるぬるま湯。それがツゾの認識だ。

 だからこそ、そのぬるま湯を奪いかねない人間は見過ごせない。


「駄目だ、俺にゃ、わけがわからねえ」


 ツゾは呻く。

 元々、頭を使うことは得意ではない。

 ランゴウに相談することにしよう、と決めてその場を去る。


「待てよ、あいつ……『青白い者達』なのか?」


 ふと、その単語が過ぎるが、すぐにツゾは頭を振ってその考えを追い出す。

 そんな訳がない。もしそうだったとしたら、今すぐこの町を逃げ出すべきだ。

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