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コイントス3

 スヴァン宅で、聖女とマサヨシは二人きりにしてもらう。

 殺される、と最後までジャックは心配していたが、とにかく大丈夫だと言い聞かせて、ジャックとスヴァンには家の外にいてもらう。

 コイントスとタイロンはいつの間にか消えていた。


「座りなよ」


 先に椅子に腰掛けたマサヨシがそう促しても、部屋の隅に立ったままでいるスカイは動こうとせず、睨み殺すようにして視線だけを向けている。


「クスリに手を出すとは。お前は終わりだ」


「かもね。俺は終わってる」


「私を殺すの?」


「どこかの国じゃあないんだから、レッドソフィーの聖女を殺したらそれこそ終わりだよ」


 そこで、マサヨシは目を細めて遠くを見る。


「あれ、全部の責任を戦死したガンツとかいう奴に負わせたらしいな。一族郎党首を斬られたって? 酷い話だ。それでも、アインラードの責任を追及する声は消えないようだが」


 音。

 なにかがこすれる音。

 それがスカイの歯軋りであることは、表情で分かった。


「貴様だろうが」


 地獄の底からのような、声。


「貴様が全て仕込んだんだ」


「考えすぎだよ。俺は」


 頭を力なく振る。


「無関係とまでは言わないけどね」


「ここで私を殺さなければ、お前は破滅するぞ」


「いいや、あんたは協力する」


「馬鹿か、貴様」


 更に鋭くなるスカイの目。


「いいから、聞いてよ。『青白い者達』の正体についてだ」


 そうして、マサヨシは長い話をする。ザイードと遭遇してから、これまでの話を。


 最初はただただ殺意しかなかったスカイの表情に半信半疑の色が現れ、そして話が終わる頃には、何かを思案し始めている。


「どう?」


「どう、とは、その与太話を私がどう思うか、という意味?」


「嘘かどうか気になるんだったら、ザイードにでも聞いてみてくれ。紹介するよ。それはともかくとして、一緒に『青白い者達』を潰す気はないかい?」


「私は、もうお前には騙されない」


「相手は、レッドソフィーとは別の神を、ハーサイト・イとかいう神もどきを信仰している最悪の集団だ。教会側として、放置しておいていいのかい?」


「見逃せというのか」


「俺を潰して、この先多くの人が『青白い者達』に殺されることを是とする?」


「そんな危ない橋を渡ると思うか?」


「思うね。スカイ、あんたは善人だ。正に聖女だ。だから、今、悩んでいる」


 視線が絡む。


 マサヨシは立ち上がり、スカイの傍まで寄る。


「協力してよ、スカイ」


「何故だ」


 呟くスカイの声には、純粋な疑問しかない。


「それをしたとして、『青白い者達』を潰した瞬間、私はお前を破滅させる。それが分かっていないわけではないだろう」


「もちろん」


「その時に殺すつもりなら、今殺すのも同じだ」


「殺すつもりはないよ」


「この人殺しめ」


「返事は気長に待つよ」


 マサヨシはそのまま家を出ると、入り口で立っているジャックの背中に声をかける。


「終わったよ」


「マサヨシさん、あいつは?」


「あとは彼女次第だ。帰ろう」


 そして、ジャックの肩に手をやる。


「それと、帰りがてら教えてよ。あの、コイントスとかいう奴のことをさ」


 そして戸惑っているジャックを置いて、さっさと歩き出す。


「いいんですかい」


 慌ててジャックが追う。


「何が?」


「あの聖女ですよ。あいつは――」


「交渉術の基本。譲ることで選択肢を奪う」


「え?」


「あいつは俺を憎んでる。だから、俺が何かを強制したら、たとえその先にデメリットしかなくても、それに逆らう可能性がある。今回のことで言えば、俺たちに殺されるとしても逆らうかもしれない」


 開いた右手を上げて、マサヨシはその手の指をゆっくりと折り曲げていく。


「だから、譲ってやった。向こうに主導権を。この場で殺し合いをするか、それとも一緒に巨悪を潰すか。それを、彼女はフラットに考えなきゃいけない。そうなると、あの件で俺を自分の命も顧みずに憎んでいるような正義感の強い彼女にとって、いきなり『青白い者達』を追う線を無茶苦茶にするって選択肢は事実上ないさ。その選択肢は」


 指を折って作った拳を、握り締める。


「潰した」


「全部、マサヨシさんの掌の上ってことですかい?」


「まさか。ここから、実際にスカイがどういう手を出すかは分からないよ。後、こっちはこっちでやれることをやるだけだ」


「やれること?」


「ツゾに連絡をとってよ。うまくやってるんでしょ、あいつ?」





 白銀の一号店、未だにその二階がマサヨシの住居になっている。

 

 ジャックを連れてそこまで戻ってきたマサヨシは、先客がいることに驚く。というか、一体どうやってここまで入って来たのか。店の連中に隠れて通り抜けたのか。


 埃舞う薄暗い部屋で、椅子に座ってその椅子をゆらゆらと揺らせていた人影が気配に気付いたのかマサヨシ達を振り向く。


「ミサリナか」


「どうも」


「どうやって入ったの?」


 喋りながら、知り合いだったことに胸を撫で下ろしつつ向かいに座る。ジャックはその横に座る。


「え? 普通に入れてくれたわよ。中で待つって言ったら」


「危機意識のない連中だねえ」


 マサヨシは苦笑する。

 ただ、店員達にとっては自分はただの酒場のオーナーに過ぎないのだから、そこまで警戒するはずもないか、と思いなおす。


「これから、ちょっとジャックと会議したいんだけど、急用?」


「まあね、緊急連絡ってわけ」


 金も力も桁違いになったというのに、未だに出会った頃と少しも違わない飄々とした態度のダークエルフは、


「コイントスって知ってる?」


 その言葉に、マサヨシとジャックは顔を見合わせる。


 そうして、それぞれの身に起こったことを話し合うことになった。


「じゃあ、あいつとスカイ、ミサリナのとこにも来たのか。何のために?」


「さあ、脅しじゃない? あんまりマサヨシに近づくなって。仲悪いんでしょ、聖女と」


「まあね。なるほど、ミサリナのとこに脅しを入れるくらいだから、向こうも結構本気だって考えた方がいいのかな。『青白い者達』捜しで時間稼いでいるうちに、対策をとったほうが良いかもなあ」


 薄暗い天井に顔を向けて、マサヨシは腕を組む。


「で、ジャック、コイントスのこと、ちょっと知ってるんでしょ?」


「まあ、小耳に挟んだ程度ですがな。ミサリナは知らんのか?」


「あー、聞いたことあるけど、てっきり御伽噺だと思っていたわ」


 ジャックはその言葉に頷き、


「実際、俺が知ってるのも御伽噺ですよ。コインを投げて、裏か表かを当てさせる変人です」


「当たったら、何か貰えるの?」


「いえ。で、外れたら殺されるらしいですな」


「あたしが聞いたことある噂もそんなもの。もともとは殺人鬼だったけれど正義の神ハローとの契約でコインを投げる時だけになったとか、冷酷な殺し屋と善人の魂が一つの体に同居しているから、コインでどちらの魂が体を動かすかを決めているとか」


 追加でミサリナから知らされる情報に、マサヨシは眉をひそめる。


「現実離れしてるね」


「けど、今回、実際に奴はそれをやったみたいですぞ。スヴァンから報告を受けました。侵入者だと思って襲い掛かった村人二人のうち、コインの裏表を外した奴は殺され、当てた奴は見逃されたらしい」


 ジャックの報告に、天井の木目をなぞっていたマサヨシの目線がテーブルまで落ちる。


「本当にそういう奴なのか。ルールがあるんだ。へえ、でも、どうしてそんなイカれた奴がスカイとつるんでるんだろ?」


「狂信者同士、仲がいいんじゃないの?」


 あまりにもてきとうなミサリナの意見にジャックは思わずといった様子で笑ってから、


「実際、レッドソフィー教会と何らかの関係があるんだろうと思いますぜ。噂の中には、レッドソフィー教会をつつくとコイントスに襲われる、なんてものもあった。火のないところにって言いますからな」


「慈愛の女神が持つ、唯一の刃、みたいなもんか。格好良く言うと」


 言いながら、しかしマサヨシは眉をひそめ、ずっとテーブルを見下ろしながら顎を撫でる。


「マサヨシ、どうかしたの?」


「いや」


 マサヨシは言葉を探りながら、答える。


「確かにそういう、狂信的なタイプには見えた、が」


 だが、途中で止めて、


「何でもない。ともかく、あいつらは俺の提案に乗る。要するに、『青白い者達』を追い詰める過程においては、運命共同体ってことだ。それが終わった瞬間、殺されるかもしれないけどね」


「手を打たないといけませんな」


「それは、ツゾに頼むさ」


「あの小悪党に?」


 ミサリナがキョトンとする。


「ああ、まあ、その話はミサリナは聞かない方がいいだろ。別に儲け話ってわけじゃないし、いまや一国一城の主なんだ。リスクしかない話に噛む必要はない」


「そりゃそうね。まあ今回は、友達として忠告しに来ただけなわけ」


 身軽にミサリナは立ち上がると、足音もたてずに軽快に出口まで歩いてから、振り返る。


「そうそう、これも、友達としての忠告なんだけど」


「ん?」


「クーンには気をつけた方がいいわけ」


 そうして、ミサリナは去っていく。


 残されたマサヨシはジャックと顔を見合わせて、しばらくしてから吐き捨てる。


「あのな、そんなことは、分かってるっての」





 気だるげに、私室の椅子に崩れるようにして座っていたフリンジワークのどんよりとした目が、ゆっくりと動いて来客に向く。


「ようやく来たか。『勇者』殿」


「あんたが皮肉はやめろよ。俺だって恥ずかしいのを、あんたのためにその二つ名を我慢してやってるんだぜ?」


 今やロンボウにおいて、王位継承者となるのではないかとも言われているフリンジワークにこんな気安く言葉を返すことができる人間は限られている。

 フリンジワークの懐刀であり、先の戦争での活躍によって国内に絶大な人気を誇る、今や政治的な意味すら持つ兵士、メイカブだ。


 いつもの無骨な革製の鎧に身を包んだメイカブは、無精髭を撫でながら部屋の壁に寄りかかる。


「んで、何の用だよ」


「仕事を頼みたい。アインラードに親善大使として行ってほしい」


 ふう、と気だるいため息を吐いて、それだけ言うとフリンジワークはまた目を彷徨わせる。


「はあ?」


 メイカブは口を大きく開ける。


「嘘だろ、向こうにとっちゃ、俺は仇敵だぜ。その俺が親善大使なんて騒がしくなるだけだろ」


「それが目的だ」


 眠るかのようにフリンジワークは目を閉じて、


「アインラードが、あの戦争の影響で割れかけている。教会との軋轢、奪われた土地と賠償金、元々火種のあったあの国が割れるには充分な理由だ。『東側』のアイコンである『勝ち戦の姫』の威光も消え去った」


「俺が親善大使として内部に入って、更に揺さぶると同時に動きを見張れってことか」


「理解が早い」


 ならもう行け、と言わんばかりにフリンジワークは手で追い払うようなゼスチャーをする。


「お前なら火の粉も払える。何よりも、国内で後継者レースに熱が入った我が国で、俺が唯一無条件で信頼できる人間だ。だから、お前を使いたい」


「一ついいか?」


「ん?」


 薄く、フリンジワークは片目を開く。


「どうして、そんなことをする? そんなことをしなくとも、お前はあの戦争で点数を稼いだ。今のまま何もせずとも、後継者候補の筆頭なんじゃないのか?」


「だって」


 傍らに置いてあった安酒のボトルと取り上げると、フリンジワークは唐突にそれをラッパ飲みする。


「退屈じゃないか」


 そう言いながら酒を飲み干すと、無造作にボトルを床に投げて叩きつける。


 粉々に割れるボトル。その破片の一部が偶然にもメイカブの顔に向かって飛ぶ。


「度し難いな」


 飛来する破片をしっかりと視認しつつ呟いてから、メイカブはその破片をがきり、と歯で噛み付くようにして受け止め、床に吐き捨てる。

 そして、無言で背を向けて部屋から出て行く。


 残されたフリンジワークは、もう完全に目を瞑り、酩酊の状態にある。

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