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指導2

 山中に腰を下ろし、望遠鏡を覗く。二枚のレンズを組み合わせてある、シンプルで原理的にはマサヨシの元の世界と同様の望遠鏡だ。


「さあて」


 マサヨシは覗き込んだまま、呟く。


「クーンの奴には会ったんだろ?」


 そのすぐ横に腰を下ろしたのは、痩せた男。コロコだ。


「ああ、コロコの紹介がようやく実を結んだよ。ありがと」


「いやいや。で、どうだった? 嫌な奴だったろ」


 コロコは背負っていた大きな編み籠を地面に下ろす。


「そうだね」


 邂逅を思い出し、マサヨシは顔をしかめる。


「愉快な人間ではないね」


「だろうな」


 籠を開けると、中には雑多な道具や小箱、そして切り分けられたパンが大量に入っている。


「何だ、その中身」


 ミサリナからはある程度のことは聞いているとはいえ、その異様な量のパンに驚く。


「いやあ、そろそろランチの時間かなと思ってな」


 小箱を開けると、その中にはバター。コロコはナイフでパンを切り、バターナイフでそこにバターをたっぷりと塗る。別の小箱を開けるとベーコン、そして葉物の野菜。葉を千切り、ベーコンを切り、それをバターを塗ったパンで挟む。


「で、奴の提案は呑んだんだろ?」


「まあね」


「誰を動かしたんだ? ミサリナか? あるいは、話に聞いてるジャックって奴か?」


「俺の名を呼びましたかな?」


 草を掻き分けて、ジャックが現れる。


「おっと初めまして」


「初めまして、コロコ」


 無表情で会釈してからジャックは、


「全員、配置に付きましたぜ」


「どうも。で、話の続きだけど、ミサリナもジャックもあの件には関わらせないよ。ミサリナは表の商売の、ジャックは警備団の顔なんだ。裏の仕事には関わらせられない。特に、ジャックはこの件には反対だしね。今も機嫌悪いでしょ」


「女を食い物にすることに賛成なわけがないでしょう。俺は、そもそもが食い物にされる側ですしね」


 肩をすくめるジャック。


「必要悪だよ。俺達が管理することで、無茶な条件で娼婦が奴隷みたいに働かされたり、子どもがそういう場所に売られたりすることを防ぐことができる。色町自体を消し去るよりも遥かに現実的じゃん」


「確かに。ただ、そもそもが俺は、必要悪になりたくはないんですよ。管理される側にいたいんです。いつだって、弱者側にいたいんですよ、俺は。実際に、弱者ですからね」


「ははん」


 コロコは一口でサンドイッチを頬張る。


「独立戦争が起きたら、旗印にでもなりそうな御仁だな。弱き大衆の代弁者か」


「ガダラ商会の船乗りが、どうしてこの場に?」


 揶揄を無視して、ジャックは質問をする。


「俺? 俺はただ、ピクニックに来ただけだよ」


 手早く二つ目のサンドイッチを作って、コロコはそれを掲げる。


「ほら、サンドイッチまで用意してある」


「クーンは、俺が自分の言う通りに動いているかどうかを気にしてるってことだよ。ちゃんと指導通りに動いているなら、投資してやろうってこと」


「その割には、どうしてこっちに?」


 もっともなその疑問に、マサヨシは口の端を曲げるようにして笑う。


「興味があるんでしょ。こっちの仕事も。向こうは、この件すら既に知っていた。色町の方は、別にコロコをわざわざ派遣しなくても大丈夫ってこと。要するに」


「ああ、つまり、既にガダラ商会の人間が入り込んで、監視してるってことですか」


 マサヨシとジャックの会話に、我関せずといった調子でコロコは二つ目のサンドイッチを頬張り、満足げに頷いている。


「さあて」


 マサヨシは再び意識を望遠鏡に集中させる。


「気合入れないとね」


「ですな。ようやく、第一回目の取引です。俺達が監視し始めてから、ですがね」


「スヴァンの報告によると、いつも行商人の振りをして男がやってきて、作物と一緒にチャモドキを買い上げて運んでいくって話だったでしょ」


「ええ」


「ジャックの気持ちは分かるけど、今回いきなり黒幕まで辿り着いて、シュガーの製造中止ってわけにはいかないよ、多分。何度も言うけど、今回のは」


「分かってます。向こうに気付かれないのが最優先、でしょ?」


「チャンスはこれからもある。今回、全部解決とはいかない。トリョラにクスリがばら撒かれ続けるのは不愉快だろうけどね」


「なあ、俺は船乗りだから目がいいんだけど、来たみたいだぞ」


 二つ目のサンドイッチを平らげたコロコが不意に言う。


「え、嘘、どこ」


「あっちだよ。村の入り口の方。西の」


 そちらに望遠鏡を向けると、なるほど、確かにマサヨシの目にも荷車を曳いた素朴な行商人風の男がやって来るのが見える。


「いたいた。さて、どうなるのかな」


「マサヨシさん」


 そのタイミングで、ジャックが世間話のように軽い感じで声をかけてくる。


「ん?」


「心配なことがあるんですがね」


「何?」


「結局、今日、この時間に買取人が来るってのは、スヴァンからの報告です。向こうに気付かれたらおしまいだから、大々的に監視できない以上、そりゃあ仕方ない。けど」


「スヴァンがその気なら、俺達を嵌められる?」


「そういうことですな」


「心配いらないでしょ。俺達に首根っこ掴まれてる状況なんだ。俺達裏切っても先はないってことくらい向こうも分かってるよ。俺としては」


 マサヨシは望遠鏡から目を離してジャックに顔を向けると、苦笑する。


「あっちの方がうまくやってるかどうか心配だよ」





「完全な人身売買だなあ、こりゃあ。奴隷売買だ」


 狼の顔をにやにやと歪ませながら、ツゾはテーブルを叩く。

 テーブルに載っているのは、数枚の契約書だ。この宿屋で働いている女達の契約書。


 ごく普通の宿屋、その受付に見える場所で震え上がっている主人とその妻。


「別に、俺は悪いとは思わねえけど、ほら、分かってるだろ、もうこの辺りはペテン師のシマだってこと。そのペテン師が、こういうのはもう許さないってことになったんだよ」


 ツゾの周囲には、柄の悪い男達が十数人、武器を持って立っている。その男達の傍には、宿屋側の用心棒と思われる男達が転がっている。


「け、けど、ペテン師は酒だけで、他の商売には手を出してなかっただろ」


 震えながらの主人の抗弁に、


「だから、これからは違うってだけの話だよ。なあ、別にあんたらを殺すって話じゃないんだ。ただ、うちの傘下に入ってくれりゃあいいんだよ。うちらの下で、売春宿を経営してりゃいいんだ。そっちにもうまみがあるぜ?」


「うちの、バッグには……」


「何だよ、その後ろ盾は、ペテン師とやりあうつもりなのかよ?」


 凄むツゾに、


「いや」


 主人は顔を逸らす。


「いいか、今日からここを仕切るのは俺だ。心配しなくても、今以上に稼がせてやるよ」


 そして、ツゾは二階にも顔を向けて、


「分かったな、女共! これからはここはペテン師のシマ、これからは俺がボスだ!」


 怒鳴る。


 そして、凍りついたような主人とその妻に、


「今日はとりあえず挨拶だけだ。また来るぜ」


 笑いかけて、宿屋を出る。





 ツゾは売春宿を出て、取り巻きの男達と別れ、一人道を歩く。路地裏の道を歩きながら、こみ上げる笑いを抑えきれない。


 正直、マサヨシの部下として振舞うのは不愉快だ。

 だが、少なくともペテン師の力を我が物として振るえる、そのこと自体に快感がある。

 マサヨシが密造酒以外の裏の仕事に手を染める計画を知った時、その取りまとめ役をツゾは自ら買って出た。マサヨシは断れない。何故なら、ツゾは例の誘拐事件の共犯者だからだ。

 今、トリョラの色町の連中を従わせるために、マサヨシは金を出す。ツゾはその金を使ってならず者どもを部下として集め、売春業者達を次々とペテン師の元に組織化していく。それは金と暴力を産み、権力へと変わっていく。それは、ペテン師のものだけではない。

 このままいけば、それはツゾのものにもなっていくのだ。

 ツゾは、経験上、この事業が密造酒以上の巨大な利権を生み出すものになっていくことを確信している。ならば、今からこの取りまとめをしておけば、いずれは自分自身が巨大な権力を持つことになる。

 そう、いずれは、内側からペテン師を食い破り、その利権の全てを奪うことだって可能だ。


「全部、奪ってやる」


 泥の味を思い出して、笑みを消して顔を歪めたツゾは、呟く。


「ツゾさん」


 声をかけられる。見れば、さっき別れたはずの部下のならず者の一人が、そこに立っている。ただし、さっきまでのいかにもチンピラといった凄んだ表情や威圧感を消し、まるで木石のように。


「ああ、どうした?」


「クーンさんから、言伝です」


「へっ」


 ツゾは耳をがりがりと長い爪でかく。


「人遣いが荒いな。まあ、いいぜ。そっちのボスの方が綺麗ごとを言わない分性に合ってる。で、何だよ」


「激励ですよ。とにかく、この調子で急速に組織を拡大するようにと。こちら、めぼしい部下候補のリストです」


 紙を渡されたツゾは舌打ちする。


「何が、部下候補だ。要するに、こいつらを仲間に入れろってことだろ。ったく、回りくどい」


「もちろん、そのための資金も用意してます。これを」


 渡されたのはずしりと重い皮袋。その重みに、すぐにツゾは顔を緩める。


「なら話は別だ。幹部候補として、どんどんうちに入ってもらうよ。けどよ、そんなことして見張らなくても、俺は裏切らないってボスに伝えておいてくれよ」


「分かりました」


 男は消えていく。


 ツゾは皮袋を懐に入れて、ほくそ笑む。

 全て、全て順調だ。恐ろしいくらいに。

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