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瓦礫の王1

 あばら家。

 がたつく椅子に座り、テーブルを囲むのは、家の主であるスヴァン、マサヨシ、ザイード、ジャック。そして周囲を取り囲むようにして立っている五人は、どれもジャックの腹心の部下だ。


「で?」


 もう日は沈んで、テーブルの中央に置かれた小さなランプだけが互いの顔を照らす。


 マサヨシは、憔悴した様子のスヴァンに目を向ける。


「そろそろ、あの畑の説明してもらえる? スヴァンさん」


「ええ」


 何度か咳をして、スヴァンは頷く。


「あの畑は」


「チャモドキ。が、あれをそのまま売っても大した金にならないし、そのために見つかったら死罪を覚悟で栽培するとも思えん」


 不機嫌そうに、がりがりと顔をかいてジャックが牙を剥く。


「シュガーに加工してる奴がいるな。誰だ? 精製は、それなりの設備とそれなりの技術がなければできない」


 普段のジャックからは想像もできないくらいに、怒りをむき出しにして、


「トリョラのシュガーはお前らからのものか?」


「落ち着いてくれよ、ジャック」


 マサヨシは手を挙げてふらふらと揺らす。


「俺達は別に根本的なところをとろとろと話し合いたいわけじゃない。スヴァンさん、とりあえず間違ってたら言ってよ。トラッキは貧しい村だ。だから、シュガーの製造に手を出して、それで金を稼いでいた。とはいっても、そりゃここ最近のことじゃないはずだ。つい最近手を出して、それで畑が出来上がるとは思えない。戦争の前、アインラードの村だった時からだ」


 否定の言葉は出てこない。


「じゃあ、順を追って質問させてもらうよ。まず、シュガーへの精製ってこの村でやってるわけ?」


「いいや」


 観念したのか、素直にスヴァンは応じる。


「こんな村にそんな設備があるわけがない。ここはあくまで、チャモドキを栽培するだけの場所だ」


「じゃあ、誰にそれを売る?」


 一瞬躊躇してスヴァンが口ごもった瞬間、ジャックの拳がテーブルを叩く。


「隠し立てするな。いいか、シュガーは人を腐らせる。それを俺の町に流しているのがお前達だとしたら、許す気はない」


「僕もさっさと知りたいな」


 黙っていたザイードが口を開く。


「おそらく、その筋と『青白い者達』は繋がっている。その筋からの要請で、『青白い者達』であるエルフを匿っていたんじゃないか?」


「……ああ」


 ため息と共に、スヴァンが認める。


「はん、『青白い者達』までか。俺が処遇を決められるなら、関わった連中を全員今すぐ殺してやりたいくらいだ」


 吐き捨てるジャック。


「何と言われようと、わしらにはそうするしか道がなかった」


 暗い目をしたスヴァンは、動じない。


「見てみろ、この周囲の土地を。まともな作物なんぞ大して実らない土壌なのに、こちらを絞り殺すような税をとる。最初はわしらだって隠し畑で別の作物を栽培しておったさ。だがな、それじゃあ食えん。ところが、チャモドキならこの土壌でも、山の奥の日のあたらない場所でも、まるで雑草か何かのように成長する。おまけに、普通の畑仕事が馬鹿らしく思えるほど金が手に入る」


 痩せて筋張った両手を掲げる。


「この村の家々の修繕も、農具も、馬や牛も、全てそれで稼いだ金からだ。あの金がなければ、今、村にいる子ども達を全てスープにして食わなきゃ生きていけない」


「貴様」


「つまり、チャモドキを買ってくれる筋からの頼みは断れないわけだ」


 いきりたつジャックの気を逸らすように、マサヨシは話を先に進める。


「で、そいつらは誰?」


「さあな」


 ふっと疲れた笑みを浮かべて、スヴァンは肩をすくめる。


「ふざけてる、ってわけじゃないよね?」


「ああ、正体はわしらも知らない。ただ、奴らの目的は分かる。この村にもな、いるのよ、つまみ食いをする奴らが時々な」


 意味が分からず、マサヨシは黙って続きを待つ。


「チャモドキのつまみ食い。それで終わればいいが、やがてシュガーに手を出し、そして破滅していく。この村の人間で破滅した連中も、奴らは引き取ってくれる。そうして、引き取ってからしばらくすると、どこかの町で『青白い者達』が暴れる」


「そうか」


 息を呑むのはザイード。


「そういうことか。『青白い者達』の主な『原料』はそれか」


 なるほど。

 言葉には出さず、マサヨシも感心する。

 ヤク中を材料にしているのか。もう自分の人生がどうなってもいいと思うくらいに人生が破滅している人間を作り出すのに、クスリほど分かり易いものはない。


「弱者製造の道具か、クスリは。奇妙だ。奇妙なほどに、組織化されている。シュガーが弱者を作り出し、『青白い者達』となり、破滅を撒き散らす。それは、次の弱者を作り出す。効率的だ。効率的に信徒を作り続けている」


 ぶつぶつとザイードは呟き、もはや視線は宙を向いている。


「これはもはやシステムだ。クスリは金も生み出す。勝手に拡大していく。だが、だからこそ暴走しないように常に調整し、整備することが必要だ。だとすれば、巨大な組織が必要になる。その組織の長こそが、ハーサイト・イの最も忠実な信徒のはず。妙だ。そのような巨大な組織の長、金と権力を持つ者が、弱者。そんなことがありうるのか」


「さて、じゃあ、ジャック、提案だ」


 自分の世界に入ってしまったザイードを放っておいて、マサヨシはジャックに声をかける。


「ひとつは、ここでこの村の秘密を公にして、関係者を片端から木に吊るしていく。多分、そうしたらそれでこの話は終わりだ」


「もう一つはなんですかな?」


 いつの間にか、ジャックの顔からは表情が消え、マサヨシがぞっとするくらいに静かな声が返ってくる。


「もうひとつは、このままにしておいて、黒幕まで辿り着く。どちらがいい?」


 一瞬の沈黙の後、


「マサヨシさんは、どっちがいいんですかな?」


「俺? どっちでもいいよ。ザイードは黒幕を探りたいんだろう」


「無論だ」


 現実に復帰したザイードは冷たく鋭い目をする。


「そうしてもらわないと困る」


「怖い怖い。とはいえ、ここでチャモドキの栽培を見逃すことは、俺を縛り首にしたい連中にとっては、絶好の口実を与えることにもなる。バレた場合ね」


「僕は恩知らずじゃあない。協力してもらったら、必ず恩は返す。フォレス大陸まで密航させてやるさ」


 どこまで本気なのか、表情を崩さずにザイードはそんなことを言う。


「これを見逃したら、俺とザイードだけが罪を被るのは難しいかもしれない。連帯責任になりかねない。だから、ジャックの意思を尊重するよ」


 沈黙。しばらくの間、何かがこすれる音だけが響く。

 歯軋りだった。ジャックが歯軋りをしているのだ。

 やがて、ジャックが口を開く。





 月明かりの下、ジャックとマサヨシは歩く。


「うちの親、シュガーで破滅したクチでしてね」


 ジャックがぽつりと呟く。


「へえ」


「親父は頑固で無口な職人で、母親はごく普通の、まあ、優しい母親でした。最初にシュガーに嵌ったのは母親の方でね。どんどん痩せてくるからおかしいと思って、ようやく親父が問い詰めた時にはもう」


「いくつの時?」


「俺がですかい? まだまだ子どもで、牙も生え揃っていないころですよ。姉貴だってガキだった。それからはもう、地獄でね。死人みたいな母親に、怒鳴り続ける親父。ずっと隅っこで姉弟で木の根をかじってましたわ」


 想像できず、マサヨシは少し笑ってしまう。


「今のジャックからは、考えられないな」


「はは、俺だってか弱かった頃はありますからな。で、ようやく落ち着いたと思ったら、何のことはない、親父の方もシュガーをキメるようになっただけでしたわ。で、いつの間にか我が家にはゾンビみたいな大人が二人。もともと貧しかったし、すぐに俺達が働いて、親二人の世話をするようになりましたよ。それこそ、食事の用意からシモの処理までね」


「廃人になるわけね」


 特に意味もなく、マサヨシは足元の小石を蹴る。


「中毒症状が進めば。まあ、そんなわけでシュガーを扱う連中なんて殺してやりたいわけですが」


「なのに、我慢してくれた。黒幕を捕まえるために。俺のためでしょ? ありがとう」


「いや」


 顔を強張らせて、ジャックは月を仰ぐ。


「本当に困るのは、あっちの言うことも分かりすぎるほど分かることです」


「え?」


「スヴァンですよ。彼の言うことも、分かる。だから、俺は」


 拳を握ったり開いたりを数回繰り返してから、ジャックは顔をマサヨシに向ける。


「さ、帰りましょう。今日は色々ありましたからな。後のことは、部下とザイードに任せましょう。特にマサヨシさんには、他に色々とやることが山積みでしょう」


「確かに、いくらでもあるさ」





 なるようにしかならない。

 スヴァンはこれまで生きてきてそう学んだし、これからもそうだろうと分かっている。


 チャモドキの買い手を見つける。そのために今は見逃された。だが、先は見えている。

 自分も、この村も終わりだ。

 悲しみも恐怖もない。ただ諦観のみだ。


 今、自分が数名の人間に監視されていることは知っている。家の周囲をぐるりと取り囲まれている。

 どうでもいい。なるようになるだけだ。


 老人はため息をついて、寝床に向かおうと椅子から立ち上がる。


 一人。

 娘夫婦は既に村を出て、一人でこのあばら家、村長ということで少しだけ他の家々よりも広いあばら家に住んでいる。

 自分の人生に何の価値があるのか。そんなことを考えると深い深い沼に落ちていくような気分になる。


「やあ」


 声。

 動きが止まる。


 声は、廊下の隅、暗がりから聞こえる。


「見張られているな。ここまで侵入するのに手間取った」


「誰だ。お前は」


 いつもの、買い手の男の声ではない。


「困っているかと思って、救いの手を差し伸べに来たんだ」


「誰だ、お前は。誰なんだ?」


「この先には絶望しかない。気付いてるんだろ、村長さん。このまま生きていくには、チャモドキの栽培を続けていくしかない。そして、売り続けるしかないんだ。どうだい、俺達が新しい買い手になってやるよ」


「お前は」


 からからになった喉で、スヴァンは呻く。


「誰なんだ?」


「新しい買い手からの使いだよ。こっちの船に乗れば、あんた達は助かる。それを言いに来たんだ」


「誰なんだ?」


「『瓦礫の王』の使いだよ」

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