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二人旅1

 罪悪感。

 自分の中に巣食うそれを、罪悪感だとマサヨシは理解している。

 それに付き合い、なだめて平穏を手にするには、時間が鈍化させるのを待つしかない。父が言ったように、いつかは慣れる。

 だが、その慣れるまでの時間を短縮する方法はある。罪悪感の原因、自分が多くの人を不幸にしたことを、合理化するのだ。


 自分は大勢の人の命を奪い、また不幸にした。そうして生き延びて、副区長という立場になった。

 ならば、そうやって生き延びたことに、副区長になったことに意味があるということを証明しなければならない。

 どうやって?

 より大勢の人々を幸福にする。それしかない。つまりは富だ。大勢の人に、富を与える。与え続ける。

 だから必要なのは、金だ。


「お願いします」


 頭を下げる。深く、深く。

 金のためには、頭を下げる。当然の話だ。


「そうは言われてもねえ」


 マサヨシよりも若い役人、ロンボウにもパイプを持っていると言われている若いシュネブの役人が、厭味ったらしくため息をつく。


「ファンド、ですっけ? そんな話に、出資するとは思えませんけどねえ」


「そこを、あなたのお口添えで何とかしていただければと」


「そうですねえ」


 そこで、一呼吸置いてから、


「ああ、そういえば、話は変わりますが、最近私の友人が酒場を始めようかと計画しているらしいのですが、うまい仕入れのルートを知りませんか?」


「もちろん」


 顔を上げて、にっこりとマサヨシは微笑む。


「あなたのお知り合いということでしたら、特別価格で仕入れられるルートをご紹介いたします」


 話が終わり、屋敷を出て、一人、マサヨシは歩きながら首を鳴らす。


 懐かしい。

 ひたすらこうやって頭を下げて、相手の言外の要求に応じ、方々を周る。全方位に媚を売って、取れるものをかき集める。

 懐かしい、仕事だ。

 営業や交渉というものの八割以上は、これだ。泥臭く情けないこれがほとんど。テクニックなんて、残りの数割に過ぎない。


「ノルマは、今日中に残り8件か」


 メモを取り出し、無感情に呟く。


 日は暮れかけている。急がなければいけない。

 唇を舐める。

 金だ。金がいる。自分に投資した額が増えれば増えるほど、更に投資されやすくなっていく。結局、金は金を呼ぶ。


「死ぬほど欲しい時には集まらない。余っている時ほど寄ってくる。それが金だ」


 ホームレスから企業家になった社長、最終的に脱税で逮捕された顧客の一人だった社長が、笑いながら言っていた言葉を思い出す。


 泣き落とし、嘘、ハッタリ、脅し。何でも使う。手当たり次第に金を集める。まずはそれだ。金が集まれば更に金が集まる。一定量を超えた富は、別の意味を持つ。魔力とでも言うべきものだ。その力に捻じ曲げられ、狂い、破滅していく。何度も見た。


 その力がなければ、自分は生き延びれない。通常の手段では、既に運命は決まっている。


「金だ。金がいる」


 意識せずに、マサヨシは爪を噛んでいる。


 ただの撒き餌だ。今は、ひたすら、大きな獲物がかかるのを待つ。既に獲物の目星はつけている。でかい魚だ。


「さあ、次だ」


 気合を入れなおすために、マサヨシは頬を叩く。寝るまでにあと8件だ。





 朝焼けの中、白銀の店内。

 マサヨシとジャック、そしてミサリナが何となく会話もなく、黙々と朝食をとっている中に、そのエルフはやってきた。


 返事を聞きに来たザイードに、


「協力するよ」


 と、開口一番マサヨシは答える。

 理由は一つではない。エルフに恩を売っておくことで、ロンボウから金を引き出すことができるのではないかという打算だ。

 それから、もしも彼に協力して、『青白い者達』について他の人間が知らないような情報を手に入れたら、それはとてつもないアドバンテージになるかもしれない。


「礼を言う。さっそくだが、まずは僕の同胞が死んだ場所を調査したい。場所を教えてもらいたい。それと、立ち入りの許可だ」


「ああ、分かった。こちらの人間も同行させてもらうよ」


 当然のこととして口に出したが、


「それは、遠慮願いたい」


 予想外に、ザイードの口からは拒絶の言葉が発せられる。


「え、どうして?」


「調査の結果はきちんと報告するし、この恩も返す。君が生き延びれるように力は尽くそう。それで、いいだろう?」


 全てを見通すかのような冷たい青の瞳がマサヨシを射抜く。


「君達の勢力争いに興味はないし、エルフは君達と違って嘘をつかない。調査に足手まといはいらない。僕がこの大陸に来ているのは崇高な使命のため。だから、邪魔はするな」


「おい、そんな言い方はないでしょうが」


 苦々しげにジャックが言い放つ。


「別にこっちのもんが同行したって、邪魔にはならない。むしろ、スムーズに進むはずだ」


「もう一度言うが、調査に足手まといはいらないんだ。君達は、自分の大陸で起きているというのに、あの『青白い者達』について何も知らない。そんな連中と一緒に調査をする利点はない」


「へえ、自分はあたしたちよりも『青白い者達』について知ってるってわけ?」


 黙って聞いていたミサリナが、カップから口を離して興味を示す。


「当然だ。エルフでは赤子ですら知っていることを君達は知らない。君達はハーサイト・イもイズルも知らない」


 ぽかん、とするミサリナとジャック。


 一方のマサヨシは、ほとんど自然に口が動いている。


「弱者の神と嘘の神が、『青白い者達』に何の関係がある?」


 呟きのようなマサヨシの一言に、ザイードの目が見開かれ、そして空気が凍りついたように止まる。




 ザイードの出した条件とは、マサヨシ本人と一緒に、二人だけで調査に向かうというものだった。

 当然、ジャックは強固に反対したが、マサヨシは即座に、そして熱烈にそれを受け入れた。とにかくザイードの調査に噛みたい、というのもあったが、それ以上にこのシチュエーションがマサヨシにとって好都合だったからだ。


 プライベートに近い状況で、共同で作業をする。できるだけ少人数で。

 それによって、一番手っ取り早く対象との距離を詰めて、交渉を円滑に進むようにできる。

 交渉術の基本だ。

 高い金を払って道具を揃えて、たまにしかない休日を潰してクライアントやその候補とゴルフに行っていたのは、ただそのためだ。


 警備の人間達に別れを告げて、山を歩く。

 ここからは、本当にマサヨシとザイードの二人きりだ。


 一応、遺体の回収は行われたとはいえ、それでも戦場の跡地だけあって、折れた剣や小手、兜といったものが草や泥に塗れて落ちている。

 それでなくとも道は悪く、急な傾斜だ。


「気をつけてく」


 注意を言い終える前に、まるで鳥のような軽い足取りですいすいとザイードは先を行く。


「れよ」


 終わりの言葉を力なく言いながら、後を何とかついて行く。


「なあ、確かに、ここで、エルフが死んだけどさ」


 息を切らせながら、背中に問う。


「ここを、今更、調べて、本当に、何か、分かるのか?」


 返事はなく、ザイードは進み続ける。

 諦めてマサヨシも後ろを歩く。


 そうして数十分、歩いたところで、ザイードは足を止める。


「ああ、何か見つかったか?」


「いや」


 初めて返事をして、ザイードは振り返る。青い目がマサヨシを向く。


「山の奥深くに来た。ここなら他の人間の目も届かない」


 一瞬でマサヨシの脳裏に過ぎったのは、武器のことだ。

 こちらはいつも通り、黒いジャケットにシャツ。腰に剣を差しているだけ。一方、相手は軽装とはいえ鎧姿。そして、魔術師だ。

 勝てるか?


 だが、襲われることを警戒したマサヨシの反応を見て、ザイードは眉をしかめ、そしておそらくは出会ってから初めて、その異様に整った顔をほころばせる。


「ああ、違う。僕はそういう意味で言ったんじゃあない。ここでなら、誰にも聞かれず話ができる。まずは歩こう」


 そうして、今度は二人で並んで山を歩き出す。散歩のように。とはいえ、ザイードの視線は油断なく周囲を巡っている。調査をしつつ、のようだ。


「僕が君の同行を許可した理由、分かるかい?」


「そりゃあね」


 あの瞬間のザイードの驚きの表情は忘れられない。


「俺がイズルとハーサイト・イのことを知っていたからでしょ」


「ああ」


 立ち止まって、足元の剣の破片を拾って指先で撫でてから、またザイードは歩き出す。


「エリピアの人間は、ハローやレッドソフィー、そしてシャンバラといった有名な神々しか知らないものだと思っていた」


「シャンバラはあんたらの大陸、フォレス大陸での唯一神なんだろ? むしろ、それなのにあんたが他の神のことに詳しいことの方が驚きだよ」


「確かにエルフの民は皆、大いなるシャンバラの信徒だ。しかしそれは、他の神々の否定を意味しない。他の神々は全て、シャンバラの使いとされている。シャンバラに比べれば取るに足りない存在のため、多くのエルフは名前すら知らないが、それを専門に研究している学者もいる。僕の師匠筋もその一人だ」


「で、廃れ神すら知ってるってこと?」


「廃れ神はその名の通り、廃れている。もう、どこでも崇められていない神々の総称だ。だから、専門で研究している者以外知るはずもないと思ったが、君は何故、知っている?」


「ちょっとした縁でね。しかも、俺が知っている廃れ神はイズルとハーサイト・イだけだ」


「僕もその二柱しか知らない。他の廃れ神はいたとしても、廃れすぎてどこにも情報がないんだ。イズルは、サネスド大陸でかろうじて僅かな信徒がいるらしくて、それで名前が残っている。ハーサイト・イに関しては、僕が十年以上の調査でようやく発掘できた廃れ神だよ」


「ハーサイト・イを調査?」


 それも、十年以上も?


「ああ」


「ひょっとして」


 何の目的もなしに十年以上、存在しているかどうか分からない神の調査をするだろうか?

 今、ザイードは『青白い者達』の調査でここに来ている。ということは。


「そうだ。僕の調査では『青白い者達』は、ハーサイト・イと関わりがある」


 そこで、ザイードの目がとまる。


「見つけた」


 その視線の先には、わずかに道とも言える痕跡を残している地面がある。

 獣道だ。


「エルフはエリピア大陸では注目の的だ。だが、青白い顔をした我が同胞は突然この戦場に現れた」


 道の傍でザイードは屈んで、その獣道を掌で撫でるようにする。


「それが?」


「エルフの魔術師を何でもできるように考えるエリピアの連中は多いが、フォレス大陸からエリピア大陸まで瞬間移動する魔術などない。そして、どこかの港にエルフが現れたという記録もない」


「密航か」


「そう。船を出し、この大陸までつれてきて、そして人目にとまらないように匿われていた。戦争においても、そのエルフはこの山中で殺戮を始めるまで、どこでも目撃されていない。戦場でエルフなんて、誰よりも警戒すべき存在であるにも関わらずだ。鎧兜やフードで特徴が隠れていたからといって見逃されるとは思えない」


「つまり、この場まで、こっそりと人目に付かずに現れるルートが存在した。それが、この道か」


 思ったよりも早く、そして簡潔に『青白い者達』の核心に迫っていることに、マサヨシは興奮してくる。


「そして、この道を辿った先のどこかに、『青白い者達』を匿っていた場所や、密航させた港、とにかく彼らに協力する勢力の施設が存在するはずだ」


 ザイードは立ち上がる。


「大体、道は読みきった。こっちだ、行こう」

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