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ハイロウへ1

 結論から言うならば、特に何もなかった。

 日が沈む前に、必死で休むことなくマサヨシとミサリナの二人で荒野で荷車を曳いていた間、特に変わったことは起こらず、順調に荷車は進んだ。

 途中、ミサリナがちょうどいい場所を見つけて、そこに手早く作ったキャンプで簡単な食事と睡眠をとることになる。

 一応、一人が見張りで、一人が短時間眠りをとるという形になった。

 目立ちにくい岩陰に荷車を置いて、おこした火を囲み、マサヨシとミサリナは干し肉を齧り水を飲む。


 自然、話は、まずはマサヨシが失っていると嘘をついた常識的な知識についての話になっていく。特に、地理や歴史の話だ。


 ノライ。マサヨシとミサリナが今いる国の名前だ。

 四大陸の中で最も人口密度の高い大陸、エリピア大陸の小国。

 狭い国土の七割以上が山地のうえ、内陸国で海と全く面していない。そのため、人口は少ない。人口というものは、余剰の食料があって初めて増加していく。

 盛んな産業は鉱業。といっても小国であるのでたかが知れている。

 王都の名はシュネブ。

 戦乱の世を今までノライが生き延びてこれたのは、四方を山に囲まれているという地政学的な理由と、常にその時代その時代に優勢な国に隷属してきたからだ。

 それでも、戦乱の中で少しずつ国力は衰退していき、今や他国に脅かされる一方。

 現在、エリピアの覇権を争っているのは二つの大国、ロンボウとアインラード。

 歴史的に、常にエリピアの中心となっていたロンボウ。長い歴史の中で、ノライはロンボウの属国に等しかった。エリピアの盟主を自称しており、伝統を大切にして誇り高い国風だ。

 もう一方のアインラードは、独裁色が強く、百年ほど前から強引に周辺国を吸収し拡大、発展して大国となっている。現在の国力だけで見ればロンボウを打ち倒すほどの国家であり、実際に直接戦火を交えてもおかしくないほどに好戦的。


 そして、あの町について。

 トリョラ。ノライの東端。アインラードと接しており、歴史的には何度か小競り合いの舞台にもなった。ノライの中でも特に平地が少なく、鉱業以外に歴史的には何の産業もない地域だ。

 いや、だった。


「元々、このトリョラは貧しい地方だったわけよ。人もおらず、土地も痩せている。そのトリョラが、近年、一気に発展したの」


 揺れる炎で顔を染めながら、ミサリナが話す。


「理由は、アインラードの拡大かな」


 マサヨシが推測を話すと、ミサリナは大きく頷く。


「その通り。強引に周辺国を吸収して拡大していったアインラード。そのアインラードに滅ぼされた国々の難民を無制限でトリョラは受け入れたわけ。この政策は王の英断ってことになってるけど、実際は『料理人』でしょうね」


「料理人?」


「ああ、そうか。記憶ないんだっけ。ハンク・ハイゼンベルグ。先祖はアインラード系らしいけど、れっきとしたノライの生まれで、宰相をやってるわけ。昔からずっと。通称『料理人』。ノライで有名な人材って言ったら、『料理人』ハンク・ハイゼンベルグと『赤目』ぐらいね」


「赤目?」


「師団長よ。アルバコーネの内戦で活躍したのをハンクが引っ張ってきた元傭兵で……まあ、いいわ、話を先に進めましょう」


「いいとも」


 異存はないのでマサヨシは頷く。


「人道的にも、ノライという小国の国益的にも、難民の受け入れはそこそこ正しい判断だったと言えると思うわ。事実、その策の後、狙いの通りにトリョラの人口は爆発的に増え、発展したわけ。難民だけじゃなく、それに紛れるようにして移民が一気に入り込んだから。だけど」


「犯罪率も上がった。元々の住民と移民との軋轢も起きる。そんなとこでしょ?」


 背もたれにしていた岩に体重を預けて、マサヨシは首を傾げる。


「その通り。ある程度は王城も予期していたとは思うけど、それは予想以上だったみたい。アインラードの拡大がそもそも予想を超えていた。アインラードと接しているトリョラはそれでなくとも戦争への恐怖から荒れる傾向があったから」


「町は発展したが、余計なものが巣食ったわけだ」


 そこで、マサヨシの目がぬるりとした光を帯びる。

 平穏な生活をしたいのなら、注意しなければならない。そこに巣食っているものからはできる限り距離をとらなければ。


「歪んだ発展よ。悪徳の都ってわけ」


「盗賊が徘徊するし、犯罪は当然。詐欺や強盗、殺人の町、とか?」


「そこまで酷くはないけど、まあ、近いわね。移民同士の小競り合いも多いし、違法なモノや仕事で溢れてる」


「その中で、あんたは成り上がりたいわけだ」


「そうよ」


 お湯の入った鉄製のコップを、ミサリナは首と一緒に少し傾ける。


「それが、悪い?」


「ちっとも悪くない。それで、ええと、あんたは、ダークエルフなんだっけ」


「そう。ダークエルフとかワーウルフ、ワータイガーとか、少数民族も多数、トリョラに入ってきているから。他の場所じゃあ、迫害を受けがちな連中がね。ここなら、表立って迫害は受けない。難民、移民ひとくくりだから」


 そこで、ミサリナはその吊りがちな目を細める。


「それにしてもあなたの髪と目の色、めずらしいわよね。あたし、見たことないわ」


「記憶がないから、答えようがないな」


 笑って誤魔化して、マサヨシは干し肉を齧る。





 死体の山だ。

 森の奥深く、無数に積み上げられた死体の山の前に、長剣を構えた少女が立っている。

 皮の鎧。色素がないような白い肌。尖った耳。白に近い金の髪と青緑の瞳。

 エルフの少女だ。


 彼女は死体を前に笑っている。


「同族殺しも、ここまでくれば爽快だな」


 声。

 エルフの少女は振り向く。


 黒いコート、そして黒い山高帽を目深に被った男が、そこにいる。

 男の顔色は青白い。エルフの少女の白さとは違う。死人のように青く、白い。


「あなたは?」


「フォレス大陸ではまだ有名ではないか。俺には名前はない。もう捨てた。俺達は『青白い者達』と呼ばれている。エリピアから来た」


「エリピア大陸から? それはそれは、遠いところご苦労様。それで、何の用?」


「スカウトだ。どうせ、故郷は捨てるつもりだろう? 一緒にしないか?」


「何を?」


 その質問に、男は青白い顔を歪めるようにして笑う。


「呪うのさ」

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