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来訪者

 青みがかった髪。尖った耳。青い瞳と白い肌。

 間近で、ここまでじっくりとエルフを観察したのはマサヨシは初めてだった。

 観察されても、そのエルフは特に表情を変えない。白い鎧下の上に軽装鎧を着たエルフは、向こうからも値踏みするような視線をマサヨシに送る。


「ザイードだ」


 名乗る。


 エルフというのは見目麗しいとは聞いていたが、確かにとてつもない美青年だった。作りものじみてすらいる。


「連絡はあったか?」


「連絡って?」


 マサヨシは聞き返す。


「僕の来た目的についてだ」


「ああー……」


 語尾を延ばしながら、周囲を見回す。


 白銀一号店の二階。その狭い部屋で、ちょうど会議をしようとしたところだった。ジャックとミサリナ、そしてタイロン。そんなメンバーを集めて、これからのことを全て話すつもりだったのに、そこに突如としてこのエルフが現れた。誰もが、戸惑った様子を隠さない。


「親書が届いたっていうのは聞いた。あれでしょ、先の戦争での『青白い者達』のことでしょ」


「そう。僕達の同胞が『青白い者達』の一員となって戦争で活躍したらしい」


 よりにもよってエルフが『青白い者達』の一員となって戦場に現れ、そしてこちらにとっては都合のいいことにアインラード軍を殺しつくしてくれた。まさしく災害の如く。


「活躍ね」


 頬を触りながら、マサヨシはこの後の展開を考える。


「で、それを調査したいって話だよね?」


「そう。彼女が活躍し、そして殺された場所は、今やロンボウのノライ領、トリョラ区にある。そこを調査させてもらいたい」


「別にいいよ。っていうか、それを許可とるのは、俺じゃなくてハイジでいいじゃん」


「もちろん、許可はもらっている。快く」


 切れ長の目がマサヨシを捉える。


「ただ、許可だけもらっても難しい。僕を実際にその場に案内してもらい、野盗や無法者から警護してもらい、そして調査に協力してもらう。実際にそれをしてもらうには、君に頼むべきだと彼女から忠告を受けた」


 舌打ちしたいのをマサヨシは必死で抑え込む。

 ハイジには悪意はないだろう。おそらく、単純にザイードへの親切心からそう忠告したのだ。ただ、こちらからすれば結局厄介ごとを押し付けられた形だ。


 ただ、とマサヨシは更に考える。

 これは、チャンスにもなりうるか?


「その、あんた、まだるっこしい話がいい? それとも単刀直入な話がいい?」


 おそるおそる言ってみる。

 とはいえ、ハイジの忠告があったからといって酒場の二階まで単身乗り込んでくるタイプだ。勝算は充分にある。


「単刀直入な話がいい」


 ザイードの返答に、マサヨシはにやりと笑う。

 これでいい。ざっくらばらんに、腹を割って話そう、という『振り』をすれば、食いついてくるはずだ。


「じゃあ、単刀直入に。こっちは、あんたに許可を出して、後は形ばかりの協力をすればいい。けど、あんたの望みはそうじゃない。でしょ?」


「もちろん」


「なら、俺が心からの協力をする、その見返りは何かある?」


 その言葉に、ザイードは一瞬だけ黙って視線を上にやった後、


「アドバイスをできる」


 予想外の返答に、マサヨシは一瞬言葉に詰まる。

 アドバイス?


 さっきから、周囲のミサリナやジャック、タイロンは誰も言葉を発しない。誰もがマサヨシとザイードのやりとりを黙って、そして緊張感を持って見守っている。


「アドバイスって、何の?」


「あなたが生き延びるための、だ。僕からいくつか助言できる。では、協力する気になったら連絡をして欲しい」


 そう言うと、ザイードは呆然としているマサヨシを尻目にさっと部屋を出て行く。止めることが出来ない。

 やられた。

 残った面々の視線が、全てマサヨシを向いている。


「それなりに」


 疲れたため息を吐く。


「こちらの事情に精通してるっぽいね」


「優位に立たれましたな」


 ジャックに言われて、マサヨシは肩をすくめる。


「まあ、けど、彼が本当に俺が生き延びるための助言をしてくれるって言うなら、優位にくらい立たせてやるさ。エルフの協力が得られれば、確かに生き延びることができるかもしれない」


 エルフの魔術師の協力が得られるかどうかで一国が傾く。可能性はある。


「で」


 ずっと黙っていたミサリナが口を開く。


「話があるんでしょ?」


「ああ、もちろん。トリョラ区の開発計画は知ってるよな? それについて、打ち合わせをしておきたい」


「わしは関係なかろう」


 ずっと居心地悪そうにしていたタイロンがぼやく。


 ミサリナとジャックの視線がタイロンを向く。

 ずっと黙っていたし、ザイードが来たので質問の機会がなかったが、気になっているらしい。


「ああ、タイロンだ。彼は殺し屋で、まあ、今は俺が雇ってるわけだ」


 簡単に紹介してから、


「それで、タイロン、ここからは、君にも大いに関係のある話だ」


 そう言って、マサヨシはようやく元々話すつもりだった内容に取りかかる。





 夕闇。

 ランプをつけていない宿屋の一室はほの暗い。

 その薄闇の片隅で、静かにザイードは座っている。その冷たい目はまっすぐに目の前の虚空を見ている。


 これまでのことを整理して、これからの予定を組み立てる。宿屋に帰ってから、彼はずっとそれをしようと続けていた。だが、それに失敗を続けるうちに、闇は深くなっていった。


 失敗を続けるのは、初めて顔を合わせたあの面々、実質的にトリョラを動かしていると噂されているペテン師とその仲間たちが、どうにも読み切れないからだ。


 仲間。その先入観が間違っているのかもしれない。

 一口、水を飲み、唇を拭う。


 年嵩の獣人。白い虎。抜き身の剣のような男。誰よりも自分のことを観察していたことを、ザイードは感じた。敵としてではない。品定めしていた。まるで、乗り換える対象だ。あの男は、一体ペテン師とどのような関係なのか。いや、そもそも、何者なのか。ザイードがあの男を見た瞬間に直感的に連想したのは、かつてザイードを含めた魔術師数人がかりで倒した巨大で老いた獣だった。狡猾で、それゆえ罠にかかることなく歳をとった獣。決して無理に争うことなく、弱いものを狙い獲物を喰らい続けて巨大に成長したその獣は、実際に倒す際には恐るべき強さを発揮した。


 そして、もう一人の獣人。

 狐の獣人。あの男は、ペテン師のことを感情の篭った目で見ていた。だが、あの目にある感情は、好意や敬意ではなく、かといって敵意でもない。罪悪感、あるいは憐憫? 一体、あの狐とペテン師との間には何があるのか。犠牲者を見る目。それも、自らの手による犠牲者だ。何の罪悪感なのか、ザイードには見当もつかない。


 それから、ダークエルフの女。

 フォレス大陸ではダークエルフは蔑視の対象であるが、ザイードにそんな先入観はない。それに惑わされるのは、同じエルフでもどうしようもない馬鹿だと思っている。

 優秀だ。そして、それゆえに一番あの連中の中では分かり易い。情はあり、倫理もある。そしてそれと同量の、損得勘定。優秀な商売人だ。ああいう人種は、世界がどうなろうと生き延びる。そうザイードは信じている。


 最後に、ペテン師。何かあったのか、死人のようになっていたが。

 だが、侮ってはいけない。その空洞のような瞳の奥深くに、蛇の舌のように赤い生への渇望が覗いている。いや、単なる生ではない。

 妙に思うが、ザイードが第一印象に素直に従うなら、ペテン師の奥深くにあるのは平穏な生、静かな生活への渇望だ。それを望む凡人。

 だとしたら、それがどう転んであんな風になったのか。


 もう一口、水を飲む。

 どちらにしろ、ペテン師を動かさなければならない。そうして情報を掴まなければ、ここまで来た甲斐がない。


「シャンバラのご意思のままに」


 手で印を組み、ザイードはゆっくりと目を閉じる。

 不確定要素ばかりだが、ぶれはない。己のしなければならないことは分かっている。

 そして、ザイードにとっては、それで全ては充分なのだ。

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