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後始末1

「って、こんな感じよん」


 よく知らなかった『瓦礫の王』に関する話を聞き終わり、


「ありがとう」


 礼を言いつつ、マサヨシは料理を、香辛料の利いた煮込み料理を口に運ぶ。


「結局、もう伝説になってるわけね、その『瓦礫の王』は」


「そゆこと」


 笑ってウインクするのは、茶色い髪を長く伸ばしたあだっぽい美女だ。マサヨシの少し上くらい。無地の和服に似た服を着崩しており、右肩が露出している。


「ところで、本当に血が繋がってるの?」


 横のジャックに問いかける。


 ジャックは狐の顔をしかめながら、一口一口煮込みを口に入れているところだ。


「ですな。見りゃ分かるでしょ」


「そうよん。こんなにそっくりなのに」


「全然違うよ。狐と人間じゃん」


「どこがよん。ほら、見て、耳」


 そう言って彼女が髪をたくし上げると、狐の耳が確かに現れる。


「耳だけでしょ」


「まあ、獣人は結構獣の特徴がどう出るかは個人差がありますからな。特に、女性の方は獣の特徴が出にくい傾向にあるみたいですなあ」


「ふうん」


 マサヨシは、いつかの約束のとおり、ジャックの家に呼ばれて、ジャックの姉の手料理を振舞われていた。


 ジャックの家はトリョラの中心地から少しだけ外れたところにある質素な一軒家で、ここに姉と二人で住んでいるらしかった。


「ジャックってひょっとして辛いの苦手なの?」


「実は、一応故郷の料理ってことなんですがな、どうも辛いのが苦手で。いや、姉の料理自体はうまいんですが」


「そうなのよん。うちのジャック、美味しいっていいながら全然美味しそうな顔してくれないから、作り甲斐がなくて。マサヨシ君が来てくれてうれしいわ」


 にっこりと笑う姉、名前はフィオナと聞いた、に頷いて、汗をかきながらもう一口マサヨシは料理を口に運ぶ。


「美味しいよ、実際」


「おかわりは?」


「よかったら、ください」


「はいはい」


 本当に嬉しいのか、弾むような足取りでフィオナは奥に消える。


「で、どうなんです?」


 そのタイミングを見計らったように、ジャックが顔を寄せる。


「分かってるでしょ」


「まあ、大体は」


「厳しいよ。ジャックを城主にしようと思っていたのに」


「俺のことはいいですがね」


 ジャックの声は固い。


「トリョラの町が払った犠牲は大きいし、義勇軍の連中は見返りが無しじゃあ、納得しないでしょう。戦後で混乱してるって話で、俺が不満を抑えておけるのも、多分あと数週間というところですよ」


「だろうね」


 汗を拭い、マサヨシは遠い目をする。


「明日、ハイジ達と会議をする段取りはつけた。会議で何とかなるとは思えないけどね。やらないわけにはいかない」


「マサヨシさん」


 真剣な顔をして、ジャックが睨むように見つめる。


「副区長として正式に就任してすぐに、皆の不満が爆発するタイミングです。まるで調整されたように」


「実際、調整したんでしょ。戦後処理を長引かせて」


「生贄になるつもりですか?」


「そうだな」


 がりがりと頬をかいて、マサヨシは、


「生贄になってうまくいくのか?」


「いきませんな。けど、だから生贄がいらないというわけでもない。俺にあなたを殺させるつもりですか?」


「ジャックになら」


 視線が交差する。


「いい、という気もする」


「御免ですな。マサヨシさん」


「ん?」


「あの戦争の後から、気付いていますか?」


「何を?」


「どうも、死にたがってますよ。元々、死に場所を求めるような柄じゃないでしょう」


「ふふ」


 小さく笑って、言葉を返さず、マサヨシはフィオナがお代わりを持ってくるのを待つ。





「元々、アインラードに近年征服されていた地域、トラッキ、シーマといった村々がアインラードから譲渡され、それらは現在トリョラ区に併合されています。地理的な条件と、トリョラが元々多くの民族、人種を受け入れていたということを考慮されてのことです」


 トリョラ城。

 戦争が終わって落ち着きを取り戻したその一室、大きなテーブルを中央に置いた会議室で、ハイジが資料を片手に語る。


「問題は、それぞれの村々が一様に貧しい村だということです。我々は区を管理するものとして、それらの村を発展させることを第一に考えなければなりません」


「しかし、トリョラにも戦争の爪あとは残っている。被害も甚大です。まずは、そちらの復興を目指すのが筋では?」


 幹部の一人、中年の男が背筋を伸ばして発言する。


 ハイジは重々しくそれに頷く。


 ハイジの隣に座っているマサヨシは、それを冷めた目で眺めている。

 茶番だ。

 これまで、公式非公式関わらず何度も出てきた議論だ。今更、ここで同じやり取りをすることに意味を感じない。

 もちろん、実際は意味があるのだろう。これはいわゆる、フリだ。もう、この後の流れは打ち合わせ済みと見た。


「現在トリョラに根深くある問題として、非合法の仕事があります。特に、密造酒の問題です。密造酒の消費者として関わっている人間はおそらくトリョラの七割以上、作り手側として関わっている人間も二割近くいるのではという調査結果が出ています」


 マサヨシの個人的な推測では作り手側も三割を超える。


「最も簡潔かつ効果的な方法は、その酒の密造を合法に変えてしまうことだと考えます」


 ざわ、とハイジの発言に会議室の空気が揺れる。


「つまり、酒の密造を区として認めると?」


「認めれば当然ながら密造ではありません。しっかりと税を区に納めてもらい、それと引き換えに我々はその仕事を認める。きちんとしたものが作れるよう、設備や材料を仕入れる手段、そして資金を我々が提供していきます」


「投資、ということですな。しかし、そのための資金は……」


「このアイデアは、既に我がゴールドムーン家を通じて非公式ではありますがロンボウ議会の承認を得ています。近いうちに公式に承認を得ることは決定事項であり、今回の戦争でロンボウが手に入れた賠償金から出るトリョラ復興費の中から、このための予算が組まれることになります」


「おお」


「さすが、もう手を回されているとは」


「いやあ、逆転の発想ですな。密造を排除するのではなく合法化するとは。区長、おみそれしました」


 会議の面々が口々にハイジを賞賛する。

 おべっかも入っているだろうが、素直に感心している分もあるのだろう、とマサヨシは分析する。

 ただの飾りと見ていたハイジが、本当に区長として計画し、何よりも実行力があることに感嘆しているのだ。独断専行の色が強いが、ゴールドムーン家の後ろ盾と今現在のトリョラでのハイジの人望、というよりそれを超えた信仰、のことを考えれば、その角度から咎めるのも難しいといったところか。


「もちろん、ただ資金さえあればこの計画がうまく行くということではありません。その資金をうまく使い、原料の仕入れと製品の販売ルートの確立、設備の取り付け、そして何よりも、現在密造酒によって生計を立てている町民にこの計画を理解、受け入れて自発的に参加してもらう必要があります。そのためには、あなたの力が必要不可欠です、副区長」


 一斉に、部屋の人間全ての視線がマサヨシを射抜く。


「もちろん、酒を売り買いする立場だしね、協力させてもらうよ」


 表情を変えずにマサヨシはそう即座に答える。


「予算の大まかな額が決まったら、俺主導で細かい計画案を作るよ。それを叩き台に皆様に協議してもらうってことで、どう?」


 マサヨシの意見に全員が顔を見合わせる。特に異論は出ない。


 こうして、特にハイジの提案にどこからも反論がなかったために驚くほどスムーズに会議が終わり、ばらばらと出席者は退室していく。


「ごめんなさい」


 ふっと、まだ座ったままのマサヨシの傍まで自然に寄ってきたハイジが小さな声で呟く。


「ん?」


「あなたにばかり、負担をかけてしまって」


「どんどんどうぞ」


 にやりとマサヨシは笑ってみせる。


「そのために民間人なのに副区長になったようなものなんだし。ただ」


 言いかけて、マサヨシは眉をひそめ、


「ああ、何でもない」


 打ち切るように立ち上がる。


「それじゃあ、今のうちから動かせてもらうよ。ミサリナとジャックの協力は絶対必要だしね」


 そのまま振り返らずにマサヨシが部屋を出て行こうとするのを、


「もう一つ、お話があります」


 そう言ってハイジが止める。

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