プロローグ
瓦礫の王。
そう呼ばれる、彼のことを話すのに多くの時間はいらない。
何故なら多くは分かっていないからだ。アルバコーネの内戦でいつの間にか活躍していた、少年。
アルバコーネの内戦については多くを語れる。一つの国が、最大で十八にまで分かれて争った史上最悪の内戦。民族浄化、虐殺が短いスパンで繰り返され、暴力と破壊だけが満ちていた。エリピア大陸最悪の地域と化したその地で、長きに渡って何が起こっていたのか。いくらでも語る材料はある。
だが、瓦礫の王についての情報は本当に少ない。分かっているのが、彼が少数民族と獣人の間に生まれた半獣人という、最も差別を受ける、人間扱いされない立場で誕生したということだ。父の獣人は母子を捨て、その母もまた彼を捨てたとされる。
一説には、父は彼を捨てたのではないという話もある。捨てたのではなく、帰らぬ人となった。その獣人こそ、あのオオガミだという説も俗説ではあるが広く信じられている。
ともかく、いつの間にか彼はそこにいた。
アルバコーネの内戦の中で名を上げた代表格は『赤目』だ。彼は戦場で生まれ育ち、傭兵として内戦の中を放浪し続けた。負け戦だろうがしつこく喰らいつき、駄目と分かれば恥も外聞もなく逃げ出して地獄のような戦場を生き延び続けた。彼についていけば生き延びることができるという噂は、何よりも生存を望む傭兵達に広がり、やがて彼を中心に傭兵団が出来上がり、膨れ上がり、彼は伝説になっていく。
だが、『瓦礫の王』は彼とは全く違う。
ともかく、瓦礫の町で彼はいつの間にか王として君臨していた。
貧民達は彼に跪き、僅かな物資は全て彼に集まるようになっていた。あらゆる勢力とコネクションを持ち、少年に過ぎなかった彼は内戦の地で誰よりも情報を持つ存在になった。
地獄のような内戦は、『赤目』ではなく『瓦礫の王』によって終わらせられたのだという説もある。物資の流れをコントロールしていた彼は、思うがままに勢力同士を争わせ、好きなように潰せた。『赤目』は知らず知らずのうちに彼の思うように動かされていた、駒に過ぎなかった。そんな説もある。
確かなことは、一つ。
内戦の終わりと共に、彼は消えた。多くの物資と人員と共に。
誰も死んだとは思っていない。彼は戻ってくるのだと信じている者達も多い。『瓦礫の王』の帰還を熱望するものと怯えるものに分かれるが。
己のルーツを探し、暗黒大陸に戻ったのだという者もいる。彼は戦場の申し子。大陸規模で戦争が起こり続けているあの大陸で、彼は牙を研いでいるのだとも。