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エピローグ

 真っ白い床と壁、天井。


 そこに、赤い布を纏った人物が二人。一人は古びた木製の椅子に座り、一人はその前に跪いている。


「我らの信徒を殺した。その償いはしてもらう。レッドソフィーの名にかけて」


 椅子に座っている方が、呟く。その声は老婆のもので、枯れ木のような指を無造作に動かしている。


「はい」


「アインラードは、これより我らの敵となる。長くは続かない。向こうから償いをしてくるはずだ」


「しかし」


 怒りを押し殺しているのだとはっきりと分かる、震えた低い声。


「我々の同胞を真に殺したのは、彼らではありません。私に同胞を殺させたのは、紛れもなく『ペテン師』です」


「分かっている、スカイ、分かっている」


 宥めるように、老女は言う。


「彼にもいずれ償いをさせよう。なに、すぐだ。すぐにその機会は来る」


「レッドソフィーに誓って、彼には生きて地獄を味わってもらいます」


 聖女という呼び名とは正反対の、憎悪にどろりと濁った視線でスカイは老女を睨む。


「彼は、私を何人も殺した。あの戦争で死んだ民は全て、私です」


「分かっている、スカイ。分かっているとも。だから、あなたに力を与える」


 いつ現れたのか、いつの間にかスカイの傍らには男が立っている。


 目を見開き、スカイは傍らの男を見上げる。

 彼女が男に気付いたのは気配でも何でもなく、音のためだ。その男がコインを弾く音。


「彼は古くからの友人だ。彼は、求道者。『コイントス』と呼ばれている。きっと、あなたの力になる」


「選ぶか? 表か、裏か」


 男は、スカイに向かってコインを差し出す。





 無数の死体の転がる戦場。


 蝙蝠傭兵団。

 少数精鋭のその名高い傭兵団を率いているのは、女戦士だ。

 名をノーナ。

 彼女は、死に瀕していた。

 わき腹を手刀で打ち抜かれた。


 地面に倒れ、傷口を手で押さえながら、信じられない思いでノーナは息と血をこぼす。


 仕事はほとんど終わりだった。戦争は、奇襲をかけたロンボウの優勢勝ちで講和条約が結ばれる直前のはずだった。


 一人の敗残兵を見つけた。よろよろと道を歩く彼を、特に必要もないが、敵兵なので追撃して殺そうとした。

 それだけだ。なのに。


 腕利きの傭兵。蝙蝠傭兵団の構成員のほぼ全てが、ノーナの周囲に転がっている。首が捩れ、あるいは手足が欠損して。


「まだだ」


 まだ生きているノーナに目もくれず、その男は、ぼろぼろの服を纏った敗残兵は、呟いている。両手を血に染めて。


「まだだ」


 抑揚の奇妙な声で、左目の歪んだその男は呟き続ける。


「まだ終わっていない」


 男の睨む先にあるのは夕日で赤く染まった山。その向こうには、国境が、そしてその先にはトリョラがある。





 薄暗い部屋。

 椅子に座っている赤い髪と唇の美少女は、しかし、今や病的に目を見開き、何もない薄闇を見据えている。ぼろぼろになっている親指の爪を、なおも噛む。


「また会えるわよね」


 爪を噛みながらそんな独り言を言って、少々やつれた顔に笑みを浮かべる。目は見開いたままで、口だけで笑みを作る病的な笑顔。


「まだ遊べるわよね、『ペテン師』」


 シャロンは、『勝ち戦の姫』は小さく笑い声をたて始める。だが、やがてそれは彼女自身にも抑えられないのか、どんどんと大きくなっていく。彼女の赤いドレスに包まれた体が痙攣し始め、やがて椅子の上で体を笑い崩すと、背もたれに倒れ掛かるようにして、けたたましく大きく高い声で笑い続ける。


 その笑い声は、途切れることはない。

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