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戦争の終わり2

 悲鳴。怒号。

 アインラードの兵士達は、困惑している。


 逃げ惑う民衆。その中から、矢が飛んでくる。あるいは、近くにいる逃げようとするぼろぼろの服を着た民が突然、至近距離で兵士に向かってナイフを突き出してくる。


「近づくな!」


 恐慌状態の兵士が近くで迷走している民衆に向かって剣を抜き、威嚇する。混乱が酷い兵士は、実際に民衆を斬りつけてさえいる。

 だが、それは本当にただのアインラードの国民だ。悲鳴をあげながら、痩せこけた男は斬り倒される。

 それは、民衆の混乱を酷くするだけだ。

 今や、アインラードのそれなりに大きな地方都市であるエステルは混乱の極みにある。略奪、暴動がそこら中で起きて、治安維持のためにやってきた兵士は民衆に紛れた『何者か』に攻撃をされている。

 女子どもの泣き声。町を舐める火。黒煙。

 混乱は酷くなるばかりだ。


 また、一人、兵士が一瞬の隙を突かれて、ナイフで喉を切り裂かれる。相手はすぐに逃げ惑う民衆の渦に紛れて消える。


「全員殺せ!」


 目を血走らせた指揮官らしき兵士が怒鳴る。そして虐殺が始まる。男も女も、老人も子どもも、兵士達が隊列を組み斬り殺し始める。混乱、恐慌。民は逃げ惑う。だがその逃げ惑う民の誰かが弓を射る。あるいは、追い詰められた普通の民が、兵士の死体から剣を拾い上げ、あるいは木の棒や瓶、石を手にして、兵士達に反撃を始める。


 そして、


「ぐうっ」


 全員殺せ、と指揮していた指揮官の腹には、いつの間にか剣が深く突き刺さっている。


「おい、嘘だろっ」


「誰だっ」


 仰天する兵士。


 逃げていく下手人は同じアインラード兵士だった。いや。


「待て、逃げるな」


「くそ、鎧を奪われたんだ、あいつ、アインラード兵じゃあない」


 混乱。疑心暗鬼。

 とうとう、兵士同士までもが小競り合いを始める。


 殺し合うアインラード兵士。投石で頭を砕かれる兵士に、槍で突き殺される民。


「うわうわうわ」


 そんな光景を、窓辺に腰掛けて宿の二階から見下ろしているのは中年の男。上品だが目立たない町人風の服を身につけ、こざっぱりとした短い髪と上品な面長な顔。

 地獄絵図を見下ろし、その顔を歪ませている。


「酷いね、こりゃ」


「お頭」


 声をかけられ、振り向くと体格がよく人相の悪い、一見町人風だがよく見れば明らかに堅気ではない男が二階に上がってきたところだった。


「どうした?」


「駄目ですね、どいつもこいつも、面白半分に町民殺したり、あるいは兵士に手を出したり。馬車を奪ってそこにありったけ、奪ったものを詰め込んでいる連中もいますよ」


「ったく、育ちが悪いなあ」


 男はがりがりと頭をかく。


「今回は別の仕事だって言ってるのに。これじゃあ遅れるし、そのうち兵士に、下手したら民衆に殺されるんじゃないかなあ?」


 悲鳴と怒号で溢れている窓の外をもう一度見る。


「言って分かる連中じゃないでしょう。所詮、数だけの馬鹿の集団ですからね」


「まあ、だろうなあ。略奪が普段の仕事なんだし、抑えきれるわけないか」


 男は腰を上げて、音を立てずに歩き出す。


「別にいいや。現地解散。多少頭があったり腕があったり、ちゃんと私の指令を守れる連中は帰ってくる。事前に言っておいたわけだしねえ」


「うちの盗賊団も数が多すぎたくらいです。ちょうどいいでしょう。使える奴だけが残りますぜ。グスタフ盗賊団もますます栄えるってもんです」


「今回のことで、国とのパイプもできたなあ。当然、非正規だけど。私達も、ただの盗賊団からもっと上を目指せるかもしれないよ」


 その男、グスタフは笑いながら音を立てず階段を下りていく。部下はそれに続く。


「やりすぎな感はあるけど、とにかく混乱させるって依頼は果たしたなあ。もう消えようか」


「ですな。これくらいでいいでしょう。あくまで、俺達は隙を作るだけが仕事ですからな」


 そして、男二人は、足音を最後まで立てることなく、溶け込むようにしてアインラードの国民同士が殺しあっている町の中へと消えていく。





 金貨。それを右手で弾き、左手でキャッチする。今度は左手で弾き、右手でキャッチする。それを、ずっと繰り返している。

 砦の横にある物見やぐら。その上で、ずっとコインを弾いているのは、迷彩柄のように白と黒に染まったつなぎのような上下を身に纏った、若い男だ。ブラウンの髪の毛を長く腰まで伸ばし、神経質そうな顔には何の表情も浮かんでいない。


「やるじゃない、殺し屋」


 物見やぐらの下から、声をかけられて、その殺し屋と呼ばれた男はコインを弾くのを止めずに視線を下に向ける。


 無骨な甲冑に身を包んだ、金色の目と髪をした長身の女が見上げている。


「殺し屋なんて、と思っていたけど、あなたのおかげで制圧が楽に済んだ」


 女の周囲に転がっているのは無数のアインラード兵士の死体。特に統一されていない鎧を着込んだ兵士達が、先ほどから砦の周囲を死体をまたぐようにして行き来している。


 傭兵によって、既にこの砦は制圧されていた。


「殺し屋じゃあない」


 ぼそりと、男は呟く。


「何か言った?」


「いや。そちらも、流石は名高い『蝙蝠傭兵団』だ。鮮やかなものだ」


 コインを弾くのをようやく止めて、男は女に語りかける。


「ところで、これで俺達の仕事は終わりか?」


「ええ、あたし達がここを制圧している間に、確かに彼らは通過したみたい。もう、牙は食い込んでいる」


「奇襲か。どのみち、これで決まることはないだろうが、傾きはする。ひょっとすると」


 男は、目を閉じてまたコインを弾く。


「アインラードは終わりかもしれないな」





 再び騒然とする城内。

 奇襲を各地で受けている、というだけではない。明らかに動転し、焦燥しているのが牢で繋がれているマサヨシにまで伝わる。

 何だ? 何が起きている?


 奇襲の報告をして息を整えている兵士の後ろに、更に地上から駆け下りてきたらしい別の兵士が現れる。


「た、大変ですっ」


「今度は何だ?」


 叫ぶようにして問うガンツに、


「敵襲ですっ」


「それは、もう聞いた!」


 怒鳴るガンツ。


「違います、敵襲ですっ、こ、ここにっ」


 言いかけた兵士の首が、飛んだ。


「ひっ」


 先にいた兵士が恐怖から喉を鳴らした瞬間、その兵士も切り倒される。


 一瞬のうちに二人の兵士を斬り殺したのは、疾風のように現れた、大柄な男だった。短髪、無精髭、皮の粗末な鎧、顔は日焼けしている。


「何だ、貴様」


 さすがは歴戦の戦士というべきか、敵が出現したことで逆に落ち着きを取り戻したようにも見えるガンツは、低い声でそう問いながら剣を抜き、鉄格子を挟んでその男に向き直る。

 その姿に動揺はない。


「名前か?」


 状況にはそぐわない快活な声と共に男はにかっと笑う。笑うと、無精髭を生やしているその男の印象は一気に若いものになる、というより子どもっぽさすら感じさせる。


「メイカブだ」


「何者だ?」


「だから、メイカブだって」


 少しいらだった様子で言いながら、二人の兵士を両断した長剣を構えて、その男、メイカブもガンツに向き直る。


「あ、所属? 所属のことか、あんたが言ってるの。一応、今はロンボウに所属してるよ。ロンボウの切り込み隊長だ。ああ、ロンボウって言うか、正確には『無能王子』の私兵だけど」


「どうして、ロンボウがここを襲う? 宣戦布告もせずに奇襲だと? 許されると思っているのか」


 ガンツは鋭い目で隙を窺いながら話を続ける。


「許されるんでしょ。だって、あんたらとんでもないことしたらしいじゃん。水面下ではもう既に情報出回ってるよ。世界の敵をフライングして攻撃したからってそうそう文句は言われない」


「何故だ。何故、ロンボウがこのタイミングで出てくるんだ。ノライと同盟を結んでいるわけでもないのに、一体何故。我が国が邪魔だとしても、いくらなんでも強引すぎる」


 最後の方の言葉は、もうメイカブに問いかけたものと言うよりも、ただの独り言の如くなっている。


 だが、それにメイカブは律儀に答える。


「そりゃあ、自分の国が襲われれば戦うさ」


「我々は、ロンボウには手出ししていない」


「してるじゃんか。ロンボウ・ノライ連合王国にさ」


「――は?」


 予想していなかったその返答に、ガンツが呆然としたその瞬間、


「ちゃすとおっ」


 気合と共に鉄格子に体をぶつけるようにして、メイカブが突進しながら剣を振り下ろす。


 冗談のように、その剣は鉄格子をバターでも斬るかのようにするりと切断して、そのまま斬撃はガンツの首を薙いだ。


 ガンツは片手で首を押さえて、一歩後ろに下がりよろめく。


「……ああ……シャロンを」


 ふっと遠くを見るような目をしたガンツは『勝ち戦の姫』の名を口にして、何かを続けようとしたが、それよりも早く口からごぽごぽと血が溢れる。

 押さえていた手がだらりと垂れ下がり、斬られた喉笛からは噴水のように血が噴きあがる。

 その遠くを見る目のままで血をこぼしながら、ゆっくりとガンツはマサヨシの方を向き、視線をマサヨシに合わせる。だが、依然としてその目は焦点が近くには合っていない。


「ふう」


 血に混じってため息のようなものをついて、ガンツはそのまま地面に倒れこみ、それきり動かなくなった。


 疲れた。

 そんな風に、言いたそうにマサヨシには見えた。


「はっはっは、結構強かったのかな、こいつ」


 三体の死体が転がっている状況にも関わらず軽く笑ってから呟いて、メイカブの丸っこい目が牢の中のマサヨシに向く。


「おお、あんた、マサヨシ・ハイザキか?」


「ああ」


 かすれた声で、返事をして、まっすぐにその男を見つめる。

 油断しないように、気を引き締めなければいけない。何が起こっているのか、今の自分にはほとんど理解できていないのだ。


「助けに来たぜ。感動的だろ?」


 だが、ウインクをするメイカブの妙な可愛らしさに、マサヨシは思わず笑ってしまう。笑うと顔中が痛む。

 そして、考える。

 これからどうなるのか。そして、一体、今何が起こっているのかを。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一気にここまで読んでしまった。めちゃくちゃ面白い。教団を利用したマサヨシの策略だけでも十分見どころがあるところに、予想外の奇襲。見どころにあふれててすごい
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